2025年7月、漢光演習が終了したばかりの台湾では、南部を覆う黒雲と各地の豪雨、さらに全国的なリコール運動の高まりが続く中、誰もが予想しなかった国家安全上の危機が「護国神山」ことTSMC(台湾積体電路製造)に発生した。
台湾高等検察署と法務部調査局は、7月25日、新竹市の調査站、北部機動工作站、サイバーセキュリティ站の精鋭を動員し、新竹をはじめとする複数地域で極秘の捜索・逮捕作戦を展開した。狙いは、TSMCの2ナノメートル製造プロセスに関する技術情報が漏洩したとされる産業スパイの特定と、その背後にいる黒幕の摘発にある。
関係者によれば、TSMCは2025年7月初旬、調査局新竹市調査站に内部告発を行い、2ナノ製程に関連する技術が複数の社内関係者により不正に複製された疑いがあると通報。これら世界最先端の重要技術が他社に流出したかどうかは確認されていないが、TSMCは被害拡大を防ぐためにも、当局による迅速な捜査介入を要請したという。
TSMCは機密情報の不正流出に気づいた後、調査局新竹市調査站に通報した。(写真顏麟宇撮影)
TSMCの機密漏えい事件、国力に影響 検察と調査機関のプレッシャー増大 世界をリードする2ナノメートル先進製造プロセスの機密が流出したことで、「護国神山」とも称されるTSMC(台湾積体電路製造)は、検察・調査当局に支援を要請した。この技術は国家の核心的な重要技術に指定されており、単なる営業秘密の漏洩事件ではなく、国家の実力と存亡に関わる安全保障上の重大案件である。この事態は国家安全当局の上層部を驚かせ、関係者による案件の進展への注視が続いている。台湾高等検察署の張斗輝検察長と法務部調査局の陳白立局長にも大きな重圧がのしかかっている。
今回のTSMCに関する2ナノ技術流出事件は、検察にとって国家安全案件として高等検察署の国安組が所管する一方、営業秘密侵害としては知的財産専責部門(以下、智財分署)の扱いともなるという複雑な構図にある。偶然にも、国安組と智財分署の両方で主任検察官を務めているのは鄭鑫宏検察官である。どちらの部門に捜査を担当させるか、張斗輝検察長は頭を悩ませたという。国安組には陳舒怡、王正皓、王盛輝といった検察界でも屈指の実力者が揃っており、智財分署にも羅雪梅、黃正雄、朱立豪、劉怡君ら実績のある検察官が名を連ねている。
最終的に、張検察長は本件を智財分署が主導する方針を決定した。関係者によれば、決め手となったのは、同分署に所属する劉怡君検察官の存在であるという。劉氏は高検での任期満了を目前に控えており、2025年8月下旬には新竹地検署に復帰する予定である。張検察長があえてこの時期に彼女を主任に起用し、経済・汚職事件に精通した朱立豪氏と黃正雄氏を補佐につけた理由には、劉氏の捜査手腕への強い信頼があると見られている。
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高等検察署の張斗輝検察長(写真)によって智財分署の劉怡君氏が案件を担当。(写真/顏麟宇撮影)
TSMC事件の主導に選ばれた 智財分署のエース女性検察官 検察関係者によれば、劉怡君検察官は一審主任検察官を務めた経験はない。一方、台北地方検察署で長年にわたり一審主任を務めてきた朱立豪氏や黄正雄氏とは経歴が異なる。しかし、かつて新竹地検署に所属していた劉氏は、知的財産専責部門(智財分署)におけるエースとして知られ、その功績は高等検察署の内部でも高く評価されている。
劉氏は智財分署在籍中、国防部、経済部、農業部、デジタル発展部、国家科学技術委員会、大陸委員会、移民署、警政署、調査局、各地検察署、産学界を巻き込んだ座談会を企画・開催し、新法の周知や意見交換を推進してきた。また、国家安全および知財審査制度改革に対応し、省庁間の連絡体制を構築し、個別事案における技術認定の手続きも整備した。
