中国の開発者が最近、米AI新興企業Anthropic(アンソロピック)のAIアシスタント「Claude(クロード)」に音楽アプリの宣伝コンテンツを作らせたところ、「台湾独立」という4文字が入っていたとネット上で訴えた。削除を求めてアプリの公開も取りやめたところ、翌日、自身のClaudeアカウントが停止されていることに気付いたといい、同社による「釣魚執法(おとり捜査)」ではないかと疑っている。
台湾ではTVBS、自由時報、中華電視(華視)、東森新聞雲(ETtoday)などが10月13日から相次いでこの件を報じた。ただ複数の報道は、「Claudeが意図的に機微な言葉を埋め込んだ」との主張は裏付けられておらず、Anthropicが本人に送った停止通知に記された理由は「サポート対象地域に関するポリシー」だったと伝えている。
経緯:10月10日に文言に気付き、11日にアカウント停止
複数のメディアによると、当事者は10月12日、中国のメッセージアプリ「微信(WeChat)」の公式アカウント「CroWall」に投稿した。10月10日にClaudeであるアプリの宣伝コンテンツを作った際、その中に「台湾独立」の4文字があるのに気付いたという。すぐにアプリの公開を取りやめ、今後生成する内容に政治的に機微な言葉を入れないようClaudeに求めた。
報道によると、翌日に再びログインしたところ、Claudeのアカウントが停止されていた。自由時報は、米国時間では、アカウント停止は本人が要求を出したのと同じ日になると付記している。
当事者によると、このアカウントは2023年3月に登録し、3年7カ月にわたって使ってきたもので、上位プラン「Claude Max」も3カ月近く契約していた。
停止通知の内容:自動システムが「サポート対象地域ポリシー違反の可能性」を検知
報道によると、当事者が公開した公式通知には、Anthropicの自動化システムがこのアカウントについて「サポート対象地域に関するポリシー」に違反している可能性を検知し、チームによる審査を経て利用権限の取り消しを決めたと記されていた。
通知には特定のキーワードへの言及はなく、特定の生成内容にも触れていなかった。
当事者の使い方と推測
報道によると、当事者は使い始めた当初はかなり慎重で、パソコン全体の通信をプロキシ経由にする「グローバルプロキシ」を使ったうえで、システムの言語を英語に切り替え、指示も英語で出していた。
約1カ月使っても停止されなかったため警戒を緩め、プロキシは使い続けたものの、指示は簡体字の中国語で出すようになったという。自由時報は、プロキシ以外に対策を取っていなかったため、Anthropic側が自分を中国からの利用者と判断するのは難しくなかったはずだと、当事者が考えていると伝えた。
・Anthropic側は以前から自分のアカウントを停止しようとしていた可能性があるが、アカウントの登録時期が早く(2023年3月)、自動化タスクも走らせていたため、これまでフィルタリングの網にかからなかったのではないか。
・「典型的な新規アカウント」をあらかた整理し終えたAnthropicが古いアカウントの整理に乗り出し、自分に対して「おとり捜査」、つまり生成内容に機微な言葉を意図的に紛れ込ませて反応を試したのではないか。
・「台湾独立」の4文字を機微な言葉と受け止めるのは中国本土のユーザーだけなので、自分はわなにかかり、人による審査の仕組みが作動したのではないか。
当事者はAnthropicに異議を申し立てたが、アカウントを取り戻すためではなく、解除されないことは分かっているとして、不満を伝えるためだと説明している。
TVBSも記事の末尾で、アカウント停止に特定のキーワードが関係しているのか、Anthropicが本当に「おとり捜査」をしたのかは、現時点で明らかになっていないと付記した。
「音楽用語」説が浮上、当事者も確認できないと認める
この件が明るみに出ると、ネット上では「台湾独立」という表示は政治的な意味ではなく、台湾華語ポップスのインディー系音楽を示していた可能性があるとの指摘も出た。
ETtodayによると、当事者はこうした用法を知らなかったと認め、Claudeが意図的にこの言葉を入れたのかどうかは確認できないとも述べた。
「媒角抵加News」の記事(台湾のポータルサイト「Yahoo奇摩」「蕃新聞」に転載)は、問題になったのは音楽アプリの宣伝画像に表示されたプレイリスト名で、それを当事者が政治的に機微な言葉と受け取ったと指摘した。
同記事は中国のIT系掲示板「V2EX」のスレッドを引用し、当事者が77番目の書き込みで、アカウント停止と宣伝画像の修正要求との因果関係は自分の推測だと認め、20番目の書き込みでは米国のIPアドレスを使うプロキシを経由していたと述べていたと伝えた。
同記事の整理では、「Claudeが意図的に言葉を埋め込んだ」との主張は裏付けられておらず、個別のアカウント停止の実際のきっかけは分かっていない。
報道間の食い違い
複数の報道を総合すると、細部は必ずしも一致していない。
・投稿先とアカウント名:TVBS、自由時報、華視、ETtodayは、当事者が微信の公式アカウント「CroWall」に投稿したとしている。一方、媒角抵加Newsは、投稿者はV2EXのユーザー「Lucups」で、元の投稿のタイトルは「Claudeにおとり捜査された、この手口には参った」だったとしている。本稿が調べた資料では、両者が同一人物かどうかを明確に示すものは見当たらなかった。
