中国とネパールの国境にまたがるヒマラヤの渓谷で発生した大規模洪水は、両国で804人が死亡し、3048人が行方不明となる深刻な被害をもたらした。
この洪水の約3カ月前、両国の当局者はネパールの首都カトマンズで、洪水や氷河災害への対応について協議していた。議題には、氷河湖の台帳整備やハザードマップの作成なども含まれていた。
しかし、会議に参加したネパール当局者2人がロイター通信に語ったところによると、会議後、中国側から氷河のリスクや水位に関する十分な情報は共有されなかったという。国境を越えたデータ共有の不足が、ネパールが大規模災害を予測し、被害を防ぐ能力を弱める恐れがあると懸念している。
ロイターが入手したネパール側作成の会議議題によると、5月27日に行われた協議には、ネパールから10人、中国からチベット自治区の代表を含む約12人の当局者が参加した。
両国は、洪水や気象、氷河災害の監視と対応をめぐる越境協力の強化について協議。両国の国境地帯に脅威をもたらす可能性のある氷河の監視強化、氷河湖台帳の整備、ハザードマップの作成などを含む、共同の防災・減災体制の構築を求める意見が出た。
会議に出席したネパール洪水予報部門(Flood Forecasting Division)の水文専門家、サウハルドラ・ジョシ氏はこう語る。「私たちが当時本当に求め、現在も中国側に期待しているのは、氷河に早期の変位が起きたり、その地域に異常の兆候が現れたりした場合に、その情報を早い段階で把握できることだ」
中国側は情報を「適時共有」と説明 ネパール側「協定署名の権限なかった」
ロイターによると、現時点で両国の政府や専門家は、今回の自然災害の責任をいずれか一方に帰してはいない。復旧にはネパールの年間経済生産の約10分の1に相当する費用がかかる恐れもあり、ネパール当局者は、中国との協力をさらに深めることが当面の重要課題だとしている。
ネパール側が求めていた情報共有の拡大について、中国外務省はロイターのコメント要請に応じていない。一方、5月の会議に参加したネパール政府の水文専門家、ビノド・パラジュリ氏によると、中国側の代表は会議で「協定に署名する権限を与えられていない」と説明し、さらなる協議を求めたという。
在ネパール中国大使館は29日、Xに声明を投稿し、中国が十分な早期警戒情報を提供しなかったとの一部のネパールのネットユーザーによる批判に反論した。
同大使館は、北京とカトマンズは緊密に連絡を取り合っており、5月の会議では越境災害情報の共有に向けて「実質的な進展」があったと説明。中国側のチームも重要な情報をネパールに「適時」提供してきたとしている。
パラジュリ氏によると、ネパール側は昨年にも同様の懸念を中国側に伝えていた。昨年、チベットの氷河湖が突然決壊して洪水が発生し、ネパール国内で少なくとも9人が死亡、十数人が行方不明となった。
パラジュリ氏は、中国側の情報提供について「チベット地域で大雨が予想される場合には、予報や観測データが提供される」と説明する一方、「雪崩やリアルタイムの水位、土石流、その他の異常事象に関する情報は提供されていない」と語った。
中国側は約1カ月前から、微信(WeChat)や電子メールを通じてチベットの大雨予報をネパール側へ送るようになったという。
氷河崩落地点は「監視の死角」 災害12日前には大雨を警告
今回の災害が起きる12日前には、中国の世界気象センター(World Meteorological Centre)がネパール当局者に電子メールを送り、8月14~19日にかけて、この地域がモンスーン性の低気圧の影響を受けるとして警告していた。
ロイターが入手したメールでは、中国側は「ネパールの大部分で大雨となる可能性がある」とした上で、「土石流や鉄砲水を含む、潜在的な二次災害や連鎖災害に注意してほしい」と呼びかけていた。
中国大使館は、関連情報の共有を継続しており、先週の災害で流れ出た土砂や岩石によって形成された堰止湖の監視データもネパール側に提供しているとしている。
