アメリカのドナルド・トランプ大統領と中国の習近平国家主席は、10月30日に韓国・釜山で6年ぶりに会談した。会談に先立ち、習主席がトランプ氏に「台湾独立に反対」との明確な表明を迫る可能性が取り沙汰され、米主要メディアは社説で相次いで牽制。台湾政府も緊張感を高めていた。こうした中、台湾の林佳龍外相は前夜、民進党内派閥「正常国家促進会」のリーダーとして、詐取疑惑で起訴されながら高雄市長選出馬に意欲を示す林岱樺氏の支援をSNSで打ち出し、党内外に波紋が広がった。
11月1日に高雄・岡山で行われた集会では、民進党上層部の対応や支持者の反発を受け、党スポークスパーソンの卓冠廷・新北市議や王義川・比例代表議員は登壇を見送った。林外相も別公務のため当初から不参加だった。それでも、会談直前の“支持表明”は、混迷する民進党の高雄市長予備選に火種を投じ、林外相には「派閥優先で国政を顧みない」との批判が噴出。「非典型の外相」とされる就任後のスタイルにも改めて視線が集まった。
ドナルド・トランプ氏(左)と習近平国家主席(右)は10月30日、韓国・釜山で会談した。(写真/米ホワイトハウス提供)
会談直前に3度の説明 それでも「外交軽視」批判へと拡大 2026年の統一地方選(九合一選挙)は中央選挙委員会の決定で11月28日に実施される。投開票まで一年以上ある段階から、民進党は前倒しで公認作業を進めてきた。与党が死守を掲げる台南・高雄の「南二都」では立候補の意向者が多く、予備選は2026年1月中旬に行われる予定だ。なかでも4人が名乗りを上げた高雄市長の予備選は、構図が最も複雑とされる。林佳龍氏は10月29日午後9時ごろ、派閥「正常国家促進会」の当夜の会合での合意に沿い、「立ち上がろう、林岱樺を支持する」との投稿を行った。
もっとも、与党寄りの意見リーダー(KOL)やコメンテーターからも、トランプ・習近平会談の前夜に支持を打ち出すのは不適切だとの批判が相次いだ。林氏が派閥運営を優先し、会談や外交案件を軽視しているのではないかという指摘である。これに対し、林氏は同29日も外務省内で公務に追われており、ベリーズの卓巴奈(Louis Zabaneh)憲政・宗教・原住民・交通相、薛霸(Michel Chebat)公共事業・エネルギー・後方支援相との昼食会、在米台湾系の「全米台湾人基督長老教会連合会」宣教団の表敬対応など、予定を消化していた。
関係者によれば、林氏側は投稿が波紋を広げること自体は織り込み済みだったものの、議論が“滑り台”のように加速し、「外交軽視」「会談を顧みない」といった批判にまで拡大することは想定外だったという。関係者は「タイミングは議論の余地があるが、外交は日々回り続ける仕事。林岱樺氏に関する一投稿=会談への無関心という論理は飛躍がある」と指摘。実際、会談前に林氏は少なくとも3度、公の場で「米側と緊密に意思疎通している」「省内でシミュレーションを重ね、米側とも意見交換を行っている」と説明していた。
林佳龍外相は会談前夜、党内の林岱樺氏(左二)への支持を公にした。(写真/林岱樺服務處提供)
「派閥起用」批判から評価へ 「見せる外交」で存在感 今回の支持表明は、外交の顔と派閥リーダーという役回りの切り替えが裏目に出かけた格好だが、林氏が2024年4月に外相起用と伝えられた当初は、「派閥均衡のための人事」との受け止めが広がり、野党は「派閥人事」「専門性よりバランス」と一斉に批判。外交関係者の間でも懐疑的な見方が少なくなく、与党内の評価も定まっていなかった。林氏本人も当初は就任に慎重だったとされるが、頼清徳総統が外務省の今後の課題を重ねて説き、最終的に「大局」を優先して受諾した経緯がある。
それから約1年半。林氏の「成績表」は当初の予想を覆しつつある。与党内の派閥横断で肯定的な声が聞かれるだけでなく、国民党の一部議員も「小さな心理的障壁を越えて」評価を示した。2025年下半期には、台湾の第一列島線の南北両端を往来する形で動き、台湾が日本と断交して53年、フィリピンと断交して半世紀という経緯のなかで、7月下旬に国内の「大規模リコール」騒動が広がる最中に日本を低調に訪問。8月下旬には比国にミッションを率いて渡航した。9月は欧州への往復を2度重ね、国交のない国々を含め5カ国超を歴訪。さらに国連総会の会期中にはニューヨークにも姿を見せた。
林氏が掲げる「総合外交」の方針について、かつて台湾の対外関係を担った要職者は「就任時はほとんど期待されていなかったが、いまや報道の焦点は彼に集まっている」と語る。選挙で培った“見せ方”を外交に応用する手法は歴代外相に例が少ないが、「外交をショーのように見せることが必ずしも悪いわけではない」との見立てもある。違和感を示す外交官もいる一方、複数のベテラン外交官 は私下で「アプローチの幅が広がり、実際に成果も出ている」と評価している。
