台湾の馬英九元総統が設立した馬英九財団をめぐる財務規律問題は、発覚から3カ月を経てもなお収束の気配を見せていない。5月29日、同財団の責任者が、前執行長の蕭旭岑(しょう・きょくしん) 氏と王光慈(おう・こうじ) 氏を背任と横領の疑いで士林地方検察署に刑事告発したことで、本来は内部で処理できたはずの問題は、先行きの見えない司法案件へと発展した。
司法手続きに入ったことで、元総統の認知症疑惑、側近同士の対立、職場でのパワーハラスメントといった一連の騒動は、ひとまず沈静化する可能性がある。しかし、国民党にとっては、むしろ悪夢はここから始まるとの見方も出ている。馬英九財団が検察への告発に踏み切ったことは、民進党政権下の司法システムに自ら材料を差し出すに等しく、2026年末の地方選挙に向けて大きな火種を抱えることになりかねないためだ。
今回の騒動では、馬氏が国民党を代表する元総統であり、告発された蕭氏が現職の国民党副主席であることから、党内外への影響は避けられない。さらに、国民党主席の鄭麗文(てい・れいぶん) 氏、元中国広播公司董事長の趙少康(ちょう・しょうこう) 氏、馬氏の家族も次々と対立の構図に巻き込まれている。
国民党支持者の間には不安が広がる一方、民進党陣営はこの機に乗じて国民党内の矛盾を拡大させようとしている。国民党の王鴻薇(おう・こうび) 立法委員は、最近、多くの国民党支持者が「馬総統不安症」に陥っており、民進党が司法を利用して追及を強めるのではないかと懸念していると語った。さらに、国民党から公認を受けた候補予定者の間では、馬英九財団問題が長引けば、最終的に党全体に波及し、自らの選挙戦に打撃を与えるのではないかとの不安も広がっている。
馬英九財団が蕭旭岑氏(写真)を正式に告発したことで、国民党支持者の間では選挙への影響を懸念する声が広がっている。(写真/柯承惠撮影)
有権者は「見物」ムード 国民党が恐れる司法の時限爆弾 ある国民党の党務幹部は、党組織が各県市の世論の雰囲気を整理した結果として、馬英九財団をめぐる一連の騒動は基層の有権者から高い関心を集めているものの、多くは「見物」感覚で受け止めており、既存の投票傾向に明確な影響は見られないと指摘する。
基層で最も多く話題になっているのは、馬氏の健康状態であり、とりわけ妻の周美青(しゅう・びせい) 氏に対する同情が広がっている。一方で、騒動の発端となった財務規律違反の問題については、真相が何であるかよりも、周辺の人間関係や家族内の葛藤に関心が集まっているのが実情だ。蕭氏が国民党副主席であることについても、この数カ月間の支持率変動と直接結び付いている様子は見られないという。
現在明らかになっている証拠の中で、最も視覚的なインパクトを与えたのは、蕭氏が現金を手にした写真だ。しかしその後、寄付を行ったとされる厦門台商協会の韓螢煥(かん・けいかん) 会長は、資金は馬氏個人に渡したものであり、蕭氏が代理で受け取っただけで、財団への寄付ではないと説明した。
さらに、馬氏と韓氏が馬英九財団主催の春節台湾商工関係者向け会合で一緒に写った写真も公開された。関係者によれば、馬氏はあいさつの中で韓氏の支援に謝意を示していたという。このため、馬氏も韓氏による資金提供を把握していた可能性が高く、蕭氏の品行や処理をめぐる疑念は一定程度弱まった。国民党への直接的な打撃も限定的にとどまるとの見方がある。
一方、趙少康氏に近い国民党立法委員は、馬氏が国民党の象徴的存在である以上、健康問題、金銭問題、側近同士の対立が世間の注目を集めたこと自体が政治的なマイナス要因になるとみる。さらに、さまざまな憶測を呼びやすい現金写真まで出たことで、国民党が若年層や中間層の理解を得るうえで不利に働くと指摘する。
