民進党は長年、台湾南部を重要な票田としてきた。総統選では、南部での大量得票によって北部での劣勢を補う、いわゆる「南票北補」が重要とされ、台南では「候補にスイカを立てても当選する」と言われるほど強固な支持基盤を持つ。
しかし、民進党が最初に「緑の政権、品質保証」という看板を掲げ、地方政治で存在感を示したのは、実は宜蘭県だった。無所属で当選した故・陳定南元県長の時代を含め、2005年から2009年に国民党が一時県政を奪還した期間を除けば、民進党は宜蘭県で長期にわたり県政を担ってきた。ところが2018年以降の2回の県長選では、現在停職中の林姿妙県長に連敗した。
民進党にとって、「清廉、勤政、郷土愛」を掲げた「緑の政権」の発祥の地を奪還することは、頼清徳総統が掲げる重要な目標でもある。2026年の選挙で、それを実現できるのか。
国民党の鄭麗文主席は7月15日、宜蘭県で開かれた中央常務委員会で、同党の宜蘭県長候補、呉宗憲氏への支持を表明する一方、宜蘭県は長年、民進党の「新潮流」派から「政治的な縄張り」のように扱われてきたと批判した。
鄭氏は、新潮流出身で民進党主席も兼ねる頼総統について、「あらゆる代償を払ってでも」2026年の統一地方選挙で宜蘭を「手中に収めようとしている」と主張した。
一方、民進党では、党内の権力を掌握する頼氏が、弁護士出身の林国漳氏を自ら宜蘭県長候補に選び、出馬を説得した。ただ、宜蘭県を国民党政権から再び民進党政権へと変えるうえで、大きな影響力を持つのは、その背後にいる現在の民進党の「宜蘭王」とされる人物だ。
呉宗憲氏(右)を宜蘭県長候補として正式に擁立した後、鄭麗文国民党主席(左)は、民進党が長年にわたり宜蘭を自らの「政治的な縄張り」のように扱ってきたと批判した。(資料写真/陳品佑撮影)
「緑の政権」発祥の地 頼清徳氏が宜蘭奪還を重視する理由 宜蘭県の人口は、蘭陽渓の沖積作用によって形成された蘭陽平原に集中している。北西側を雪山山脈、南側を中央山脈に囲まれ、東側は太平洋に面する、三方を山、一方を海に囲まれた地形だ。
こうした他地域との往来が容易ではなかった地理的環境の中で、宜蘭は独自の政治風土と民主化の歴史を育み、「民主の聖地」と呼ばれるようになった。
日本統治時代の自治運動を代表する人物の一人である蔣渭水、国民政府時代に「党外運動の祖」と呼ばれた郭雨新、美麗島事件に関わった林義雄氏らはいずれも宜蘭出身だ。
宜蘭の地元関係者は、かつて宜蘭へ出入りするには「山を越えなければならなかった」と振り返り、「後山」と呼ばれるような環境が、独特の政治風土や民主化の歩みを形作ったと話す。
1979年の美麗島事件後、陳定南氏は1981年の第9回県市長選挙で無所属として当選し、宜蘭県長の座を獲得した。当時の党外運動が確保した重要な拠点の一つだった。
1986年に民進党が結党すると、1989年には台湾省議員から県長選に転じた游錫堃氏が陳氏の後を継ぎ、その後、同じく省議員出身の劉守成氏が県長となった。こうして民進党は宜蘭で、「緑の政権、品質保証」とする地方政治のイメージを定着させていった。
しかし2005年、高雄MRTをめぐる不祥事で民進党のイメージが大きく傷つき、当時の陳水扁総統の政権運営への逆風も重なった。民進党は同年の県市長選挙で惨敗し、宜蘭県、台北県、嘉義市の3県市で政権を失った。
それでも、宜蘭県の歴代総統選を振り返れば、民進党の強さは明確だ。
これまでの8回の総統選のうち、1996年の初の総統直接選挙と、陳水扁氏をめぐる問題が大きな政治的逆風となった2008年を除く6回で、宜蘭県では民進党候補の得票が国民党候補を上回っている。
