台湾で11月28日に投開票される統一地方選挙で、北部の港湾都市・基隆市の市長選が接戦の様相を呈している。再選を目指す国民党の現職、謝国樑市長と、民進党が擁立した基隆市議会議長の童子瑋氏の対決となっている。リコール(解職請求)の試練を乗り越えた謝氏の情勢は比較的安定しているとみられていたが、上半期には国民党側が安定してリードしていた選挙戦は、ここにきて一進一退の接戦へと変わりつつある。
謝氏は2022年の市長選で9万6784票、得票率52.92%を獲得し、民進党の蔡適応氏の7万1354票を2万5430票上回り、基隆における国民党の地盤の強さを示した。
2024年10月13日に行われた謝氏のリコール投票では、国民党と民進党の双方が総力を挙げて動員した末、賛成6万9934票(44.84%)、反対8万6014票(55.16%)となった。リコールは否決されたものの、両陣営の票差は市長選の2万5430票から1万6080票へと、1万票近く縮まった。
ニュースサイト『上報』の最新世論調査では、謝氏が支持率38.6%で童氏の33.2%を5.4ポイント上回っている。一方、40歳未満の若年層では童氏が2桁の差でリードしている。童氏は本当に謝氏を追い上げ、脅かす存在になりつつあるのだろうか。
謝国樑氏(写真)は2年前のリコール投票を乗り越えたものの、現在は童子瑋氏の激しい追い上げを受けている。(資料写真、陳品佑撮影)
蔡英文氏を介して宋楚瑜氏に接近 元議長・黄景泰氏を選対本部長に起用 国民党が民進党を上回るという基隆の構造的な不利を打破するため、童氏は党派を越えた戦略を取り、国民党、民衆党、親民党の各支持層から票を取り込もうとしていると、基隆の地元関係者は話す。 この関係者によると、童氏は親民党の宋楚瑜主席の政治的影響力を生かそうと、蔡英文前総統が応援で基隆入りした際、蔡氏と林右昌・前基隆市長が昼食会の前に宋氏とビデオ通話でつながり、84歳の誕生日を祝った。
宋氏は通話の中で、かつて蔡氏とともに党派を越えた和解を進めた当時を振り返った。童氏も、議長選に出馬した際、宋氏と親民党から受けた重要な支援に感謝を述べた。 この異色の「蔡・宋」の顔合わせは、民進党と親民党の間にある好意を巧みに結びつけただけでなく、国民党寄りの穏健層や中間層の間で童氏への評価を高めることにもつながったという。
地域組織や派閥の動員では、暖暖区出身で元議長の黄景泰氏が今回、童氏の選挙対策本部長を務めている。黄氏が地元派閥をまとめるほか、地元の有力者である林煌輝氏も支持者に結集を呼びかけた。
さらに、七堵区は親民党の楊秀玉・副議長の伝統的な地盤で、楊氏の動向が比較的童氏寄りであることから、民進党がこれまで劣勢だった同区の情勢にも変化が出ているという。
ベテラン議員の張芳麗氏らも童氏に好意的な姿勢を示している。仁愛区はもともと民進党の強固な票田であることから、国民党寄りの層や地元派閥から数千~1万票規模を取り込む余地も徐々に広がっているという。 ただ、この関係者は、童氏がすべての区で優勢なわけではないとも率直に認める。中山区はなお強化が必要で、信義区はもともと国民党色が極めて強く、中正区と安楽区も現時点では劣勢だという。
そして、基隆市長選の勝敗を左右する最大の主戦場とみられているのが、市内で最も人口の多い安楽区だ。同区には大武崙などの大規模集合住宅があり、7000~8000票規模の票の動向を左右しうる。
童子瑋氏は宋楚瑜氏(写真)を通じ、基隆の国民党寄りの穏健層や中間層からの支持拡大を狙っている。(資料写真、柯承惠撮影)
民進党関係者が分析 若い世代、高学歴層で目立つ謝氏への不満 民進党関係者の一人は、謝市政をめぐる問題が最近相次ぐなか、基隆の地域社会には「一度、別の人にやらせてみよう」という空気があると分析する。
有権者の層ごとに詳しく見ると、若い世代と高学歴層で現状への失望や不満が特に目立ち、若年層や働き盛りの世代が強い変化への意欲を示しており、童氏が攻勢をかける中核になっているという。
地域別では、童氏の地元である仁愛区が高い結束力を見せているほか、この党関係者によると、市内で最も人口の多い重要な激戦区・安楽区でも「変化を望む声は過半数に達している」といい、市内各区で市政の刷新を求める声が上がっているという。
