2010年、尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突事件をきっかけに日中関係は急速に悪化し、中国から日本へのレアアース(希土類)輸出が一時停滞した。当時、日本のレアアース供給の約9割は中国に依存していた。自動車、電子機器、精密機器などの製造業は、工場が日本国内にあっても、重要原料の供給を中国に握られているという現実に直面した。
その後、日本は中国以外の鉱山開発に資金を投じ、備蓄を構築し、リサイクル技術を研究するとともに、製品に使用するレアアースの量を減らす技術開発にも取り組んできた。このため、日本は世界のサプライチェーンにおける「脱中国依存」の代表的な成功例とみなされてきた。
これは日本だけの問題ではない。自主的なサプライチェーンを短期間で構築しようとしている米国にとっても、日本の経験は現実を測る重要な材料となる。
中国依存は低下、それでも「脱中国」には至らず
危機発生後、日本政府はエネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)を通じ、商社の双日によるオーストラリアのレアアース大手ライナス(Lynas)への出資を支援した。
このサプライチェーンでは、オーストラリアで鉱石を採掘し、マレーシアで分離・精製したうえで、日本へ製品を供給する。その意味は、単に別の鉱山を確保したことにとどまらない。中国を経由せずに機能するレアアース供給網を構築した点にある。
日本はさらに、リサイクル、代替材料、レアアース使用量を減らす技術の開発にも取り組んだ。
こうした対策は実際に効果を上げた。日本が中国から直接輸入するレアアース金属の割合は、2010年前後の約9割から大きく低下した。
しかし、依存度の低下はデカップリング(切り離し)を意味しない。
米戦略国際問題研究所(CSIS)がまとめたデータによると、日本は2024年にも中国から520万キログラムを超えるレアアース金属を輸入しており、日本のレアアース金属輸入量全体の63%を占めた。
CSISはこのため、日本がすでに中国依存からの脱却に成功したとみなすのは、実際のサプライチェーンの状況を見誤るものだと指摘している。
さらに複雑なのは、貿易統計上の輸入相手国が、必ずしもサプライチェーンを実質的に支えている国と一致しない点だ。
CSISが引用したデータによると、ベトナムは2022年に約3800トンのレアアース酸化物を生産したが、その年の生産量はすべて中国へ輸出され、中国での加工や下流産業に利用された。
そのため、レアアースがベトナムから日本へ運ばれてきたからといって、鉱山から最終製品になるまでの過程で中国を一度も経由していないとは限らない。
「脱中国依存」がどこまで進んだのかを判断するには、最後の輸送ルートだけを見ることはできない。
解説 そもそもレアアースとは?
レアアースは単一の鉱物ではなく、15種類のランタノイド元素に、スカンジウムとイットリウムを加えた計17種類の化学元素の総称だ。
実際には、必ずしも極めて希少な元素というわけではない。
米地質調査所(USGS)によると、難しいのは、これらの元素が通常ほかの鉱物と混在し、濃度が低いうえに化学的性質が似ているため、工業材料として利用するには複雑な分離・精製工程を必要とする点にある。
特殊な磁性や耐熱性、光学特性を持つレアアースは、現代の先端技術に欠かせない原料となっている。
- ネオジム、プラセオジムは高性能な永久磁石に使われ、電気自動車(EV)のモーターや風力発電機に利用される。
- ジスプロシウム、テルビウムは、高温環境でも磁石の性能を維持するために使われる。
- セリウムはガラス研磨や触媒に用いられる。
- ランタンは電池、光学ガラス、石油精製などに使用される。
- イットリウムはレーザー、ディスプレー、耐熱材料などに使われる。
スマートフォン1台に必要なレアアースの量は多くない。しかし、それがなければ多くの部品を小型化したり、耐熱性を高めたり、必要な性能を維持したりすることが難しくなる。
レアアースは使用量が最も多い原料ではないが、短期間で代替することが難しい原料の一つだ。
