家族や親しい人が亡くなった後、告別式までの間には、遺体を清め、衣服を着せ、髪を整え、化粧を施すことがある。葬儀に初めて立ち会う人の中には、「もう亡くなっているのに、なぜ化粧をするのだろう」と疑問に思う人もいるだろう。
実は、遺体への化粧は、生きている人が外出前にする化粧とは目的が異なる。単に故人を「美しく見せる」ためではない。死後に生じる外見の変化をできる限り目立たなくし、遺族が遺容と対面した際、記憶の中にある生前の姿に近づけることが大きな目的の一つだ。
病気で長期間寝たきりだった人は、人生の最期に痩せ、やつれた姿になっていることがある。事故で亡くなった場合には、目立つ傷が残ることもある。
そうしたとき、遺体化粧や遺体修復が向き合うのは、単に「きれいかどうか」という問題ではない。
家族が最後にその人の顔を見たとき、どのような姿を記憶に残したいのか。
なぜ亡くなった人に化粧をするのか 死後の顔は少しずつ生前とは変わっていく
人が亡くなった後、その外見が死亡した瞬間のまま保たれるわけではない。
米国国立医学図書館のNCBI Bookshelfに収載されている医学資料「StatPearls」によると、死後数分のうちに、皮膚は次第に青白く、あるいは灰白色を帯びるようになり、本来の弾力も失っていく。唇にも乾燥による変化が生じることがある。
血液の循環が止まると、重力によって血液が体の低い部分にたまり、やがて死斑が現れる。筋肉は当初の弛緩状態から死後硬直へと移り、目や角膜にも死後特有の変化が起きる。
つまり、生前に外傷がまったくなかった人であっても、死そのものによって、肌の色や唇、目、顔全体の印象は少しずつ変化していく。
そのため、告別式前に行われる遺体の処置では、清拭や着替えだけでなく、化粧によって死後に生じた外見の変化をできるだけ和らげ、より自然な遺容に整えることも重要な作業の一つとなる。
台湾の一部の公営葬祭施設では、遺体化粧が正式な業務項目として管理されている。例えば、台中市生命礼儀管理処が管轄する葬儀場には遺体化粧室が設けられており、料金表でもその使用が独立した項目として定められている。
遺体化粧は「普通の化粧」と何が違う? 濃く見せないことも重要
生きている人への化粧では、目鼻立ちを強調したり、輪郭を整えたり、パールやラメを使って華やかな印象をつくったりすることがある。
しかし、亡くなった人への化粧で目指すのは、一目見て「きれいに化粧をしている」と分かるような仕上がりとは限らない。
むしろ難しいのは、化粧そのものが故人本来の顔立ちを覆い隠さないようにすることだ。
彰化県政府が過去に遺体化粧師の養成講座を紹介した際にも、遺体化粧は一般的な美容とは異なり、鮮やかすぎる色や強いパール、ラメを使った化粧は避けるべきだと説明している。その目的は、自然で落ち着いた遺容に整えることにあるという。
担当者は、故人の生前の肌の色や写真、遺族から提供された情報などを参考にしながら、顔色や眉、唇、髪など細かな部分を整えていく。
病気や失血、遺体の冷蔵保存、死後変化などによって生じた肌の色の変化を目立たなくする必要が生じる場合もある。
遺体化粧が目指すのは、化粧そのものを際立たせることではない。遺容を自然で穏やかに整え、できる限り遺族の記憶にある姿へ近づけることなのである。
化粧だけでは対応できないことも 「遺体修復」が必要になるケース
ただし、すべての遺体が化粧だけで整えられるわけではない。
交通事故や転落、火災、その他の大きな外傷によって亡くなった場合、顔や身体に目立つ損傷が残ることがある。こうしたケースでは、作業は「遺体の美容」の範囲を超え、「遺体修復」へと進む場合がある。
これは、遺体修復を単なる特殊メイクとして捉えることができない理由でもある。
米国葬祭教育委員会(American Board of Funeral Service Education)が示す葬祭専門教育の内容には、解剖学や病理学、防腐処置のほか、「restorative art」――遺体の外観を修復・再建するための技術も含まれている。
米国葬祭事業者協会(National Funeral Directors Association、NFDA)の関連研修にも、顔面の擦過傷や裂傷、腫れ、軟部組織の損傷など、さまざまな外傷への対応が含まれている。
