トップ ニュース 【呉典蓉コラム】史上最高の米台協定、売られたのはTSMCだけではない?
【呉典蓉コラム】史上最高の米台協定、売られたのはTSMCだけではない? 行政院副院長の鄭麗君氏、行政院通商交渉オフィスの楊珍妮総代表が、米側と「米台相互貿易協定(ART)」について合意に達し、署名を完了した。(写真:行政院提供)
「米台相互貿易協定」(ART)は、米台史上最高の協定なのだろうか。それは誰の視点に立つかによる。米ワシントンおよびドナルド・トランプ氏の視点からすれば、ARTは信じられないほど好都合なものだ。しかし、台湾にとっては双方が利益を得る「ウィンウィン」の関係ではない。米国側は紙切れ一枚の協定を通じて、台湾当局にあらゆる交渉カードを放棄させたからだ。台湾が失ったのは半導体受託生産大手・TSMCだけではない。実のところ、これは「主権譲渡協定」といえるものである。
トランプ氏は、大統領権限で発動できる行政命令によって世界各国に関税戦争を仕掛け、いわば「空売り」のような手法で交渉カードを作り出し、「相互関税」を名目に世界中に譲歩を迫っている。トランプ政権は関税という強大な武器を握っており、対抗できるのは中国くらいで、その他の国々は「領土割譲や賠償」のような譲歩を余儀なくされている。関税戦争は最終的に米国にとっても利益になるとは限らないが、より有利な関税条件を引き出すため、米国の主要な貿易相手国はいずれも関税以外の分野で譲歩せざるを得ない状況だ。問題は譲歩の多寡にあるが、その中で台湾は最も多くの譲歩を強いられたと言える。米国側が台湾に求めた巨額投資について、元行政院副院長の施俊吉氏はかつて、これらの資産は数世代にわたる台湾人の蓄えであり、我々の世代がそれを米国人に差し出す権利がどこにあるのか、と痛烈に批判している。
内臓のラクトパミン残留基準緩和 頼政権が一挙に武装解除 しかし、台湾が差し出したのはTSMCだけにとどまらない。米国は今回の交渉過程で、過去の米台間の重大な懸案事項を一挙に解決させた。しかも、そのすべてが台湾側の譲歩によるものである。換言すれば、トランプ政権は周到な準備のもと、米台間の非関税貿易障壁を一度に撤廃しようとしたのだ。中でも最も注目されるのが、米国産牛肉・豚肉に含まれるラクトパミン(肥育促進剤)の残留基準問題である。ARTにおいて、台湾は米国産牛ひき肉および心臓、肝臓、腎臓などの内臓、さらに30ヶ月齢以下の頭蓋骨、脳、眼球、脊髄の輸入を解禁した。内臓の輸入項目に関して、協定は台湾に対し国際食品規格委員会(Codex)基準に準拠するよう求めている。表面的には合理的だが、重要なのは台湾人には内臓を食べる食習慣があり、内臓は他の部位よりもラクトパミンの残留リスクが高いという点だ。そのため、台湾国民は過去、Codexよりも厳しい基準を求めてきた。歴代総統もこの点を譲らず、在任中に米台関係が最も良好だった蔡英文・前総統でさえ規制緩和には慎重だった。ところが、台湾総統の頼清徳氏率いる現政権は、いとも簡単にこの防壁を取り払ってしまったのである。
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台湾はラクトパミン基準を引き下げただけでなく、検査権も放棄した。協定では、台湾政府が2021年から実施していた「輸入牛肉検疫および検査作業手順」の取り消しが求められている。政府による水際対策がなくなり、ラクトパミンを含む米国産牛肉がフリーパスで流入することになる。
米国製医薬品・自動車の輸入 台湾側の監督・検査が及ばず 同様に国民の健康に関わる問題として、医薬品の分野も挙げられる。協定には「米食品医薬品局(FDA)が承認した医薬品は、協定発効後6ヶ月以内に台湾での薬事承認を自動的に取得する」と明記されている。台湾人と米国人の体質の差異は考慮されておらず、台湾の規制当局である食品薬物管理署の存在意義も無視されている形だ。さらに協定は、米国製医薬品を台湾の健康保険制度に確実に組み込むことを求めており、台湾当局は主権を放棄し、米国製医薬品に対して完全な無防備状態となる。台湾政府は医薬品への監督権を放棄しただけでなく、米国からの輸入車に対しても同様の措置をとっている。米国車は関税が免除されるだけでなく、協定発効の6ヶ月後には検査も免除される。台湾は米国の検査メカニズムを完全に信頼しなければならず、そこに台湾当局が関与する余地はない。
国防予算が貿易協定に 民進党政権と米国による「野党封じ」か この協定には、台湾政府に主権行使の放棄を求める条項が随所に見られる。その中でも類を見ないのが、ARTにおいて「国防支出を少なくとも国内総生産(GDP)の3%とする」と明記された点だ。予算権と国防戦略は国家主権の核心に属する事項である。ワシントンはこれまでも外交的手段を通じて台湾に国防予算の増額や武器購入を「強要」してきたが、今回は商業協定を通じて金額を明記させるという、さらに強硬な手段に出た。これは明らかに中華民国の主権を侵害する行為であり、将来の政府の予算権をも侵害するものである。
主権維持を声高に叫ぶ頼政権が、なぜ米国に対してはこれほどまでに譲歩したのか。表向きは米国の関税圧力に対するやむを得ない譲歩に見える。しかし、台湾は先端半導体の米国への大規模移転を容認し、これについては米商務長官に指名されたハワード・ラトニック氏のような強硬派でさえ素晴らしい成果だと評価している。それにもかかわらず、頼政権はなぜラクトパミン入り牛肉の開放、医薬品の検査なし輸入、自動車の無税・無検査輸入まで差し出す必要があったのか。これらの品目は、実は米国が長年にわたり台湾政府に開放を求めてきたものである。頼政権はこれらを一度にすべて譲り渡す必要があったのだろうか。ARTがトランプ氏にとっての「ハッピーリスト」あるいは「魔法の箱」のように見えるのも無理はない。逆に言えば、これは台湾にとっての「苦痛リスト」である。単なる物品の市場開放にとどまらず、国民の健康権および政府の監督権という主権行為までもが放棄されているからだ。国民の健康権を犠牲にするのは米国への迎合かもしれないが、国防予算の「GDP比3%」を経済協定に盛り込んだことは、民進党政権と米国が共謀し、国防予算を盾に野党に踏み絵を迫るものに見える。国民にどちらにつくかを迫り、中台間の平和の可能性を放棄させる狙いがあるのではないか。この視点から見て初めて、国防予算の下限を経済協定に盛り込む「必要性」が理解できる。
皮肉なことに、トランプ氏は議会で多数派を占めているにもかかわらず、議会を通じて安定した関税制度を構築することには消極的だ。彼の掲げる相互関税は、仮に米連邦最高裁判所で違法と判断されなくとも、次期大統領や将来の議会が同様の措置を継続するとは限らない。しかし、トランプ氏が蜃気楼(行政命令)の上に築いたこの交渉戦略は、台湾国民と将来の政府を恒久的に拘束することを意図している。立法院がこれを阻止できなければ、たとえ政権交代が起きても、台湾はこの「主権譲渡協定」に縛られ続けることになる。確かにこれは米台史上「最も有利な」協定であるが、その恩恵を受けるのは米国だけである。
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