台湾・台北市長選に出馬した民進党の沈伯洋(しん・はくよう)氏は、中台関係をめぐる姿勢を変えつつあるのか。
これまで沈氏は、国家安全保障や認知戦を専門とする政治家というイメージが強かった。一方、最近では、すべての中台交流を中国側の「統一戦線工作」とみなす考えを否定し、台北市と上海市の交流事業「台北・上海都市フォーラム(双城論壇)」についても、政治的な前提がなく、交流する価値のある内容であれば実施してよいとの考えを示している。
さらに、沈氏が首にオレンジ色のスカーフを巻く姿について、陳水扁政権時代に総統府参議を務めた淡江大学教育・未来デザイン学科の紀舜傑副教授は、中国少年先鋒隊(少先隊)の象徴である赤いスカーフ「紅領巾」を連想させ、中国側に対する一種のシグナルではないかと分析する。
沈氏はイメージ転換を進め、国民党優位とされてきた台北市で現職の蒋万安市長を逆転できるのか。
「『洋流』とは、『乱流』を『暖流』に変える改造工事だ」
沈氏の名前の一字「洋」にかけ、支持の広がりを海流になぞらえた「洋流」。2018年、韓国瑜氏が有権者の不満を背景に巻き起こした「韓流」とは何が違うのか。
紀氏は台湾メディア『風傳媒(ストームメディア)』の取材に対し、「人の計算が天の巡り合わせに及ばないことは多い。『洋流』にはもちろん綿密に設計された部分もあるが、外部環境もそれを後押しした」と指摘する。
台中市の盧秀燕市長を選挙対策本部トップに迎えた現職の蒋氏に対し、沈氏が勝利するためには、なお「2つの条件」を乗り越える必要があるという。
3つの支流が合流して大きな「洋流」に
――2018年の韓国瑜氏の「韓流」は、民進党政権への不満から生まれた政治の波だと受け止められました。しかし現在は民進党自身が中央政府の与党です。それにもかかわらず、沈氏がこれほど注目を集めているのはなぜでしょうか。
紀氏 この「洋流」は、乱流を暖流に変える改造工事だ。
「韓流」が生まれた背景には、高雄市で民進党による市政が長く続いたことに加え、2018年の統一地方選の時点で、蔡英文政権の発足から2年余りの間に一定の不満が積み重なっていたことがある。
例えば、「一例一休」と呼ばれる労働制度の改革や、軍人、公務員、教員を対象とした年金改革などが不満を招いた。とりわけ高雄では民進党政権が長く続いていたため、地元で蓄積した不満や怒りが一気に噴き出した。
韓国瑜氏はその怒りに火をつけた。しかも韓氏は高雄の庶民感覚をよくつかんでおり、主張はシンプルで直接的だった。人々の心を動かすスローガンも打ち出した。
現在の「洋流」について、この段階になってもその存在を否定する人がいるとすれば、それは不自然だろう。今、確かに「洋流」と呼ばれる勢いが生まれていること自体は、もう否定しにくい。 (関連記事: 台北市長選、蒋万安氏が盧秀燕・台中市長を選対トップに 沈伯洋氏の「洋流」に対抗へ | 関連記事をもっと読む )
私は、「洋流」が勢いを増した背景には、いくつかの政治的な流れが合流し、最終的に大きな一つの流れになったことがあると考えている。

