【武道光影】幕末最恐の抜刀技 野太刀自顕流―― 「抜き」

2025-12-12 10:50
「抜き」の稽古── 薬丸野太刀自顕流保存会師範 甲斐正美氏、葉志堅撮影
「抜き」の稽古── 薬丸野太刀自顕流保存会師範 甲斐正美氏、葉志堅撮影

文久2年(1862年)に発生した「生麦事件」は、「薩英戦争」の勃発を招いただけでなく、薩摩藩が後の明治維新の重要な推進役となり、日本を近代化への維新の道へと進ませるきっかけとなった。そして、これらすべての発端は、実は薩摩武士による決定的な一太刀にあった―― 英国人が薩摩藩主の父・島津久光の行列を横切ろうとした際、防ぐ間もないほどの速さで抜刀し、馬上の英国人をその場で斬殺したのである。関連史料の記述から推測すると、当時その薩摩武士が使用した技こそが、野太刀自顕流の「抜き」であった。

野太刀自顕流は歴史ある古流剣術であり、平安時代から伝承され、今や薩摩を最も代表する剣術となっている。さらに、激動の幕末においては多くの剣客を震え上がらせた流派でもある。史料によれば、生麦事件で最初の一太刀を浴びせ、馬上の英国人リチャードソンを瞬時に斬りつけ臓物が落ちるほどの深手を負わせた薩摩武士こそ、野太刀自顕流の門人、奈良原喜左衛門であった。そして彼が使った技こそ、最恐の抜刀技と称され、野太刀自顕流の門人が日頃稽古している「抜き」である。この技は野太刀自顕流における最も重要な剣術の符号でもあるが、実は後世になってから発展した技なのだ。

もし私達は符号学から野太刀自顕流という流儀名を考察してみれば、「野太刀」とは刀身が長く、古代の大規模な戦場での戦闘に適した大太刀を指しており、今日見られる太刀ではないことに気づくのは難くない。これこそが、野太刀自顕流の稽古が蜻蛉の構えからの「続け打ち」で始まり、その後に「抜き」が行われることの合理的な理由でもある。歴史的な発展の可能性から推論すると、「抜き」の出現は、後世の街中での接近戦や極秘の暗殺に対応するために発展した抜刀技であると考えられる。そしてこれこそが、野太刀自顕流が幕末において人々に恐れられた理由である―― なぜなら、「抜き」の訓練論理と運動軌跡は、他の流派の抜刀術とは非常に大きく異なっているからだ。

野太刀自顕流と他流派との訓練論理における最大の違いは、防御の概念を完全に捨て去り、一撃必殺の瞬間のみを追求する点にある。命を賭してでも天地を両断せんとするその決意が、「抜き」を比類なきものにし、その運動軌跡をさらに恐るべきものにしているのだ。野太刀自顕流の訓練要求では、抜刀の瞬間に相手の懐に飛び込み、最短距離かつ最も隠密な運動軌跡で、相手が防御できない攻撃を仕掛けることが求められる。このような隠密性の高い攻撃ルートを完遂するには相当な勇気を要するが、それこそが幕末最強の暗殺術となった理由である。

現存する関連書籍や資料には、暗殺が横行していた幕末の京都において、武士が街頭ですれ違った直後に突然倒れて絶命することが頻繁にあったと記されている。一方の武士は何食わぬ顔で立ち去り、後には血まみれで惨殺された武士だけが残され、一体何が起きたのか全く分からないという状況であった。しかし、野太刀自顕流の「抜き」を修練したことのある剣客ならば、それが抜刀時の角度と距離が生み出す隠密性、そして一閃必殺の速度によって、瞬時に相手を襲撃・殺害し、即座に納刀するため、端から見ても気付かれないのだと痛いほど理解できるだろう。

幕末四大人斬りの一人に数えられる野太刀自顕流の門人であり、西郷隆盛の側近でもあった「人斬り半次郎」こと桐野利秋は、この「抜き」の名人であったと伝えられている。彼は、軒先から落ちる雨垂れが地面に達するまでに、刀を三度抜き三度鞘に納められたと言われている。もしこれほどの境地まで練り上げられていたのであれば、生麦事件において奈良原喜左衛門が瞬時に抜刀して馬上の英国人を斬殺し、臓物がこぼれ落ちるほどの致命傷を与えたことも不思議ではない。そしてこれこそが、野太刀自顕流が幕末において多くの剣客に恐怖を抱かせた理由なのである。

本文の筆者・葉志堅氏は、日本古武道の研究学者であり、ドキュメンタリー映画の監督、《フランスワイン文化教育協会》の理事長でもあります。これまでに5度、フランスから騎士勲章を授与されており、現在は複数の大学で客員教授を務めています。また、日仏両国でたびたび関連する学術講演に招かれています。

編集:梅木奈実

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