中国政府は、新規定の目的について、「出境入境管理を規範化し、合法的な権益を保障するとともに、国家主権、安全、発展利益を守るため」と説明している。
規定は全19条で、一見すると行政手続きを定める関連法規にすぎないようにみえる。しかし、近年、中国で国家安全をめぐる法制度が拡大を続け、人の移動に対する管理が精緻化していることを踏まえると、その意味は単なる新たな行政法規にとどまらない可能性がある。
新規定は、過去数年にわたり段階的に強化されてきた出国制限の流れを引き継ぐものだ。一般市民の出国を全面的に禁止するものではなく、すべての人に対して出国前の追加承認を義務づけるものでもない。
一方、条文や中国政府の説明を詳しく読み、インターネット上の反応と照らし合わせると、小規模で迅速かつ機動的な「小快霊」型の今回の立法は、これまで根拠が分散していた既存の措置を一つの法規にまとめたものだと分かる。全く新しい制度が導入されたわけではない。
科学技術の安全保障や人の移動をめぐる管理強化については、米国や欧州、台湾でも近年、関連する法整備が進められている。ただし、中国の新規定は、実際の法執行に広い解釈の余地を残している。
「自由な出入国」から「リスク管理」へ 新規定の中で特に注目されているのが、いわゆる「出国安全リスク防止制度」の構築だ。
規定によると、中国の外交部や文化・旅遊部などの関係部門は、海外の安全情報や旅行リスク情報を継続的に発表する。中国国民には、政府が発表する情報に注意を払い、リスクの高い国や地域への渡航や滞在を避けることが求められる。
中国政府は、中国国民の海外での安全を保障することが目的だと説明している。
この内容だけをみれば、多くの国が発表する海外渡航情報と本質的な違いはない。
しかし注目すべきなのは、中国政府が「国民の出国」を単なる個人の旅行の自由として扱うのではなく、国家安全をめぐる統治の枠組みに正式に組み込み始めた点だ。
近年、中国政府は「総体的国家安全観」を繰り返し強調してきた。安全の概念は従来の国防だけでなく、金融、科学技術、データ、食糧、公衆衛生、さらには人の移動にまで拡大している。
今回、出国時の安全対策が行政法規に盛り込まれたことは、国境を越える人の移動が、単なる行政サービスではなく、国家統治の一部になりつつあることを意味する。
中国政府は、新たな措置について、中国人の出国者数が増加する中、詐欺被害に遭うケースや、虚偽の理由で違法に出国し、越境賭博や電気通信詐欺に従事する行為、技術を違法に国外へ移転する行為などに対応するためだと説明している。
シンガポール紙『聯合早報』なども、中国政府が「必要に応じて渡航を思いとどまらせる」と説明したことを報じた。
この措置は中国国内で直ちに議論を呼び、週末のソーシャルメディアでは、この条項が大きな話題となった。
中国のネットユーザーからは、「勧阻」は法律上の「出国禁止」と同じではないとの指摘が出ている。
旅行者がなお渡航を希望し、提出書類にも不備がない場合、出国は認められるのか。最高レベルのリスクを認定する基準や手続きは何か。実際の運用を判断するのは誰なのか。
こうした点は明確にされておらず、実際の法執行に懸念を残している。
中国が掲げる「ハイレベルな対外開放」と「総体的国家安全観」が併存する中、出入国管理の重点は次第に後者へと傾きつつある。(写真/AP通信)
「真実・適法」が鍵に 期限の上限が示されない技術安全条項 もう一つ見落とされやすい内容が、すべての出入国や滞在、居留に関する申請について、その事由が「真実かつ適法」であることを求めた点だ。
法文上は、一般的な誠実性を求める規定のようにみえる。
しかし実際には、「真実」や「適法」をどのように判断するかは、行政機関の裁量に委ねられる場合が多い。
中国では近年、出国制限や証明書類の発給延期、追加資料の提出要求などが、裁判所の判断を経ず、行政手続きの中で行われたとされる事例も少なくない。
こうした規定は、一部の海外在住中国人にとって極めて曖昧なものと受け止められている。
中国・山東省の公的部門に勤務した経験を持ち、現在はオーストラリアに在住する中国出身の政治経済学者、司令氏は取材に対し、「曖昧な条項は西側諸国の人々に大きな疑問を抱かせると同時に、中国が出国管理を引き締め始めたことを改めて示している」と指摘した。
一方、中国政府は新規定に関する記者会見で、「中国の扉は常に、ますます大きく開かれている」と繰り返し強調した。
