米国在台協会(AIT)のレイモンド・グリーン(谷立言)処長はこのほど、台湾メディアのインタビューで、北京に対し、台湾の民選指導者との対話を呼びかけた。グリーン氏は、対話の基礎として「現状維持」を挙げるとともに、「前提条件を設けない」交流こそが誤算を避ける最善の方法だと述べた。
この発言は台湾政界で注目を集めている。米国は中台対話の扉を開く後押しができるのか。さらに、グリーン氏の言葉が蔡英文前総統の過去の主張と重なることから、米側が示した「蔡英文コード」の意図をめぐり、さまざまな臆測を呼んでいる。
グリーン氏はインタビューで、「台湾には現状維持をめぐる高度なコンセンサスがあり、これは対話の絶好の基礎になる」と述べた。また、「前提条件を設けない交流こそが、誤算を避ける最善の方法だ」とも語った。
「現状維持」と「前提なし」。この二つのキーワードは、蔡氏が過去に掲げてきた主張と重なる。蔡氏は2010年の時点で、「政治的前提を設けない状況で、中国と直接的かつ実質的な対話を行うことを排除しない」と表明していた。また、蔡氏が総統在任中から一貫して「現状維持」を掲げてきたこともよく知られている。
グリーン氏がこの「蔡英文コード」を改めて示したことは、台湾政界でさまざまな解釈を生んでいる。
グリーン氏発言に蔡英文氏支持者が反応 中台関係に詳しい関係者は、グリーン氏の発言からは、中台対話を促したい米側の意図がうかがえると分析する。米国が蔡氏に台湾を代表して中国と会談する役割を期待しているのかどうかは、今後の動向を見極める必要がある。現時点で米側の姿勢は必ずしも明確ではない。
ただ、グリーン氏が言及した「現状維持」と「前提なし」は、いずれも蔡氏が過去に掲げてきた主張だ。そのため、グリーン氏が蔡氏の名前を直接挙げたわけではないにもかかわらず、蔡氏の支持者の間では、これを米側からのシグナルと受け止める見方も出ている。
同関係者は、以前の世論調査で、台湾では約7割が中台間の政治交渉を支持し、最も信頼できる交渉役として蔡氏を挙げる声が多かったことにも触れた。今回のグリーン氏発言と世論調査の結果が重なり、今後、蔡氏に「何らかの役割」を果たすよう求める声が出てくる可能性もあるという。
もっとも、「前提なしの対話」は蔡氏だけの主張ではない。頼清徳総統も同様の趣旨に言及したことがあり、さらにさかのぼれば、李登輝元総統が国際的な場で中台指導者が「自然に会う」ことを望んだ発想にも、前提条件を設けない対話の意味合いが含まれていた。
蔡英文前総統は2010年に「前提条件を設けない中台対話」を主張したが、それ以前の李登輝元総統や、その後の頼清徳総統も同様の姿勢を示したことがある。(資料写真/甘岱民撮影)
米国の「現状維持」と「前提なし」に北京は応じるのか 一方、グリーン氏が「現状維持」を対話の基礎とし、「前提条件を設けない」交流を呼びかけたことは、民進党政権と北京の対話再開につながるのか。これに対し、長年にわたり中台の学術交流に関わってきた中国文化大学国家発展・中国大陸研究所の劉性仁副教授は台湾メディア『風傳媒(ストームメディア)』の取材に対し、米国と北京が認識する「現状」には大きな隔たりがあると指摘した。
劉氏は、中国側が「中台はともに一つの中国に属する」とする「92年コンセンサス」を堅持している以上、グリーン氏の認識とは大きな差があるとみる。グリーン氏が、中台は誤算を避けるために「前提条件を設けない交流」を行うべきだと主張しても、北京が反発するのは避けられないとの見方を示した。
中国当局は、中台対話の唯一の政治的基礎は「一つの中国」原則を認める「92年コンセンサス」だと繰り返し強調している。劉氏は、米国や台湾の執政当局が独自に定義する「現状維持」を、北京が代替的な対話の基礎として受け入れる可能性は極めて低いとみている。