この立法委員は、司法が早期に蕭氏の潔白を明らかにしない限り、「国民党陣営の選挙情勢に対する潜在的なダメージは軽視できない」と語る。司法捜査に入った以上、馬英九財団問題は時限爆弾となり得る。検察はいつでも捜索や事情聴取に動くことができ、さらに特定メディアを通じて週ごとに情報が出れば、民進党にとっては攻撃材料が尽きない状況になる。結果として、国民党の選挙戦に大きな打撃を与えかねないという。
金溥聰・元国家安全会議秘書長(前方)は記者会見で、蕭旭岑氏(後方左)と台湾系実業家の韓螢煥氏(後方右)が写った「現金を手にした写真」を公開した。(写真/顏麟宇撮影)
軍備調達をめぐる対立の延長か 鄭麗文派と趙少康派の対立激化 国民党の元党務幹部は、党内で司法による追及を懸念する声が出ていることについて、一定の理解を示す。昨年の大規模リコール運動の際、検察の強硬な捜査手法に国民党陣営が強い警戒感を抱いた記憶が残っているためだ。
ただし、この元幹部は、士林地検は台北地検に比べて政治色が弱く、捜査の過程で国民党と直接関係する手がかりが見つからない限り、党全体に波及する可能性は高くないとみる。外部からの司法圧力よりも、馬英九財団問題をきっかけに国民党内部の分裂が深まることこそ、年末の地方選挙にとって最大のリスクだという。
この元幹部によれば、今回の馬英九財団問題をめぐる党内の立場の違いは、以前の軍備調達特別予算をめぐる対立構図と大きく重なっている。鄭麗文氏と趙少康氏は、馬英九財団問題の直接の当事者ではないものの、最も存在感を放つ「準主役」ともいえる存在になっている。
両氏の確執は2025年の国民党主席選挙から現在まで続いており、党内では鄭氏に近い勢力と、趙氏に近い勢力の対立として受け止められている。すでに党内には、鄭氏を支持する「鄭派」と、趙氏に近い「趙派」ともいえる構図が生まれている。
特に鄭氏は、これまで何度も蕭氏を支持する姿勢を示し、金溥聰氏を厳しく批判してきた。そのため、蕭氏への疑問は、しばしば鄭氏への攻撃と見なされる構図になっている。
国民党は馬英九財団問題をめぐり、趙少康・元中国広播公司董事長(写真)と鄭麗文氏をそれぞれ軸とする二つの陣営に分かれており、その構図は軍備調達をめぐる対立と大きく重なっている。(写真/顏麟宇撮影)
蕭氏を擁護する鄭麗文氏 異論を唱えにくい党内の空気 このところ、国民党内部の緊張は高まっている。馬英九財団をめぐる一連の騒動が、選挙を控える候補予定者に世論の悪化や票離れへの懸念を抱かせているだけではない。より深刻なのは、党内で意見を述べること自体が新たなトラブルを招きかねず、多くの関係者が沈黙を選ばざるを得ない状況になっていることだ。
例えば、国民党の台南市長候補である謝龍介氏は、趙少康氏や金溥聰氏と関係が近いとされる。謝氏は、党職にある蕭氏は一時的に職務を離れるべきだと公に提案したが、鄭氏や蕭氏を支持する層から直ちに批判を浴びた。中には、謝氏には投票しないと明言する支持者も現れたため、謝氏は発言を控え、事態の沈静化を図ることになった。
関係者によれば、謝氏と趙氏、金氏の関係を考えれば、本来であれば蕭氏に辞任を求めても不思議ではなかった。にもかかわらず、謝氏はまず休職を提案するにとどめた。これは一種の妥協だったが、それでも鄭氏支持層の反発は激しかったという。
5月29日、馬英九財団が蕭氏と王氏を正式に告発すると、外部や党内では蕭氏が国民党副主席の職にとどまるのかに関心が集まった。蕭氏はメディアの取材に対し、不法行為があれば副主席を辞任すると表明した。
しかし同日午後、蕭氏は鄭氏と面会した。鄭氏は蕭氏に対し、党職も業務も変わらないと明確に伝えた。さらに、鄭氏が米国の安全保障系シンクタンク「ジェームズタウン財団」のピーター・マティス理事長と会談した際にも、蕭氏を同席させた。翌30日には、自身のフェイスブックで鄭氏、蕭氏、マティス氏の3人が写る写真を公開した。