民進党内では、市民が謝氏の市政運営をどう評価するかが選挙の勝敗を左右する可能性があり、世代や地域を越えて「交代」を求める声が広がり続ければ、童氏には伝統的な国民党優位の構図を崩し、基隆の選挙情勢を逆転する余地があるとみている。
民進党は、基隆で広がる「一度、別の人に任せてみよう」という空気が、童子瑋氏(写真)の支持拡大につながるとみている。(資料写真、柯承惠撮影)
頼清徳氏が自ら基隆入り 「藍白合」のモデル地区を崩す狙いとの党内分析 民進党内の分析では、外部から入りにくい大規模集合住宅の有権者の投票行動は、単純に従来の政党支持だけで決まるのではなく、具体的な政策や暮らしの中で実感できる成果をより重視する傾向があり、童氏が引き続き開拓を進める重点対象にもなっているという。
党幹部の日程や党を挙げた応援の役割分担について、民進党関係者は、有権者の構造を見ると、北部の有権者は総じて蔡英文前総統への好感や支持が比較的強く、南部の人々は童氏の親族にあたり、党主席を兼ねる頼清徳総統により親しみを感じていると分析する。
このため童氏は北部での選挙戦で、蔡氏を選挙対策本部の主任委員に迎え、北部での社会的な信頼や求心力を生かして支持拡大につなげようとしている。
基隆はここしばらく、国民党のシンボルカラー「藍」と民衆党の「白」を組み合わせた両党協力を指す「藍白合」の重要なモデル地区とみなされてきた。この党関係者は、頼氏には童氏を後押しし、民進党が基隆市政を奪還することで、国民党と民衆党の協力をめぐる既存の枠組みや暗黙の了解を崩す狙いがあるとみている。
さらに党内では、民進党がこの選挙で基隆市政を取り戻せれば、北部台湾における国民党・民衆党陣営の協力の勢いに影響を与えるだけでなく、2028年の総統選で再選を目指す頼氏にとっても重要な政治的指標となり、後押しにつながるとの見方がある。
童子瑋氏(右)が今回、国民党(藍)と民衆党(白)の協力を指す「藍白合」のモデル地区とされる基隆で勝利すれば、頼清徳総統(左)が2028年の総統選で再選を目指す上でも後押しになるとみられている。(資料写真、劉偉宏撮影)
党内にかすかな失望感 国民党・民衆党票を狙い、党所属議員とは距離 今回の基隆市長選で、民進党は北部台湾の有権者構造を組み替え、票田を従来の民進党支持層以外の中間層、国民党寄りの層、民衆党支持層へと広げようとしている。
ただ、民進党にも不安材料はある。基隆の地域選挙には複雑な地元派閥に加え、複数の関係者をめぐる司法案件もあり、民進党は複数の区で内部の不確定要素や課題に直面している。
ある地元関係者は、民進党も各区で一枚岩ではないと率直に話す。
例えば、元議員の張秉鈞氏は議員スタッフの人件費を不正に受給した事件で有罪判決を受け、今回は妻が無所属で出馬する。地元議員の張顥瀚氏も同様の事件で有罪判決が確定し、その助手だった黄紀仁氏が民進党から擁立された。こうした事情も、民進党の地域組織の統合を難しくしているという。
この関係者によると、童氏は国民党や民衆党の支持層から票を得るため、民進党所属議員の選挙事務所開きにほとんど出席しておらず、党内にはかすかな失望感も出ている。
頼氏が参加した「基隆400童楽会」でも、地元議員には連絡がなかったという。
ただ、ある議員は内々に理解を示している。基隆はもともと国民党が民進党を上回る土地柄であり、党派を越えた票を取りにいく童氏のやり方を十分に尊重しているという。
童氏は政治的立場の比較的近い民衆党支持の若年層にも積極的に働きかけ、厳しい構図の中で突破口を探っている。
一方、民衆党の市議選候補はいずれも謝氏の元秘書で、国民党の現職市議と競合する関係にあることも、童氏にとって不利ではないという。
基隆は従来、国民党が民進党より優勢な地域とされる。童子瑋氏は党派を越えた票の獲得に力を入れ、厳しい選挙構図の中で突破口を探っている。写真はイメージ。(顔麟宇撮影)
市民の評価に影響 謝氏の市政満足度、林右昌前市長時代を下回る 童陣営の選挙スタッフは、世論調査にはそれぞれ誤差があるものの、全体の傾向として両者の差は縮まっており、民進党が把握している情勢はほぼ五分五分だと指摘する。