馬英九総統が再選を果たした2012年総統選でも、宜蘭県では当時の民進党主席、蔡英文氏が過半数を獲得し、最多得票となった。
立法委員選挙でも、小選挙区比例代表並立制の導入後、2008年を除き、その後4回連続で民進党候補が宜蘭県で当選している。馬英九氏が総統再選を果たした時期も、林姿妙氏が県長に当選した後に行われた2回の立法委員選でも、宜蘭の議席は民進党が守った。
歴代総統選における宜蘭県の政党別得票状況。
政治的恩師は陳定南氏、妻も宜蘭出身 頼清徳氏自身も「宜蘭の婿」 2026年の統一地方選挙に向け、頼清徳氏が宜蘭県長候補として出馬を求めたのが林国漳氏だった。
関係者によると、頼氏は林国漳氏の清新なイメージを評価し、その「正派」とされる弁護士としてのイメージによって、陳定南氏の時代から民進党が宜蘭で築いてきた看板を再び輝かせたいと考えたという。林国漳氏自身も、陳定南氏の「清廉勤政」の精神を受け継ぎたいとしている。
民進党の宜蘭地元関係者は台湾メディア『風傳媒(ストームメディア)』の取材に対し、頼氏が宜蘭に強い思い入れを持つ背景には、妻の呉玫如氏が宜蘭出身で、自身が「宜蘭の婿」であることに加え、「政治的恩師」である陳定南氏の存在が大きいと語った。
関係者によると、頼氏が細かなことまで自ら確認する徹底した仕事ぶりも、陳定南氏を手本にしたものだという。陳氏は宜蘭県長時代、自ら巻き尺を工事現場に持参し、抜き打ちで確認することもあった。
頼氏は2010年に台南市長選へ出馬した際、陳定南氏の未亡人、張昭義氏から陳氏が使っていた仕事用のかばんを受け取り、「清廉勤政」の精神を継承する姿勢を示した。
『風傳媒(ストームメディア) 』の取材によると、頼氏は早くから林国漳氏に民進党の宜蘭での看板を再び担ってもらいたいと考えていたが、林氏は当初出馬に乗り気ではなく、弁護士としての生活を手放す考えもなかった。そのため、頼氏は相当な労力をかけて説得したという。
ただ、頼氏が林氏に出馬を強く求めた理由は、イメージだけではなかった。
頼清徳総統(右)の妻、呉玫如夫人(左)は宜蘭出身で、頼氏自身も「宜蘭の婿」にあたる。(写真/劉偉宏撮影)
林国漳氏の出馬要請 頼清徳総統や卓栄泰行政院長も動く 林国漳氏に民進党から宜蘭県長選へ出馬してもらうため、頼清徳氏本人に加え、卓栄泰行政院長(首相に相当)や民進党の地元有力者らも繰り返し説得に動いたという。
最終的に林氏が出馬へ傾くきっかけとなったのが、現在、民進党の「宜蘭王」とされ、行政院政務委員と公共工程委員会主任委員を兼ねる陳金徳氏だった。
陳氏は2025年9月下旬、総統府国策顧問の林逸民氏、林聡賢・前宜蘭県長、宜蘭出身の黄玲娜・労働部政務次長、民進党の陳俊宇・宜蘭県選出立法委員らとともに林国漳氏を直接訪ね、出馬を要請した。
林国漳氏はこの場でようやく「慎重に検討する」と応じ、2025年10月下旬に正式に候補として擁立された。
2024年総統選では、頼清徳氏が国内外の「信頼台湾の友の会」を選挙支援組織として活用した。台湾で最初に準備会を立ち上げたのが宜蘭県で、陳金徳氏は宜蘭県準備会の名誉招集人を務めた後、全国組織の秘書長に就任し、地域組織を中心とした選挙戦を指揮した。
同じ2024年の立法委員選では、再選を目指していた民進党の陳欧珀氏が汚職疑惑を受けて出馬を取りやめ、陳俊宇氏が急きょ候補となり、議席維持を目指した。
この際、頼清徳氏自身が何度も宜蘭入りして支援したほか、陳金徳氏も陳俊宇氏の選挙対策本部副主任委員を務め、民進党チームとともに選挙組織を構築した。最終的に民進党は宜蘭県の立法委員議席を守った。