第1の支流は、頼清徳政権の発足後、立法院で与党・民進党が過半数を持たない少数与党となり、中央政治で国民党と民進党の激しい対立が続いていることだ。
一方は相手が憲政秩序を破壊していると非難し、もう一方は相手が独裁的だと批判する。こうした政治状況を見て、市民はうんざりしている。
そうなると、これまでとは違う政治の形、国民党と民進党という従来の対立構図とは異なる選択肢が出てきてほしいと考える人が現れる。
第2の支流は、沈氏がもともと主に国家安全保障を語ってきたことだ。
ただ、台北市民にとって重要なのは、国家の安全保障というテーマを、市民の住まいや日常生活の安全にどう結びつけるかということだ。台北の住環境や生活の質をより良くしてほしいという民意が、沈氏の専門分野と結びついた。
第3の支流は、有権者の前に、これまでとは違うタイプの新しい政治家という選択肢が現れたことだ。
沈氏はかなり徹底したイメージチェンジを行った。それによって、多くの人が沈氏を見て、「この人はこれまでと違う」と感じるようになった。
この3つの小さな支流が一つに合流し、今の大きな「洋流」になったのだと思う。
「洋流」を後押しした4人の「君子」
紀氏 さらに、ここで私が提唱したい新しい言葉がある。「洋流4君子」だ。
1人目はテレビプロデューサーの王偉忠氏、2人目は司会者の蔡康永氏、3人目はキャスターの李四端氏、4人目はメディア経営者で政治家の趙少康氏だ。
この4人がいなければ、「洋流」はこれほど速く、大きく広がらなかったと思う。
王偉忠氏は当初、沈氏がそれほど大きな脅威になるとは思っていなかったのかもしれない。特に沈氏を支持していたわけではなく、「なかなか面白い人物だ」と思った程度だった可能性もある。
インタビューした当時、王氏は沈氏が蒋万安氏を脅かすほどの存在になるとは考えていなかったのだろう。だから、王氏がその時点ですでに沈氏支持に転じていたとは思わない。
番組制作者である王氏は、当然、最も人を引きつける話題や人物を捉えようとする。
ところが、沈氏の受け答えは予想以上だった。質問によどみなく答え、王氏を前にしてもまったく物おじせず、自然に談笑してみせた。その結果、空気が一変した。

現在、台湾では「破圏」という言葉がよく使われる。従来の支持層の枠を越え、これまで届かなかった層にまで支持を広げるという意味だ。
これは非常に重要だ。
頼清徳総統が王偉忠氏の番組に出演する姿は想像しにくい。王氏の番組の視聴者やリスナーも、頼氏が出演すると聞けば、最初から見たり聞いたりしたくないという人が少なくないだろう。
しかし沈氏の場合、蒋氏と台北市長選を争う候補であり、当時はまだ強力な脅威とはみられていなかった。だから王氏も、「それなら番組に呼んでみよう」と考えたのかもしれない。
これが第1の重要な要因だったと思う。
その後、蔡康永氏の登場がさらに後押しした。 (関連記事: 台北市長選、蒋万安氏が盧秀燕・台中市長を選対トップに 沈伯洋氏の「洋流」に対抗へ | 関連記事をもっと読む )
李四端氏も同じだ。王偉忠氏の番組は比較的リラックスした雰囲気だが、李四端氏のインタビューは硬派で真剣だ。沈氏はそうした場でも無難に受け答えし、視聴者の印象も悪くなかった。
最後が趙少康氏だ。
趙氏は2度にわたり沈氏にインタビューした後、国民党支持者からかなり批判された。
趙氏が立ち上げた国民党内の保守派グループ「戦闘藍」をめぐり、「それでも『戦闘藍』を名乗る資格があるのか」と問う人も多かった。
趙氏はまず蒋万安氏を引きずり下ろし、さらに鄭麗文・国民党主席の今後の政治的な布石に影響を与えようとしているのではないか、という陰謀論まで出た。
政治にはもちろん、さまざまな思惑が存在する可能性がある。
ただ基本的には、国民党内部には、蒋氏は最悪の場合でも辛勝し、本当に逆転されることはないという自信がまだあるのだと思う。

蒋万安氏の誤算が「洋流」を生んだ?
――沈氏の台頭は、民進党による非常に成功した選挙戦術なのでしょうか。それとも、多くの偶然が重なった結果なのでしょうか。
紀氏 これは結果論で見る必要がある。
勝てば、それまでにやったことはすべて「神の一手」だったと言われる。だが負ければ、それまでにやったことは何もかも間違いだったと評価されかねない。
だから、「洋流」が綿密に設計されたものなのか、それとも偶然生まれたものなのかと問われれば、歴史の面白いところは、歴史的な出来事にはたいてい必然と偶然が同時に存在するということだ。
ドナルド・トランプ米大統領がなぜ台頭したのか。
トランプ氏の台頭には必然的な要因があった。伝統的な政治家や既成勢力が長期間、政治を担ってきたことに対し、米国の国民が強い不満を抱いていたことが一つだ。
さらに、グローバル化は米国の上層階級に多くの恩恵をもたらした一方、中間層以下の人々は、その負の影響を受けた層でもあった。
そうした人々の怒りが蓄積し、ある時点で噴き出した。
2008年の金融危機が米国の中間層に与えた打撃も、私たちの想像以上に大きかった。これらはいずれも必然的な要因だ。
トランプ氏自身の政治活動や選挙戦略も、台頭した重要な理由だった。
一方、偶然の部分とは、当時の時勢や世論が、ちょうどこうした要因を一つに結びつけたことだ。
「洋流」も同じだと思う。
もちろん、沈氏の陣営による選挙戦の運営は巧みだった。実際に大規模なイメージ転換を進め、そこに外部環境の後押しも加わった。これらはいずれも否定できない。

