2025年11月2日、トロントのロジャース・センター球場は、まるで時間が凍りついたかのような緊張感に包まれていた。観客4万7,000人の息づかいと心拍が、まるでこの壮絶な決戦のBGMのように響く。ホームのトロント・ブルージェイズと、連覇を狙うロサンゼルス・ドジャースによるワールドシリーズ第7戦。試合は延長戦にもつれ込み、ついに、誰も予想しなかった男がブルペンから歩み出た。
その男こそ、178センチとMLBでは小柄ながらも比類なき闘志を持つ山本由伸だった。前日、第6戦で96球を投げ抜き、チームを救ったばかりの右腕が、中0日という異例の登板間隔で再びマウンドに立つ。ファンの間では「MLBなのに甲子園のようだ」と冗談交じりの声も上がった。極限の疲労状態で、果たして山本はトロントの強力打線を抑えられるのか――。
山本が放った34球は、ドジャースをワールドシリーズ2連覇へ導くだけでなく、チームメートの大谷翔平に「彼こそ投手の世界一」と言わしめるほどの圧巻の投球だった。
ロサンゼルスドジャースの日系エース山本由伸がワールドシリーズ第7戦で試合を制し、チームを二連覇へと導いた。(写真/AP通信提供)
修羅場の涙:動じぬ投手から感情溢れる瞬間まで 最後のアウトをショートのミゲル・ロハスがダブルプレーで締めくくると、山本の体から一気に緊張が抜け落ちた。彼はガッツポーズをするでもなく、歓喜に沸く仲間たちに囲まれながら、その場に立ち尽くした。捕手ウィル・スミスが彼を抱き上げ、まさに「胴上げ投手」として称えられる。シャンパンの泡が舞い、歓声が轟く中、山本はデーブ・ロバーツ監督と抱き合い、ついに涙が溢れた。
試合後、声を震わせながら話した山本の目には、勝者の安堵と重責から解放された静かな感情が滲んでいた。
山本由伸がワールドシリーズで神懸ったパフォーマンスを見せ、ロサンゼルスドジャースを二連覇に導いた。(写真/AP通信提供) 山本由伸にとってこの涙は、過去のどんな栄光よりも重い意味を持っていた。日本一、東京五輪の金メダル、WBC優勝、そして前年のワールドシリーズ制覇――数々の頂点を経験してきた彼だが、第7戦という極限の修羅場で背負った重圧は次元が違った。背番号18の剛腕は、自らの限界を超え、ほとんど不可能とされた救援登板をやり遂げたのだ。
「まだ投げられる」――山本とロバーツ監督の賭け 時間は第6戦終了後の夜に遡る。先発としての任務を終えた山本由伸に、ドジャースの意思決定層(野球運営社長のアンドリュー・フリードマンを含む)は「中0日で山本由伸がクローザーを務める」という現実的な選択肢を想定していなかった。
「昨晩、Yoshi(山本の愛称) が治療を受けていると聞いた。明日の準備をしているらしいと。しかし正直、登板の可能性は低いと思っていた。ところが彼は再び治療を終えると、こう言ったんだ――『体調はいい。少なくとも1イニングは投げられる。あとはボールがどれだけ持つか次第だ 』と。」
ロサンゼルスドジャースがワールドシリーズ二連覇を達成し、ヘッドコーチのロバーツ氏が喜びを語った。(写真/AP通信提供) この言葉に、チームスタッフ全員が息を呑んだ。これは首脳陣の指示ではなく、山本自身の「志願」だった。現代野球ではリスク管理の観点から極めて異例の判断だが、彼の目の奥に宿る覚悟を見たチームは止められなかった。度重なる延長戦でブルペンが疲弊していた状況もあり、山本の名前は緊急で待機リストに加えられた。
日本メディアによれば、山本由伸の決意の裏には、長年サポートしてきたトレーナー・矢田修之氏とのある会話から生まれたという。第6戦の登板を終えた山本は、自身の今季の役目は果たしたと感じ、矢田氏に深々と頭を下げて感謝を伝えた。「この一年、本当にありがとうございました。」