頼清徳総統(左)は林国漳氏(右)を宜蘭県長候補に選び、その「正派」とされる弁護士としてのイメージを通じて、陳定南氏の時代から民進党が宜蘭で築いてきた看板を再び掲げ、「清廉勤政」の精神を受け継ぐことを期待している。(写真/劉偉宏撮影)
国民党政権や「正国会」の台頭を経て 新潮流が旧来の地盤奪還へ 民進党の宜蘭県における党内勢力では、長年「新潮流」派が中心的な位置を占めてきた。
当初は独自の勢力を形成していた陳定南氏、県長時代にはまだ特定派閥に属していなかった游錫堃氏を経て、新潮流派の劉守成元県長の時代に、宜蘭で明確な派閥構造が形成された。
その後、民進党は県政を4年間失ったが、新潮流派の林聡賢氏が県長に当選し、再び政権を取り戻した。
民進党の宜蘭関係者は『風傳媒』に対し、林聡賢氏の県長2期目になって、宜蘭で「正国会」と新潮流の競争が表面化したと説明する。その後、蔡英文総統の時代には「英系」が現れ、近年は「湧言会」も宜蘭で活動するようになったという。
民進党の「宜蘭派」からは多くの有力政治家が出ている。林義雄・元民進党主席や陳菊・前監察院長はいずれも宜蘭出身だ。
現在、党内で重鎮とされる新境界文教基金会副董事長の林錫祥氏や陳金徳氏らは、それらの人物に比べれば後の世代に当たる。
民進党の地元関係者によると、大きな党内対立の調整で重鎮の発言が必要な場合や、重要案件で長老の意見を聞きたい場合を除けば、地方の実務で陳菊氏、游錫堃氏、林義雄氏らに直接前面に出てもらうことは基本的にないという。
劉守成元県長も2024年には陳俊宇氏の選挙対策本部主任委員を務めたが、近年は体調管理を優先し、徐々に政界の第一線から退いている。
『風傳媒(ストームメディア)』の取材によると、蔡英文政権期の宜蘭では、林聡賢氏と陳金徳氏はいずれも新潮流系だったものの、両者の関係は良好ではなく、民進党陣営は主に林聡賢氏、陳金徳氏、陳欧珀氏の3勢力に分かれていた。
その後、陳欧珀氏は汚職疑惑を受けて勢力を失い、林聡賢氏もブラジル産の卵をめぐる騒動を受け、2023年に中央畜産会董事長を退任した。林氏は2026年に金融業界へ転じ、政府系の兆豊金融控股傘下、兆豊資産の董事長に就任した。
民進党の宜蘭関係者は、陳欧珀氏は裁判を抱えて政治の表舞台から退き、林聡賢氏も政府系金融機関の関係者という立場から党務や政治問題への関与が難しくなったため、現在の宜蘭では陳金徳氏が中心的な存在になっていると指摘する。
陳欧珀氏が裁判を抱えて政治の表舞台から退き、林聡賢氏も政府系金融機関の関係者という立場から党務や政治問題への関与が難しいなか、現在の民進党宜蘭では、頼清徳総統の信頼が厚い陳金徳氏(写真)が事実上の中心となっている。(資料写真/顏麟宇撮影)
地方勢力の世代交代 民宿で自らベッドを整えた陳金徳氏が「宜蘭王」に 宜蘭県蘇澳鎮出身で60代の陳金徳氏は、1989年に游錫堃氏の紹介で宜蘭県長の機要秘書に就任した。その後、宜蘭県政府民政局長などを歴任し、国民大会代表、立法委員にも当選した。
2008年には政治的な逆風の中で立法委員選に敗れ、一時、宜蘭県五結郷へ戻った。妻とともに農家住宅を改装して民宿を経営し、ベッドを整えることから宿泊客の応対、植栽の手入れまで自ら行ったという。仕事を変えたことで、政治家としての姿勢や人との接し方にも変化が生じた。
2013年には、同じく宜蘭出身の陳菊氏に招かれ、高雄市環境保護局長に就任。2年足らずで高雄市副市長に昇格し、2016年には国営企業、台湾中油の董事長に転じた。
2017年、当時の蔡英文総統が林聡賢宜蘭県長を農業委員会主任委員に起用すると、行政院はまず呉沢成・元政務委員を宜蘭県長代理に任命した。その後、呉氏も入閣して公共工程委員会主任委員に就任したため、行政院は改めて陳金徳氏を宜蘭県長代理に任命した。
