2026年の台湾統一地方選挙の県市長選は11月28日に投票が行われる。投票日まで残り4カ月を切る中、発がん性物質を含む食用油を巡る問題が波紋を広げている。
台湾社会に蓄積した不満を背景に、野党の国民党と台湾民衆党が7月25日に総統府前のケタガラン大道で開いた、食用油問題への抗議集会について、主催者側は20万人超が参加したとしており、野党陣営の選挙戦の士気を高めた。台北市長の蔣万安氏もこの流れを受け、内閣不信任案の提出を提案して民進党に圧力をかけた。
頼清徳政権が事態を大きく取り上げない姿勢を取る中、台湾糖業公司(台糖)が5月の時点で中聯油の有害性を把握しながら報告していなかったとする別の問題も浮上した。食用油問題を巡る問題が短期間で収束するのは難しい状況となっており、民進党の選挙情勢にも新たな変数となっている。
国民党にとって、頼政権が食用油問題への対応に追われ、各県市の民進党候補も防戦を強いられている現状は、一部の激戦区で膠着状態を打破し、リードを奪う機会となる。
ただ、国民党の選挙対策陣営も、投票日まではまだ100日以上あることを認識している。食用油問題の影響が続いても、長くてあと1カ月ほどでピークを迎えるとの見方があり、この問題による政治的な追い風だけで選挙に勝とうとするのは現実的ではないという。
国民党の選挙対策を担う関係者は、過去の選挙経験から、投票前1カ月の政治・経済情勢や、投票直前に発生する重大な突発事態が、勝敗を左右する重要な要因になることが多いと指摘する。
発がん性物質を含む食用油を巡る問題が続く中、国民党は7月25日に総統府前のケタガラン大道で抗議集会を開き、野党陣営の結束を図った。(資料写真/劉偉宏撮影)
周子瑜氏の謝罪事件、国民党に残る選挙の記憶 この国民党関係者は、2026年の県市長選で、現在国民党が首長ポストを持つ15県市を維持するのは容易ではないとみている。新北市、宜蘭県、新竹県では選挙戦が接戦となっており、国民党が獲得を目指す高雄市、屏東県でも逆転の機会を探っている。
このため、投票前に起こり得る突発的な変数について事前に想定し、警戒する必要があるという。対応を誤れば、選挙情勢が一夜にして崩れる可能性もあるとして、2016年の総統・立法委員選挙直前に起きた台湾出身の芸能人、周子瑜(チョウ・ツウィ)氏の謝罪事件を例に挙げた。
2016年の総統選では、国民党はもともと厳しい情勢にあり、民進党が政権に復帰するとの見方が広がっていた。それでも当時の国民党総統候補で党主席だった朱立倫氏と党執行部は、国会議席をできる限り維持することを目指していた。
しかし投票直前、周氏が韓国のバラエティー番組で中華民国の国旗を振ったことで「台湾独立派」と指摘され、中国側に向けて頭を下げて謝罪し、自らを「中国人」と称することを余儀なくされる事態が起きた。
前出の国民党関係者は、多くの若者が投票のため夜のうちに地元へ戻り、少なくとも20万~30万票が民進党に上積みされたとみている。当初は接戦で勝利する可能性があるとみられていた台北市中正・万華選挙区の林郁方氏ら複数の国民党候補も逆転で敗れ、国民党の立法院議席は64議席から35議席に減少した。
2016年総統選で国民党はもともと厳しい選挙情勢にあり、当時の総統候補で党主席だった朱立倫氏(中央)は、国会議席をできる限り維持することを目指していた。しかし投票直前に周子瑜氏の謝罪事件が起き、台湾で反中感情が高まり、国民党の選挙情勢にも大きな打撃を与えた。(資料写真/林俊耀撮影)
民進党以上に予測しにくい外部要因 国民党が警戒する北京 国民党のベテラン党務関係者は、2026年の県市長選の結果が、2028年総統選に向けた与野党の勢いにも影響するとみている。新北市、高雄市、宜蘭県などでは、得票率の差が5ポイント前後となる可能性があり、投票前に有権者の感情に影響する突発的な出来事が起きれば、選挙結果が逆転する可能性もあるという。
