【武道光影】将軍の剣―― 柳生新陰流と徳川幕府による平和構築

2025-08-08 11:14
燕飛之太刀の演武、二蓋笠会 畑峯博会長(左)と柳生新陰流兵法師範 池之側浩氏(右)、葉志堅撮影
燕飛之太刀の演武、二蓋笠会 畑峯博会長(左)と柳生新陰流兵法師範 池之側浩氏(右)、葉志堅撮影

日本古武道の歴史において、「柳生新陰流」は極めて特殊な剣術流派です。その特殊なところは、単に斬殺を目的としない剣法にあるだけではなく、初代将軍・徳川家康自身による実戦評価を経て、歴代幕府将軍の兵法指南役となりました。ゆえに、「将軍の剣」と称される数少ない古流剣術流派でもあります。一方で、徳川幕府の国家戦略とも高度に一致しており、こうした平和の構築に関する理念こそが、柳生新陰流が「将軍の剣」として最も重要な記号根拠なのです。

柳生新陰流の発展は、大きく三つの段階に分けることができます。第一段階は、「新陰流」の流祖である上泉伊勢守信綱が、戦国時代に念流・新当流・陰流などの諸流の蘊奥を極めたのち、特に陰流から「転(まろばし)」という哲理を見出し、新たに剣術理論としての新陰流を創設した時期です。信綱の理念では、自分の身を守ると同時に、敵の生命も尊重する事で、敵に勝とうとする意志は、必ず隙を生み、逆に敵の攻撃を受けることにつながるため、勝利よりも敵に勝つことを優先せず、「無敗」を第一に考えるべきとしました。これにより、柳生新陰流の最も重要な戦略的思考―― すなわち「制圧(戦いを納める)」―― が確立されました。自分の身を守ると同時に、相手を斬殺せずに、その戦闘意欲だけを削ぐことに主眼があります。

第二段階では、上泉伊勢守信綱の理念を継承した柳生新陰流の基礎を築いた柳生石舟斎宗厳が、「無刀の位」という概念を打ち立てました。彼は新陰流を、武器に依存しない流派へと進化させ、「無刀」を根本とすることで、「斬らず、 取らず、 勝たず、負けざる剣」という戦略理論を確立しました。つまり、いかなる武器も持たずとも、自身を守り相手を制圧することができるというのです。柳生新陰流は、「無刀取り」によって上泉信綱の理論を再構築した重要な展開であり、「殺人刀」を「活人剣」へと昇華させた重要な節目でもあります。

次に訪れる第三段階では、柳生石舟斎宗厳の五男である柳生但馬守宗矩が、徳川幕府の「大目付」(大名を監視する役職)として、柳生新陰流は「修身の剣」から江戸時代の「治国の剣」へと発展を遂げました。この時期の柳生新陰流は、剣術を武士の「人間形成」の手段と位置付け、一人の悪を斬ることで万人を救うという「一殺多生」の論理を通じて、「殺人刀即ち活人剣」という理念を平和時代の武士道精神として伝えました。これは、約260年にわたる江戸時代の泰平を築き上げた非常に重要な根幹であります。

徳川幕府の将軍の剣としての柳生新陰流は、その剣術思想が他の「斬殺すること」を目的とした古流剣術と異なり、人の命を奪うことを忌避するという点でも際立っています。また、その訓練方法にも独自かつ先進的な武道具と合わせて、即ち「袋竹刀」の発明と活用が挙げられます。袋竹刀は上泉信綱が創案したと伝えられ、柳生新陰流ではこれを用いて「勢法」を錬磨することです。同時に「無刀取り」の訓練体系を構築しました。当時、他流派が実戦稽古に木刀を使用していたのに比べ、これは極めて革新的な方法であり、今日から見ても、現代武道の発展傾向にも通じるものでした。

柳生新陰流は、戦乱を経た後の平和への願いから生まれた剣術であり、同時に武士の人間形成を伝える思想でもあります。徳川幕府はこの流派を歴代将軍の兵法指南役としたばかりでなく、柳生但馬守宗矩を重用し、江戸初期の天下に対する監督を委ねました。このように、武道と政治が高度に融合して平和を構築したという事例は、日本武道史上において他に類を見ないものです。まさにこれこそが、柳生新陰流が「将軍の剣」と呼ばれる所以であるのです。

本文の筆者・葉志堅氏は、日本古武道の研究学者であり、ドキュメンタリー映画の監督、《フランスワイン文化教育協会》の理事長でもあります。これまでに5度、フランスから騎士勲章を授与されており、現在は複数の大学で客員教授を務めています。また、日仏両国でたびたび関連する学術講演に招かれています。