民進党の地元関係者によると、当時の宜蘭県政府は農地や農家住宅をめぐる新たな規制を導入し、地元で多くの論争や反発を招いていた。
県政を引き継いだ陳氏は「1日を2日、3日分使う」ほど精力的に動き、昼には県議らと弁当を囲みながら地方の声を聞き、現場の世論を把握したほか、自ら各地へ出向いて住民との座談会も開いた。その後、政策を迅速に見直したが、結果的には林聡賢氏が当初定めた行政指導を覆す形となった。
陳欧珀立法委員が汚職疑惑を受けて勢力を失い、林聡賢・前宜蘭県長(中央)もブラジル産卵をめぐる騒動を受けて中央畜産会董事長を退任して以降、宜蘭の民進党では陳金徳氏が中心的な存在となっている。(資料写真/顏麟宇撮影)
陳金徳氏に宜蘭県長出馬待望論 頼清徳氏は「手放さない」 民進党の宜蘭関係者は『風傳媒(ストームメディア)』に対し、2017年に宜蘭へ戻った陳金徳氏は、それ以前とは「まるで別人のようだった」と振り返る。
かつて議員を務めていた頃の言動から大きく変わり、高雄市政府や台湾中油での経験を通じて官僚機構の仕組みに精通し、行政の論理や言葉も理解するようになった。宜蘭へ戻ると、短期間で落ち着いた行政手腕を発揮したという。
関係者によると、2024年の選挙後に開かれた宜蘭での会食でも、一部の地元議員から「2026年は陳金徳氏を宜蘭県長候補にしてはどうか」との提案があった。
しかし頼清徳氏はその場で陳氏を「手放さない」との意向を示し、陳氏の能力を全面的に信頼しているとして、中央政府に残り自身を支えてほしいと述べたという。
陳金徳氏は2024年5月20日に公共工程委員会主任委員に就任し、行政院政務委員として交通、建設などの業務を担当している。
自宅は宜蘭にあるものの、高速鉄道で南北を移動し、各県市を視察する公務も多い。通勤時間を増やさないため、平日の勤務後は台北の公舎で過ごすことが多く、民進党の宜蘭で行われる非公式な派閥会合に参加する機会は少ないという。
それでも、民進党の地元関係者は、宜蘭では現在も「陳金徳氏を中心とする」状況に変わりはないと話す。
陳氏が現在、民進党出身で宜蘭出身の現職公職者として最も高い地位にあることに加え、宜蘭が直面する交通と医療という二つの重要課題にも関係しているからだ。
医療面では、陽明交通大学附属病院の第2期工事が段階的に進んでいる。一方、交通分野では陳氏の働きかけが必要だと地元関係者はみている。
同関係者は、宜蘭と他地域を結ぶ主要交通網や県内鉄道の高架化について、公共工程委員会が調整や督促に動かなければ、建設期間が10年以上に及ぶことも珍しくなく、短縮が難しいだけでなく、さらに遅れる可能性もあると指摘。「この部分はやはり陳金徳氏と公共工程委員会に調整・督促してもらう必要がある」と話す。
陳金徳氏(中央)はかつて宜蘭県長選への出馬を求められたが、頼清徳総統はその場で「手放さない」との意向を示し、陳氏の能力を全面的に信頼しているとして、中央政府に残り自身を支えるよう求めた。(資料写真/顏麟宇撮影)
姪は宜蘭市長選へ 陳金徳氏の影響力は中央と地方に 現在、民進党の「宜蘭王」とも呼ばれる陳金徳氏は、2026年の宜蘭県長選で、林国漳氏への出馬要請に加わった以外にどのような役割を果たしているのか。
関係者によると、林国漳氏の選挙戦では現在、選挙対策本部の総幹事に就いた陳文昌氏が主に実務を指揮している。
宜蘭県長選に詳しい民進党関係者は『風傳媒』に対し、陳金徳氏は林国漳氏の選挙支援チームで正式な役職には就いていないものの、重要な意思決定を行う会議には出席を求められ、意見を述べていると明かした。
陳金徳氏自身が林国漳氏の選挙実務に直接関与する機会は多くないが、今期限りで再選に立候補しない宜蘭県議会の陳文昌・前議長とは関係が深い。