さらに劉氏は、米側が「蔡英文政権から頼清徳政権まで一貫して現状を維持している」と説明している点についても、北京側は受け入れないだろうと指摘した。北京は、頼政権が掲げる「中台は互いに隷属しない」という主張を、台湾海峡の現状を実質的に変更する「新両国論」と位置づけている。
そのため、グリーン氏が頼政権について「現状を維持している」と述べたことは、北京の視点では、米国が台湾の「漸進的な台湾独立」や「法理上の台湾独立」に政治的なお墨付きを与えているように映るという。劉氏は、北京が米国や台湾による一方的な「台湾海峡の現状」の定義を容認する可能性は低いとみる。
学者は、北京側が中台対話の唯一の政治的基礎を「一つの中国」原則を認める「九二共識」と位置づけており、米国や台湾が独自に定義する「現状」を代替的な基礎として受け入れる可能性は低いと分析している。(写真/AP通信)
「92年コンセンサスの変形」こそ蔡英文氏の「究極のコード」か グリーン氏が今回のインタビューで示した「前提なし」と「現状維持」による中台対話について、中台関係を研究する専門家や学者の間では否定的な見方も少なくない。
一部では、グリーン氏の発言は、トランプ米大統領との「硬軟両様」の役割分担だとの見方もある。トランプ氏が「台湾独立を望まない」と表明して北京に一定の安心感を与える一方で、グリーン氏が「前提なし」と「現状維持」を掲げることで、「一つの中国」をめぐる北京側の枠組みに揺さぶりをかけ、今後想定される米中首脳会談に向けた交渉カードを作ろうとしているとの見立てだ。
ただし、中台関係に詳しい関係者は、北京はグリーン氏が今回示した道筋を急いで否定するのではなく、しばらく推移を見守るべきだと指摘する。
同関係者によれば、蔡英文氏が2016年に初めて総統に就任した際、その中台政策の言説には大きな注目が集まっていた。当時、蔡氏は「92年コンセンサス」という言葉を直接使わず、「1992年に台湾の海峡交流基金会(海基会)と中国の海峡両岸関係協会(海協会)が行った会談という歴史的事実」と表現した。
同関係者は、北京側にも当時の対応を惜しむ見方があると指摘する。もし当時、北京が蔡氏の発言を受け止めていれば、現在の中台関係は別の展開をたどっていた可能性があるという。蔡氏が最初に示した善意も、これほど遠ざけられることはなかったかもしれない。
蔡英文前総統は2016年、「1992年の会談という歴史的事実」に言及し、「92年コンセンサス」という言葉を直接使わずに中台関係の安定を図ろうとしたが、北京側に受け入れられることはなかった。関係者によれば、北京側にも当時の判断を惜しむ見方があるという。(写真/総統府提供)
米国は現政権と既存の中台対話メカニズムを尊重すべき 中台関係に詳しい関係者は、今回のグリーン氏の発言は北京側の主張に寄ったものではないが、ある意味では台湾の民意を考慮したものでもあるとみる。もし米側が北京側の主張に正面から沿う形を取れば、台湾社会は対話や交渉そのものに後ろ向きになる可能性があるためだ。
中台間に政治対話や政治交渉の必要性が生じていること自体、中台関係には特殊性があることを示している。この事実そのものが強いシグナルであり、北京は慎重に受け止めるべきだという。
一方で、米国が中台関係において蔡氏により重要な役割を期待しているかどうかにかかわらず、台湾内政への干渉は避けるべきだとの指摘もある。米国は、現在の民主的に選ばれた台湾の政権を尊重するだけでなく、台湾側の海峡交流基金会(海基会)と中国側の海峡両岸関係協会(海協会)という既存の対話メカニズムも尊重すべきだ。
中台間の意思疎通と対話を進めるのであれば、こうした既存の枠組みを通じて行うことが、台湾の民意と制度の双方を尊重する道でもある。