国民党の選挙対策陣営はこうした事態への備えを進めているが、この党務関係者によると、民進党が選挙戦でどのような手段や戦術を取るかについては、これまでの経験からある程度予測できる。一方、事前に把握することが難しく、発生した場合の対応も難しいのが外部要因で、とりわけ北京に関係する事態は厄介だという。
同氏が最も懸念しているのが、2026年11月18日に広東省深圳市で始まるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議だ。台湾の県市長選の投票日まではわずか10日しかない。
仮に台湾の出席代表が圧力を受けたり、不当な扱いを受けたりすれば、民進党がこれを選挙戦で取り上げ、若者や中間層の反中感情を刺激する可能性がある。国民党側は、10年前の周氏の謝罪事件と似た選挙上の打撃が再び起きることを警戒している。
外交部長の林佳龍氏は先に立法院で、中国側が2024年にペルーで開かれたAPEC首脳会議の際、2026年の開催権を得るため、台湾の平等な参加を支持し、中国を訪れて会議に出席する全ての関係者の安全を保障するとの書面による約束を行ったと説明した。
2026年2月に広州で開かれた第1回高級実務者会合(SOM1)と、5月に上海で開かれた第2回高級実務者会合(SOM2)には、台湾からそれぞれ政府高官が出席した。
また、前行政院政務委員で経済貿易交渉弁公室(OTN)総交渉代表を務めた楊珍妮氏も5月、代表団を率いて蘇州で開かれたAPEC貿易担当相会合に出席した。
関係者によると、これらの会議では台湾の座席配置や卓上プレートの「Chinese Taipei」という表記はいずれも、APEC加盟時の覚書やこれまでの慣例に沿っており、台湾を格下げするような扱いはなかったという。
外交部長の林佳龍氏は立法院での答弁で、中国側が2026年APECへの台湾の平等な参加を支持することを書面で約束したと説明した。(資料写真/顔麟宇撮影)
2001年には代表人選を巡り対立 頼政権の人選に北京はどう対応するか ただ、外交事情に詳しい国民党関係者は、重要なのはAPEC首脳会議だと指摘する。事前の準備会合や閣僚会議で問題が起きなかったからといって、台湾の首脳代表が圧力を受けることなく、11月18、19日の首脳会議に出席できるとは限らないという。
さらに台湾の経済部長だった林信義氏と経済建設委員会主任委員だった陳博志氏が、首脳会議前の閣僚会議に出席した際、中国外相の唐家璇氏が発言を阻止。これを受け、陳水扁政権はAPEC会議への参加を取りやめると発表した。
2005年に韓国・釜山で開かれたAPECでも、同様の問題が起きた。当時、陳水扁総統は立法院長の王金平氏を首脳代表として派遣しようとしたが、北京が韓国側に強く働きかけたことで実現せず、最終的に陳氏が林信義氏に人選を変更した。
国民党の外交関係者は、当時の対立の背景には、民進党が初めて政権を担ったことで中台関係が緊張していたことがあると説明する。
現在は北京が頼政権に対して抱く「台湾独立」への警戒感がさらに強く、中台間の緊張も2001年当時を上回っているとの見方を示す。
仮に頼氏が2026年の首脳代表として政治的な象徴性の強い人物を選べば、北京側に反対される可能性は低くないとみており、頼氏が譲歩しなければ、2001年と似た状況が再び起きる可能性もあるとしている。
陳水扁氏は総統在任中、李元簇氏や王金平氏をAPECに派遣しようとしたが、いずれも中国側から強い圧力を受けた。(資料写真/新新聞)
