台湾が米国の半導体産業を「盗んだ」とするドナルド・トランプ米大統領の主張は、同氏の通商政策をめぐる発言で繰り返し使われるようになっている。しかし、米国の半導体業界で長年働いた人物が今週発表した詳細な反論は、この主張が歴史を誤読しているだけでなく、事実関係を逆転させていると指摘する。
インテルの元ライセンス担当幹部で、サブスタック(Substack)で「The Old Salt」の筆名で発信するドナルド・メリノ氏は、米国の半導体産業における知的財産権の仕組みを内部から見てきた人物だ。これはシンクタンクによる一般的な反論ではない。契約、特許のクロスライセンス、ロイヤリティの支払い条件に至るまで、業界が実際にどのように成り立っていたのかを知る人物による証言である。
台湾半導体の出発点は、米企業へのライセンス料だった
台湾の半導体産業の物語は、1970年代半ばにさかのぼる。当時の台湾は、決して財政的に余裕があったわけではなかった。それでも台湾は、国家として半導体産業に賭けるという明確な選択をした。
1976年、台湾の政府系研究機関である工業技術研究院(ITRI)は、米RCAと技術ライセンス契約を締結し、CMOS製造技術のノウハウを得るために350万ドルを支払った。当時の台湾の1人当たりGDPは約1150ドルにすぎなかった。これは気軽な買い物ではない。一世代先まで成果が出ないかもしれない産業に対する、計算された国家資源の投入だった。
この契約に基づき、ITRIは技術者を米国内のRCA施設に派遣し、体系的な研修を受けさせた。その後、台湾は初のIC生産ラインを構築し、数カ月後には、RCAの元の施設を上回る製造歩留まりを達成したとされる。
1977年の時点で、すでに一つの事実は明らかだった。台湾は技術を盗んだのではない。基礎となる技術を正式にライセンスし、それを直ちに改良し始めたのである。
半世紀かけて築いた制度的基盤
その後の歩みは、決して近道ではなかった。1980年にはITRIから聯華電子(UMC)が分離・設立され、同じ年に新竹科学工業園区も開設された。1980年代半ばにかけて、台湾は先端プロセス開発の取り組みを進め、次の段階を担う人物として、テキサス・インスツルメンツで製造管理の手腕を評価されていたモリス・チャン(張忠謀)氏を招いた。
1987年に設立されたTSMCの株主構成も、「台湾が技術を盗んだ」とする見方を否定するものだった。台湾の政府系開発基金が大きな出資比率を持ち、オランダのフィリップスは約27.5%を出資した。フィリップスは資本だけでなく、技術と、既存の特許ライセンス契約に基づく知的財産権上の保護も提供した。 (関連記事: 【論評】トランプ氏の「半導体泥棒」発言に台湾はなぜ沈黙するのか | 関連記事をもっと読む )
しかも、フィリップスが出資する前、インテルとテキサス・インスツルメンツはこの機会を見送っていた。TSMCの出発点は、盗用ではなく、投資、契約、ライセンス、そして制度的な積み上げだった。


















































