7月28日に発生した熊本地震からわずか6日後の8月3日、台湾積体電路製造(TSMC)の熊本第1工場は通常の生産体制を回復した。
同じ熊本県内にあるルネサスエレクトロニクス(ルネサス)の川尻工場は、8月4日から順次生産を再開し、地震前のウェーハ投入能力に戻ったのは8月23日夜だった。復旧まで26日を要した。両工場の所在地では揺れの強さも異なり、TSMC熊本第1工場がある菊陽町は震度5強、川尻工場がある熊本市南区は震度6強を観測した。
6日であれ26日であれ、10年前と比べれば短い。今回公表された熊本県内の主要工場の復旧時期は、いずれも1カ月以内となっている。
一方、工場の外に目を向けると事情は異なる。九州新幹線は9月18日まで運転再開を待つ必要があり、鹿児島本線の復旧は10月中旬の見通しだ。住宅被害も5万棟を超えた。
一つの工場が再び稼働できるかどうかという基準で見れば、6日は早い。しかし、本来の生産能力がいつ完全に戻るのかを考えるなら、材料、サプライヤー、物流、インフラ、さらに従業員が出勤できるかどうかまで含めて考える必要がある。
工場内の復旧は「月」から「日」単位へ
現在公表されている半導体関連工場の復旧時期は次の通りだ。
| 工場 | 地震前の生産能力への回復時期 | 所要日数 |
|---|
| ルネサス 錦工場(球磨郡錦町) | 7月31日 | 3日 |
| TSMC 熊本第1工場(菊陽町) | 8月3日(通常の生産体制に回復) | 6日 |
| 三井ハイテック 阿蘇事業所(西原村) | 8月5日 | 8日 |
| ソニー 熊本テクノロジーセンター(菊陽町) | 8月中旬(会社見通し) | — |
| ルネサス 川尻工場(熊本市南区) | 8月23日夜 | 26日 |
気象庁によると、令和8年熊本地震の規模はマグニチュード7.1で、宇城市と八代郡氷川町では震度7を観測した。熊本県内で震度7が観測されたのは、10年3カ月ぶりとなる。
各工場は製造プロセスや設備、建物の条件が異なるため、6日と26日という数字だけを比較し、どちらの耐震性能が高いかを判断することはできない。
確認できるのは、震度5強を観測した地域にあるJapan Advanced Semiconductor Manufacturing(JASM)が6日、震度6強の地域にある川尻工場が26日を要したということだ。
2016年の熊本地震では、菊陽町にあるソニーの熊本工場が全面的に生産を回復するまでに約3カ月かかった。今回、ソニーは7月31日、熊本テクノロジーセンターについて8月4日から段階的に生産を再開し、8月中旬に地震前の稼働水準へ戻す見通しを示した。
2016年の地震後、各社が耐震対策を強化
この10年間に各社が講じてきた対策を振り返ると、今回の復旧とのつながりが見えてくる。
三菱電機の合志市にある工場では、前回の地震で一部の建物が被災したことを受け、耐震対策を強化した。昨年、菊池市に新設した工場には免震構造を採用している。
ソニーは現場の状況を確認する手順をルール化し、地震を想定した訓練を繰り返してきた。アイシンは従来集中していた生産体制を分散するとともに、在庫を増やした。
『日経クロステック(日経xTECH)』も、今回の揺れが10年前より小さかったことに加え、免震構造などの対策が効果を発揮したとの専門家の見方を伝えている。
こうした投資には共通点がある。平常時には、その効果がほとんど見えないことだ。
耐震補強、免震構造、在庫、訓練は、通常時には企業にとってコストとして表れる。その効果が初めて明確になるのは、地震が起きたときである。
日本の製造業は2016年以降、10年間にわたってこのコストを負担してきた。そして、これらはいずれも工場の敷地内にあり、それぞれの企業がどれだけ投資するか、いつ実施するかを自ら決められる領域でもある。
部品工場の復旧が早まっても、部品を待つ工場は止まる
自動車のサプライチェーンを見ると、別の問題がより鮮明になる。
2016年、熊本市南区にあるアイシン九州が被災し、自動車のドア開閉に使われる主要部品「ドアチェック」の供給が約4カ月にわたって途絶えた。
当時、トヨタが国内で生産する車両の約9割がアイシン製のドアチェックを使用していたため、多くの組立工場が生産停止に追い込まれた。
今回もアイシン九州は操業を停止したが、8月2日には一部製品の生産を再開し、同時に代替生産にも着手した。
アイシンの近藤大介副社長執行役員は7月31日の決算説明会で、今回の被害について、壁面の剥落や給水管の破裂など、2016年に比べれば軽微だったと説明している。クレーンの倒壊や金型の大量落下はなく、従業員も全員無事だった。
アイシン九州の復旧は10年前より早かった。しかし、納入先の工場がライン停止を免れたわけではない。
アイシン九州の供給先は、トヨタ、トヨタ自動車九州、ダイハツ、ダイハツ九州、日産自動車九州、日産車体九州など多岐にわたる。その中でも影響の経路が最も分かりやすかったのがトヨタの供給網だった。