長年ネパール政府の気候リスク管理を支援してきた米シンクタンク、スティムソン・センターのシニアフェローで環境人類学者のオースティン・ロード氏は、今回の大規模災害は、比較的監視が行き届いていなかった地域で発生した氷河崩落によって引き起こされたと分析している。
ロード氏によれば、中国とネパールの早期警戒協力が十分でなかったとしても、それがネパール側の対応が間に合わなかった主な原因ではない。
一方で、両国の防災協力には課題があるとも指摘する。
「両国間には十分な協力体制が整っておらず、情報交換も極めて限られているという事実は否定できない。全体として、中国の科学者が持つ監視能力や資源はネパールを大きく上回っている」
国境から26分後に増水情報 緊急警報は午前9時13分
水文専門家のパラジュリ氏は、濁流が国境からネパール側へ到達するまでに生じた時間差こそ、早期警戒システムの重要性を示していると指摘する。
ネパール時間8月26日午前8時32分ごろ、濁流がチベット側の国境検問所を襲った。
その26分後、パラジュリ氏はネパール国家災害リスク軽減管理庁(NDRRMA)のトップから、トリシュリ川が急激に増水しているとの連絡を受けた。
ネパール側はその後、地方当局に被害状況を確認し、午前9時13分に住民の携帯電話へ緊急警報を送信した。しかし、その時点ではすでに避難のための時間がほとんど残されていなかった。
ネパール、中国に「10分ごと」の観測データ共有を要請へ
最新の統計によると、氷河崩落によって発生した今回の大規模洪水では、ネパール国内で788人が死亡し、2502人が行方不明となっている。
中国国内では16人が死亡、546人が行方不明となっており、両国合わせて死者804人、行方不明者3048人に上る。赤十字社は、この越境災害によって9万人以上が影響を受けたと推計している。
ネパール政府の推計では、洪水は中国・ネパール国境から約168キロ下流まで流れ、約5740万立方メートルの大量の泥水を伴っていた。これは通常の水量より5割以上多いという。
スティムソン・センターによると、洪水によって19本の橋と約40キロの道路が被害を受け、ネパールの発電能力の10%超が停止した。
国境から約25キロ下流のツプチェ村に住むケシャブ・プラサド・バラル氏は、洪水が押し寄せた当時についてこう振り返る。「水などと呼べるものではなかった。巨大な泥の流れが私たちに向かって押し寄せてきた。妻の手をつかもうとしたが、一瞬で泥流にのみ込まれてしまった」
ネパールのトリブバン大学災害研究センターのバサンタ・ラジ・アディカリ所長は、今回の災害を引き起こした崩落した氷塊と岩石は、合わせて約500万立方メートルに達すると推定している。
国際総合山岳開発センター(ICIMOD)が2023年に発表した研究では、気候変動によって氷河の融解が加速しており、積雪量の減少や降雪パターンの変化に伴って、極端な洪水や土石流が発生する可能性が大きく高まると指摘されている。
ヒンドゥークシュ・ヒマラヤ地域は、アフガニスタンからミャンマーにかけて広がる。極地以外では世界最大の氷の貯蔵量を有し、6万3700を超える氷河が約5万6000平方キロメートルを覆っている。氷の総貯蔵量は約5700立方キロメートルに達する。
ネパールの主要河川のいくつかはチベットを源流とし、その後、世界でも地質活動が特に活発で洪水リスクの高い地域を流れている。
パラジュリ氏によると、ネパールは今後、中国と共同研究を進め、雪崩や氷河湖の決壊・急激な出水リスクを監視するシステムの構築を目指す。
ネパール側は、現在インドとの間で採用している仕組みを参考に、中国とも協定を結び、降雨量や水位のリアルタイムデータを10分ごとに受け取れるよう北京側に提案する方針だという。
パラジュリ氏はこう強調した。「そうしてこそ、住民に事前に警報を出し、命を救うことができる。私たちの最も重要な目標は、今後、災害の兆候を二度と見逃さないことだ」