香港向け野菜は、食品安全の面で「高規格の商品」とみなされている。だが問題は、香港の人々が何を食べているかだけではない。なぜ輸出する野菜をより厳しい安全基準に適合させるため、特別な制度を設ける必要があるのか。「香港向け」というラベルが付いた野菜は、食品の安全性を意味するのか、それとも輸出を前提とした監督管理の仕組みを表しているのか。
数年前までは中国本土のスーパーでほとんど見かけなかった「香港向け野菜」だが、近年、とりわけコロナ禍後の3年間で徐々に増えている。価格も一般の野菜、さらには有機野菜より高い。
見た目では、こうした「香港向け野菜」と一般の野菜に大きな違いはない。しかし、栽培から収穫までの過程には明確な違いがある。
香港の市場に並ぶ広東省や湖南省など中国本土産の野菜。一見すれば、ごく普通の食卓の一品にすぎないが、その背後には中国本土の一般的な農産物とは異なるサプライチェーン管理の仕組みがある。
中国本土では長年、香港・マカオ向け野菜の栽培基地が設けられてきた。こうした基地には登録、農業資材の管理、残留農薬の抑制、製品のトレーサビリティーなどが求められている。
香港側も「輸入すればそのまま流通できる」というわけではない。現在、すべての輸入野菜には識別ラベルと香港・マカオ向け野菜の出荷リストが必要で、香港食物安全センターも水際でサンプルを採取し、残留農薬を検査している。
広東省東莞市の潤豊農業をはじめ、四川省宜賓市、青海省互助トゥ族自治県、広西チワン族自治区賀州市、貴州省興仁市、さらに寧夏回族自治区、湖南省、雲南省などには1000カ所を超える登録栽培場がある。
これらの基地では、厳格な登録制度やサプライチェーン全体の追跡管理に加え、国家基準より厳しい残留農薬や汚染物質の上限値を設け、日々香港へ新鮮な野菜を送り出している。
香港で消費される野菜の約9割は中国本土から供給され、安全合格率も長年極めて高い水準を維持している。中国政府や企業は、これを「中央政府による香港への配慮」の表れとして繰り返し強調している。
中国本土の大手生鮮スーパー「盒馬生鮮」で販売されている「香港向け野菜」。(画像/田暢提供)
独自基準と「国家基準+香港基準」の現実 香港向け野菜は、税関に登録された栽培基地から出荷されなければならない。
土壌、灌漑用水、周辺環境はいずれも基準を満たす必要があり、栽培、収穫、予冷、輸送、選別までを含む一連の品質管理とトレーサビリティーの仕組みも求められる。
すべての出荷ロットには、いわば「身分証明書」がある。農薬の使用記録を確認できるほか、出荷前の自主検査、水際での抽出検査を経て、香港食物安全センターでもサンプル検査が行われる。
近年では、国家基準と香港基準を併用する企業も現れている。残留農薬については、国家基準より厳しい項目や、国家基準にはない項目が数百に上り、国家基準より厳しい項目は全体の約2割に達するとされる。
東莞市最大の香港向け野菜基地は、1日平均1000トン以上を出荷し、香港の輸入野菜の4割近くを占める。青海省の冷涼な高原で育てられた野菜や、四川省宜賓市のブロッコリーなども、厳格な検査を経てコールドチェーンで直接運ばれている。
過去には、香港向け食品の安全合格率が「6つの9」、すなわち99.9999%に近いと表現されたこともある。
問題のある野菜が見つかれば、直ちに香港向けの供給ルートから外される。例えば、最近問題となった河北省の「ホルムアルデヒド白菜」をめぐっては、当局が当該産地は香港・マカオ向けに登録された基地ではなく、正規の香港向け供給ルートにはこのリスクはないとすぐに説明した。
一方、中国本土の一般的な野菜市場と比べると、監督の密度、検査の頻度、トレーサビリティーの強制力には明らかな違いがある。
残留農薬の基準超過、違法添加、重金属汚染などの問題は、今も折に触れて報じられている。
