民進党の地盤である台南市で、次期市長選(2026年)に向けた党内予備選が熾烈を極めた。20名以上の党所属市議が頼清徳(ライ・チントー)総統の直系(頼系)とされる林俊憲(リン・シュンケン)立法委員を支持する中、最終的に公認を勝ち取ったのは、党内派閥「正国会」を離脱した陳亭妃(チン・テイヒ)立法委員だった。勝利した陳氏は党内の結束を図るべく、直ちに林氏側に連絡を取り、2026年1月20日、民進党台南市議会党団(議員団)への表敬訪問を行った。
しかし、この訪問は波乱の幕開けとなった。陳氏は邱莉莉(キュウ・リリ)議長および党団総召(幹事長格)の李宗翰氏を訪ねたが、本来は選挙後の「雪解け」を演出するはずの場が、李氏から「党団の自主性確立」を求める誓約書を突きつけられたことで一変したのである。
党団側が提示した「2026年民進党勝利に向けた共同声明」に対し、陳氏は「党団の運営原則に関わる事項であり、党団大会での議論が必要だ」として、その場での署名を拒否した。儀礼的な挨拶回りは一転して火花散る攻防となり、台南市議会で8年にわたり続くドロドロとした派閥間の怨恨が、再び白日の下に晒される結果となった。
陳亭妃氏が台南市議会議長の邱莉莉氏(写真)ら、予備選挙で林俊憲氏を支持した議員を訪問した。本来演出されるはずだった大和解は一転して不調に終わった。(写真/顔麟宇撮影)
邱莉莉議長の執念と、台南緑営の「10年の怨恨」 今回の騒動の中心にいる邱莉莉氏は、当選7回を誇るベテラン市議だ。かつては陳水扁氏に近い「一辺一国連線」に属していたが、2014年の議長選で党内造反により国民党の李全教氏が当選した事件を機に離脱、党内最大派閥「新潮流」系に接近した。この事件は、当時市長だった頼清徳氏が抗議のために議会への出席を拒否し続けた一件の発端でもある。
邱氏はその後、台南市党部主委や党中央の要職を歴任。蔡英文氏が総統に当選した2016年には中央党部報道官を務め、長年にわたり選挙集会の司会進行役としても活躍してきた。
しかし2018年、民進党は議会で多数を占めていたにもかかわらず、内部抗争が勃発。当時副議長だった郭信良(カク・シンリョウ)氏が突如離党し、当時「正国会」系だった議員3名を引き連れて造反したことで、党公認候補だった邱氏はわずか4票差で議長の座を逃した。これは邱氏個人の政治的キャリアに対する重傷であっただけでなく、当時行政院長に就任したばかりの頼清徳氏にとっても「党を売り渡す恥ずべき行為」と映った。これにより、邱氏と郭信良・陳亭妃陣営との対立構造は決定的なものとなった。
2022年の雪辱と司法の影 2022年の議長選で、邱氏は雪辱を期して再出馬した。不穏な空気が漂う中、民進党中央は党幹部を現地に派遣し、「造反即除名」という厳しい指令を下した。最終的に正国会系議員の回帰や国民党議員の寝返りもあり、邱氏は悲願の議長当選を果たした。
だが、試練は続いた。選挙後、検察当局は大掛かりな捜査に着手し、邱氏や民進党元中執委の郭再欽氏らが賄賂や脅迫を用いて選挙に介入したとして起訴した。邱氏は党員資格停止3年の処分を受けたが、2024年4月、台南地裁は証拠不十分として邱氏ら被告10名全員に無罪判決を言い渡した。これにより邱氏は司法の足かせを解かれ、政治的な足場を回復させていた矢先の出来事だった。
郭信良氏(写真)は2018年、突如民進党を離党し、一部の党内議員を率いて造反。邱莉莉氏を破り議長の座に就いた。(写真/郭信良氏Facebook提供)
「密室」で突きつけられた3項目の誓約書 和解の場は一触即発の事態に 陳亭妃氏は2024年の党役員選挙で派閥「正国会」を離脱した後、台南市における旧正国会系の議員を自身の勢力である「妃系(陳亭妃派)」として再編した。
事情を知る党関係者によると、今回の予備選勝利後、陳氏は直ちに台南市の民進党議員らに電話で連絡を取り、邱莉莉議長にも度々接触を試みていたという。台南市議会民進党議員団のトップという立場にある邱氏も、「一人一人個別に訪問を受けるよりも、議員団として一堂に会した方が体裁が良い」と判断。過去には「旧正国会系」や「妃系」と激しく対立してきた経緯はあるものの、党内では、邱氏が陳氏の顔を立て、和解への誠意を見せた動きだと受け止められていた。
1月20日午前、陳氏が市議会を訪問すると、邱氏は面と向かって予備選勝利を祝福し、陳氏も「台南での勝利、市議選での全員当選(フルベース)」を目標に掲げた。
しかし、非公開で行われた会議の空気は重かった。党団総召の李宗翰氏が取り出した誓約書には、以下の3項目の保証が記されていたのだ。
郭信良氏との関係断絶: 民進党結党40周年の精神「清廉、勤勉、郷土愛」に基づき、郭信良氏(※元民進党で離党した無所属の副議長経験者)との関係を明確に絶つこと。他党候補への支援禁止: 国民党籍、他党籍、および過去に民進党を批判・攻撃した無所属議員候補の選挙応援を行わないこと。議長選での党議拘束: 選挙後の正副議長選出において党団の自主性を尊重し、党団が推す候補者を支持すること。議論は行われたものの、最終的に陳氏はこの誓約書への署名を拒否した。