中国は開催国 過度な圧力なら民進党の「抗中保台」を後押しする可能性 関係者によると、米国側から一定の抑制が働き、頼氏が対立を招く可能性のある人物を代表に選ばなかったとしても、APECが中国本土で開催される以上、台湾に対する圧力を完全に避けるのは難しいとの見方がある。
国民党の外交関係者は、中国側が「Chinese Taipei」という英語名称を変更するなど、APECのルールをあからさまに破ることはないとみる。
一方、中国語での表記やメディアでの広報では、公式発表や報道、会議資料などで「Chinese Taipei」を台湾側が受け入れている「中華台北」ではなく、「中国台北」と表記する可能性があるという。
このほか、台湾メディアの取材や質問を制限したり、開催国としての立場を利用し、参加国の政府関係者に台湾の首脳代表や当局者との非公式な接触を避けるよう働きかけたりする可能性も指摘している。
国民党の選挙対策関係者は、投票10日前のAPEC首脳会議で台湾代表団が実際に中国側から圧力を受けたり、屈辱的な扱いを受けたりした場合、メディア報道や頼政権による政治的な利用を通じ、民進党の「抗中保台」の主張が勢いを増す可能性が高いとみている。
一般に中台関係や国家の尊厳といった問題は地方選挙の中心的な争点にはなりにくいとされるが、APEC首脳会議と統一地方選の投票日が近いため、反中感情の影響が大きいか小さいかにかかわらず、若者や中間層の投票行動に一定の影響を与える可能性があるという。
少なくとも民進党の支持基盤を固める効果はあり、接戦となっている複数の県市では国民党に不利に働く可能性があるとしている。
一方、国民党の候補者や選挙対策関係者の中には、APECを選挙に影響する変数として注視する必要はあるものの、過度に不安視する必要はないとの見方もある。
北京は台湾の選挙の特性を理解しており、これまでも投票前の動きが結果として民進党を利することになった経験があるため、今回のAPECでは台湾の人々に悪い印象を与え、結果的に民進党を利する事態を避けようとするとみている。
また、国民党主席の鄭麗文氏や党中央は北京と良好な関係にあり、事前に意思疎通のルートを通じて懸念を伝え、突発的な事態を防ぐことも難しくないとの意見もある。
国民党主席の鄭麗文氏と党中央は現在、北京と良好な関係にあり、意思疎通のルートを通じて突発的な事態の防止を図る余地がある。(資料写真/劉偉宏撮影)
APECを巡る大国間の駆け引き 日米が台湾を強く擁護するとは限らず 中台関係に詳しい国民党幹部は、直行便や農産品の購入、台湾企業の保護といった中台間の問題であれば、国民党が調整に努めることはできるとする。
しかし、APECは重要な国際会議であり、大国間の外交的な駆け引きに属するため、中国国務院台湾事務弁公室(国台弁)が介入できる問題ではないという。
北京指導部のAPEC首脳会議に対する戦略的な判断は、台湾の人々への働きかけや中台交流を担う国台弁とは異なる。中国の外交当局にとっては、国際的な場で「一つの中国」原則を強調し、台湾は主権国家ではなく中国の一部だとする立場を示すことが重要だという。
このため、国台弁の担当者が国民党側の懸念を理解したとしても、上層部に意見を伝えることはできても、外交当局の政策方針を実質的に変えることは難しいとの見方を示した。
この国民党幹部はさらに、今回のAPEC首脳会議が中国本土で開かれることに加え、現在の国際環境では北京が優位な立場にあると分析する。
トランプ米大統領は習近平中国国家主席との3回目の会談を望んでおり、9月に習氏が訪米すれば、その機会となる可能性がある。ロシアのプーチン大統領もAPECに出席する。日本も中国との関係が悪化する中、首脳会議の機会を通じて関係改善の糸口を探りたい状況にあるという。
