日本と中国の関係が緊張する中、高市早苗首相が11月7日に衆議院予算委員会で行った答弁は、現職首相として初めて「台湾有事は日本有事」と受け取れる明確な表現を用いたと解釈され、ただちに日中間の新たな外交摩擦を引き起こした。この問題はすでに1カ月以上続いている。
高市首相は情勢の沈静化を図るため、これまで触れなかった1972年の『日中共同声明』に言及し、12月3日の参議院で「台湾問題に関する日本の基本的立場は『日中共同声明』と一致している」と初めて明言した。しかし中国側は、日本が一定の譲歩を示したことを認識しつつも、これを全面的には受け入れず、「12月3日の発言は『未完成の答え』だ」と位置づけた。
中国の反応が異例に強硬な理由
11月7日から12月7日にかけて、中国は日本に対して大規模な武力示威を行ってはいないものの、国営メディアや政府高官による強い非難を繰り返した。12月9日までに、共産党機関紙『人民日報』の論評「鐘声」はすでに7回掲載され、さらに中国の駐大阪総領事・薛剣氏や駐日大使・呉江浩氏までもが、SNSや国営メディアの寄稿を通じて、高市首相を名指しで厳しく批判する異例の対応を示した。
こうした強硬姿勢の背景には、高市首相が10月末に習近平国家主席と会談した直後であったこと、また中国側が今年を「抗日戦争勝利80周年」と位置づけていることがある。しかし最も重要なのは、高市氏の発言を放置すれば、中国が最近国際社会で成果を上げつつある「台湾をめぐる国際法戦略」が大きく損なわれると中国が判断した点にある。
現在中国は、台湾の「外部依存による独立追求」(倚外謀独)を封じる目的で外交戦に注力している。その中心にあるのが国際法を利用したフレーミング戦略だ。中国は『カイロ宣言』『ポツダム宣言』を根拠に「台湾は中国の一部」と主張し、さらに『国連総会2758号決議』の解釈を拡大し、各国との共同声明を通じて「中華人民共和国が中国を代表する唯一の合法政府」と認めさせる枠組みづくりを進めてきた。
この国際法律戦の目的は、各国が台湾独立を支持することを「原理上封じる」だけでなく、中国が台湾に対して何らかの行動を取る際、第三国の介入を抑制する根拠を強化する点にもある。
バイデン政権下で中国のこの戦略は欧米・日韓で一定の挫折を経験した。しかしトランプ大統領の返り咲きにより、バイデン政権が構築した「民主主義陣営」は急速に弱体化し、さらに世界各国にとって中国市場の重要性が増したことで、中国の国際法律戦は再び優勢に転じ始めている。
中国は来年4月に予定されるトランプ氏の訪中に向け、米国の中間選挙を控え成果を求めるトランプ氏から「台湾問題に関する有利な新たな声明」を引き出し、それを国際的な「反台湾独立」の成果として包装することを期待している。
そのため、高市首相の11月7日および26日の発言は、中国の認識では「中国が台湾に対して行動する法的根拠への挑戦」であり、「日本が中国の武力行動に干渉する意思をにじませた重大なサイン」と映った。中国にとって改善しつつあった国際法戦略の流れに逆行するものとして、強烈な牽制が必要だと判断した形だ。
さらに今の段階で日本を強く叩くことで、「中国の武力侵攻が日本の集団的自衛権発動に結びつく」という議論の拡大を抑え、日米の軍事計画が日本政府の拘束的政策へ発展することを阻止したいという意図もある。
日本政府の発言は中国の要求に沿ったものへと変化
11月7日以降、中国政府や国営メディアは日本側に「誤った発言を速やかに撤回するよう」求めてきたものの、中国が真にこだわっているのは、首相本人が新たな発言や声明、さらには文書という形で、中国側が受け入れ可能で、対台湾独立をけん制する国際的な枠組みを後押しする内容を示すことだ。中国側が求める「模範解答」は、実際には11月24日に中国外務省の毛寧報道官が述べた内容に集約されている。
毛寧報道官は11月24日の記者会見で、日本政府が台湾問題に関する立場を本当に変えていないのであれば、「一つの中国」原則を明確に堅持し、これまでの約束と「日中間の四つの政治文書」の精神を厳格に守るべきだと述べた。毛氏は、その具体的内容として1972年の『日中共同声明』を挙げ、同声明には「日本国政府は、中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府であると承認する」と明記されていることを指摘した。また、「中華人民共和国政府は、台湾が中国領土の不可分の一部であると重ねて強調し、日本国政府はこの中国政府の立場を十分に理解し、尊重し、『ポツダム宣言』第8項に示された立場を遵守する」とされている点をあらためて強調した。
