ミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪が閉幕した。今大会、フィギュアスケートの舞台で最も観客の心を揺さぶったシーンの一つは、台湾から現れた若き新星、李宇翔(リー・ユーシャン)選手が氷上で見せた気高き姿であった。
19歳の李宇翔選手は、男子シングル決勝で合計214.33点を獲得し、総合23位という結果を残した。順位以上に、彼が刻んだのは台湾フィギュアスケート界にとって歴史的な一ページである。
亞熱帯の島から世界へ:逆境を覆した情熱
冬季オリンピックはスキー、スケート、ボブスレー、リュージュ、アイスホッケーなどの種目を網羅しているが、気候が温暖で一年中氷雪を見ることが難しい台湾にとって、これは本来馴染みのある舞台ではなかった。
しかし、一見して有利とは言えないこのような環境の中で、李宇翔選手は純粋な情熱と不屈の意志を武器に、一歩ずつ世界の舞台へと滑り出した。彼の出現は、単なる個人の突破にとどまらず、「台湾の選手であっても、氷の上で優雅かつ力強く輝ける」ということを世界に知らしめた。
李宇翔選手が初めてスケート靴を履いたのは8歳の時。祖母に連れられ、西門町のスケートリンクに足を踏み入れた瞬間、彼の世界は一変したという。氷の上の魔法に魅了されたその日に、フィギュアスケート選手になるという夢の種が蒔かれた。
それ以来、李宇翔選手は祖母に手を引かれ、連日のようにリンクへと通い詰めた。来る日も来る日も繰り返される厳しい練習の中で、彼の才能は次第に開花していったのである。こうして李宇翔選手は正式にフィギュアスケートの道を歩み始めた。それは氷の上から始まり、世界の舞台での開花へと続く道であった。
「地元育成選手」として初の決勝進出
李宇翔選手の決勝進出は、台湾にとって28年ぶりの快挙であった。特筆すべきは、彼が「台湾本土で育成・訓練を受けた初の男子選手」として五輪の決勝に進んだという点だ。
五輪の切符を手にした際、李宇翔選手は激動のあまり涙を流した。後のインタビューで、彼はスケート人生で最も感謝している人物として祖母の名を挙げた。祖母は毎朝早くに起きて練習に付き添うだけでなく、彼の心身を支える最大の拠り所であり、メンターのような存在であった。
2026年2月11日、祖母が見守る中で李宇翔選手はショートプログラム(SP)に臨んだ。そこでマークした72.41点は、自身の持つ自己最高記録を更新する会心の滑りとなった。決勝進出が決まった瞬間、彼は感極まって祖母の懐に飛び込んだ。その姿は、会場全体の感動を誘った。
早朝4時の台北アリーナ:孤独な努力の結末
「フィギュアスケートの普及」を人生の目標に掲げる李宇翔選手にとって、その道はスタート地点から険しいものだった。かつてのインタビューで、彼は台北アリーナの一般開放前に練習するため、毎日早朝4時や5時に起きていたことを明かしている。
時には観光客で賑わうリンクで動作を磨き、練習を終えると急いで学校へと向かう日々。限られたリソースの中で世界のペースに追いつくため、自費で海外遠征を繰り返す必要もあった。
しかし、そのような逆境があったからこそ、李宇翔選手の滑りには独特の深みが宿った。彼のジャンプと着氷のひとつひとつは、単なる技術の披露ではない。亜熱帯の島から環境に抗い、前進し続けてきた「決意」と「勇気」そのものであった。19歳の新星がミラノの地で見せた優雅なる挑戦は、台湾のウィンタースポーツに新たな希望の光を灯した。
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編集:梅木奈実















































