防衛省は8月、令和8年(2026年)版防衛白書を公表した。白書は、日本周辺の安全保障環境や防衛政策、自衛隊の取り組みを国内外に説明するため、毎年まとめられている。
今回の白書では、中国、ロシア、北朝鮮など周辺国の軍事動向を分析。第一列島線の重要な位置にある台湾についても、中国による軍事的圧力や中台の軍事力バランスなどを取り上げた。
沖ノ鳥島沖で中露艦艇が共同航行
海上自衛隊は7月19日、沖ノ鳥島の南西約330キロの海域で、中国軍艦3隻とロシア軍艦1隻が共同航行しているのを確認した。
その後、中国海軍のルーヤンIII級ミサイル駆逐艦1隻が、沖ノ鳥島の南西約180キロの海域で射撃訓練を実施した。
射撃訓練を行ったのは、排水量7500トンのルーヤンIII級(052D型)ミサイル駆逐艦で、防空、対艦、対潜ミサイルのほか、130ミリ単装砲などを装備している。
また、2025年12月6日には、沖縄沖で中国軍のJ-15戦闘機が航空自衛隊のF-15戦闘機にレーダーを照射する事案も発生した。
小泉進次郎防衛相は、中国海軍のミサイル駆逐艦などが沖ノ鳥島沖を航行し、日本の排他的経済水域(EEZ)内で射撃訓練を行ったことについて、7月20日に英国南部ファーンボローで行った講演で明らかにした。
日本メディアによると、防衛省関係者は、外国軍艦が他国のEEZ内で射撃訓練を行うこと自体は必ずしも国際法違反に当たらないため、これまでは事案ごとに公表していたわけではないと説明した。
今回は、ロシア軍艦との共同航行などを踏まえ、中露の軍事連携の進展に警鐘を鳴らす目的で、小泉氏の判断により公表したという。
中国を「最大の戦略的挑戦」と位置付け
防衛省は、中国に対する戦略的な評価に変更はなく、引き続き「これまでにない最大の戦略的な挑戦」と位置付けている。
白書によると、2025年は中国の軍事活動が著しく活発化した。中国海軍の空母1隻が初めて硫黄島より東側の海域で活動したほか、空母2隻が同時に太平洋で演習を実施した。
中国軍機による自衛隊機への特異な接近や、約30分にわたる断続的なレーダー照射などの事案も記載した。
防衛省は、中国、ロシア、北朝鮮の3カ国による軍事連携の深化についても重大な懸念を示した。
台湾周辺の軍事演習を注視
台湾メディア「風傳媒(ストームメディア)」は、中国の軍事動向と南西諸島の防衛強化が台湾海峡の平和と安定に与える影響や、無人機とAIの活用による抑止効果について防衛省に質問した。
防衛省は、中国が2025年4月と12月に台湾周辺で包囲型の軍事演習を実施したことに言及。実戦能力の向上を図る動きについて、引き続き注視していると回答した。
無人機で上陸を阻止、AIで意思決定を迅速化
無人機とAI技術が日本の抑止力や対処能力をどのように高めるかとの質問に対し、防衛省は、ウクライナの戦場で無人機が広く活用されるなど、「新たな戦い方」が台頭していると説明した。
敵が日本への着上陸を企図した場合でも、陸海空自衛隊が遠隔操作できる大量かつ安価な無人機を活用し、上陸を阻止することで、抑止力と対処能力を高めることができるとした。
現代戦では膨大な情報を即座に処理する必要があるとして、AIを活用して情報分析や意思決定の過程を迅速化し、「意思決定の優越」を確保することで、防衛の実効性を高める方針も示した。
ロシアへの評価は維持
ロシアについて、防衛省は、今年の白書でも評価に変更はなく、「ロシアの軍事動向は、中国との戦略的連携と相まって、安全保障上の強い懸念」との認識を維持していると説明した。
一方、年次報告書として、2025年中に発生した個別の事案を新たに加えた。
北朝鮮の軍事力が中長期的に強化されるおそれについては、露朝協力によって現時点で北朝鮮の軍事能力が直接向上したと断定することは難しいとした。
ただ、実戦経験や軍事技術の獲得を通じ、中長期的に軍事力が大幅に強化される可能性に強い懸念を示した。
中国の国防予算、日本の約4.6倍
白書は、中国が過去30年間、透明性を欠いたまま国防費を継続的に高い水準で増加させていると指摘した。
中国が公表した2026年度の国防予算は1兆9095億人民元、日本円で約40兆円に達した。日本の同年度の防衛関係費8兆8093億円の約4.6倍に相当する。
白書は、中国の対外姿勢や軍事活動を、日本と国際社会にとって「これまでにない最大の戦略的な挑戦」と位置付けた。
習近平国家主席が中国共産党第20回全国代表大会後に3期目の体制を確立し、中国軍内部で高官の人事異動が相次ぐ中でも、軍の近代化と軍備拡張は減速していないと指摘した。