また、現在の民進党宜蘭県党部主委、邱嘉進氏も陳金徳氏に近い人物で、陳氏が立法委員を務めていた当時には事務所主任を務めた。
さらに、元高雄市財政局長で台北市の交通系ICカード「悠遊卡」を運営する会社の前董事長、林向愷氏についても、林国漳氏が陳金徳氏や邱嘉進氏らとともに、引退後に暮らす宜蘭県礁渓を訪問して助言を求め、選挙対策本部主任委員への就任を取り付けたという。
宜蘭県の政党別得票を見ると、民進党は総統選や立法委員選で長年優位を保ってきた。
南部の山地原住民郷である大同郷、南澳郷では国民党が優勢だが、残る10の郷・鎮・市は民進党寄りか、両党が拮抗している。
一方、郷・鎮・市長の所属政党を見ると状況は大きく異なる。現在の首長は国民党籍が大半を占め、民進党または無所属が首長を務めるのは3つの郷・鎮にとどまる。
県内で人口が最も多い宜蘭市を攻略するため、民進党は今回、陳金徳氏の姪で、民進党の元報道官である韓瑩氏を宜蘭市長候補に擁立した。
現在の宜蘭県における各郷・鎮・市長の所属政党分布。
民進党の宜蘭選挙を支える二人の「徳」 陳金徳氏と頼清徳氏 2026年末の県市長選挙で、投票まで100日を目前に控えた時期、林国漳氏はラジオ番組のインタビューで、宜蘭県で人口が多い上位4地域は宜蘭市、羅東鎮、冬山郷、五結郷だと説明した。
人口が集中するこれらの地域では、現在の選挙情勢を「慎重ながら楽観している」と述べた。
林氏によると、宜蘭市は一般に民進党が最も弱い地域とされる。公務員、軍関係者、教員が多く、年金改革などをめぐって民進党への支持が比較的弱いためだという。
一方、林氏自身は宜蘭市出身で、50年以上にわたり宜蘭市で暮らしており、自身の人的ネットワークも同市を中心に築いてきたと強調した。
宜蘭県長選の情勢については、すべての行政区で今後さらに支持を固める必要があるとしながらも、県内各地域の世論調査では現在リードしていると述べた。
これに対し、呉宗憲氏の選挙事務所報道官、鄭皓文氏は、民進党候補が選挙期間中に自ら「世論調査でリードしている」と公表する場合、実際には選挙戦が接戦となっており、「強がっているにすぎない」ことが多いと指摘した。
一方、宜蘭県長選の情勢に詳しい民進党関係者は『風傳媒(ストームメディア)』に対し、2026年の宜蘭県長選では、民進党には2018年当時のような県政を担う側としての負担がないと指摘した。
「現時点で林国漳氏はかなり安定しており、内部の情勢分析でも優勢となっている。足元を固めることができれば勝算は高い。本人のイメージも良く、政策や主張を説明する力もある」と語った。
林国漳氏は「宜蘭市は必ず勝たなければならない」とも述べている。
その発言からは、2026年の宜蘭選挙で民進党が狙うのは、県長職の奪還だけではないことがうかがえる。
林氏によると、民進党が過去の地方選挙で宜蘭市長選に勝利したのは2回だけで、今回、宜蘭市長選でも勝つことができれば、県全体の選挙戦も「さらに有利になるはずだ」という。
林国漳氏は以前、韓瑩氏の宜蘭市長選への出馬について、背後には「二つの『徳意志』」があると冗談交じりに語ったことがある。
一人は韓氏の叔父である陳金徳氏、もう一人は民進党主席の頼清徳氏だ。中国語の「徳意志」はドイツを意味する言葉で、2人の名前に共通して含まれる「徳」の字と「意志」をかけた言葉遊びになっている。
「緑の政権」発祥の地を失ってから8年。民進党は2026年、宜蘭県政を取り戻し、さらに県内最大の票田である宜蘭市まで制することができるのか。
この選挙戦では、陳金徳氏と頼清徳氏という二人の「徳」の意志が、大きな焦点となる。