台湾の油脂メーカー、中聯油脂が取引先の食品メーカーに供給した大豆サラダ油から、発がん性が指摘されるベンゾ[a] ピレン(BaP)が基準値を超えて検出され、台湾全土で食の安全に対する不安が広がっている。
頼清徳総統は「市民の食の安全を守る上で、妥協の余地はない。法に基づいて責任を追及し、決して寛大な対応は取らない」と表明。卓栄泰行政院長(首相)も、迅速かつ厳格に対応し、必要な製品は販売停止・回収とし、関係者の責任を追及する考えを示した。
衛生福利部(保健福祉省)は、通報の遅れや調査過程での不実な説明などを理由に、中聯に行政罰として1億6520万台湾ドルを科した。中央政府による食品安全関連の行政罰としては過去最高額とされる。
野党の国民党と民衆党は、石崇良衛生福利部長と姜至剛食品薬物管理署長の辞任を要求。盧秀燕台中市長と蒋万安台北市長は、問題発覚後も中央政府が事業者名をすぐに公表しなかったとして、「情報隠し」だと批判した。
一方、民進党の台中市議会党団は、問題発生後の重い処分よりも、原料・製造段階での査察が重要だったとし、中聯を管轄する台中市政府の管理責任を指摘している。
国民党立法院党団はさらに、石衛生福利部長が7月3日、問題となった油と一次製品に限って下架する方針を卓行政院長に報告したところ、卓氏が「再検討すべきだ」と指示したと説明したことを取り上げ、行政院の対応を問題視した。
行政院側は、6月30日に通報を受けて以降、査察や製品の下架、専門家会議、情報公表を順次進めており、対応の遅れや「情報隠し」はなかったと反論している。
発がん性物質が検出された食用油問題をめぐり、中央政府と地方政府の応酬が続いている。国民党立法院党団は、卓栄泰行政院長に責任を取って辞任するよう求めた。(写真/顏麟宇撮影)
食品安全を支える「三層の品質管理」 台湾食品薬物管理署(TFDA、食薬署)は、食品安全を確保するため、食品事業者に「三層の品質管理体制」を求めている。
第1層は事業者による自主管理、第2層は第三者機関による検査・検証、第3層は行政による立ち入り検査だ。
台湾の食品安全衛生管理法第7条は、食品事業者に自主管理と食品安全監視計画の策定を義務付け、原材料、半製品、完成品を自ら、または外部機関に委託して検査するよう定めている。
同法第41条は、地方自治体の主管機関に対し、現場への立ち入り、サンプル検査、資料の閲覧、製品の差し押さえや封印、操業停止命令などの権限を認めている。必要な場合には、中央主管機関も同様の措置を取ることができる。
今回の問題では、この三つの段階のいずれで安全管理が機能しなかったのかが焦点となる。
中聯と南僑、検査結果の食い違いと通報の遅れ 中聯は4月13日、原料と製品を検査会社SGSに提出。4月22日に判明した検査結果では、ベンゾ[a] ピレンの濃度は1キログラム当たり1.6マイクログラムで、法定基準の2.0マイクログラム以下に収まっていた。
一方、福寿から油脂を仕入れた南僑は4月14日に自主検査を実施。5月13日に判明した結果では、同物質が1キログラム当たり4.6マイクログラム検出され、基準値を超えていた。
再検査では、6月4日に1キログラム当たり8.0マイクログラムが検出された。南僑はその後、取引先を通じて供給元へ順次異常を伝えたが、衛生当局への通報は直ちには行われなかった。
台北市は、検査で異常を把握しながら速やかに主管機関へ報告しなかったとして、南僑に300万台湾ドルの行政罰を科した。
中聯についても、異常を把握してから当局へ報告するまでに時間がかかったことに加え、調査過程で提出した情報に不実な点があったとされ、衛生福利部が1億6520万台湾ドルの処分を決めた。
検査機関によって結果が大きく異なった原因を含め、原料、製造工程、サンプルの採取方法などについて、さらに詳しい検証が必要となる。
食用油問題では、中聯油脂に加え、南僑も速やかに通報しなかったことが問題視されている。写真はイメージで、本文の事案とは関係ありません。(写真/中央社提供)
自主検査だけでは不十分 焦点は行政による査察 馬英九政権時代に食品薬物管理局長を務めた国立陽明交通大学食品安全・健康リスク評価研究所の康照洲教授は、台湾メディア『風傳媒(ストームメディア)』の取材に対し、事業者の自主管理には限界があると指摘した。
食品安全衛生管理法は事業者に自主検査を義務付けているが、具体的な実施方法については事業者に委ねられている部分が大きい。
そのため、検査対象となる製品だけを通常より慎重に管理する可能性も否定できず、重要なのは第3層に当たる行政の査察だという。
中聯の所在地は台中市にある。法律上、地方事業者に対する日常的な立ち入り検査の中心となるのは地方自治体であり、台中市政府が十分な査察を実施していたかどうかは検証されなければならない。
ただし、同法は必要に応じて中央主管機関が直接査察することも認めている。中央政府がすべての責任を地方に委ねることはできない。