核弾頭、2030年までに1000発超の可能性
核・ミサイル戦力については、中国が大陸間攻撃能力を継続的に強化していると分析した。
中国は、射程約1万1200キロの大陸間弾道ミサイル「DF-41」や、潜水艦発射弾道ミサイル「JL-2」「JL-3」を配備している。
2024年9月には、模擬弾頭を搭載した大陸間弾道ミサイルを44年ぶりに太平洋へ向けて発射した。
白書は、中国が保有する核弾頭の数が2030年までに1000発を超える可能性があると推定している。
空母3隻、ステルス戦闘機や無人機も配備
海空戦力では、中国が空母「遼寧」「山東」「福建」の3隻を保有している。
「福建」は、中国の空母として初めて電磁式カタパルトを装備した。
中国は、J-20ステルス戦闘機や海軍型のJ-35戦闘機の配備を進めるとともに、WZ-7やTB-001などの無人機を大量に運用し、遠距離での偵察、監視、攻撃能力を高めている。
白書は、中国が海警局、海軍、海上民兵などを連携させ、軍事・準軍事活動の範囲を東シナ海や第一列島線から、西太平洋の第二列島線へ段階的に拡大していると指摘した。
中台の軍事力格差が拡大
台湾情勢について、白書は、中台の軍事力バランスが中国側に有利な方向へ急速に傾いていると指摘した。
防衛省は、軍事力を比較する際には、兵力や装備の数だけでなく、作戦目的、運用態勢、訓練水準、後方支援能力なども考慮する必要があると説明した。
その上で、全体として中台の軍事力格差は拡大を続けているとの認識を示した。
陸上兵力は、中国の約95万人に対し、台湾は約9万5000人となっている。
中国は99型、99A型、96型、96A型などの主力戦車を約5950両保有する一方、台湾が保有するM1A2T、M60A3、CM-11などの戦車は約830両。
中国海軍陸戦隊は約4万5000人で、台湾海軍陸戦隊は約1万人となっている。
白書は、中国が現時点では台湾への大規模な着上陸侵攻を支えるのに十分な水陸両用輸送能力を持たないと分析した。
そのため、民間のRO-RO船を動員するなどして、正規の水陸両用艦艇の輸送能力を補おうとしているとした。
中国の水上艦艇、総トン数は台湾の10倍超
海上戦力では、中国が約110隻の駆逐艦とフリゲートを保有し、水上艦艇の総トン数は約240万トンに上る。
台湾は26隻で、総トン数は約21万トンとなっている。
潜水艦は中国が約70隻を保有する一方、台湾は4隻にとどまる。
航空戦力では、中国の作戦機が約3340機で、このうちJ-10、J-16、J-20、J-35など第4・第5世代の戦闘機が約1838機を占める。
台湾の作戦機は約410機で、F-16V、ミラージュ2000、経国号などの戦闘機は約323機となっている。
白書は、中国が台湾を射程に収める短距離弾道ミサイルや多連装ロケットシステムを大量に配備していると指摘した。
紛争初期にロケット軍が台湾の指揮統制施設、航空基地、港湾、レーダー施設を攻撃し、防衛能力や抵抗する意思を低下させようとする可能性があると分析している。
台湾、非対称戦力や社会防衛を強化
台湾は、国産の天弓3型ミサイルの配備拠点整備を続け、パトリオット3型防空ミサイルも導入している。
一方、白書は、中国による大規模な飽和攻撃に直面した場合、防空ミサイルには数と迎撃能力の面で限界があるとの見方を示した。
台湾は射程約1200キロの雄昇地対地巡航ミサイルを配備し、米国からAGM-84H長距離空対地ミサイルを導入することも決めている。
軍事力の不均衡に対応するため、自爆型無人機や無人艇などの調達を進め、ジャベリン対戦車ミサイルを含む非対称戦力の強化を図っている。
中国軍の活動は「実戦化・宣伝化・常態化」
防衛研究所中国研究室の杉浦康之主任研究官は、白書に掲載されたコラムで、中国軍による台湾周辺での活動を分析した。
中国軍は、2024年5月の頼総統就任後に「聯合利剣-2024A」を実施し、同年10月の国慶節演説後には「聯合利剣-2024B」を実施した。
2025年4月には「海峡雷霆-2025A」、同年12月末には大規模演習「正義使命-2025」を行った。
杉浦氏は、中国の台湾に対する軍事活動について、「実戦化」「宣伝化」「常態化」の三つの特徴があると分析した。
日本周辺で中国軍の活動が拡大
白書は、中国軍の日本周辺における活動が拡大を続け、危険性も高まっていると指摘した。
2024年8月には、中国軍のY-9情報収集機1機が長崎県の男女群島付近で日本の領空を侵犯した。
自衛隊が対領空侵犯措置を開始して以降、中国軍機による日本の領空侵犯が確認されたのは初めてだった。
