台湾最大野党・国民党の鄭麗文主席は6月1日、15日間の日程で米国訪問に出発した。今回の訪米で鄭氏が訴える主なメッセージは、国民党こそが両岸の平和を維持し、米国を戦争に巻き込まないというものだ。
この主張が米側にどこまで受け入れられるのか、あるいは疑問視されるのかは、鄭氏がワシントンで米政府当局者や連邦議員と会談すれば、一定程度明らかになるとみられる。ただ、今回の訪米は、4月初旬に中国を訪問し、中国共産党総書記の習近平氏と「鄭・習会談」を行った際に比べ、注目度では大きく及ばない。ネット上での言及量を見ても、訪米は訪中時の5分の1程度にとどまり、否定的な反応も肯定的な反応を大きく上回っている。
それでも、国民党内の反鄭派はまったく異なる受け止め方をしている。関係者によると、鄭氏が米西海岸のサンフランシスコから東海岸のボストン、ニューヨークに至る各地の在米台湾系僑胞向け晩餐会で得た熱烈な支持は、党内における鄭氏の求心力を強めるには十分だという。
加えて、鄭氏は晩餐会で、2026年末の県市長選挙など地方選挙を機に、2028年総統選挙への準備が始まるとの趣旨を語った。国民党側はその後、これは鄭氏個人の出馬準備を意味するものではないと説明したが、もともと鄭氏の総統選出馬を強く警戒していた反鄭派の不安をさらに高める結果となった。
鄭麗文氏(左)が4月に中国の習近平国家主席(右)と北京で会談した際に比べ、今回の訪米をめぐる反響は明らかに低下している。(写真/中央社提供)
「鄭・習会談」を対米接触のカードに 鄭氏は訪米前、米国在台協会(AIT)台北事務所長のレイモンド・グリーン氏から、国民党が反共の立場を維持しているのかについて公に疑問を呈されていた。グリーン氏は、鄭氏が訪米の機会を生かして疑念を払拭すべきだとも指摘している。与党・民進党側も、今回の訪米は米側から冷遇されるとの見方を強調していた。
しかし、米国の主要メディアはなお鄭氏に一定の関心を寄せており、米国の著名シンクタンクや学界関係者も鄭氏との面会や意見交換に前向きな姿勢を示しているとされる。最終的には、米国務省や米国防総省の当局者、連邦議員らも、国民党の米中台関係に対する見解を聞くため、鄭氏との接触を拒まない可能性がある。
鄭氏自身もこの点を否定していない。サンフランシスコでの晩餐会で、鄭氏は「鄭・習会談」がなければ、公職に就いていない野党党首である自分は「取るに足らない存在だったかもしれない」と率直に語った。つまり鄭氏は、米側が習氏との接点ゆえに自分と国民党の訪米を重視していることを理解し、そのカードを隠さず使いながら、米国の政界・学界関係者との面会機会を広げようとしている。
前出の国民党有力者は、頼清徳政権の関係者や民進党が、鄭氏の「鄭・習会談がなければ私は取るに足らない存在だった」との発言を批判していることについて、焦点がずれているとの見方を示す。鄭氏にとって重要なのは、外部がこの発言をどう評価するかではなく、影響力を持つ米側関係者と直接意思疎通を図ることだからだ。
この数年、米側は民進党側の見解を中心に台湾情勢を理解してきた。国民党側には、自らの主張が十分に伝わらず、誤解されてきたとの不満がある。今回、鄭氏が党主席として国民党の立場を米側に直接説明できれば、米側の疑念が完全に消えなくても、台湾をめぐる議論が民進党側の見方だけで語られる状況を変えることができる。とりわけ、一部の米側関係者に「国民党は両岸の平和を比較的維持しやすい」という印象を残せれば、鄭氏の訪米は一定の戦略的成果を上げたことになる。
国民党の有力者は、米国が習近平氏との接点を理由に鄭氏の訪問を重視していることを、鄭氏自身もよく理解していると指摘する。写真は訪中時のトランプ米大統領。(写真/AP通信提供)
在米台湾系コミュニティの歓迎と反鄭派の警戒 米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』 も、習氏との接点を背景に鄭氏の訪米に注目した。同紙は北京関係者の話として、習氏が鄭氏の政治的将来に期待を寄せ、2028年台湾総統選における国民党の旗手として育てようとしているとの見方を報じた。