世界を、台湾から読む風傳媒日本語版X:@stormmedia_jp 

最新ニュース
「日本のスパイがTSMC内部に?」元議員が爆弾発言 日系企業関与の漏洩事件で波紋
半導体に100%関税の衝撃、TSMCとアップルが恐れない理由とは? 陸行之が「5企業」を優先的免除と指摘
半導体100%関税:TSMCに追い風となる理由と、消費者負担時代の到来
日本産牛肉に41%の関税 米「+15%加算」に日本政府が猛抗議
中国のステルス戦闘機J-20が対馬海峡を通過?米日韓レーダーをすり抜けた可能性浮上 専門家が示す3つのシナリオ
三重・多気町「VISON」が進化 食×文化×自然が出会う体験型観光拠点へ
『ニューヨーク・タイムズ』がエプスタイン邸を直撃:裸婦画や『ロリータ』初版、鎖ボール…「淫魔の巣」との衝撃内容公開
大阪アジアン映画祭クロージング作品にシンガポール映画『好い子』 ドラァグクイーンと母の絆描く感動作が世界初上映へ
Apple、米国製造支援に1000億ドル追加投資!台湾企業に訪れるチャンスとは?
メイデイ阿信が製作 台湾映画『私たちの思いがけない勇気』が大阪アジアン映画祭にノミネート
トランプ氏、関税引き上げで注目!還付金配布検討—米国政府の収入は大幅増加?
第21回大阪アジアン映画祭、全66作品が決定 台湾・香港・韓国の注目作が集結へ
全面占領か政治的敗北か?イスラエル首相ネタニヤフ氏の決断の行方
【速報】台湾東部沖でM6.2の地震 台北・高雄でも揺れ観測 今後の余震に警戒
花火×音楽×ディズニー!台湾最大級の夏祭り「大稻埕サマーフェス」が楽しすぎる
TSMCの2ナノ機密流出危機 国家技術を守る女性検察官がスパイ摘発へ
台湾は「交渉失敗国」?トランプ政権の新関税で20%課税、日本・韓国より高税率に
日本の人口、過去最大の90万人減 出生数は初の70万人割れ、外国人は最多更新
TSMC株、トランプ氏「関税100%」発言で急落も…なぜその後反発?
トランプ氏、半導体に100%関税発表 アップルなど米投資企業は免除に
ガザ人道危機論争:「飢餓は誤情報か」イスラエル歴史学者がガザ報道に警鐘 支援政策の失敗も認める
「ガザはイスラエルの一部ではない」 軍事史学者オールバック氏が語る再建の鍵とは?
国際大疑問:「ディープステート」の正体! サックス:大統領が誰でも同じ、ワシントンを支配する真の権力者とは
台湾グルメ満載の《城隍神降臨》中型ねぶたが青森に登場!来場者の驚きと歓声響く
青い森鉄道、台湾と姉妹提携 観光列車や文化交流イベントを強化
台湾プロ野球・楽天モンキーズの昼食にウジ虫混入 選手「集中できない」深刻な衛生問題再燃
日本の15%関税、「上限保障」適用外の可能性 米国の協定文に不備か、政府が交渉急ぐ
米NASA、2030年までに月面に原子炉を設置へ 中国との宇宙競争で「核」に注目
台湾と米国の関係、頼政府にとっての試練-専門家が指摘する「秘密取引」と台米関係の行方
トランプ氏、TSMCが米国に3000億ドル投資と発言 TSMCが「実際の金額」を即座に公表
トランプ氏と習近平氏の会談準備進む、米中「駆け引きフェーズ」に突入か 台湾が最大の敗者に?
陸文浩の視点:中国共産党軍のキロ級潜水艦、北上して中露合同演習に参加
広島原爆80年 台湾が初参加 駐日代表「戦争に勝者はいない」
評論:台湾の「反共正義」が行き過ぎるとき──ナチスの影と極右の兆候
台湾、トランプ氏との関係悪化の真相とは?元政権高官が明かす民進党政府の誤算
TSMCの2ナノ技術流出疑惑で急浮上 Rapidusとは何者か──日本半導体産業の逆襲
タイタン号の深海悲劇、創設者のコスト優先と船体欠陥無視が招いた内破事故の真実
核兵器が再び矛先に?ロシア、INF条約の一方的遵守を停止
TSMCの2ナノ技術が日本企業に流出か 元社員3人を国家安全法違反で拘束
三菱重工が2兆円護衛艦を受注、日本の軍事輸出で過去最大規模
トランプ政権の39%高関税でスイス経済に打撃 発端はたった一本の電話?
舞台裏》アメリカが「地獄絵図」を作り、中国を抑止 台湾のドローン問題が沈殿する恐れ
台湾の人気キャラ「a-We」大阪初上陸 ぬいぐるみ即完売、文化イベントに長蛇の列!
リコール全敗の台湾で何が?「中国寄り」批判が招く「魔女狩り」と民主主義の危機
第6回「渋谷盆踊り」今年も盛況、過去最高の約6万2,000人が来場 外国人比率は3割