査察情報が事前に漏れる可能性も 康教授によると、中央と地方の双方に査察権限が認められている背景には、地方での査察だけでは十分に機能しない場合があることも関係している。
地方の事業者と自治体、地域社会との関係が複雑な場合、査察情報が事前に事業者側へ漏れる可能性がある。そのため、医薬品などの査察では、中央と地方が合同で実施したり、中央政府が抜き打ちで職員を派遣したりすることがあるという。
複数の機関が関与することで、査察の抜け落ちや見逃しを防ぐ狙いがある。
地方政府には事業者の実態や地域事情を把握しやすいという利点がある。一方、中央政府には自治体をまたぐ情報を集約し、統一的な対応を取る役割がある。両者が協力して初めて、食品安全を確保できる。
康照洲教授は、地方政府には査察を行う上で地域事情を把握しやすい利点があるものの、中央政府も地方に任せきりにすることはできないと指摘した。(資料写真/顔麟宇撮影)
台湾の食用油市場の約3分の1 広域対応には中央の調整が必要 地方では、直轄市や県・市政府が主管機関となり、各自治体の衛生当局が実際の査察や処分を行う。
食品輸入では財政部関務署、刑事事件の捜査では法務部調査局、重大な違法事業者の査察では警察当局、学校給食では教育当局が関与するなど、食品安全行政には複数の省庁と地方自治体の連携が欠かせない。
元民進党の立法委員で、現在は台湾大学食品安全・健康研究所教授を務める呉焜裕氏は、事業者の登記資料を管理し、地域の事業者を最もよく把握しているのは地方政府だと指摘する。
そのため、中聯に対する日常的な監督と査察については、台中市政府の責任が第一に問われるとの見方を示した。
一方、中聯は台湾の食用油市場で約3分の1のシェアを持つとされ、製品は台中市だけでなく台湾全土に流通している。
複数の自治体にまたがる製品の流通経路を追跡し、各地の衛生当局を調整することは、一つの地方政府だけでは難しい。広域的な対応には中央政府の指揮と調整が必要になる。
呉教授は、中央政府には各地方政府と連携して流通先を追跡する責任があり、地方政府にも事業者と取引先を調べ、食薬署へ報告する責任があると説明した。
中央と地方がそれぞれの役割を分担しなければ、効率的な調査や製品回収は実現できない。
呉焜裕教授は、事業者の営業登記情報を管理する地方政府、とりわけ台中市政府の責任が最も重いとの見方を示した。一方、中聯油脂の製品は台湾全土に流通しているため、自治体をまたぐ査察には中央政府の調整が必要だと指摘した。(資料写真/甘岱民撮影)
当初は「20%以上」が対象、その後全面下架へ 政府の情報公開と下架範囲をめぐる対応も批判を招いた。
食薬署は当初、問題となった大豆サラダ油そのものに加え、問題油を20%以上使用した加工食品を予防的な下架の対象とした。20%未満の加工食品については、製品情報の公表を求める一方、下架対象から除外していた。
この方針に対して、問題油を使用しているにもかかわらず、配合割合によって下架の対象が異なるのは分かりにくいとの批判が相次いだ。
食薬署は7月7日、方針を変更。問題油の使用割合にかかわらず、影響を受けた油を使用したすべての食品を予防的に下架するよう求め、事業者に対して7月8日午前0時までに作業を完了するよう指示した。
対象製品は検査で安全性が確認されるまで、販売を再開できない。
当初の判断から短期間で方針が変更されたことは、食品安全を優先した対応と見ることもできる。一方で、危機発生時の判断基準と情報公開が十分だったのかについては、検証が必要だ。
企業、台中市、中央政府のいずれにも検証が必要 食薬署が示す三層の品質管理体制に照らせば、第1層の事業者による自主管理と、第2層の第三者機関による検査では、中聯の責任がまず問われる。
南僑も早い段階で検査結果の異常を把握していたにもかかわらず、衛生当局への通報が遅れた点について責任を免れない。
第3層の行政による査察では、中聯を管轄する台中市政府が、原料や製造工程をどの程度把握し、適切な検査を行っていたのかが焦点になる。
同時に、衛生福利部と食薬署にも査察権限があり、製品が台湾全土に流通する事業者を地方政府だけに任せてよいのかという問題も残る。
情報公開をめぐっては、野党や地方自治体から「情報隠し」との批判が出る一方、行政院は一貫して隠蔽を否定している。今後、当時の会議記録や判断過程を明らかにし、なぜ当初の下架範囲が限定されたのかを説明する必要がある。
問題の本質は、特定の一社や一つの行政機関だけにあるのではない。原料の受け入れから製造、検査、通報、流通、行政査察に至るまで、食品安全の管理体制が複数の段階で十分に機能しなかったことにある。
企業、中央政府、地方政府のいずれについても、何を把握し、いつ行動したのかを検証し、それぞれの責任を明確にしなければならない。