さらに、劉氏は国際業務にも精通しており、外国語能力を活かして国際協力に関するセミナーの講師も務め、海外の法執行機関との連携強化に寄与してきた。
加えて、劉氏は智財分署の「営業秘密法制整備プロジェクトチーム」のメンバーであり、法務部、法官学院、司法官学院、調査局、知的財産局、民間団体・業界団体において営業秘密関連の講義を行ってきた実績を持つ。実務経験に基づいた著作もあり、長年にわたり営業秘密保護の制度構築と啓発に尽力している。
劉怡君氏(左端)は知的財産専責部門のエース検察官とされ、その功績は枚挙にいとまがない。(写真/智財分署公式サイトより)
TSMC機密流出事件も担当 護国神山を知り尽くすエース女性検察官 検察関係者によれば、劉怡君検察官は理論だけでなく実務にも長けた人物である。新竹地方検察署在職中は、営業秘密および経済犯罪を専門とする検察官として、TSMCを含むサイエンスパーク内の企業における営業秘密の窃取、研究開発記録の破壊、中国資本による不正な技術者引き抜きや技術流出事件など、複数の重要案件を手がけてきた。
特に2017年および2018年には、劉氏が新竹地検署に在籍中、TSMCのエンジニアが関与した営業秘密事件を2件起訴しており、同社の業務運営に関する深い理解を有しているとされる。また、劉氏の捜査は迅速かつ的確で、過去には案件受理からわずか24時間以内に家宅捜索を実施し、その後12時間以内に被告に対して出国禁止措置を講じた実績もある。
劉怡君氏は2017年および2018年に、TSMCに関連する営業秘密事件を2件捜査した経験があり、同社の業務運営に一定の理解を有している。(写真/顏麟宇撮影)
TSMCの機密情報が商業スパイ戦に発展 検察と調査機関が情報を封印 《風傳媒》の取材によれば、張斗輝検察長がTSMCに関する案件の主担当を劉怡君検察官に指名した後、劉氏は鄭鑫宏、朱立豪、黄正雄の各検察官とともに特別チーム会議を開き、役割分担を協議した。その後、劉氏はただちに南部の新竹へと赴き、新竹市調査站およびTSMCの関係部門と協力して事件の概要を把握し、捜査を開始した。
調査の結果、TSMC内部の従業員が複製した機密データが、すでに退職した陳姓の元社員に渡っていたことが判明した。この元社員は現在、日本・東京に拠点を置く世界的に著名な半導体製造装置メーカーに勤務しており、今回の事件は国際的な産業スパイ事件の様相を帯び始めている。これを受け、検察と調査局による特別捜査チームは、一層の警戒を強めている。
検調当局は速やかに証拠収集を行い、2025年7月25日を摘発(いわゆる「Dデイ」)に設定した。調査局の陳白立局長は、かつて新竹県調査站の主任を務めた経験があり、サイエンスパーク内の営業秘密事件に精通していることから、今回の捜索には北部機動工作站を動員し支援体制を構築。また、サイバーセキュリティ専門部門(資安站)も同時に捜索・電子資料の押収に加わり、証拠の改ざんや汚染を防止し、将来の法廷での証拠能力を確保する対応が取られた。
検察と調査機関は陳容疑者を逮捕、他2名と共に勾留が決定。(写真/林益民撮影)
3人を勾留・接見禁止 検察と調査局、容疑者の資金流れを追跡中 検察と調査局は、2025年7月25日、国家安全法違反の疑いで陳姓の容疑者ら6人を事情聴取し、翌日には台湾高等検察署に送致して再度取り調べを行った。うち陳姓および呉姓など3人については、罪状が重大で証拠隠滅や口裏合わせの恐れがあるとして、検察が知的財産法院に勾留と接見禁止を請求し、いずれも認められた。また、別の2人はそれぞれ10万元(約46万円)で保釈され、残る1人は検察により釈放された。
関係者によれば、陳姓容疑者は呉姓容疑者らと面識があり、自らの犯行を否認。押収された資料については「個人的な参考用」と主張し、外部への流出はしていないと弁明している。しかし、検察と調査局はすでに押収した電子データの鑑識作業に着手しており、陳らの資金の流れについても追跡捜査を進めている。