台湾の2026年統一地方選(九合一選挙)が迫る中、地方の執政基盤を守りたい国民党は、各県市を巡回して候補者を支援する「行動中常会」を始動した。民衆党の創設者である柯文哲氏も、全台各地を回り、候補者の応援演説や街頭活動を続けている。民進党も5月から、中央の政務官と各県市の候補者が地方に入り、政権実績を訴える「台湾好生活」政策説明会を展開している。
ただ、2025年の大規模リコール運動で「抗中保台(中国に対抗し台湾を守る) 」を大きな軸に掲げた時期とは異なり、民進党は年末の地方選に向け、選挙メッセージと戦略をすでに切り替えている。
頼清徳総統は2026年5月27日、国家安全ハイレベル会議を開き、その後の記者会見も自ら主宰した。そこで発表したのは、少子化対策を目的とし、総額約3800億台湾元規模と見込まれる「台湾人口対策新戦略:家庭支援編」の18項目だった。
しかし、そこから約14カ月前の国家安全ハイレベル会議後の記者会見で、頼氏が打ち出していたのは「5つの国家安全・統戦上の脅威と17項目の対応策」、いわゆる「頼17条」だった。頼氏は当時、各機関に法制度の整備を求め、「社会との対話を強化し、速やかに実行する」よう指示していた。
それから1年以上が過ぎた現在、「頼17条」は与野党攻防の焦点になることが少なくなり、関連法案の改正も民進党にとって立法院での優先議題から後退しているように見える。中国で「民族団結進歩促進法」が7月1日に施行される中、頼政権はなぜ、かつて前面に押し出した「頼17条」をめぐり低調な姿勢に転じたのか。
2025年の大規模リコール運動では「抗中保台」が大きな軸となったが、民進党は2026年選挙に向け、選挙メッセージと戦略を切り替えている。(資料写真/柯承惠撮影)
頼氏が名指しした法改正、行政院は「掛け声先行」に 頼氏は2025年3月13日、「頼17条」を提示し、9本の法案改正を名指しした。翌日、卓栄泰行政院長は「総統のすべての指示について、関連部会は期限を設けて点検し、期限内に完了させる」と公の場で表明した。
軍事審判制度の再開に関する『軍事審判法』改正草案については、国防部が行政院に提出したものの、現在まで閣議決定されず、立法院にも送付されていない。一方で、頼氏が改正を指示した『サイバーセキュリティ管理法(資通安全管理法)』や、「頼17条」に関連する『産業イノベーション条例』、海底ケーブル関連7法などは、2025年中に立法院で第三読会を通過し、順次成立している。
行政院は2025年末、最後の2回の院会で、『国家安全法(国安法)』『社会秩序維持法』『両岸人民関係条例』『陸海空軍刑法』など6本の改正草案を相次いで閣議決定し、立法院に送付した。
しかし、行政院が2025年末に駆け込みで立法院に送付した国家安全関連法案の審議状況を見ると、進展は限られている。そのうち最後に提出された『社会秩序維持法』改正案は、野党の反対で14回にわたり第一読会通過と委員会付託を阻まれ、いまだ審議入りしていない。
同じ週に送付された『両岸人民関係条例』改正案は本会議で委員会付託を認められたものの、委員会での審査日程は未定だ。より早く送られた『陸海空軍刑法』改正案も、2026年1月8日に質疑を終えただけにとどまっている。唯一、逐条審査に入ったのは『国家安全法』で、4月30日に一度審査が行われたほか、それ以前に2回の公聴会も開かれている。
卓栄泰行政院長(写真)は2025年末、6本の改正草案を提出した。しかし現在も複数の法案が野党の反対で審議入りを阻まれており、実質審査に入ったのは『国家安全法』のみとなっている。(資料写真/柯承惠撮影)
国安法改正案に過料・アカウント制限 野党は「言論の自由侵害」と反発 なぜ、同時期に提出された国家安全関連法案の中で、『国家安全法』改正案だけが比較的先行しているのか。それは、同改正案の争点が少ないからではない。
頼氏が「頼17条」を発表する前から、民進党の立法委員は複数の『国家安全法』改正案を相次いで提出していた。だが、立法院内政委員会が2025年5月1日に初めて審査を予定した時点から、野党側は疑問を呈し続けていた。行政院版が提出された後も、野党は法案の文言が不明確で、構成要件が抽象的すぎると批判した。
