早期アルツハイマー病の新薬が台湾で登場 対象患者、治療期間、費用を解説 認知症は現在、早期診断が可能になっただけでなく、早期予防を意識する段階に入りつつある。写真はイメージ。(写真/pakutasoより)
台湾が超高齢社会に入る中、認知症患者数も増加を続け、40万人に迫っている。今後15年で倍増するとの予測もある。認知症にはさまざまなタイプがあるが、最も多いのはアルツハイマー病によるもので、全体の6〜7割を占めるとされる。
アルツハイマー病では、脳内にアミロイドβが異常に蓄積し、プラークを形成する。これがタウタンパクの異常を引き起こし、神経細胞の損傷、萎縮、細胞死につながると考えられている。長年の研究開発を経て、脳内の異常なアミロイドβを除去する2種類の新薬が承認され、台湾でも臨床使用が可能になった。ただし、対象となるのは、アルツハイマー病による軽度認知障害(MCI)または軽度認知症と確認された患者に限られる。
台湾の双和医院(新北市) 認知症センター長の黄立楷氏は、認知症の進行は長い時間をかけて進むものであり、目に見える症状が出る前から、脳内では病理学的変化が何年も前から進行していると指摘する。
アルツハイマー病の初期症状としてよく見られるのは、短期記憶の低下だ。つい先ほど話したことや行ったことを忘れ、家族の声かけに頼るようになる。この段階では、本人は時折物忘れをする程度で、日常生活は自立している場合が多い。これは軽度認知障害(MCI)に分類され、厳密には認知症の診断基準には達していないが、治療介入を考える上で重要な時期にあたる。
これまで病気の進行を変える薬は限られていた 黄氏によると、これまではアルツハイマー病の病態そのものを変える薬はなく、従来薬は主に症状を和らげたり、進行を緩やかにしたりする対症療法に限られていた。また、MCIの背景にある病理が本当にアルツハイマー病によるものかを確認するための、生物学的指標を広く利用する環境も十分ではなかった。
しかし、2023年から2024年にかけて米国で新薬が承認され、台湾でも2025年に承認が進んだ。台湾で承認された新薬「ドナネマブ(商品名:ケサンラ®)」と「レカネマブ(商品名:レケンビ®)」は、臨床試験でアルツハイマー病患者の脳内に蓄積した異常なアミロイドβを除去し、病気の進行を遅らせる効果が確認されたとされる。
これに伴い、脳脊髄液検査や脳アミロイドPET検査などのバイオマーカーを用いて、MCIや認知症の原因がアルツハイマー病であるかどうかを確認する重要性も高まっている。
新薬は、軽度認知障害(MCI)または軽度アルツハイマー病の患者を対象としている。 黄氏は、MCI段階の患者は周囲から見ると変化が分かりにくいものの、本人は「以前の自分とは違う」と感じていることが少なくないと説明する。特に短期記憶の抜け落ちが増え、「歯を磨いたか」「朝食を食べたか」「慢性疾患の薬を飲んだか」といった日常の些細なことを思い出せない場面が増える。周囲が気づいていなくても、本人は不安や焦り、挫折感を抱くことがあるという。
新薬はアミロイドβを除去、ただし完全回復ではない 「 ドナネマブ(商品名:ケサンラ®) 」と「 レカネマブ(商品名:レケンビ®) 」 は、MCIまたは軽度認知症の段階にあるアルツハイマー病患者を対象に開発された薬剤だ。いずれもモノクローナル抗体薬で、静脈注射によって投与される。免疫の働きを利用して、脳内に蓄積したアミロイドβプラークを除去し、神経細胞の変性や神経伝達への影響を遅らせることが期待されている。
一般的に、「ケサンラ 」は4週間に1回、「レケンビ 」は2週間に1回投与される。1つの治療期間はおよそ18カ月とされる。「ケサンラ 」については、脳アミロイドPET検査で脳内のアミロイドβが十分に除去され、「陰性」と確認された場合、早期に投与を終了できる仕組みもある。
双和医院認知症センター長の黄立楷氏は、MCI段階の患者は周囲から見ると一般の人との違いが分かりにくいものの、本人は「以前の自分とは違う」と感じていることが多いと指摘する。(写真/衛生福利部双和医院-台北医学大学委託興建経営の公式Facebookより) ただし、投薬を終了できることは、患者が完全に元通りになることを意味しない。黄氏は、薬によって脳内のアミロイドβの蓄積が大きく減り、数年間は「陰性」を維持できると見込まれる場合でも、すでに脳が不可逆的な損傷を受けていれば、期待できるのは機能のわずかな改善にとどまることが多いと説明する。
