ネパール北部、中国チベット自治区との国境に近いランタン・リルン(標高7234メートル)の北側で先週早朝、大規模な氷河と山壁の崩落が発生した。これによりボテコシ川沿いで壊滅的な土石流が起き、下流のヌワコート郡デビガート周辺では住宅が泥流にのみ込まれた。死者と行方不明者は合わせて3000人を超える可能性がある。
米紙『ニューヨーク・タイムズ』は29日、この災害が突きつけている本当の警告は、気候変動によって高山の地形そのものが急速に変化していることだと指摘した。かつて「1000年に1度」と表現されていたような洪水が、今後は数年ごとに起きる恐れがあるという。
同紙によると、ネパールで洪水が発生した日の午前、4000マイル以上離れた英国南部ドーセットでは追悼式が営まれていた。
ネパールの著名登山家ニルマル・プルジャ(通称ニムスダイ)氏と、ほか9人の登山者が今年7月30日、パキスタンのカラコルム山脈にあるブロード・ピークで雪崩に巻き込まれ、死亡したためだ。
自ら捜索隊を率いて犠牲者の遺体を収容した登山遠征会社「Imagine Nepal」の創設者で、ネパールを代表する登山家のミンマ・ギャルジェ・シェルパ氏も追悼式に参列した。
1カ月足らずの間に、パキスタンとネパールで相次いだ二つの大規模災害。そこから浮かび上がるのは、地球温暖化の影響で高山の氷雪が急速に融けつつある現実だ。それは、登山を重要な産業とするネパールの経済基盤にも影響を及ぼす恐れがある。
大きな影響を受けるネパール 観光は重要な経済基盤
世界銀行の統計によると、観光業はネパールの国内総生産(GDP)の6.1%を占める。2023年には120万人の雇用を生み、国内の総就業人口の15%近くに相当した。
2025年にネパールを訪れた外国人旅行者116万人のうち、16万5056人が「トレッキング」や「登山」を主な目的としていた。関連産業には3000社以上のトレッキング旅行会社、数万人の有資格ガイドのほか、多数のポーター、ティーハウス、ホテル、航空会社、ヘリコプター運航会社などが含まれる。
2026年8月30日、ネパール政府が鉄砲水警報を発令するなか、ダディン郡ガルチの住民が高台に集まり、急上昇する水位を見守った。(写真/AP通信)『ニューヨーク・タイムズ』は、高標高で行われる商業登山が、ネパールにとって特に収益性の高い産業の一つだと指摘する。今年春には1195人の登山者が、計31座の山への登山許可を取得した。政府が得た登山許可料は約900万ドルに達した。
このうち約500人がエベレストの登山許可を取得。外国人登山者の春季の登山許可料は現在、1人1万5000ドルとなっている。
カトマンズのトリブバン大学で氷河を研究するアルビンドラ・カドカ氏は、ヒマラヤの氷河が現在、年間約1メートルのペースで融解していると指摘する。「危機に瀕しているのはエベレストだけではない。ヒマラヤ山脈全体が融けている」カドカ氏はこう語る。
登山ルートも一変 「どの山でも落石が問題に」
ネパール国家山岳ガイド協会(NNMGA)のトゥル・シン・グルン会長によると、ブロード・ピークで発生した雪崩は、セラック(氷塔)の崩落によって下方のスラブ雪崩が誘発された可能性がある。
さらに懸念されるのは、事故現場が第2キャンプと第3キャンプの間にあり、その季節には比較的安定していると考えられてきた場所だったことだ。「山肌からは徐々に黒い岩が露出している。今ではどの山でも落石が問題になっている」グルン氏は、氷雪が後退した山の様子をこう説明する。
2004年以降、エベレストに7回登頂している米国のベテラン登山家デイブ・ワトソン氏も、「こうしたリスクは以前から存在していたが、現在のような規模ではなかった」と語る。
2015年4月10日、酸素ボンベを入れた箱を背負い、エベレスト・ベースキャンプへ向かうシェルパ。(写真/AP通信)カドカ氏は、ランタン・リルンで起きた氷河崩落について、モンスーン中期の湿潤な気候のなか、高所の尾根にあった比較的小規模な雪庇が崩落し、融解して滑りやすくなった地表で、緩んだ岩石やモレーンが大規模に崩れた可能性があるとみている。
モレーンとは、氷河によって運ばれ、堆積した岩石や土砂を指す。氷雪が融け、裸の岩肌が現れるにつれ、従来の登山ルートも大きく姿を変えている。
エベレスト登山の難所として知られるクンブ・アイスフォールでは、ミンマ・ギャルジェ・シェルパ氏が2004年に初めて通過した際、クレバスを越えるために多数のアルミ製のはしごを設置する必要があった。
しかし今年、登山者がはしごを必要としたのは、全行程でわずか2カ所だったという。
2015年のネパール大地震を経験し、ランタン・リルンで発生した土石流が村をのみ込む様子を目撃したワトソン氏は、現在の変化についてこう語った。「かつて『1000年に1度の洪水』と呼ばれていたものが、今では数年ごとに起きている」
人力による物資輸送をドローンへ 危険な往復を減らせるか
山岳地帯のリスクが高まる一方、ネパールの若い世代がこの仕事を諦めたわけではない。25歳のディパン・グルン氏は2019年からポーターとして働き、現在は新世代のプロガイドとして活動している。
落石や洪水の危険に直面しながらも、精度の高い天気予報、GPS、雪崩ビーコン、軽量化された装備、積雪状況を読み取る訓練などを活用し、新たなサービスのあり方を模索しているという。
2026年8月29日、ネパール政府がドローンを使い、被災地に救援物資を届けた。(写真/AP通信)テクノロジーは、エベレストの高リスクな作業環境も変えつつある。2014年4月18日、クンブ・アイスフォール上部で氷塊が崩落し、ネパール人の高標高労働者16人が死亡した。
この事故は、外国人登山者がアイスフォールを数回通過するだけなのに対し、シェルパは物資を運ぶため、危険なルートを何十回も往復しなければならないという大きな負担の差を浮き彫りにした。
ディパン氏はこう話す。「クンブ・アイスフォールを人が通過する回数を減らすため、40キロを積載できるドローンを使った物資輸送を試している」
山を生業とする人々は再び現場へ
プルジャ氏の家族や友人が英国で追悼式を営んでいた頃、NNMGAのトゥル・シン・グルン会長は、ネパールの被災地で捜索・救助活動の調整に当たっていた。
道路が寸断され、一部地域にはヘリコプターでしか到達できない。協会は専門的な訓練を受けた山岳ガイドを派遣し、険しい地形や狭いクレバスで捜索・救助活動を進めている。
一方、間もなく始まる秋の登山シーズンを前に、遠征ツアーはすでに予約で埋まっている。山を生業とする現場の労働者たちは、再び仕事に戻ることになる。変わりゆく山の姿を目の当たりにしてきたワトソン氏は、こう語った。
「世界の頂点であるエベレストの山頂でさえ、これほど氷雪が減っているのなら、地球上にはもはや気候変動の影響を受けていない場所はないのだろう」
2026年8月30日、ネパールのトリシュリ川に架かる橋を渡る住民。(写真/AP通信)