民進党がつかんでいる情報では、童氏は40歳未満の若年層で優勢を保っており、若い世代が基隆の将来の発展に強い不安を抱いていることを反映しているという。
政策面では、童氏は基隆の通勤者が抱える問題に焦点を当て、高速バス、市内バス、基隆MRT(都市鉄道)について体系的な交通政策を打ち出している。童陣営では、謝氏側がここしばらく後追いの対応を迫られているとみている。
2025年の台風による豪雨の際の「台風休み」をめぐる問題から、大規模な生活用水の油汚染、基隆の公共工事をめぐる入札談合や公務員への贈賄が疑われる事件、さらに幼稚園で相次いだ児童虐待まで、市政をめぐる問題が続いていると指摘する。
謝氏と親しい国民党の曽紀厳・市議も事件に関与した疑いで勾留され、この関係者は、こうした一連の問題が市長の評価にも影響したと分析する。
また、2026年の二つの雑誌による評価では、『遠見』の県市長施政満足度調査で謝氏は全国19位、『天下』の県市長施政満足度調査では16位だった。
この関係者は、林右昌氏が市長を務めていた当時は上位に名を連ねており、前任者と現職の評価の差も市民の受け止め方に影響しているとみている。
基隆市長選に臨む童子瑋氏(左)は、林右昌前市長(右)の在任中に市政評価が上位だった実績を生かし、謝国樑市政との違いを打ち出している。(童子瑋進歩基隆オフィス提供)
市政をめぐる問題相次ぐ 謝氏の「小愛爸爸」イメージにも影響 地元の選挙応援関係者は、謝氏は在任中、身近な暮らしに関わる施策に力を入れる一方、大規模な建設事業に乏しく、当初はメディアの話題を集めた水陸両用の「ダックボート」や2階建てバスも、公費の無駄遣いだとの批判を受けていると指摘する。
有権者の間では、基隆における民進党政権と国民党政権の市政実績を比較する動きも出ているという。
また、民進党の施偉政・基隆市議は、謝氏をめぐって最近問題が相次いでいると指摘する。
幼稚園での虐待など児童虐待事件が相次いだことで、先天性の重度難聴がある娘「小愛」の父親として謝氏が掲げてきた「小愛爸爸(小愛パパ)」というイメージが崩れたと述べた。
市民マラソンでは参加者がメダルを受け取れない事態が起き、イベント運営の不手際が信用に影響したほか、ごみをめぐる違反の過料を引き上げ、市民同士の通報に報奨金を出す制度も反発を招いたという。
施氏はまた、謝氏が選挙前に掲げた快速バスの公約も実現しておらず、現在は満員で基隆を出発したバスが空車で戻ってくる状況が運営上の課題になっていると指摘した。
民進党の施偉政・基隆市議は、謝国樑氏(写真)をめぐって最近問題が相次ぎ、幼稚園での虐待など児童虐待事件によって「小愛爸爸(小愛パパ)」のイメージが崩れたと指摘する。(資料写真、柯承惠撮影)
沈伯洋氏の「洋流」が基隆にも波及 謝氏の市政が焦点に 施氏は、民進党が中央政権を担っているため、童氏は中央の資源を効果的に地元につなぐことができると指摘する。
童氏自身も地域をこまめに回っており、祖父の童永氏をはじめ一族も地元で強固な基盤を持つという。
施氏は、基隆市政府内でも区長や複数の中堅幹部が最近、政治的な関わりの面で徐々に童氏寄りに傾く兆しを見せており、注目に値すると述べた。
民進党の張之豪・基隆市議は、民進党の台北市長候補、沈伯洋氏が生み出した「洋流」の効果が、基隆のほか、台北市、新北市、桃園、彰化などにも波及し始めていると分析する。
「洋流」は、沈氏の名前の一字「洋」にかけ、同氏への支持の広がりを表した言葉だ。
張氏は、基隆の有権者が地方行政という観点から謝氏の市政を改めて検証すれば、童氏は無所属層や親民党の票を取り込んだ上で、残る差を全力で詰めることで逆転する可能性があるとの見方を示した。
(注:本文中の世論調査は、『上報』が山水民意研究股份有限公司に委託して実施した。調査期間は2026年8月21日から24日まで。対象は基隆市に戸籍を置く20歳以上の有権者で、有効回答は1068件。信頼度95%での標本誤差は約±2.99ポイント。内政部の最新人口統計に基づき、基隆市の各行政区、性別、年齢層について構成比に応じた加重補正を行った。)