福岡県内にあるトヨタ自動車九州の3工場は7月28日の夜勤から稼働を停止した。29日の早番ではいったん再開したが、同日夜勤は部品調達が難航したため再び停止。8月6日の第1直からようやく生産を再開し、前後9日間にわたって影響を受けた。
ダイハツ九州、日産自動車九州、日産車体九州も部品調達が難しくなり、生産を停止した。
三菱自動車の水島製作所(岡山県倉敷市)では一部車種の生産が止まり、報道ではアイシン九州とAstemo宇城工場の被災が挙げられている。ホンダの一部四輪車工場でも部品調達の影響で生産休止が発生したが、ホンダはサプライヤー名を明らかにしていない。
熊本県内の多層的なサプライチェーンで同時に供給の遅れが生じるなか、アイシン九州は影響経路が最も分かりやすく、波及範囲の広い拠点の一つだった。
復旧までのスピードが変わったことは確かだ。ただし、両者は統計の対象が異なる。前者は一つの部品の供給停止期間、後者は自動車工場が生産を再開するまでの期間であり、単純に「何倍早くなった」と比較することはできない。
確かなのは、影響がサプライチェーンを通じて波及する構造自体は変わっていないということだ。
熊本県内のいくつかの重要な供給拠点が止まると、数日のうちに生産ライン停止の影響は九州から岡山、三重、愛知へと広がった。
代替生産を立ち上げ、部品を再配送し、下流側で生産計画を組み直すまでには時間が必要になる。その時間が、そのまま自動車工場のライン停止時間になる。
アイシン九州は10年前より早く復旧した。それでも、トヨタ自動車九州は部品を待つために9日間止まった。
生産拠点は工場だけではない 供給網、交通、従業員も必要
材料はサプライヤーから届かなければならず、設備が復旧した後には、それを動かす人が必要になる。従業員自身も、被災した地域から職場へ戻ることができなければならない。
代替できない要素のうち、一つでも復旧が遅れれば、それがすでに復旧した他の要素を制約することになる。
JR九州は8月27日、九州新幹線の熊本―新水俣間について、9月18日の始発列車から運転を再開する予定だと発表した。地震から52日後となる。
同区間では、高架橋など約600カ所が損傷し、軌道のゆがみなども約300カ所で確認された。水無川橋梁では橋脚にずれや沈下が生じ、運転再開後も新八代駅付近では減速運転が必要になる。
鹿児島本線の宇土―八代間は10月中旬の復旧を目指しており、地震から約3カ月を要することになる。
熊本県が8月28日に公表した住宅被害は5万3802棟。このうち全壊が1754棟、大規模半壊が248棟、半壊が3055棟だった。
長内氏は時事通信に対し、今回はインフラや物流網の被害が大きかったと指摘する。工場で働く人々も同時に地域の住民であり、その生活にも影響が及んでいる。
こうした数字から、TSMC熊本工場のウェーハ生産量がどれだけ減少したかを直接推計することはできない。
新幹線が止まったからといって、JASMへの材料搬入が必ず止まるわけでもない。企業には在庫や代替物流など、別の備えがある可能性もある。
しかし、鉄道や道路、住宅、さらに川上・川下の部品メーカーは、いずれも一つの工場の予算や管理の範囲内にあるものではない。どの工場も、それらを単独で復旧させるかどうか、いつ復旧させるかを決めることはできない。
本当の生産能力を決めるのは、最も早く復旧した工場ではない
TSMCは8月3日、熊本第1工場が通常の生産体制に戻ったと発表した。ただし、この発表が示しているのは工場内の状況であり、材料の輸送や従業員の通勤状況については説明していない。
半導体工場は通常、一定量の材料在庫を持っているため、物流の遅れが最初の数日間から直ちに生産へ表れるとは限らない。つまり、6日という数字は工場そのものの復旧時間を示している。工場の外側が同じ速度で復旧しているかどうかまでは、この数字だけでは分からない。
台湾でTSMCの海外工場建設について議論するとき、焦点となるのは多くの場合、工場そのものにかかる費用だ。補助金はいくらか。建設費はいくらか。耐震性能はどの程度か。今回の熊本地震が示したのは、むしろ工場の外にある数字だった。
部品メーカーが何日間止まったのか。鉄道がどれほど長く寸断されたのか。住宅が何万棟被害を受けたのか。これらが左右するのは、工場そのものが再び動くかどうかだけではない。稼働を再開した後、材料が入ってくるのか、従業員が出勤できるのかという問題でもある。
一つの生産ラインが完全に復旧するまでの時間を決めるのは、そのラインが依存するすべての要素の中で、最も復旧が遅い一つである。
今回の熊本地震では、半導体工場そのものの復旧は最速で3日、最長で26日だった。部品工場の被災によってトヨタ自動車九州は9日間止まり、九州新幹線は52日、鹿児島本線は約3カ月を要する。