また、臨床試験では、MCIや軽度認知症の患者で脳内のアミロイドβが除去された後も、再び蓄積が始まることが示されている。脳は常に活動しており、異常タンパクの産生が多い場合や除去機能が低下している場合、さらに脳血管の循環不良などが重なると、脳への損傷は再び進む可能性がある。
費用は年間100万〜150万台湾ドル、検査も自己負担 こうした背景から、「レケンビ 」には投与終了の仕組みが設けられていない。将来的には、現在の静脈注射から皮下注射へ切り替え、アルツハイマー病の高リスク者に対する長期的な管理の一つとして位置づける構想もあるという。
一方で、現時点では「ケサンラ 」も「レケンビ 」も台湾の公的医療保険の給付対象ではない。薬剤費は自己負担となり、年間でおよそ100万〜150万台湾ドル(約500万円〜750万円、1台湾ドル=約5円換算 )に上る。治療前には各種の高額な検査や遺伝子検査も自費で受ける必要があり、すべての家庭が負担できる金額ではない。
イーライリリーの「ケサンラ 」は現在、台湾の公的医療保険の給付対象ではなく、年間の薬剤費は自己負担で約100万〜150万台湾ドルに上る。(写真/一森診所の公式Facebookより) また、脳内にアミロイドβが蓄積するのは、アルツハイマー病に限らない。認知症全体の約2割を占めるレビー小体型認知症でも、約半数の患者にアミロイドβの蓄積が見られる。パーキンソン病やパーキンソン病認知症でも、3〜4割で同様の蓄積が確認されるとされる。
黄氏は、理論上は可能性があるため、医療界では現在、アミロイドβの蓄積を伴うレビー小体型認知症やパーキンソン病認知症を対象とした臨床試験も進められていると説明する。ただし、実際に効果があるか、どの程度有用なのかは、臨床試験の結果を待つ必要がある。
薬だけでなく運動・認知トレーニングも重要 黄氏は、認知症の前段階や初期段階にある患者に対し、新薬による治療の選択肢が加わった一方で、運動や認知トレーニングの重要性は変わらないと強調する。運動と認知トレーニングを組み合わせた介入は、治療において大きな可能性があり、費用も低く、身体的負担も比較的小さいため、柔軟に活用する価値があるという。
新薬による治療の選択肢が加わった現在も、医療界では認知トレーニングの重要性が重視されている。(写真/homehope.hkより) 「病院に来た患者に、注射を打つだけで何もしないという対応はしない」と黄氏は話す。
治療前に必ず確認しなければならないのが、遺伝子検査だ。「ケサンラ 」や「レケンビ 」を使用する前には、APOE ε4アレルの有無を調べる必要がある。臨床試験では、APOE ε4アレルを1つ持つ患者の場合、投与により脳浮腫や脳出血など、アミロイド関連画像異常(ARIA)と呼ばれる副作用が起きるリスクが20〜30%に上る可能性が示されている。
この場合、医師は全身状態や認知機能、画像検査の結果などを総合的に評価し、治療中はMRIで慎重に経過を確認する。APOE ε4を2コピー持つ場合は、一般的に投与の強い禁忌とされる。
実際の効果については、2つの新薬が市場に出てからまだ18カ月に満たず、多くの患者が1つの治療期間を終えていないため、最終的な評価は難しい。ただし、PET検査で経過を追っている症例では、脳内のアミロイドβプラークが比較的安全かつ有効に少しずつ除去されていることが確認されているという。
また、認知機能や日常生活機能の評価では、点数の低下がほとんど見られない例や、少数ながらわずかな改善が見られた例もある。
除去スピードには個人差、早期診断と予防も鍵 黄氏によると、薬によって脳内のアミロイドβが除去されること自体は、臨床試験から予想される結果だ。データ上は、半年で平均約3割、1年で平均約6割が除去され、1年半では相当数の患者で除去が進むとされる。ただし、除去のスピードには個人差があり、早く進む人もいれば、時間がかかる人もいる。
認知症治療薬の研究開発と実用化は大きな一歩を踏み出したが、医療界はそれにとどまっていない。双和医院、清華大学、工業技術研究院(ITRI)はこれまで、「デジタルバイオマーカー」の開発にも取り組んできた。発話時の声や歩き方の変化などから、MCIや認知症リスクを早期に見つける手がかりを探る試みだ。
黄氏は、認知症は早期診断が可能になっただけでなく、早期予防を意識する段階に入りつつあると話す。生涯学習、生活習慣病の管理、高血圧・糖尿病・肥満のコントロール、禁煙と節酒、聴力と視力の維持、定期的な運動、社会活動の継続が重要だという。
「これらの原則を生活の一部にできれば、認知症予防は国民的な取り組みになり得る」と黄氏は述べている。
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