米人工知能大手Anthropicはこのほど、154ページに及ぶ脅威インテリジェンス報告書を公表し、中国のAI事業者を経由して人民解放軍関連を含む機微情報が流出していた実態を明らかにした。中国の複数のAI事業者が裏側で、大量の中国人ユーザーからの質問をリアルタイムで米国のClaudeモデルへ振り分けて処理させており、その結果、人民解放軍関連の重要情報や成都市内の監視カメラ映像、さらにはロシア国防省に関連する政府機関のデータベースで使用可能なログイン情報までもが、意図せず米企業のサーバーへ送り込まれていた。
この報告書はまた、中国軍および国防科学研究機関に関係する利用者が、米国の先端AIを軍事目的に利用している実態も明らかにした。人民解放軍軍事科学院(AMS)との関連が示された中国国内のユーザーがClaudeを利用して電子戦ソフトウェアを開発し、台湾のパトリオットミサイルや天弓ミサイル陣地などを対象とした防空制圧作戦をシミュレーションしていたケースや、中国の国防産業メーカーに関係するユーザーが同システムを使って対魚雷火器管制システムの仕様や技術案を作成し、米海軍の関連技術と比較していたケースも含まれる。
Kimiの迂回処理が国家安全保障上の穴に
『ロイター』と『ウォール・ストリート・ジャーナル』によると、一連の情報流出は、中国のAIスタートアップが利用者に知らせないまま行っていた迂回的な運用に端を発している。Anthropicは報告書の中で、対話型モデル「Kimi」を開発する月之暗面(Moonshot AI)を名指しし、同社がユーザーに知らせないまま、約5000の偽アカウントからなるプロキシネットワークを構築。大量のユーザーの質問をAnthropicの上位モデルであるClaude Opusへ転送して処理させ、米側が生成した回答を中国のユーザーへ送り返していたと指摘した。
この報告書は、中国の軍事関連ユーザーにとっての情報管理上の盲点も浮き彫りにした。Anthropicが人民解放軍と関係している可能性が高いと評価した中国のユーザーは、監視カメラ(CCTV)の映像をアップロードし、映像に映る特定人物の「挙動に異常がないか」の分析をAIに求めていた。
このユーザーは中国製AIに質問していると認識していたが、実際には機微な映像がAnthropicの米国サーバーへ転送されていた。Anthropicの脅威インテリジェンス責任者ジェイコブ・クライン(Jacob Klein)氏は、Anthropicや同業他社が同様のことを行えば、大きなスキャンダルになるとの認識を示している。
同様に振り分け処理を行っていた中国のスタートアップ「深度求索」(DeepSeek)では、ロシア軍に関わる情報まで流出していた。報告書によると、ロシア国防省の関連機関に関する複数の問い合わせがDeepSeekから米側のシステムへ転送され、その中にはロシア政府内部のデータベースで使用可能な「有効なログインIDとパスワード」も含まれていた。これにより、ロシア軍に関わる機密情報が米企業側のサーバーに流れ込む形となった。
この指摘に対し、月之暗面の広報担当者はコメントを拒否し、DeepSeekもコメント要請に応じなかった。中国外交部の毛寧報道官は定例記者会見で、具体的な状況は把握していないとした上で、中国は一貫してAIを人類の利益のために発展させることを支持しているとし、「事実を歪曲し、中国を攻撃・中傷することに断固反対する」と反論した。
台湾の防空関連施設12カ所を対象にシミュレーション
中国国内のAI事業者による振り分けが招いた受動的な情報流出に加え、クライン氏は、先端AIを使った通常兵器の研究開発が「もはや仮定ではなく現実になっている」と指摘している。
報告書は、中国軍や国防研究に関係する利用者がClaudeを使って実戦を想定した兵器システムの開発を進めていた具体的な事例も複数明らかにしている。
その一つが、人民解放軍軍事科学院(AMS)を含む中国の研究機関との関連が示された中国国内のユーザーが、Claudeを用いて電子戦・防空制圧(SEAD)ソフトウェア一式を開発していたケースだ。
このユーザーは攻撃目標の優先順位付けやレーダー妨害のシミュレーションを行うなかで、台湾の重要防衛拠点12カ所をシミュレーション上の攻撃対象に設定。台湾の早期警戒レーダー、パトリオットミサイル陣地、天弓ミサイル陣地、主要な空軍基地、地下指揮施設などを対象としていた。Anthropicはこの活動を検知した後、関連するアカウントを停止したとしている。
このほか、中国の国防産業メーカーと関係があるとみられる別のユーザーは、Claudeを使って中国海軍向けの「対魚雷火器管制システムの仕様書」を作成したほか、200ページを超える技術提案書を作成していた。
このユーザーはさらに、各種システムを米海軍の対魚雷・対潜水艦関連技術と比較するようAIに求めたほか、Claudeに厳しい専門家の審査役を演じさせ、提案書の問題点を指摘させながら修正を重ねていた。対魚雷兵器の火器管制ソフトウェアの一部もClaudeを使って作成していたという。
また、防衛情報分野の執筆・編集業務に携わっているとする中国のユーザーは、AIを使って外国の高出力マイクロ波兵器を詳しく調査し、特定の部品メーカーやサプライチェーンを追跡。人民解放軍によるリバースエンジニアリングや対抗策の研究開発に役立てようとしていたほか、中国共産党幹部や軍幹部向けの機密性の高い説明資料の草稿作成にもAIを利用していたという。
米国が「産業規模の蒸留」を問題視 制裁やエンティティ・リスト指定も視野
中国側のチームは「カタカナのみの日本語への翻訳」を装うといった手法まで用いて、Claudeの非公開の推論過程である「思考の連鎖」(Chain of Thought)を抽出しようとしていた。
このうちアリババは5月から7月にかけて1億5100万件を超えるやり取りを行い、自社の「通義千問」(Qwen)モデルなどの開発に利用していたとAnthropicは指摘している。月之暗面についても、同期間に2300万件を超えるやり取りが確認された。
さらに、イエメン北部を拠点とする武装グループが中国製AIなどを利用し、射程目標2000キロを超える多段式弾道ミサイルを含む兵器開発を進めていた事例も報告された。ロシアに関連するハッカーが、ウクライナを標的としたサイバー攻撃にAIを利用していたケースも確認されている。
『ウォール・ストリート・ジャーナル』などによると、米政府は中国AI企業によるこうした行為への警戒を強めている。
大統領補佐官兼ホワイトハウス科学技術政策局(OSTP)局長のマイケル・クラツィオス(Michael Kratsios)氏は、月之暗面がAnthropicの「Fable」を蒸留してKimi K3の開発に利用したとの情報を米政府が把握していると主張した。
クラツィオス氏はこれを、米国の独自技術を盗み出すことを目的とした「大規模かつ秘密裏の産業的蒸留」と非難している。一方、月之暗面側は当時、ロイターのコメント要請に応じなかった。中国側は米国のこうした指摘を根拠のないものだとして反発している。
米財務長官スコット・ベッセント(Scott Bessent)氏も、中国AI企業をめぐり、金融制裁や米商務省の輸出管理上のブラックリスト「エンティティ・リスト」への指定が選択肢になり得るとの考えを示している。
これと並行して、米議会では、外国勢力によるモデル蒸留やスパイ活動などAIをめぐる安全保障上の脅威に対し、米AI企業が情報共有や共同対応を進められるよう、反トラスト法上の限定的な適用除外を設ける超党派法案も提出されている。