しかし矢田氏は山本の背中を軽く叩き、こう言葉を返した。「まだ準備をしておこう。せめて、第7戦のブルペンに立てるくらいまでは体を戻しておかないとね。」
この一言が、山本の闘志を再び燃え上がらせた。「正直、最初はもう無理だと思っていました。でも、治療の後に体の感覚が戻ってきて……気づけばマウンドに立っていました。」
地獄と天国の34球:満塁死球からサヨナラ併殺へ 山本由伸の登場そのものが、劇的なクライマックスの幕開けだった。 9回裏・ワンアウト、一・二塁、スコアは4対4の同点。トロント・ブルージェイズはあと一本の安打、あるいはドジャースのわずかなミスや暴投一つで、 ワールドシリーズ第7戦を終え、ドジャースの連覇の夢を打ち砕く可能性があった。 観客4万7000人の息づかいが凍りつく中、ブルペンから一人の小柄な男がマウンドへと歩み出た。
初球、最初の打者にぶつけるデッドボール。スタジアムがざわめき、場面は一転して一死満塁。ブルージェイズファンの多くはこう思っただろう「もう山本は限界だ。ドジャースには代える投手もいない。王朝はここで終わる」と。しかし、ここからが本当の「由伸劇場」の始まりだった。 続くバーショ(ドールトン・バーショ)を内野ゴロに打ち取り、本塁封殺で二死目を奪う。 そして迎えた絶好調のクレメント(アーニー・クレメント)。 山本の投じた鋭いカーブを完璧に捉えた打球は、左中間深くへと飛んでいった。
ドジャースの名捕手ウィル・スミス氏がワールドシリーズ第7戦で本塁を守る重要プレイを行い、ドジャースが逆転勝利する要因となった。(写真/AP通信提供) 左翼のエンリケ・ヘルナンデスと中堅のアンディ・パヘスが同時にダッシュ。衝突寸前のタイミングで、パヘスが体を投げ出し、奇跡のキャッチ! 地獄の淵から救い出された瞬間、ベンチの大谷翔平は雄叫びを上げ、チーム全体が再び燃え上がった。
「信じられない……最後に何を投げたのか、もう覚えていません。」試合後の山本は、夢のような表情でつぶやいた。
2025年11月1日、ロサンゼルスドジャースがワールドシリーズ第7戦で強敵ブルージェイズを破り、MLB連覇を成し遂げた。(写真/AP通信提供) 2025年11月1日、ロサンゼルスドジャースがワールドシリーズ第7戦で強敵ブルージェイズを破り、MLB連覇を成し遂げた。(写真/AP通信提供)
「あれは人間業ではない」――伝説たちが語る伝説 山本由伸の圧巻の投球は、相手チームやファンだけでなく、仲間や伝説的投手たちの心までも打ち抜いた。今シーズン限りで現役を退くロサンゼルス・ドジャースのレジェンド左腕、クレイトン・カーショーは試合後、感嘆の声を漏らした。
「今夜Yoshi(山本)が成し遂げたことは、おそらく野球の歴史上でも前例がない。あれは人間にできることじゃない。」
「彼は自ら『僕が行けます』と言ってマウンドに上がり、1イニングどころか2イニング以上を投げ切った。あのとき彼の体がどんな状態だったのか、私たちは言葉では表せないし、想像すらできない。」
ドジャースの強投手クレイトン・カーショウ氏は今シーズン終了後に引退する予定。(写真/AP通信提供) 同じく日本からメジャーの舞台に立つ“ 先輩 ”の大谷翔平も、その偉業に最大級の賛辞を贈った。 「 今なら、誰もが思うはずです。山本由伸こそ、世界一の投手だと。 」
シャンパンが飛び交う優勝後のロッカールームで、大谷は何度も山本に語りかけた。 「言っただろう? 君は世界一の投手なんだ。 」
この称賛は決して大げさではない。今季のワールドシリーズ(7戦4勝制)で、山本は敵地で3勝を挙げた。これは実に24年間破られていなかった記録に並ぶものであり、防御率は驚異の1.02。まさに“鬼神”のような成績だった。
第3戦、18回裏にブルペンで再び肩を温める彼の姿がカメラに映し出されたとき、その集中力と勝利への執念が観る者すべての胸を打った。