2025年には、中国の空母が太平洋で艦載機の発着艦を1400回以上実施した。
防衛省は同年6月、中国空母が硫黄島より東側の海域で活動していることを初めて確認した。同じ時期には、中国の空母2隻が太平洋で演習を行っていた。
12月には、中国空母が沖縄本島東方から奄美大島東方にかけての太平洋上で活動した。
尖閣周辺で中国海警船が年間357日活動
尖閣諸島(台湾名・釣魚台列島)周辺では、日本側の統計によると、中国海警局の船舶が2024年11月から2025年10月まで連続335日活動した。
2025年通年では、接続水域での活動が計357日に上った。
日本政府は、中国海警局の船舶が日本の領海とする海域に繰り返し侵入したと指摘している。一方、中国側は釣魚台列島とその周辺海域が中国に属すると主張している。
中国は、日本が排他的経済水域とする海域にブイも設置し、日本側が抗議した。
白書は、こうした行為が安全確保に必要な範囲を超え、危険性が高く、誤認や偶発的な衝突を引き起こす可能性があると指摘した。
中露爆撃機、四国沖まで共同飛行
防衛白書は、中国、ロシア、北朝鮮の軍事協力の緊密化にも警戒感を示した。
中国軍とロシア軍は2019年以降、長距離爆撃機による共同飛行を10回実施している。
2024年11月には、中国が空中給油能力を持ち、核兵器を搭載できるH-6N爆撃機を初めて共同飛行に参加させた。
2025年12月には、中露の爆撃機が初めて沖縄本島と宮古島の間を共同で通過し、四国沖の太平洋まで飛行した。
両国海軍は、日本列島を周回する共同航行も複数回実施。2025年8月には、日本海と南シナ海で共同演習を行った。
北朝鮮の実戦経験や技術獲得に懸念
習主席は2025年9月、金正恩委員長を北京に招き、「中国人民抗日戦争および世界反ファシズム戦争勝利80周年記念大会」に出席させ、中朝首脳会談を行った。
中国が、海上での物資の積み替えを通じた北朝鮮の禁制品取得を十分に阻止していないとの批判があることも取り上げた。
日本は、北朝鮮がロシアへの派兵や武器供与を通じて、ミサイル運用の実戦経験や関連技術を獲得し、中長期的に軍事力を強化する可能性に強い懸念を示している。
無人アセットや統合防空能力を整備
白書は、安全保障環境の悪化を踏まえ、スタンド・オフ防衛能力、無人アセット、統合防空ミサイル防衛能力などの整備を進める方針を示した。
統合作戦司令部の新設を通じ、陸海空自衛隊に加え、宇宙、サイバー、電磁波などの領域を含む統合作戦の実効性を高めるとしている。
中国による日本海、東シナ海、太平洋、南シナ海での軍事活動に対しては、情報収集や警戒監視、24時間の即応態勢を強化する。
領空侵犯や特異な接近、レーダー照射などについては、中国側に抗議し、再発防止を求めるとともに、国防政策や軍事活動の透明性を高めるよう促す方針だ。
日米同盟を安全保障政策の基盤とし、オーストラリア、韓国、欧州連合(EU)、太平洋島嶼国などとの協力を深め、法の支配に基づく国際秩序を維持するとしている。
力や威圧による一方的な現状変更の試みにも反対する姿勢を示した。
「安保3文書」の前倒し改定に対応
防衛省は、今年の白書のテーマを「未来へつなぐ安全保障」としている。
日本政府が2026年中に、国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画の「安保3文書」を前倒しで改定する予定であることにも対応した。
新版では、防衛生産・技術基盤に関する内容を第4部として独立させ、無人機、人工知能、新たな戦い方などを新たに取り上げた。
防衛省は、ウクライナで見られるように、大量の無人機が砲弾やミサイルと組み合わされ、大規模な複合攻撃を形成する可能性があると指摘した。
AIやサイバー技術によって軍事上の意思決定が迅速化し、装備や戦術の更新サイクルも大幅に短くなっているとした。
弾薬や部品、生産能力を含む継戦能力の確保を、政策上の重点に位置付けている。
生成AIでショート動画を制作
防衛省は、国民が防衛政策に触れる機会を増やすため、初めて生成AIを活用したショート動画を制作する。
X、YouTube、InstagramなどのSNSで発信するほか、ビジュアル版の白書冊子も発行する予定。
自衛隊の人員については、2025年度の自衛官採用者数が1万1177人となり、前年度から1453人増えた。中途退職者は980人減少した。
防衛省は、待遇や職場環境の改善が一定の効果を上げているとの認識を示す一方、現在の人員は依然として定員を下回っているとしている。