林佳龍外相は就任後、外交成果を可視化する取り組みを重ねてきた。(写真/柯承惠撮影)
「非典型の外相」のバリエーション ネット論争は避けつつ高調発信 「非典型の外相」というレッテルは林佳龍氏が初めてではない。現・国家安全会議秘書長の前任外相、呉釗燮氏もその代表格とされてきた。直截な言葉で中露を牽制し、英語での発信力もあって国際メディアにたびたび取り上げられた呉氏は、いわば“自走砲”型の存在だった。他方、林氏はSNSでの論戦よりも成果の可視化に軸足を置く。政策実績の広報に力点を移し、外交成果を積極的に外部に示すことで、従来の官僚的な外務省の色合いを薄めつつある。
現在は国家安全会議秘書長の呉釗燮氏(中央)も、「非典型の外相」と呼ばれてきた。(写真/劉偉宏撮影)
「海底ケーブル外交」でEUと接続 総合外交の最新案件 総合外交は、価値・技術・経済・文化・宗教・シンクタンクを網羅する枠組みとして展開されている。10月28日には、欧州の親台議員ネットワーク「フォルモサ・クラブ」と、国家科学技術委員会の指導を受けるシンクタンク「テクノロジー・民主主義・社会研究センター(DEST)」と共同で「台欧海底ケーブル協力フォーラム」を共催。EUの議論と接続する「海底ケーブル外交」を前に進めた。関係者によれば、林氏は交通相時代から海底ケーブルに関心を寄せ、外相就任後も来台する欧州要人との協議で繰り返しこのテーマを取り上げてきたことが、今回のフォーラムにつながったという。狙いは台欧関係の一段の深化にある。
海底インフラを巡るリスクは現実だ。2023年2月には台湾—馬祖を結ぶ2本の海底ケーブルが相次いで断線し、現場海域では中国籍船の活動が確認された。同年10月にはフィンランド—エストニア間のガスパイプラインと付随ケーブルが同時損傷、現場では中国籍船やロシア船の存在が指摘された。さらに翌11月にはバルト海で2本のケーブルが断裂。2025年2月には台湾—澎湖間のケーブルが破壊され、中国の便宜置籍船「宏泰58」がZ字軌跡で航行し「台澎3号」をフックで切断したとして拿捕。中国籍船長の王玉亮氏は6月12日に禁錮3年の判決を受け、海底ケーブル破壊での有罪判決としては世界初の事例となった。
10月28日のフォーラムは、フォルモサ・クラブが初めて台北で年次総会を開いたタイミングに合わせて開催され、欧州議会を含む17カ国から計42人の議員が参加した。関係当局者は、2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降、台湾と欧州の間で非伝統的安全保障分野の協力が広がり、社会のレジリエンス強化やグレーゾーン事態への対処で、対話から情報共有へと進んできた経緯を説明。国際通信の約99%を担い、数兆ドル規模の金融取引も通る海底ケーブルが“シャドー艦隊”等による人為的破壊に晒される現実に、台欧双方が強い危機感を共有しているとした。
林佳龍外相がフォルモサ・クラブ台北年次総会の開幕式で挨拶。(写真/外交部提供)
国際法の空白に先回り 海底ケーブルの国内法整備を加速 当局者は、台欧は海底ケーブルで相互補完の関係にあり、台湾が学ぶべき点も多いと前置きした上で、法制度整備のスピードでは台湾が先行している側面を指摘する。行政院が提出した「海底ケーブル関連7法(通称:海纜七法)」は、立法院経済委員会で10月最終週に委員会審査を通過。それ以前の2023年には、台湾が世界に先駆けて《電信管理法》を国家安全の観点から改正し、グレーゾーン下の襲擾に制度的に備える端緒を開いた。
一方で、現行の国際法には灰色の部分が残る。台湾の国際的地位上、EUと共同で国際法改正を主導するのは難しいが、台湾発のアドボカシーは可能だという。EU側も、《国連海洋法条約(UNCLOS)》が領海外の管轄権や、排他的経済水域(EEZ)における海底ケーブルの管轄根拠を十分に規定していない点を課題として認識し始めている。欧州大陸に加え、英国でもロンドンのシンクタンクが政策提言を進め、国内法の改正で国際法の“手の届かない”領域に管轄権を付与すべきだとの議論が出ている。実際、近年の損傷事案の多くは領海外で発生しているのが実情だ。
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フォルモサ・クラブ本年度年次総会議長のリハルツ・コルス氏が、台欧海底ケーブル協力フォーラムで発言。(写真/鍾秉哲撮影)
