7月の台湾では、スーパーから一部のボトル入り食用油が撤去され、コンビニでも一部の弁当やパンが販売停止となった。台中港に拠点を置く中聯油脂が製造した大豆サラダ油の一部ロットから、発がん性物質のベンゾ[a]ピレンが法定上限の約4倍検出されたためだ。
関連する油脂は、調合や小分け、食品加工を経て幅広い商品に使用されていた。流通先の確認対象は一時1000社を超え、台湾の全22県・市に拡大。調味料やパン、焼き菓子、冷凍食品、調理済み食品など、数百品目が予防的な店頭撤去の対象となった。
ただし、予防的な撤去や流通経路の確認対象になったからといって、すべての事業者の商品で基準値超過が確認されたわけではない。
本稿では、台湾で「毒油問題」とも呼ばれる今回の食品安全問題について、発覚から通報、回収に至る経緯、制度上の課題、消費者が確認すべき情報を整理する。
ベンゾ[a]ピレンを法定上限の約4倍検出
中聯油脂は2026年6月30日、同社が製造した大豆サラダ油の一部ロットから、ベンゾ[a]ピレンが1キログラム当たり8.1マイクログラム検出されたと所管当局に通報した。
台湾が一般的な食用油脂に定める上限値は1キログラム当たり2.0マイクログラムで、検出値は約4倍に相当する。
ベンゾ[a]ピレンは、多環芳香族炭化水素(PAHs)の一種。国際がん研究機関(IARC)は、ヒトに対する発がん性が認められる「グループ1」に分類している。
ただし、基準値を超えた油を一度口にしただけで、直ちにがんを発症することを意味するものではない。実際の健康リスクは、摂取量や頻度、曝露期間などによって異なる。
台湾の上限値は、欧州連合(EU)がベンゾ[a]ピレン単体に定める上限値と同じだ。一方、中国が食用油に定める上限値は1キログラム当たり10マイクログラムで、日本では食品中のPAHsについて一律の基準値は設けられていない。
このため、同じ8.1マイクログラムでも、台湾とEUでは基準値超過となる一方、中国の食用油に対する上限値だけと比較すれば、基準内となる。
問題の油約1300トン、全22県・市へ流通
最初に問題が明らかになった油は約1300トン。4月以降、泰山企業、福寿実業、福懋油脂へ順次出荷され、その後、小分けや調合、食品加工を経て川下の事業者へ流通した。
問題発覚後、当局は流通経路の確認を段階的に進めた。予防的な店頭撤去の対象は数百品目に広がり、調味料、パンや焼き菓子、冷凍食品、調理済み食品なども含まれた。
影響を受けた可能性がある事業者や、流通状況の確認が必要な事業者は一時1000社を超え、台湾の全22県・市に及んだ。
一方、流通経路の確認対象になったことと、その事業者が扱った商品から実際に基準値を超えるベンゾ[a]ピレンが検出されたことは、分けて考える必要がある。
上流企業と下流3社を結ぶ資本関係
中聯油脂は1995年、泰山企業、福寿実業、福懋油脂の共同出資によって設立された。3社はそれぞれ約3分の1の株式を保有している。
中聯油脂は単なる外部の原料供給会社ではなく、株主3社が共同で利用する原料調達と一次搾油の拠点でもある。
3社が共同で大豆を調達し、台中港に到着した原料を中聯油脂が一次搾油。その後、各社の工場へ運び、精製、調合、小分けを行う仕組みだ。
つまり、問題の油を最初に受け取った川下の3社は、同時に川上企業である中聯油脂の株主でもあった。
公開されている時系列によると、川下で最も早く基準値超過を確認したのは、こうした資本関係に加わっていない南僑だった。
ブランドが異なっていても、供給網まで別とは限らない。中聯油脂が供給する油脂は台湾市場で大きな割合を占め、一部報道では3分の1近くに達すると推計されている。
中聯は1.6、川下では8.0 大きく異なった検査結果
中聯油脂がSGSに検査を依頼した際の結果は、1キログラム当たり1.6マイクログラムで、台湾の法定上限を下回っていた。
一方、南僑は5月13日に4.6マイクログラム、6月4日の再検査では8.0マイクログラムを検出した。
中聯油脂の説明では、6月11日に福寿実業から連絡を受けて初めて異常を把握した。その後、保管していたサンプルを検査に出し、6月25日に4.68マイクログラム、同月29日に8.1マイクログラムが検出されたため、翌30日に当局へ通報したという。
しかし、台湾衛生福利部食品薬物管理署(食薬署)の立ち入り検査では、中聯油脂が6月15日に品質保証会議を開き、株主3社も異常を把握した上で協議に参加していたことが確認された。それにもかかわらず、この段階で当局へ通報した企業はなかった。
食薬署の姜至剛署長は、中聯油脂による6月30日の通報について、自主的な対応のように見えるものの、実際には中央・地方当局が立ち入り検査を始め、会議の状況を把握した後だったと指摘した。
その間、当局には十分な情報が共有されず、関連する油は流通し続けていた。
同じ問題に関係するロットや川下製品からは、1.6、4.6、8.0、8.1マイクログラムと、大きく異なる数値が確認されている。