ロサンゼルスドジャースがワールドシリーズ二連覇を達成、大谷翔平氏と山本由伸氏が喜びを分かち合う。(AP通信) もし延長18回まで続いた第3戦が、さらに19回に突入していたとしたら――すでにブルペンで肩を回していた山本由伸が、4勝すべてを手にしていた可能性もあっただろう。そう思わせるほど、彼の存在は圧倒的だった。
2025年のワールドシリーズ制覇における最大の功労者 は誰かと問われれば、答えは明白だ。ロサンゼルス・ドジャースを頂点へ導いたのは、間違いなく山本由伸である。
脆弱な体から鉄腕エースへ 非典型的エースの誕生までの道のり 日本メディアによると、山本由伸がワールドシリーズ優勝トロフィーを掲げるその瞬間の裏には、10年間一日も欠かさぬ厳しい鍛錬の積み重ねがあったという。 プロ入り初年度から彼を支えてきた矢田修トレーナーの下で、山本は極めて独自性の高いトレーニングメニューに取り組んできた。
そのメニューには、全身の連動性を高める「やり投げ」、体幹強化を目的とした「逆立ち」や「ブリッジ」、さらに精密な「呼吸法」まで含まれている。こうした訓練によって、かつては「5回を投げ終えると10日間の休養が必要」と言われた新人投手が、今ではワールドシリーズの極限の重圧下で2日連続登板し、2試合連続勝利を挙げる鉄の体を手に入れた。
ドジャース達成のワールドシリーズ二連覇、山本由伸氏がMVPを獲得、日本東京も号外を発行。(写真/AP通信提供) ドジャース達成のワールドシリーズ二連覇、山本由伸氏がMVPを獲得、日本東京も号外を発行。(写真/AP通信提供) MVP授賞台に立つ直前、山本は思わず力尽きてその場に崩れ落ち、信頼する通訳の園田芳大に支えられて立ち上がった。
ロサンゼルスドジャースの日系エース山本由伸がワールドシリーズ第7戦で試合を制し、チームを二連覇へと導いた。(写真/AP通信提供) ロサンゼルスドジャースの日系エース山本由伸がワールドシリーズ第7戦で試合を制し、チームを二連覇へと導いた。(写真/AP通信提供) 園田通訳にはもうひとつの「勝負パンツ」 エピソード 履くというのだ。山本が登板する日は、必ずその“勝負パンツ”を履くというのだ。 G6とG7の連投では、なんと2日連続で同じものを着用していたという。
「試合後にそれを聞いて、思わず笑ってしまいました(笑)」と山本は語る。そして感謝の思いを込めて続けた。 「もちろん実際にマウンドに立って投げるのは自分ですが、裏でこうして全力で支えてくれる仲間がいるからこそ、今の自分があると思っています。」
ロサンゼルスドジャースの日本出身の3人のスター選手である山本由伸、大谷翔平、佐々木朗希が、チームの二連覇のカギとなった。(写真/AP通信提供) マウンド上では圧倒的な存在感を放つこのエースも、ひとたび試合を離れると実に謙虚で温かい人柄を見せる。 報道陣には自ら声をかけて記念撮影に応じ、握手を交わす際には「一年間、本当にありがとうございました」と真摯に言葉を添える。
かつて山本に「映画やドラマを観て泣いたことがないのはなぜか」と尋ねた記者がいた。彼はこう答えたという。「自分でもよく分かりません。ただ、心のどこかで“どうせ作り話だから”と思ってしまうのかもしれません。」
しかし、 今回のワールドシリーズでの先発と救援の両方を背負い、チームの命運を握った山本由伸は、その冷静沈着な“エース”から、感情を爆発させる“英雄”へと変わった。それは決して脚本のある物語ではない。まぎれもなく現実に起きた――現代スポーツが生んだ、胸を打つ叙事詩であり、伝説そのものだった。
ドジャースがワールドシリーズ二連覇を達成し、ロサンゼルスの街が歓喜に沸いた。(写真/AP通信提供) ロサンゼルスドジャースの将士たちは、2025年シーズンで達成したワールドシリーズ二連覇に使命感を持って貢献した。(写真/AP通信提供)