台湾を支持する可能性が高い米国や日本にも北京に対して求めるものがあるため、中国側が台湾の首脳代表の招待を拒否するなど極端な対応を取らない限り、会議中に名称や待遇を巡って台湾側が不満を抱く事態が起きても、日米やその他の参加国が開催国である中国との関係悪化を覚悟して台湾を強く擁護する可能性は低いとの見方を示した。
国民党幹部は、選挙直前のAPECは国民党がコントロールできない外部要因だと認める。
国民党には中国側との意思疎通のルートがあるものの、APECのような重要な国際外交の場では有効に機能するとは限らず、事前に突発事態を把握することも、発生後に問題を調整することも難しい。実際に何か起きれば、事態に応じて危機対応を行うしかないという。
また、中国外交部と国台弁は最近、台湾が2026年のAPEC関連行事に円滑に参加するためには「一つの中国原則」を守ることが前提だと繰り返し言及している。
これに対し頼政権は、台湾の正式かつ合法的なAPECの会員名称は「Chinese Taipei(中華台北)」であり、台湾を排除したり格下げしたりする北京側の対応は受け入れないと反発している。
この国民党幹部は、首脳会議を前にすでに双方の緊張が高まっており、会議期間中に問題が起きる可能性を念頭に、国民党は早期に対応策を検討する必要があるとしている。
5月の米中首脳会談に続き、トランプ米大統領(左)と習近平中国国家主席(右)がAPECで再び会談する可能性がある。(資料写真/AP通信)
民進党の「危険な一手」を懸念 国民党は最悪の事態も想定 国民党の元党務幹部は、頼氏と民進党が2026年の県市長選で重要な勝利を得るため、「危険な一手」に出る可能性も懸念している。
具体的には、北京が受け入れられない首脳代表を意図的に指名したり、会議中に圧力を受けた場合に対立をさらに強めたりすることで、台湾が中国から圧力を受けているとの印象を強め、台湾国内の反中感情を刺激する可能性があるという。
そのうえで、若者や中間層に対し、北京と同じ立場にあるとみなす「親中政党」の候補者に投票で意思を示すよう訴える展開もあり得るとみている。
関係者によると、国民党の選挙対策陣営も同様の状況を想定している。ただ、頼政権が実際にそこまで踏み込むかについては、国民党内でも見方が分かれている。
一部には、米国は頼氏が問題を引き起こすことを望んでおらず、米中首脳会談を円滑に進めるため、米側から強い抑制が働くとの見方がある。
また、APECで台湾が大きな不利益を受ける事態となった場合でも、有権者から「外交上の失敗」「選挙前の政治利用」と受け取られる可能性もあり、必ずしも台湾の人々の同情を集め、民進党の選挙情勢にプラスになるとは限らないとの意見もある。
国民党の選挙対策関係者は、投票前に台湾がAPECで圧力を受ける事態が現実になった場合、それが頼政権の意図によるものか、受け身で起きたものかにかかわらず、国民党として最悪の事態を想定し、緊急対応策を準備しておく必要があると強調する。
ただし、国民党が取れる対応は多くないという。
民進党が「抗中保台」を全面的に打ち出して国民党候補への批判を強める前に、国民党側が先に強い言葉で中国共産党を非難し、各候補も台湾のAPEC代表団を全面的に支持することで、「台湾の尊厳を守る」という主張を民進党だけに独占させないことが必要だとしている。
同時に、頼政権の外交上の失敗によって台湾が不当な扱いを受けたとして政権を批判し、「政権運営が無能で、政治的な操作によって票を得ようとしている」と攻勢に出ることも選択肢になるという。
こうした危機対応で実際に選挙情勢を立て直せるかについては、国民党の選挙対策陣営も確信を持っていない。
それでも、何もしないよりは対応した方がよく、最終的には、台湾の有権者がこうした状況をどう受け止め、どのような投票行動を取るかにかかっているとしている。