原因がサンプルの採取方法やロットの違い、検査手続きにあるとしても、従来の品質管理では、該当する油の安全性を安定して判断できなかったことになる。
事件発覚後、回収規模が急拡大
当局が公表した小売流通段階での回収量は、7月3日時点で17.4トン、7月7日時点で累計約43.3トンだった。
7月15日には、不合格ロットの累計回収量が約1661.6トンに拡大。これとは別に、約6020.6トンが予防的な店頭撤去・回収の対象となった。
大豆の受入基準を0.5%から5%に緩和
初期調査では、中聯油脂が2025年から、大豆原料の「熱損傷率」の受入基準を0.5%から5%へ引き上げていたことも明らかになった。従来の10倍に当たる。
当局は、一部の大豆が乾燥や保管、輸送前の高温処理で燃焼生成物に触れ、工場への搬入後も原料検査や精製、品質管理の各段階で除去されなかった可能性を調べている。
ただし、これは現時点での調査方向の一つであり、汚染原因として確定したものではない。
現行制度では、こうした油脂製造業者が関連項目について実施する定期検査の頻度が、半年に1回にとどまる場合もある。
日ごとに拡大した店頭撤去の対象
問題の初期段階で、食薬署は川下事業者の全リストを直ちには公表しなかった。リストの内容を確認する必要があったことに加え、多くの川下事業者も問題の油を購入した被害者側だったためだ。
単に「油を購入した」という理由だけで、その事業者の商品が危険だと決めつければ、責任のない企業にも損害を与えかねない。
一方、政府は確認できた情報から順に公表し、事業者は個別に声明を発表。地方自治体も独自に立ち入り検査を行い、小売業者はそれぞれ販売停止を判断した。
行政院が7月9日に予防的な店頭撤去の対象拡大を発表した後も、宜蘭県政府は同月15日、中央政府がそれまでに公表していなかった問題ロットを新たに確認した。
情報が公開されなかったわけではない。しかし、消費者には日ごとに一部ずつ追加される形で届き、供給網の全容が明らかになるまで、購入を控えながら更新を待たざるを得ない状況となった。
過去最高額の行政処分、通報義務違反も焦点に
食薬署は中聯油脂に対し、台湾の食品安全を巡る行政処分として過去最高額となる1億6520万台湾ドルの過料を科した。
大部分は、規定に適合しない油の製造・販売に対する処分で、通報の遅れ、事実と異なる申告、回収責任を回避しようとした事情なども考慮された。このうち5000万台湾ドルは、法令に基づく通報義務を果たさなかったことに関連する。
その後、中聯油脂はロット番号や追跡情報の申告を巡り、さらに600万台湾ドルの処分を受けた。中央政府による処分額は累計1億7120万台湾元となった。
行政院は7月23日、「食品安全衛生管理法」の改正案を閣議決定した。
改正案には、事業者に24時間以内の通報を義務付けること、通報の遅延や情報を伏せた場合の過料上限を引き上げること、予防的な店頭撤去を法律上の措置として明記すること、重大な食品安全事件で中央主導の指揮体制を設けることなどが盛り込まれた。
改正案は今後、立法院での審議が必要で、現時点では施行されていない。
法律に定められた「直ちに通報する」という義務を、具体的な24時間という期限で明確にする内容だ。
行政処分から刑事捜査へ
台中地方検察署は7月9日、中聯油脂、福寿実業、福懋油脂、泰山企業を捜索し、生産記録、検査報告書、出荷資料、社内メール、会議記録、電子機器などを押収した。
検察側は、中聯油脂の余凌冲総経理について、証拠を偽造または隠滅した疑いがあり、共犯者や証人と口裏を合わせる恐れもあると主張した。
裁判所は当初、保証金を条件に釈放する決定を下したが、検察側の不服申し立てを受け、勾留・接見禁止へと変更した。
行政手続きでは、不適合製品の製造・販売、通報の遅れ、申告内容の問題などが追及されている。刑事捜査では、文書偽造のほか、検察側が主張する証拠隠滅や口裏合わせの疑いも調べられている。
最終的に犯罪が成立するかどうかは、今後の捜査と裁判所の判断による。
野党主催の集会、主催者発表で20万人
野党陣営は7月25日、台北市の総統府前にあるケタガラン大道で、食品安全をテーマとする集会を開いた。
参加者は主催者発表で20万人。頼清徳総統の謝罪と、卓栄泰行政院長の辞任を求めた。
現時点で確認されているのは、汚染源がまだ特定されていないこと、当局が店頭撤去の対象を繰り返し拡大したこと、中央政府が一時、川下事業者の全リストを公表しなかったことだ。
全面的な予防措置が始まった後も、地方自治体が事業者の未申告ロットを新たに確認している。一方、最終的な汚染原因が判明していない中でも、検査や流通経路の確認を終えた一部の油については、再販売が認められている。
2013年以降、繰り返されてきた食用油問題
台湾では2013年以降、食用油を巡る大規模な食品安全事件が繰り返されてきた。