中国はなぜレアアースで圧倒的な存在感を持つのか
中国の優位性は、単に地下のレアアース資源が豊富だからではない。
より重要なのは、中国が数十年をかけて、採掘、化学分離、金属製造、合金、永久磁石の量産までを一貫して担える産業集積を構築してきたことだ。
他国で鉱石を採掘しても、中国へ送って分離・精製し、その後さらに磁石などへ加工するケースもある。
CSISの研究員、グレースリン・バスカラン(Gracelin Baskaran)氏は、2025年10月に発表したサプライチェーン分析で、中国が世界のレアアース採掘量の約7割、分離・加工能力の約9割、レアアース磁石製造の93%を占めると推計している。
この3つの数字が示すのは、鉱山があるだけではレアアース製品を供給できないという現実だ。
分離工場には多額の資本、化学技術、環境対策設備が必要となる。さらに、工場を継続的に稼働させるには安定した需要も欠かせない。
中国企業は規模が大きいだけではない。上流の鉱物を磁石、モーター、電子機器などの下流サプライチェーンへ直接つなぐことができる。
重希土類、日本に残る最大の弱点
日本は軽希土類の供給では一定の成果を上げてきた。一方、代替が特に難しいのが、ジスプロシウムやテルビウムなどの重希土類だ。
ジスプロシウムとテルビウムは永久磁石の耐熱性を高める役割を持ち、EV、ドローン、風力発電機、防衛装備などで重要な材料となる。
2010年の危機以前、日本はこの2つの材料をほぼ全面的に中国へ依存していた。
日本の財務省が公表した貿易統計によると、2026年上半期のジスプロシウム鉄合金の輸入量はわずか13トンで、2024年同期から約82%減少した。2024年上半期と比べると、およそ5分の1の水準だ。
さらに、2026年1月、2月、5月、6月は輸入量がゼロだった。
代替供給網の構築は進んでいるものの、規模はまだ十分ではない。
双日が2026年3月に発表した新たな供給合意によると、今後、ライナスが生産する中重希土類の最大75%が日本向けに供給される。
ただ、ライナスは現在、ジスプロシウムやテルビウムなど中重希土類の生産能力を拡大している段階にある。短期間で中国からの供給減少分をすべて補えるわけではない。
フランスのキャレスター(Carester)は、レアアースの分離・リサイクル工場「Caremag」を建設している。
同社の計画では、年間2000トンの廃磁石と5000トンの鉱物精鉱を処理し、約600トンのジスプロシウム・テルビウム酸化物と、800トンのネオジム・プラセオジム酸化物を生産する。
JOGMECと岩谷産業は共同出資会社を通じて同事業に出融資しており、Caremagが生産する重希土類の50%を日本向けに長期確保する契約を結んでいる。
ただし、Caremagの稼働開始は2026年末の予定だ。その後も、本格生産への移行、歩留まりの向上、顧客による認証などの段階を経なければならない。
足元で原料不足に直面する日本にとって、これは重要な解決策ではあるが、すぐに効果が表れる解決策ではない。
依存度9割から6割へ、日本が得たのは「時間」
日本が16年間にわたって積み重ねてきた取り組みは、決して無駄ではなかった。
備蓄を増やし、海外鉱山に投資し、リサイクルやレアアースの使用量削減技術を開発したことで、2010年当時のように、中国からの短期的な供給停止だけで日本の製造業全体が大きな打撃を受けるリスクは低下した。
ただ、この成果は「デカップリング(切り離し)」ではなく、「デリスキング(リスク低減)」と捉える方が適切だ。
レアアースのサプライチェーンにおけるレジリエンスとは、中国製品を一切購入しなくなることではない。
特定の供給元から突然調達できなくなった際にも、企業が備蓄を使い、代替供給源へ切り替え、必要に応じて製品設計を調整できる余地を持つことを意味する。
日本は、16年間の取り組みによって、中国への依存度を低下させることが可能であると示した。
同時に、日本の経験は、中国依存から本当の意味で脱却するためには、数件の調達契約を結ぶだけでは足りず、鉱山、化学処理、材料、製造業までを横断するサプライチェーン全体を再構築する必要があることも示している。