邱莉莉氏が主導して議員を集め、陳亭妃氏の議会訪問を実現させた。党内では当初、陳氏の顔を立てたと思われていたが、突如提示された3項目の協議書により気まずい局面となった。(写真/蔡宜彣撮影)
議長選への介入放棄には同意も、「郭信良氏との絶縁」には沈黙 この誓約書には、予備選でライバルの林俊憲氏を支持した市議ら23名が署名している。一方、署名しなかったのは主に「妃系」と党内派閥「湧言会」系の議員たちだった。
出席者の一人によると、会議の中で陳氏は第3項の「議長選での党団自主性の尊重」については明確に口頭で同意したという。また、「国民党籍議員への支援禁止」についても同意を示したが、「過去に党を批判した無所属議員」という部分については、「具体的に誰を指すのかリスト化(ポジティブリスト方式)してほしい」と要望したとされる。
しかし、最も注目された第1項の「郭信良氏との関係断絶」について問われると、陳氏はその場で沈黙を守り、明確な回答を避けたという。
林俊憲氏を支持する議員らが提示した3項目の協議に対し、陳亭妃氏(写真)は郭信良氏に関する件だけはその場で承諾しなかった。(写真/顔麟宇撮影)
「期待」か「メンツ潰し」か?解釈割れる「誓約書」の真意 会談が「喧嘩別れ」に終わったのかどうかについて、同席した議員らは「受け取り方は人それぞれだ」と言葉を濁す。
ある匿名議員は、「予備選の結果はもう過去のことだ。党団の多数派が考えたこの誓約書は、陳亭妃氏に対する『期待』の表れに近い」と説明する。「ヒナ(市議候補)は親鳥(市長候補)の助けを強く求めている。内容は決して陳氏のメンツを潰すためのものでも、党内部の矛盾という『蜂の巣』をつつくためのものでもない。むしろ彼女には、皆をまとめる『桶箍(タガ=結束の要)』となるような、器の大きな台南市長になってほしいという願いが込められている」と語った。
これに対し、ある台南の地元関係者は、民進党台南市議会における長年の分裂と抗争を指摘する。「2014年以降、議長選のたびに造反劇が繰り返され、黒金(ブラックマネー)政治や密室政治といった疑惑を招き、台南における民進党のイメージは幾度も失墜した。特に2018年、郭信良氏が党の指名プロセスに不満を抱き、就任式当日に突如離党、党所属議員を引き連れて造反し、国民党と結託して議長の座を奪った事件は決定的だった」
同関係者は、「こうした歴史があるからこそ、党団の多数メンバーは予備選直後のこのタイミングで、次期市長候補に対し『党団の自主性(党議拘束の遵守)』を約束させる誓約書への署名を求めたのだ」と分析する。
ある台南の党内関係者は、嘉義県長候補の蔡易餘氏が派閥のしこりに主体的に向き合ったことに触れ、台南でも同様の対応が可能であると指摘した。(写真/柯承惠撮影)
嘉義では蔡易余氏が派閥のしこりに直言、台南の行方は陳亭妃氏次第 一方、同じく長年の派閥対立を抱える嘉義県でも動きがあった。予備選を勝ち抜いた蔡易余(サイ・エキヨ)立法委員は、対立候補だった黄栄利氏に対し、元立法委員の実力者・陳明文氏への偏見を捨てるよう呼びかけた。「黄氏の政治キャリアにおいて、陳明文氏は多くの支援と配慮を行ってきた。両者には深い革命の情があるはずだ」と述べ、「嘉義の未来には団結が必要であり、対立や分断ではない。『陳明文』という名前が出るたびに引き裂かれるような状況は望まない」と訴えた。
蔡氏は、「嘉義の発展は陳明文氏から張花冠氏、翁章梁氏へと続く県政のリーダーシップの系譜の上にあり、それぞれに貢献がある。対立陣営が『明文規定(陳明文氏による支配の暗喩)』を選挙の主軸にするのは、嘉義県の団結にとって有害であり、地方の長期的発展にも不利益だ」と主張した。
ある台南の党関係者は、「蔡易余氏は嘉義県における『明文規定』問題に自ら正面から向き合った。台南も市長選では勝利を重ねてきたが、派閥のしこりや矛盾はいまだ解消されていない。その核心人物、キーマンが誰なのかは『誰もが知っていること』だ」と指摘する。多くの議員が陳亭妃氏に特定の人物(郭信良氏)との「関係断絶」を求めているのは、台南における民進党全体のイメージ向上を願ってのことだという。
陳亭妃氏が予備選を通過したことは、彼女自身の実力を証明したといえる。しかし、彼女が林俊憲氏を支持した議員らが求めた誓約書への署名を拒否したことに対し、頼清徳総統の直系である林俊憲氏は、「この怨恨は陳亭妃氏が過去に招いたものだ。頼清徳主席なら間違いなく陳氏に即刻署名させるだろう!」と直言した。
林氏の発言は、頼清徳氏を尊崇する台南の主流派がいまだ陳亭妃氏に対し強い疑念を抱いていることを示唆している。台南建城400年の歴史で初の女性市長を目指す陳氏にとって、この党内の不信感こそが、最初に解決しなければならない最大の課題であることは間違いない。