実際、高市首相は12月3日以前までに、すでに二度にわたって発言内容を調整し、従来の日本政府が用いてきた標準的な表現「発生した個別かつ具体的な事態に対し、政府はあらゆる状況を総合的に判断する」へと後退していた。これは、中国に対する一定の譲歩ではあるものの、表向きには目立ちにくい形となっていた。
しかし、高市首相としては、日本が外圧によって即座に方針を変えたと受け取られることを避けたい思惑があったとみられ、当初は中国が求める「標準回答」に沿う形での発言を控えていた。そのため11月26日には、中国側が求める『カイロ宣言』や『ポツダム宣言』ではなく、『サンフランシスコ平和条約』を論拠として持ち出す対応に踏み切った。しかし、中国政府は『サンフランシスコ平和条約』を承認しておらず、さらに日本が「台湾の法的地位を判断する権限を有しない」との主張を展開したことから、高市首相の発言は中国に「台湾地位未定論を助長するもの」と受け止められた。その結果、情勢は沈静化するどころか、かえって緊張が高まる展開となった。
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情勢は12月3日に転機を迎えた。この日、国民民主党の竹内真二参議院議員が質疑に立ち、『日中共同声明』における台湾の位置づけ「台湾は中華人民共和国の領土の不可分の一部であり、日本はこの立場を十分理解し尊重する」との記述をまず取り上げたうえで、「台湾問題に関する日本政府の立場は、『日中共同声明』で示されたものから全く変わっていないのか」と質問した。
これに対し、高市首相は「台湾に関する我が国政府の基本的立場は、1972年の『日中共同声明』の通りであり、この立場に一切の変更はございません」と応じた。質疑の流れは、まるで事前に段取りが組まれていたかのような展開だった。
12月3日の高市首相と国民民主党・竹内真二参議院議員による質疑応答を、11月24日の中国外務省・毛寧報道官の発言と照らし合わせると、今回の外交摩擦が始まって以降、日本政府が中国側の要求に沿うかたちで初めて明確な陳述を行ったと言える。主要部分は首相自身の直接の発言ではないものの、外交的緊張の中では日本側として最も踏み込んだ譲歩と位置づけられる内容だった。
この状況下で、日本側が「中国の立場を理解し尊重する」という従来の表現が「承認」に当たるのか、あるいは戦略的曖昧性の範囲内なのかを論じても、実質的な意味は大きくない。なぜなら、毛寧報道官が11月24日に示した要求そのものが、「日本は中国の立場を十分に理解し、尊重すること」を明確に求めるものだったからだ。
中国は、12月3日の発言を「未完成の答え」と受け止めている
高市首相が12月3日午前に新たな見解を示したことを受け、中国側は内部で協議した上で、翌4日、外務省の林剣・副報道局長が記者会見で対応した。林氏は「高市首相が台湾問題に関する日本政府の基本立場は1972年の『日中共同声明』に沿うものだと述べた以上、その内容を正確かつ完全な形で改めて示すべきではないか」と強調した。
林氏の発言は強い調子に映るが、12月4日から9日にかけて、中国は新たな制裁措置を発動しておらず、『人民日報』の論評欄「鐘声」も追加の批判を行っていない。こうした状況は、中国側が日本政府の一定の譲歩を認識しており、圧力をただちに強化する判断には至っていないことを示唆している。
もっとも、中国側は高市首相の12月3日の発言を「未完成の答え」と受け止めている可能性がある。中国が注視する論点、すなわち参議院で竹内真二議員が質疑の中で取り上げた内容について、日本政府がより明確で踏み込んだ回答を提示するよう求めているとみられる。
現在、中国が日本に対して行っている外交的圧力や限定的な制裁措置は、一定の効果を上げているとみられ、短期間で軍事的緊張を急激に高める必要はないとの判断が働いているようだ。このため、12月6日に中国軍戦闘機が自衛隊機に対して火器管制レーダーを照射した疑いのある事案については、現場レベルでの対応、いわゆる偶発的な「擦れ違い」であり、中国の明確な指示にもとづくものではないと考えられる。
しかし、高市首相が12月13日までに、中国側が求める「標準回答」により近い新たな見解を示さない場合、その時点で中国が日本に向けた示威的な軍事行動に踏み切る可能性は残されている。
*筆者は中華戦略前瞻協会の研究員で、淡江大学戦略研究所の兼任助理教授。本文は「奔騰思潮」に掲載された記事の転載である。