台湾の遺体修復従事者もメディアの取材で、損傷が大きい遺体の場合には、洗浄や損傷部位の処置、縫合、形を整える作業を経て、さらに外観の仕上げや化粧を行うことがあると語っている。
損傷の種類や程度によって、必要となる作業や難易度は大きく異なる。
つまり、遺体修復で求められるのは、化粧の技術だけではない。人体の構造、色彩、造形、そして細かな特徴を見極める観察力も必要になる。
なぜ遺体修復師は故人の生前の写真を見るのか
遺体修復に携わる人が、遺族に故人の生前の写真を提供してもらうことがあるのも、そのためだ。
目的は、70歳だった人を30歳の頃の姿に戻すことではない。
その人が生前、どのような外見をしていたのかを知るためである。
台湾・淡江テレビの取材を受けたベテラン遺体修復師の李安琪氏は、遺体修復について、人によって細かな特徴は異なり、そうした特徴を表現できなければ、仕上がった顔が「本人らしく見えなくなる」ことがあると語っている。
眉の角度、口角の位置、頬の丸み、髪型。家族がよく知っている一本のしわでさえ、最終的な印象を左右することがある。
遺族が提供する一枚の写真は、修復に携わる人にとって単なる「参考資料」ではない。そこには、その人が普段どのような顔をしていたのかを知る手掛かりが詰まっている。
生前ほとんど口紅をつけなかった人に、突然鮮やかな色の口紅を施すことが適切とは限らない。何年も同じ髪型で過ごしてきた人が、最後の対面だけまったく異なる髪型になっていれば、遺族がかえって見慣れない印象を受けることもある。
良い遺体修復とは、新しい顔を作ることではない。できる限り、その人が生前持っていた、家族にとってなじみのある特徴を取り戻すことなのである。
なぜ「眠っているような顔」に整えるのか 最後の対面が持つ意味
遺族にとって、故人の遺容と対面する時間は、特別な意味を持つことがある。
親や配偶者、その他の大切な家族の顔を間近で見る最後の機会となることもあり、目の前にいる見慣れた人が亡くなったという事実を、そこで初めて実感する人もいる。
ただし、心理学の研究を見ると、「最後に故人の顔を見ること」がすべての人にとって必ず助けになるわけではない。また、誰もが経験すべき手続きというわけでもない。
葬儀のあり方と遺族の心理的健康との関係を検討したシステマティックレビューでは、研究結果は必ずしも一致していない。
故人と対面することや葬儀に参加すること、あるいは自分にとって意味のある形で別れを告げることが、一部の遺族にとって死という現実を受け止める助けになる可能性を示した研究がある一方、明確な心理的効果を確認できなかった研究もある。
また、突然の死別を経験した遺族64人を対象とした別の研究では、多くの参加者が遺体との対面に重要な意味があった、あるいは心境に変化をもたらしたと受け止めていた。一方で、その経験はすべての人に共通するものではなかった。
損傷が大きい遺体を見たことで、その光景が頭から離れなくなった人もいる。反対に、遺体を見なかったことを後になって悔やむ人もいる。
そのため研究者は、遺体と対面するかどうかは本人の意思を尊重し、対面を選ぶ場合には、どのような状態を目にする可能性があるのかを事前に伝えることが重要だと指摘している。
自分の目で死を確認することで、初めて別れに向き合える人もいる。
一方で、記憶の中には、生前の元気な姿、笑っている顔、話している姿だけを残しておきたいと考える人もいる。
遺体化粧が本当に寄り添っているのは、残された人なのかもしれない
ここまで見てくると、一見すると矛盾しているようにも思える疑問の答えが見えてくる。
亡くなった人は、自分に化粧が施されたかどうかを知ることはない。それでも、なぜ時間をかけて遺容を整えるのだろうか。
化粧によって死そのものを変えることはできない。修復によって、亡くなった人を再び生き返らせることもできない。
遺体修復という仕事にできるのは、「死後の姿」と「遺族の記憶にある、その人らしい姿」との間の距離を、できる限り縮めることだ。
病気によってやつれた顔を、できる限り家族が見慣れた姿に近づける。
そして遺族が遺容との対面を選んだとき、目にするものが傷や死そのものだけにならないようにする。