EU側は「生来のパートナー」 台欧の敏感協力が表舞台へ 台欧の海底ケーブル協力をめぐっては、EUの対台湾窓口である欧州経済貿易事務所の谷力哲(Lutz Güllner)所長が7月初旬、「海底ケーブル防護やハイブリッド戦対策で、台湾と欧州は生来の協力相手だ」と公言。欧州には台湾との連携を一段と強化する明確な政治意志があると述べた。台湾外交部も当時、「海底ケーブルの安全とレジリエンス維持で高度の共通利益がある」と応じ、欧州側の政策動向を注視しつつ、初期的な意見交換を開始していると説明した。林佳龍氏が10月28日に打ち出した「国際海底ケーブル・リスク管理イニシアチブ」の4項目は、EU側の構想とも重なる部分が多い。
林氏の4項目は、技術面のリスク低減、法規面の制度改革、交流面の知識基盤構築に加え、情報交換・早期警戒・インシデント共有の仕組みを整える「インフォメーション・シェアリング」を含むのが特徴だ。関係当局者は「フォーラム開催は出発点にすぎない。課題発生時に相互に助け合える実務的(Practical)な枠組みをつくるのが目的だ」と強調。双方は意見交換や知見共有で土台を整え、最終的に“インテリジェンス”のやり取りへ進むことを念頭に置いているという。
現在、欧州側には高リスク船舶を識別し、沿岸各国に注意喚起できる仕組みが整備されつつある。台湾も港湾当局のAIS(船舶自動識別装置)データと海底ケーブル監視システムを統合し、海巡署が海底ケーブル付近に滞留する不審船を即時に特定できる態勢を構築。台欧が目指すのは、こうしたシステム同士を相互接続し、疑わしい船舶が台湾海峡やバルト海に入れば、周辺国が同時に警報を受け取れる体制だ。言い換えれば、これまで“水面下”で進んできた敏感な協力領域を、情報連携という形で公の議題に押し上げる試みでもある。
EU側は、台湾との海底ケーブル防護で「生来のパートナー」と位置づけた。(写真/蔡親傑撮影)
台欧の「情報交換」を公に掲げられるのか 欧州の変化と台湾側の布石 情報交換を表立って掲げることは、欧州側に政治的圧力を招かないのか——。当局者は、欧州の一部中小国が台湾と同様にハイブリッド戦・グレーゾーン事態の圧力にさらされ、海底ケーブルやエネルギー・パイプラインに対する脅威認識を共有している点を指摘。これらの国々は台湾との交流に強い意欲を示し、実際に接触も続けているが、外部の圧力を踏まえて非公開でのやり取りが常態化してきたという。
外交当局内での評価としては、欧州の主流的な政治思潮が変化し、中国への比重が低下したことで、台湾との関与において対中圧力に抗う余地が広がっているとの見方が強い。台湾も蔡英文前総統の時期から対欧関係を戦略的に拡大しており、林佳龍氏が10月16日に示した業務報告でも、台欧関係は「安定的に深化するパートナー」と位置づけられた。海底ケーブルのレジリエンス強化をめぐる台欧の協力は、蔡英文政権から頼清徳政権に至るまで“水面下”で積み上がっており、今回のフォーラムを機に公の場へ引き上げられた格好だ。
あまり知られていないが、台欧の情報領域での交流は既に静かに進んできた。蔡英文氏の再任期から頼清徳政権にかけて国家安全局長を務める蔡明彥氏は、EU本部のあるブリュッセルで駐EU代表を2年以上務めた後に帰国し、いわば「情報のトップ」に就いた経歴を持つ。関係者は、蔡氏が欧州在任中に複数のパイプを築いたことが、台湾のグローバルな情報把握や共同安全保障の連携に資していると語る。
国家安全局長の蔡明彥氏は、かつて駐EU代表を務めた経歴を持つ。(写真/柯承惠撮影)
「巨人の肩」に立つ総合外交 派閥と外交、二正面の手腕が問われる 今回、林氏が「情報交換」を公のイニシアチブとして掲げられた背景には、外務省の新たな対外関係アプローチに加え、ロシア・ウクライナ戦争以降の環境変化や、歴代の外交努力による相互信頼の蓄積がある。経済・技術・文化・シンクタンクなど各分野の外交は、先行する基盤なしには機動力を発揮しえない。総合外交の展開は、まさに「巨人の肩に立つ」営みでもある。
林氏は、陳水扁政権期の簡又新氏、陳唐山氏に続く、選挙を経た“票の現場”出身の外相としては3人目だ。就任以来、情報公開の水準を押し上げ、台湾の対外関係に新たな手法を導入し、総合外交の舞台を広げてきた。一方で、民進党内派閥のリーダーを兼ねる現職外相という前例の少ない立場にあり、国際案件の節目に党内事情への発信を行えば、批判を招くのも避けがたい。派閥と外交の両輪をどう操るのか。「非典型の外相」の真価は、これからが試金石となる。