さらに、輸出管理や技術の輸出入管理などの規定に違反し、「国家の産業安全や技術安全に危害を及ぼす可能性」がある場合、商務部などの主管部門は出国を認めない決定を下すことができる。
この規定には、出国制限の最長期間や再審査の周期、解除条件が明記されていない。
また、国外で国家安全や国家利益を損なう違法な犯罪活動を行った場合、帰国後に6カ月以上3年以下の出国制限が科される可能性がある。
「可能性」という表現は、認定基準を「すでに危害を与えた場合」から「潜在的なリスクがある場合」にまで広げるものだ。認定や運用の幅は極めて広い。
これは、中国が近年進める科学技術の自立や輸出管理の強化とも軌を一にしており、科学技術分野の人材や特定産業の従事者に与える影響は、一般の旅行者より大きくなる可能性がある。
また、「国外で国家安全に危害を及ぼす行為」をめぐる規定は、「民族団結進歩促進法」と潜在的に関連する可能性も指摘されている。
こうした人々にとっては、帰国を断念するか、中国の管轄下にある香港、マカオ、中国本土での乗り継ぎを避ける必要が生じるとの懸念もある。
関連規定の具体的な運用方法については、中国政府による説明の場でも詳細に明らかにされなかった。
新規定第6条は、出国を認めない決定を下した場合、原則として、事実、理由、根拠、救済手段を書面で当事者に通知しなければならないと定めている。
ただし、国家安全や刑事事件の捜査などに関係する場合、通知しないことも認められている。
これは、空港に到着して初めて出国できないと知るケースが、今後も発生し得ることを意味する。
中国政府が「根拠のない出国制限は存在しない」と説明する一方、国家安全に関係するかどうかを判断するのは当事者ではなく、執行機関となる。
その判断基準をめぐっては議論が続いており、中国国内の一部からは、新たな「人権迫害」につながるとの批判も出ている。
「人の管理」から「サービスの管理」へ 電子データと仲介業者にも規制を拡大 今回の新規定では、出入国に関する仲介サービスに対し、届け出による管理を実施することも初めて明確に定められた。
中国政府は、留学、移民、就労、ビザなどを扱う仲介市場の秩序を整えることが目的だと説明している。
しかし制度の設計をみると、政府の管理対象は、出入国する本人だけではない。
情報を提供する業者、手続きを代行する業者、国境を越えるサービスを手配する業者など、サービスに関わる一連の事業者にも及ぶ。
このような統治モデルは近年、ライブ配信、教育、金融プラットフォームなど、中国のさまざまな産業で広くみられる。
全面的に禁止するのではなく、届け出制度やプラットフォームの責任、行政による監督を通じて、政府が業界全体の動向を把握し、管理する力を強める手法だ。
中国国内では、こうした措置が、国外逃亡を図る汚職官僚への抑止になるとの見方もある。
しかし実際には、同様の密航行為は現在も存在している。
記者は以前、中国のSNS「小紅書(RED)」で、「ビジネスコンサルティング」を名乗る複数の業者を確認した。
これらの業者には、出国制限の解除に関するサービスを遠回しに宣伝しているという共通点があった。
こうしたアカウントは昨年末ごろから増え始め、本稿執筆時点でも確認できる。
記者はその後、「出国制限の解除」を理由に、ある「ビジネスコンサルティング会社」に接触した。
業者は、航空券代を含まない8万元で出国できると説明し、手配場所は遼寧省瀋陽市だとした。
これについて、吉林省の公的部門に勤務する読者の李氏は、「提示された画像の業者は悪質な仲介業者である可能性がある。金を受け取った後に『手続きできなかった』と言われる可能性があり、最終的に返金されることも期待できない」と話した。
記者が中国のSNS「小紅書(RED)」で確認した、悪質な仲介業者とみられる投稿。投稿へのコメントは、教師や公的部門の末端職員とみられるユーザーからのものが多かった。記者が小紅書を通じて接触した業者は、8万元を支払えば問題なく「出国できる」と説明した。(画像/田暢氏提供)
全面的な鎖国ではなく、制度化された管理強化 過去10年間、中国はビザ免除対象の拡大や、外国人が訪中しやすい環境の整備など、対外開放を継続的に進めてきた。
一方、国内統治では、国家安全とリスク防止が一段と重視されている。
一見すると矛盾しているようだが、実際には二つの政策が並行して進められている。
対外的には人の流れを呼び込みながら、国内では人の移動をより精密に管理するという統治モデルだ。
中国が掲げる「ハイレベルな対外開放」と「総体的国家安全観」が併存する中、出入国管理の天秤は、次第に後者へと傾きつつある。