さらに、行政院が提出した新設条文をめぐっては、野党だけでなく一部の学者からも、言論の自由を侵害する恐れや、行政権が過度に拡大する懸念が指摘されている。
行政院が提出した『国家安全法』改正案によれば、国外の敵対勢力が台湾に対して戦争を発動することや、非平和的手段で台湾の主権を消滅させることを公然と鼓吹、提唱、支持した場合、内政部が法務部、大陸委員会など関係機関と協議したうえで、最高100万台湾元の過料を科すことができる。
また、インターネット上で偽情報を拡散したり、中国共産党の政治宣伝を行い、国家安全や社会の安定を損なったりした場合、内政部は法務部、デジタル発展部、大陸委員会などと協議したうえで、ネットプラットフォームに対し、閲覧制限、コンテンツ削除、アカウント利用制限、さらにはアカウント停止を命じることができるとされる。
行政院は、これらの条文について、国際人権規約の一つである『市民的及び政治的権利に関する国際規約』第20条第1項、すなわち「戦争のためのいかなる宣伝も、法律で禁止する」という規定に対応するものだと説明している。また、行政罰にとどまり刑事責任を問うものではなく、厳格な手続きを経て処分を行うため、「それだけで人を罪に問うものではない」と強調している。
しかし、行政院は野党を説得できなかった。立法院内政委員会が2026年1月7日に関連案を併合して逐条審査した際、国民党団は「甲級動員」と呼ばれる党所属議員の全面動員を発動し、まず社会的コンセンサスを形成してから実質審査に入るべきだと主張した。
『国家安全法』の審査では、与野党がそれぞれ看板を掲げた。民進党は野党にこれ以上の阻止をやめるよう訴え、国民党は言論の自由を制限する恐れがあると批判した。(資料写真/顏麟宇撮影)
総統が急いだ「頼17条」、内政委員会は民進党召委の訪米で空転 立法院内政委員会は3月、計13人の学者や専門家を招いて2回の公聴会を開いた。その後、民進党籍の召集委員である李柏毅氏は4月30日、『国家安全法』改正案の逐条審査を日程に組み込んだ。
しかし、会議は3時間以上に及んだものの、議論されたのはわずか4条にとどまり、いずれも合意には至らなかった。李氏は散会時、「まだ議論していない条文については、別の日程で審査を続ける」と述べた。
異例だったのは、それから2カ月も経たない6月21日、李氏が韓国瑜立法院長の訪米に同行した際の対応だ。李氏は「担当する予算案の審査はすでに完了した」として公文書を出し、内政委員会の議事日程を丸1週間白紙にすると発表した。
複数のベテラン議会スタッフは台湾メディア『風傳媒(ストームメディア)』に対し、召集委員1人が訪問団に同行しただけで委員会全体が1週間空転するのは、立法院でも前代未聞だと指摘した。内政委員会に詳しいスタッフも、審査途中の『国家安全法』を含め、現在も処理を待つ法案が多く、1週間も止める余裕はないと話す。
頼総統が「頼17条」を指示してからすでに1年以上が過ぎ、行政院も「最速案件」として法改正を求めてきた。にもかかわらず、李氏が訪米を理由に、上層部が急がせていた案件を後回しにしてよいのかという疑問も出ている。
李氏の事務所は、委員会で同氏が担当していない予算案がまだ審査中であり、すべての予算案を送り出した後、民進党団と法案の審議順序について改めて協議すると説明している。
ただ、中央政府の2026年度総予算案は、立法院で数カ月停滞した後、4月21日にようやく委員会付託が認められた。つまり、内政委員会が4月30日に『国家安全法』を審査した時点で、総予算案の審査はすでに始まっていたことになる。
しかも、内政委員会が『国安法』を審査する前日、李氏が組んだ日程は海洋委員会予算の処理だった。これは、予算審査と法案審査が並行できないわけではないことを示している。ある議会スタッフは、今会期は予算会期ではなく、なぜ法案審査を続けず委員会を空転させたのか理解しがたいと話す。
『国家安全法』改正案の審査では、与野党間で合意に至った条文はなかった。召集委員の李柏毅氏は後日改めて審査すると表明したが、6月21日に韓国瑜立法院長の訪米に同行した際、内政委員会の議事日程を丸1週間白紙にすると発表。委員会が空転する異例の事態となった。(資料写真/柯承惠撮影)