興味深いのは、鄭氏が米国へ出発した当日に掲載されたこの報道が、鄭氏にとって大きな足かせにはならなかった点だ。在米台湾系コミュニティの歓迎は変わらず、米国のシンクタンクや政界関係者との接触意欲にも大きな影響はなかった。一方で、国民党内の反鄭派は改めて神経をとがらせることになった。
反鄭派が懸念するのは、鄭氏が国民党のイメージを過度に親中寄りに見せ、2026年末の地方選挙に悪影響を及ぼすことだ。同時に、仮に地方選挙で国民党が大きく敗れなければ、鄭氏を党主席の座から引きずり下ろす口実を失い、かえって鄭氏に2028年総統選出馬への足がかりを与えることになるのではないかとの警戒感もある。
党内には、2026年地方選をめぐり、勝つこと自体は否定しないが、大勝は望まない、敗れるとしても小敗にとどめたいという複雑な心理があるという。大敗すれば、反鄭派も鄭氏支持派も共倒れになるからだ。こうした矛盾した姿勢は、鄭氏支持派からは苦笑交じりに受け止められている。
この関係者によれば、鄭氏が最近力を入れているのは、国民党を率いる路線と威信を強化することだ。「鄭・習会談」は鄭氏が両岸問題で主導権を握る象徴となり、訪米によって米側の理解を得ようとすることも、党主席として本来担うべき役割だという。在米台湾系コミュニティの支持もまた、鄭氏の党内地位を安定させる材料となる。
台中市の盧秀燕市長(右)は3月に米国を訪問したが、今回の鄭氏訪米では僑胞社会での人気が盧氏を上回ったとされ、反鄭派の懸念を呼んでいる。(写真/中央社提供)
失敗しても失うものは少ない 前出のベテラン党務関係者は、対米コミュニケーションがどこまで成果を上げるかについて、国民党中央はもともと過度な期待を抱いていないと明かす。鄭氏がシンクタンク学者、連邦議員、政府当局者と会い、国民党の視点を正確に伝えられれば、それだけで及第点だという。
鄭氏と党中央がより重視しているのは、在米台湾系コミュニティの反応である。比較対象となるのは、2026年3月に米東海岸を訪問した盧秀燕氏だ。国民党の有力な総統候補と見られる盧氏は、ボストン、ニューヨーク、ワシントンで3回の在米台湾系コミュニティ向け晩餐会を開いた。鄭氏の今回の東海岸日程もほぼ同様だが、6月8日時点で、ボストンとニューヨークの2回の晩餐会における鄭氏の動員力は、盧氏を上回ったとの見方がある。
さらに、鄭氏は米西海岸のサンフランシスコでも大規模な晩餐会を開き、在米台湾系コミュニティから熱烈な歓迎を受けた。帰路に立ち寄るロサンゼルスでは、100卓規模、計1000枚の食事券がすでに完売したともされる。
国民党のベテラン党務関係者は、海外僑胞の熱烈な支持が、台湾の一般有権者の鄭氏への評価を直ちに変えるわけではないとしながらも、鄭氏が党主席の地位を固める上では実質的な助けになると指摘する。特に、深藍支持層や海外台湾系コミュニティにおける人気で鄭氏が盧氏を上回れば、党内反対派の圧力に対抗する政治的エネルギーを得ることになる。
その場合、盧氏や韓国瑜氏、台北市長の蒋万安氏といった藍営の有力政治家も、鄭氏と簡単に決裂したり、正面から対立したりすることは難しくなる。鄭氏を排除できないと判断すれば、国民党の団結を優先し、鄭氏との妥協や協力を模索することになるという。たとえ趙少康氏ら反鄭派が不満を抱いたとしても、鄭氏の党主席としての地位は揺らぎにくくなる。
国民党の元党務高官は、この半年余り、反鄭派が頻繁に動き、盧氏ら党内有力者も側面支援してきたが、結果として鄭氏の政治的優位を抑え込むことはできなかったと指摘する。その理由は、鄭氏が党権を握る党主席であり、北京から強い後押しを得ていることだけではない。
同高官によれば、鄭氏は、台湾ではAITのグリーン氏からも厳しい視線を向けられており、ワシントンの政策コミュニティが台湾の野党党首である自分を重視するとは限らないことを十分理解している。だからこそ、自力だけでは不十分だと判断し、外部の力を使って、米側が望む望まないにかかわらず鄭氏と接触せざるを得ない状況をつくろうとしているという。