消費者は、全国一律で強制され、サプライチェーン全体を追跡できる「香港向けレベル」の基準ではなく、自らの経験やスーパーのブランド、あるいは運に頼らざるを得ない。
なぜ「香港向け(供港)」の2文字がこれほど重要なのか 中国税関の現行制度では、香港・マカオ向け野菜について専用の監督管理制度が設けられている。
今年6月には、香港・マカオ向け野菜の検査・検疫に関する新たな監督管理要件が公布され、9月1日に施行された。
新制度では、香港・マカオ向け野菜の生産・加工企業に登録を求め、原料の受け入れから加工、包装、輸出まで、全工程にわたる品質・安全管理制度を構築するよう義務付けている。
また、原料の調達先を栽培基地まで追跡できるようにするとともに、残留農薬や汚染物質など有毒・有害物質について、抽出検査やリスク監視を行うことも求めている。
さらに注目すべきなのは、企業が製品を香港またはマカオの検査・検疫要件に適合させなければならない点だ。
香港・マカオ側に関連する要件がない場合に限って、中国本土の検査・検疫要件に従う。
中国政府は、香港向け野菜の生産基地を「粤港澳大湾区(グレーターベイエリア)の『菜籃子(食料供給拠点)』」の重要な構成部分、あるいは「中央政府による香港への配慮」の具体的な表れとして説明してきた。
政治的、経済的な観点から見れば、これは理解しにくい話ではない。
香港は輸入への依存度が高く、食品安全は社会の安定や「一国二制度」の日常的な運営にも直結する。厳格な管理は、国際的なイメージが損なわれることを防ぐ意味もある。
登録制度、税関による封印、優先通関ルートによって、効率的で比較的閉じた供給網が形成されている。
河北省石家庄市にある「盒馬生鮮」の会員制店舗。地元の中間層に人気の買い物スポットとなっている。(写真/田暢撮影)
「香港の方が安全」なのではなく、誰が追跡の対象になるのか 中国の現行食品安全法そのものに、食品安全に関する規定がないわけではない。
例えば、食用農産物の生産者は法律に基づき、食品安全基準に従って農薬や肥料などの農業資材を使用しなければならず、国が明確に禁止している農業資材を使うことも認められていない。
地方政府にも、食品安全に関する年次監督管理計画を策定する義務がある。
中国の市場監督管理部門も食品安全の抽出検査制度を整備しており、食品の生産・流通活動について全工程で検査を行うことを求めている。国家食品安全抽出検査情報システムも構築され、リスクの早期警戒に活用されている。
香港向け野菜の制度上の特徴は、「産地」「農薬」「生産」「加工」「検査」「輸送」「出荷」を、一つの追跡可能なチェーンとしてつないでいることにある。
新制度では、企業に対して、野菜原料の供給元となる栽培基地の名簿を作成し、基地名、所在地、連絡先を記録するよう求めている。
さらに、受け入れ時の確認記録や関連書類を保存し、原料を栽培基地まで確実にさかのぼれるようにしなければならない。
「香港向け野菜」が意味するのは、食品そのものより「責任の所在を追える仕組み」 香港食物安全センターは現在、輸入野菜について識別ラベルと香港・マカオ向け野菜の出荷リストを求め、水際で残留農薬の抽出検査を行っている。
これは、消費者が口にする一束の野菜の背後に、少なくとも制度設計上は、生産現場までさかのぼって確認できる道筋が存在することを意味する。
香港は特殊な輸入市場であり、香港向け野菜には越境貿易、検疫、公衆衛生という側面がある。香港政府も輸入食品に対して責任を負わなければならない。
したがって、香港向けの商品により明確な輸出検査が課されているからといって、それだけで中国本土の住民に対する食品安全上の保障が低いことを意味するわけではない。
野菜は「香港向け」というラベルが付いたからといって、自動的に栄養価が高くなるわけではない。
より安全性が高まるのは、より厳格なルール、より頻繁な検査、そしてより完全なトレーサビリティーと責任の所在を確認できる仕組みが設けられているからである。