国民党関係者は、鄭氏がこの写真を投稿したのは、蕭氏を支持する姿勢が揺るがないことを明確に示すためだったとみる。この動きにより、党内で蕭氏の進退を問題視しようとしていた関係者は、発言しづらくなった。これ以上異論を唱えれば、鄭氏と正面から対立することになり、鄭氏や蕭氏を支持する国民党支持層の反発を招くためだ。
特に年末の選挙に臨む候補者たちは、深い国民党支持層の固定票だけで当選が保証されるわけではないことを理解している。一方で、その票を失えば落選しかねない。鄭氏と党中央が蕭氏を支える方針を固めている以上、あえて発言して鄭氏支持層を刺激する必要はないという判断が広がっている。
鄭麗文氏(中央)は蕭旭岑氏(右)を伴い、米安全保障系シンクタンク「ジェームズタウン財団」のピーター・マティス理事長(左)と会談し、蕭氏を支持する姿勢に変わりがないことを示した。(写真/鄭麗文氏のフェイスブックより)
「見物」と「投票」は別物か 国民党が2026年選挙への打撃を限定的とみる理由 この国民党関係者は、党内で蕭氏の進退問題が語られなくなっているのは、あくまで一時的なものだと認める。今後、検察の捜査が国民党に影響を及ぼすようになれば、蕭氏に休職や辞任を求める声が再び出る可能性はある。
その理由は、問題の焦点がすでに変化しているためだ。当初は深刻な財務規律違反の問題だったが、その後は権力闘争、元総統と家族の関係、職場でのパワーハラスメント、認知症介護といった話題へと広がり、台湾社会の間では一種の「政治ゴシップ」として消費されるようになっている。
この関係者は、地方選挙で有権者が重視するのは、主に候補者本人のイメージ、資質、地方行政の実績だと指摘する。多くの有権者にとって、政治ゴシップを見物することと、実際の投票行動は別物だという。
つまり、有権者が馬英九財団をめぐる複雑な展開の中で、金溥聰氏や馬氏に批判的になったり、周氏や蕭氏を理解できないと感じたりすることはあっても、それが台北市長の蔣萬安(しょう・ばんあん) 氏、桃園市長の張善政(ちょう・ぜんせい) 氏、あるいは国民党の新北市長候補である李四川(り・しせん) 氏への支持に直接影響するとは限らない、という見方だ。
国民党は、支持者が馬英九財団をめぐる騒動に関心を寄せている一方で、台北市長の蔣萬安氏(右)や新北市長候補の李四川氏(左)ら候補者への支持には影響しないとみている。(写真/陳品佑撮影)
記録に残らない資金ルートの露呈 国民党が懸念する選挙資金への影響 一方、選挙支援の経験が豊富な国民党の要職経験者は、国民党の選挙戦に実質的な影響を及ぼす可能性があるのは、事件の内容そのものや司法訴訟ではなく、馬英九財団が蕭氏を告発する際に示した現金写真だと指摘する。
民進党が長く政権を担う中、多くの企業や台湾系実業家は、国民党候補に政治献金として記録が残る形で資金を提供することを恐れているという。政治献金として帳簿に残れば、後から確認できる記録が残る。一度「国民党支持」と見なされれば、将来的に事業上の不利益を受けるのではないかとの懸念があるためだ。
そのため、少なくない資金提供は現金で行われてきた。国民党候補者が選挙戦を進めるための資金も、このような記録に残りにくい形で確保されてきたという。
この要職経験者は、馬英九財団が内部対立のために、長年存在してきたこうした献金のあり方を表に出したことで、企業や台湾系実業家が今後トラブルを避けるため、現金での支援すら控える可能性があると懸念する。
そうなれば、国民党候補者が選挙資金を調達する重要なルートが事実上断たれることになる。これこそが、年末の地方選挙で勝利を目指す国民党にとって、最も深刻で厄介な懸念材料だと指摘している。