円相場が再び1ドル=160円台まで下落し、アジアの金融市場で警戒感が強まっている。
8月31日のアジア市場では、取引開始後にドル円相場が一時1ドル=160.19円まで上昇し、市場が強く意識する160円の節目を再び突破した。ほぼ同じ時間帯に主要株式市場もそろって下落し、日経平均株価は一時約2.1%安、韓国株は約2.4%安、MSCIアジア太平洋指数も約0.7%下落した。
台湾株も大きく売られ、前場には一時700ポイント超下落して4万6000ポイントを割り込んだ。台湾積体電路製造(TSMC)の株価も取引時間中に一時45台湾元下落した。
一見すると、「1ドル=160円」が引き金となったアジア株安のようにも見える。しかし、市場を動かした最初の要因は東京ではなく、米国にある。
米連邦準備制度理事会(FRB)のケビン・ウォーシュ議長は先に、ジャクソンホールでタカ派的な姿勢を示し、インフレ率が2%の目標に向けて低下しなければ、FRBにはなお「やるべき仕事がある」と強調した。
発言を受け、市場では金融政策の見通しが急速に修正され、9月に0.25%ポイントの利上げが行われる確率は、それまでの約35%から57%前後まで上昇した。米2年物国債利回りは4.33%と約1カ月ぶりの高水準に達し、ドル指数は前週末に0.6%上昇した後も99.6付近で推移している。
ドル資金のコスト上昇による圧力は、米債券市場からすぐにアジアへ波及した。
円相場が1ドル=160円台まで下落したほか、韓国ウォンも一時1ドル=1379.4ウォンまで下落し、オフショア人民元も軟調に推移した。台湾ドルも3営業日連続の上昇を終え、前場には一時1ドル=31.69台湾元まで下落した。
つまり、1ドル=160円という水準は、日本だけの為替問題ではない。ドルが再び強まり、世界的に資金調達コストが上昇するなかで、アジア市場全体が受けている圧力を象徴する数字でもある。
なぜ日本・韓国・台湾株の下落が大きいのか
日本、韓国、台湾の株式市場が特に大きく反応した背景には、三つの市場に共通する特徴がある。
いずれも半導体やAI、ハイテクの主力株が市場で大きな比重を占め、海外投資家の参加も多い。
米国債利回りが上昇すると、投資家はリスク資産を評価する際の割引率を見直す。将来の成長期待を織り込んで高い評価を受けているハイテク株ほど、その影響を受けやすい。
台湾市場では前場、TSMC、メディアテック、鴻海精密工業、クアンタ・コンピューターなど大型電子株が総じて軟調に推移した。
欣興電子(ユニマイクロン)のストップ安には、検察・捜査当局による捜索という個別要因もあったが、電子株全体への売り圧力も、米国の金利見通しの修正と強く関連している。
日本市場でも、半導体製造装置やハイテク関連株が下落を主導した。
注目されるのは、これまで円安が日本の輸出企業にとって追い風とみられることが多かったにもかかわらず、円相場が1ドル=160円台まで下落する一方で、日本株も大きく下げている点だ。
市場の関心が、輸出企業の為替面でのメリットから、より大きな問題へ移りつつあることを示している。
それが、円安の進行を受けて日本銀行(日銀)が利上げを加速せざるを得なくなるのではないかという懸念だ。
160円の先にある日銀の政策リスク
31日、日本の2年物国債利回りは1.73%まで上昇し、1995年以来の高水準となった。10年物国債利回りも一時2.95%に達し、1996年以来の高水準をつけた。
ロイター通信が先に実施した調査では、多くのエコノミストが、日銀が9月に政策金利を現在の1%から1.25%へ引き上げる可能性があると予想している。
現在、世界の金融市場が警戒しているのは、米国の金利上昇によって「ドル資金が高くなる」ことだ。
しかし、次の段階で世界市場により大きな変動をもたらす可能性があるのは、反対に円相場が突然上昇し、「円資金も高くなる」ケースだ。
円相場が1ドル=159円台から160円台へ下落している現段階では、まだ円キャリートレードの大規模な巻き戻しが起きているわけではない。
より大きなリスクは、円安が162円、164円へとさらに進み、日本政府が再び為替介入に踏み切る圧力が強まる一方、日銀も利上げを加速させ、その後、円相場が164円から158円、155円、さらには150円へと急反転するようなケースだ。
長年、円は世界で最も重要な低コストの資金調達通貨の一つとして利用されてきた。
世界の投資家は低金利の円を借り入れ、米国株やハイテク株、米国債、新興国資産など、より高い収益が期待できる資産に投資してきた。
日本の金利が上昇すると同時に円高が急速に進めば、こうしたキャリートレードは、資金調達コストの上昇と為替差損という二つの圧力を受ける。
投資家が海外資産を売却し、円を買い戻して借入金を返済する動きが広がれば、株式や債券など世界の金融市場にも影響が及ぶ可能性がある。
これが、世界の株式市場にとって次に警戒すべき「第2のドミノ」だ。
「ドル高」の次に市場が警戒する「円高」
米財務長官のスコット・ベッセント氏は30日、現在の円相場について「かなりコントロールされている」と述べ、無秩序な動きにはなっていないとの認識を示した。
この発言からは、1ドル=160円という水準だけを理由に、米国が直ちに日本との協調介入に動く緊急性は高くないとの見方もうかがえる。
一方、ベッセント氏は、日銀の植田和男総裁が金融政策について適切な判断を下すと信じているとも述べた。
このため、160円は市場にとって微妙な水準になっている。
円安がさらに進めば、日銀への利上げ圧力や政府による為替介入への圧力は強まる。一方、政策対応によって円相場の方向が急激に反転すれば、今度は世界規模で円キャリートレードの巻き戻しが進む可能性がある。
1ドル=160円が重要なのは、日本政府が再び為替介入するかどうかだけではない。
米国の金利はどこまで上昇するのか。日本の金利はどこまで低い水準を維持できるのか。そして、過去10年以上にわたり低コストの円資金を前提として構築されてきた世界的なレバレッジ取引が、いつまで続くのかという問題だ。
現在のアジア株式市場が織り込んでいるのは、米国の金利上昇によるドル資金のコスト上昇だ。
しかし次に警戒すべき局面は、日本が円安を抑えるために政策対応を強め、その結果として円の調達コストまで上昇するケースとなる可能性がある。
世界最大の準備通貨であるドルと、主要な資金調達通貨である円の双方で資金コストが上昇すれば、世界の株式市場にとって大きなストレス要因となる可能性がある。