「言論の自由制限」批判は地方選に不利か 民進党の国安法改正に微妙な変化 関係者によると、今会期の立法院は、野党が議席の優位を背景に採決を行い、8月31日まで延会することがすでに決まっている。6月末から7月初めにかけて予算案が各委員会からすべて送り出された後、民進党団は各委員会の議事日程について改めて協議するとみられる。
注目されるのは、民進党の『国家安全法』改正に対する姿勢に、微妙な変化が見え始めていることだ。立法院で『国安法』改正作業が始まって以降、『風傳媒(ストームメディア)』は関連する進捗を継続的に追ってきた。その中で、一部の民進党立法委員の姿勢は、時間の経過とともに慎重になっていることが分かった。
関係者によれば、『国安法』改正はすでに高度に政治化された争点になっており、選挙が近づく中で大きな動きは取りにくいという。
実際、民進党は内政委員会だけを見ても、蘇巧慧氏が新北市長選、王美恵氏が嘉義市長選への出馬を予定している。さらに、国家安全問題で最も積極的に発信してきた沈伯洋氏も、すでに民進党の台北市長候補に指名されている。
『国家安全法』改正については、王氏と沈氏が自ら法案を提出しているほか、高雄市長選に出馬する民進党立法委員の頼瑞隆氏も筆頭提案者となっている。党内関係者は、県市長候補やその選挙チームにとって、今の段階で「言論の自由を制限する」と受け止められることは避けたいはずだと分析する。
2026年の投票日が近づく中、言論の自由に関わる『国家安全法』改正をめぐり、民進党は慎重姿勢に転じている。写真は、民進党の新北市長選候補である蘇巧慧氏(左から2人目)と、台北市長選候補の沈伯洋氏(左から3人目)。(資料写真/中央社)
「デジタル仲介法」の二の舞を警戒 民進党が国安法改正にブレーキか 2022年の統一地方選前、国家通信伝播委員会(NCC)は『デジタル仲介サービス法案』を推進した。同法案第18条は、利用者が送信または保存した情報について、法律上の強制規定または禁止規定に違反する恐れがあると判断される場合、公共の利益への危害を避ける、または軽減するため、裁判所に情報制限命令を申し立てることができると定めていた。
また、「デマや不実情報」であり、かつ法律上の強制規定または禁止規定に違反するとみなされた場合、一時的に警告表示を付けることができるとも規定され、各方面から大きな関心と反発を招いた。
最終的に、当時の蘇貞昌行政院長は2022年8月20日に介入し、法案推進にブレーキをかけた。当時、民進党主席を務めていた蔡英文総統も、その4日後の中常会で、言論の自由を守ることは民進党の揺るぎない立場だと強調した。
民進党は2022年の地方選で、結党以来最悪の惨敗を喫した。全国21県市のうち、首長ポストは5つにとどまった。地域的な支持基盤は濁水渓以南でも崩れ、嘉義・阿里山まで後退したと形容されるほどだった。当時の『デジタル仲介サービス法案』をめぐる騒動は、敗因の一つとされた。
ただ、2022年の民進党台北市長候補だった陳時中氏は、選挙期間中には蘇氏のブレーキは正しい判断だったと述べていたものの、敗選後の検証では、同法案を推進する方向性自体は正しかったとも語っている。言論統制との批判を受けて撤回せざるを得なかったが、有権者に悪い印象を残し、結果として民進党はネット上の選挙戦で手足を縛られ、認知戦への対応にも失敗したという見方だ。
それから4年がたち、地方首長選が再び迫る中、政府による「言論統制」との批判が再び浮上している。しかも今回は、独立機関であるNCCが主導した法案ではなく、行政院が提出した『国家安全法』改正案だ。野党からは「デジタル仲介法よりも恐ろしい」との批判も出ている。
4年前、蔡政権は「コンセンサスがない」として『デジタル仲介サービス法案』の推進を止めた。しかし、年末の地方選では大敗し、蔡氏は民進党主席を辞任した。その後、頼清徳氏が単独候補として党主席選に出馬し、当選した。
4年を経て、『国家安全法』改正案も、かつての『デジタル仲介サービス法案』と同じく、言論の自由を制限する恐れがあるとの疑念を抱かれている。過去の失敗が尾を引く中で、たとえ頼氏に強い意志があったとしても、選挙という現実を無視することはできない。
民進党がここでいったんブレーキを踏むのは、2026年の地方選への影響を避けるためだけではない。国安法改正をめぐる議論が「言論統制」と結びつけば、頼氏が再選を目指す2028年総統選にも波及しかねないからだ。