2013年には、大統長基が安価な油をオリーブ油と偽り、銅クロロフィルで着色していたことが発覚した。責任者の高振利は懲役12年の判決が確定。事件後、食品表示と追跡制度が強化された。
2014年には、強冠企業が違法な油脂工場から粗悪な油を購入し、「全統香猪油」として製造。285社へ流通させた。葉文祥董事長には懲役22年の判決が確定した。
この事件は当局の定期検査ではなく、高齢の農家が違法工場から排出される不審な液体に気づき、通報したことで明らかになった。事件後、食品追跡制度や電子申告制度が整備され、一部の油脂業者に検査室の設置が義務付けられた。
同じ2014年、頂新グループに関連する事件では、ベトナムから輸入した油脂が食用としての品質要件を満たしていたか、事業者がどのように申告、精製、販売したかが争点となった。
彰化地方法院の一審無罪判決を受け、台湾では大規模な不買運動が起きた。その後、二審や差し戻し審を経て、魏応充について一部の罪で有罪が確定。2023年、検察は残る刑期について再収監する必要はないと判断した。
これらの事件は、それぞれ性質が異なる。食品偽装、粗悪な油脂の使用、原料が食用に適していたかを巡る法的争いなど、背景は同じではない。
今回の中聯油脂の問題についても、事業者が意図的に廃油を購入したことを示す証拠は、現時点では確認されていない。捜査の焦点は、通報や申告、社内記録、証拠隠滅の疑いなどにある。
共通しているのは、大きな事件が起きるたびに政府が制度上の不備を修正してきたことだ。それでも次の事件が起きると、新たな抜け穴や、既存制度が十分に運用されていなかった実態が明らかになる。
消費者が確認すべきポイント
台湾政府は、予防的な店頭撤去の対象を段階的に拡大した。
ただし、「撤去すべき商品はすべて店頭から撤去された」との説明は、その時点の事業者による申告と、当局の確認結果に基づく判断にすぎない。
全面的な予防措置の開始後も、地方自治体は中聯油脂が申告していなかったロットを新たに確認している。同社はその後、関連する申告上の問題でも追加処分を受けた。
以下は、危険性が完全に解消されたことを示すものではなく、消費者が現時点で取れる対応を整理したものだ。
自宅にある食用油のロット番号を確認する
食薬署は中聯油脂問題の特設ページを設け、影響を受けた可能性がある製品、ロット番号、流通経路、再販売を認めた商品などの情報を公表している。
自宅にある商品のロット番号が対象に含まれている場合は、製造・販売事業者の案内に従って返品する。
対象リストは調査の進展に応じて更新される。過去に確認したリストが最新版とは限らないため、公式情報を改めて確認する必要がある。
高温調理による追加の曝露を減らす
ベンゾ[a]ピレンは、不完全燃焼、高温による焦げ、煙による汚染などで発生する。食用油だけに含まれる物質ではない。
油から煙が出続けるほど加熱しない、明らかに劣化した揚げ油を繰り返し使用しない、強く焦げた部分を避ける、高温調理の際に換気する、といった対策が考えられる。
外食では使用した油の確認が難しい
ブランド、包装、ロット番号が明記された小売商品は、対象かどうかを確認しやすく、店頭撤去や返品にも対応しやすい。
一方、一部の油は、飲食店、ホテル、パン店、食品加工工場、屋台などが使う業務用の大容量容器で流通している。消費者が外食する際、厨房で使用している油のブランドやロット番号を確認することは難しい。
輸入品だから安全とは限らない
台湾が一般的な食用油に定めるベンゾ[a]ピレンの上限値は、EUが単体に定める上限値と同水準で、決して緩い基準ではない。
輸入品という表示だけで、国内製品より厳しい検査を受けているとは判断できない。
公式の確認窓口
● 食薬署「ベンゾ[a]ピレンに関するQ&A・啓発資料」
● 台北市政府衛生局「中聯油脂の影響を受けた油製品に関する特設ページ」
- 福寿実業:0800-236699
- 福懋油脂:0800-888255
- 泰山企業:0800-079080
返品を拒否された場合は、台湾の全国消費者サービス専用電話「1950」に相談できる。
本稿の情報は2026年7月26日時点。検査と流通経路の確認を終えた一部の油については、所定の手続きに基づき再販売が認められている。不合格となった油と、その油を使用した加工品は、引き続き回収・廃棄の対象となる。
記載した回収量は、所管当局が各段階で公表した累計値であり、集計対象や算出方法が異なる。汚染原因と刑事責任の最終的な判断は、当局の調査結果と裁判所の判決による。
主な情報源
台湾衛生福利部食品薬物管理署および衛生福利部の発表、中聯油脂案特設ページ、行政院発表、台中地方検察署および関係裁判所の公開情報、EU規則「Regulation(EU)2023/915」、日本の内閣府食品安全委員会「食品に含まれる多環芳香族炭化水素(PAHs)」ファクトシート(2023年4月更新)。
過去の事件については、台湾司法院、検察当局、中央通訊社の公開情報を参照した。