趙少康・元中国広播公司董事長は、国民党内の反鄭派を代表する人物の一人。武器調達案を含む複数の議題で、鄭氏の路線とたびたび公に対立してきた。(写真/劉偉宏撮影)
習近平氏をテコにする対米接触 米側に鄭氏との接触を促す外部の力とは、もちろん習近平氏の存在である。習氏の名前を利用して自らの政治的価値を高めようとした国民党主席は、鄭氏が初めてではない。前主席の朱立倫氏も、同じような方法を使った先例がある。
両者の違いは、親米派として知られる朱氏が水面下で動いたのに対し、鄭氏は公然と旗を振るように、米国の政界・学界に対し、国民党主席は取るに足らない存在かもしれないが、習氏の真意や第一手の情報を知りたいなら、自分と会って話を聞くべきだと繰り返し訴えている点にある。
前出の元党務高官によると、2015年当時、国民党主席だった朱氏は、2016年総統選投票の3か月前、党内圧力の下で急きょ候補者を差し替え、自ら出馬することになった。当時、朱氏の支持率は民進党候補の蔡英文氏に大きく水をあけられていた。
2015年11月、朱氏は国民党総統候補として米国を訪問し、選挙戦の勢いをつけるとともに、ワシントンの支持を得ようとした。しかし、米行政部門からは、投票日が近いこの時期に訪米する必要はないと伝えられ、事実上、訪問を遠回しに拒まれたという。
そこで朱氏は、自分が当時の与党主席であり、2015年11月7日にシンガポールで行われた「馬・習会談」の内情をよく知っているとして、訪米中にその情報を共有できると米側に伝えた。すると米側の態度は一変し、訪米を歓迎する方向に転じたという。米国務省、米国防総省、シンクタンク関係者との接触も、蔡英文氏の訪米時に準じる形で安排されたとされる。
この先例がある以上、鄭氏が「鄭・習会談」を訪米の資産として使うことは不思議ではない。もっとも、一つ疑問も残る。トランプ米大統領は最近北京を訪れ、習氏と会談したばかりだ。米中高官の会談や公式晩餐会も行われている。それでも、なぜ米側は鄭氏から習氏に関する情報を得る必要があるのか。
朱立倫・元国民党主席は2015年の総統選出馬時、「馬・習会談」の内幕情報を材料に、米国訪問の実現につなげたとされる。(写真/顔麟宇撮影)
米側が関心を持つ「習氏の別の顔」 情報分野に詳しい国民党関係者は、米国にとって中国は今世紀最大の競争相手であり、習氏は中国で最終決定権を持つ強力な指導者だと説明する。習氏の公開発言、私的な場での発言、さらには飲食の好みなど生活面の情報に至るまで、幅広く収集することは、習氏の意思決定の方向を分析する上で役立つという。
この関係者によれば、中国指導者が米国や西側諸国と公式に接触する場面は、事前に筋書きや演出が整えられている。発言や場面には誤導的な要素や演出が含まれる場合もあるため、別の場面で得られた情報と照らし合わせる必要があるという。例えば、習氏はトランプ氏ら西側指導者と接する際には警戒心を持つが、友好的な立場の人物や北京に近いと見なす相手には、私的な場でより率直な考えを示す可能性がある。
同関係者は、鄭氏が北京から比較的近い立場の人物と受け止められていることは否定しにくいと語る。台湾独立に反対する国民党の訪問者に対し、習氏がどのような見解を示したのか、また鄭氏自身が会談で何を感じ取ったのかは、米国の政界・学界にとって一定の参考価値を持つという。
米シンクタンクの有力学者の中には、ワシントンの政策コミュニティが習氏の「台湾問題の平和的解決」という主張に強い疑念を持っていることを認めつつも、鄭氏が持ち帰る「平和」に関する見方には耳を傾ける価値があると考える向きもある。
同関係者は、鄭氏が限られた手札を使って政治的目標を追求し、民進党や米側からの批判や圧力にも動じない姿勢を見れば、党内反対派が現時点で鄭氏との権力争いで優位に立てていないことも不思議ではないと指摘している。