・日付:当事者の投稿は10月12日で、TVBSの報道は10月13日、華視の記事のURLに記された日付も2026年10月13日だった。
Anthropicの地域ポリシーと中国のユーザー
Anthropicは中国本土をClaudeのサポート対象地域としていない。
同社のサポート対象地域ポリシーでは、中国本土など対象外地域からの利用に加え、対象外地域に設立・本社を置く企業や、対象外地域の個人・企業に直接または間接的に過半数を所有・支配されている法人による利用も制限している。
フランス通信(AFP)は、それでも中国のユーザーがVPN(仮想私設網)や第三者の中継サービスを通じて利用できる場合があると報じた。媒角抵加Newsは、Claudeの公式サポート対象地域一覧には台湾が含まれ、中国本土は含まれていないと伝えている。台湾の利用者についても、企業の所在地や支配関係に関する制限を満たす必要がある。
Anthropicがこうしたポリシーをどのように運用しているかは、ここ数カ月、たびたびニュースになってきた。
背景:Claude Codeの隠れた検知機能をめぐる騒動
今回の件の前にも、Anthropicのプログラミング支援ツール「Claude Code」が6月末から7月にかけて、中国のユーザーをめぐる別の騒動を引き起こしていた。この件は対話型アシスタントのClaudeではなく、Claude Codeに関するものだ。
・発覚:6月30日、米掲示板「Reddit」のユーザー「LegitMichel777」が解析結果を公表し、2026年4月2日公開のClaude Codeバージョン2.1.91以降、プロキシを使っているユーザーが中国にいるか、中国のドメインに接続しているか、中国のAI研究機関と関係があるかをひそかに調べていると指摘した。
・検知の方法:独IT専門メディア「The Decoder」によると、プログラムはシステムのタイムゾーンを「Asia/Shanghai」「Asia/Urumqi」と照合し、プロキシのURLに中国のドメインやAI研究機関が含まれているかを調べていた。
結果は、システムプロンプト内の日付の書式を変えたり、「Today's date is」のアポストロフィーを見た目がよく似た別の文字に置き換えたりする「ステガノグラフィー(情報隠蔽技術)」の手法で送り返されていたとされる。このコードは鍵「91」を使ったXOR演算で難読化され、バージョン2.1.91のリリースノートにも記載がなかった。
・中国当局の反応:7月8日、中国工業情報化省の「ネットワークセキュリティー脅威・脆弱性情報共有プラットフォーム(NVDB)」は、Claude Codeのバージョン2.1.91~2.1.196について「セキュリティー上のバックドアの恐れ」があり、利用者の同意なく地域や身元の識別につながる情報を外部に送信する可能性があるとして、アンインストールまたは最新版への更新を促す注意喚起を出した。
Anthropicは「バックドア」との位置付けを否定し、この仕組みはモデル蒸留などへの対抗を目的とした一時的な安全措置だったと説明している。
報道によると、アリババ集団も社員に対し、7月10日以降は業務でClaude Codeを使わないよう求めた。
これらの報道が伝える検知の根拠は、タイムゾーン、プロキシのURL、ドメイン、AI研究機関との関連といった技術的な信号であり、本稿が調べた報道の中には、政治的な言葉を検知や遮断の根拠にしていると伝えるものはなかった。
背景:「蒸留」対策とアカウント停止の規模
Anthropicは今年、中国のAI企業がClaudeに対して「蒸留」、つまり大量に取得したモデルの出力を自社モデルの訓練に使う行為をしていると繰り返し公に指摘してきた。
2月、AnthropicはDeepSeek(ディープシーク)、Moonshot AI(月之暗面)、MiniMax(稀宇科技)が約2万4000の偽アカウントを使って1600万回を超えるやり取りを行ったと指摘した。
6月には、アリババに関係する運営者が2万5000近い偽アカウントを使い、2880万回を超えるやり取りを行ったと指摘した。アリババはこの指摘について公にはコメントしていない。
英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)は、Anthropicが「無許可の利用」に対してより厳しい措置を取る方針だと報じた。
同紙によると、アント・フィナンシャルはシンガポールの子会社の社内ネットワークを通じて制限を回避していたとされ、北京字節跳動科技(バイトダンス、動画アプリ「抖音=中国版TikTok」の運営会社)は、社員が個人で契約したClaudeの料金を会社が経費として精算し、社員がVPN経由で利用していたとされる。
アカウント停止の全体の規模については、香港のIT系メディア「unwire」がAnthropicの透明性データを引用し、2026年上半期に計1140万のアカウントが停止され、異議申し立ては39万8000件だったと伝えた。
分析サイト「we0.ai」の整理によると、同じ期間に約4万2000件でアカウント停止措置が取り消され、その比率は異議申し立て全体の約10.6%だった。
同サイトは、「アカウント」は「一般の利用者」と同じではなく、異議申し立てが認められた割合を、そのまま執行の誤判定率とみなすべきでもないと注意を促している。また、個々の利用者による苦情は個別の事例にすぎず、そこから一般的な傾向を推論することはできないとしている。