沈氏が出馬した当初は、「成功するはずがない」と考えた人もいただろう。
しかし、最終的に現在の局面まで来るとは、頼清徳氏でさえ驚いているかもしれない。最初からすべて予測できていたとは考えにくい。
民進党にはもちろん独自の計画があり、それを段階的に実行してきた。ただ、外部環境の変化やその他の要因も、大きな役割を果たした。
人の計算が天の巡り合わせに及ばないことは多い。「洋流」にはもちろん綿密に設計された部分があるが、外部環境もそれを後押ししたと思う。
加えて、蒋万安氏にもいくつか誤算があった。 (関連記事: 台北市長選、蒋万安氏が盧秀燕・台中市長を選対トップに 沈伯洋氏の「洋流」に対抗へ | 関連記事をもっと読む )
当初は沈氏を相手にせず、その後は自らがさらに上の政治的ポストを目指しているような姿勢もみせた。その結果、沈氏に大きな活動の余地を与えてしまった。
通常の選挙で、対立候補をいつまでも相手にしないというわけにはいかない。
蒋氏のこうした判断が、かえって「洋流」の形成を後押しした。
蒋氏の陣営も少し驚いたのではないかと思う。
そして焦って沈氏を追いかけ始めたとき、逆に沈氏が設定した枠組みの中に入り込んでしまった可能性がある。
蒋氏自身もインタビューに応じ始め、これまでの支持層を越えて浸透しようとした。
ただ、その時点ではすでに、相手を追いかける側に回っていた。
自ら争点を設定する側から、相手の動きに対応する側へ変わった。争点設定という観点からみれば、すでに一歩後れを取っている。

「対中強硬」は沈氏の重荷になるのか
――そもそも頼清徳総統は、なぜ沈氏を台北市長選の候補に選んだのでしょうか。
紀氏 頼氏が当初考えていた有力候補の何人かは、おそらく出馬したがらなかった。
これは1992年の米大統領選と少し似ている。
当時、民主党内では、現職のジョージ・H・W・ブッシュ大統領に挑むことをためらう有力政治家が少なくなかった。湾岸戦争後の1991年にはブッシュ氏の支持率が一時8~9割に達し、非常に高い人気を誇っていたからだ。
そのため、民主党の大物政治家の多くは、勝算が低いとみて大統領選への出馬に消極的だった。
最終的に、ビル・クリントン氏のような「Nothing to lose」、つまり失うものが比較的少ない人物が挑戦することになった。
頼氏も当時、台北市長選はもともとそれほど勝算の高い選挙ではないと考えていたのかもしれない。
有力な候補者が誰も出たがらないのであれば、戦闘力があり、新鮮味のある候補者を出して試してみよう、という発想だった可能性がある。
対中強硬姿勢について言えば、民進党はよく、「抗中只是口號、親中才是生活(対中強硬はスローガンで、親中的な交流こそ生活だ)」などと批判される。
だが、民進党の現在の基調は実際には徐々に軟化しているのではないか。
陳水扁氏が総統に就任した2000年、就任演説で打ち出した「四つのノーと一つのない(四不一沒有)」も、中国側に善意を示そうとする姿勢だった。
民進党政権はこれまで、中国側への打診や、いわゆる「オリーブの枝」を差し出すことを完全にやめたことはない。
ただ、中国共産党側が積極的に応じてこなかった。
陳水扁氏が後に「一辺一国」、つまり台湾と中国はそれぞれ別の国だという趣旨の発言をした背景にも、中国側への不満があった。
2002年7月21日、陳氏が民進党主席に就任したその日に、中国は台湾の国交国だった太平洋の島国ナウルと外交関係を樹立した。
陳氏はこれに強い不満を抱き、同年8月3日に「一辺一国」と発言した。
つまり、民進党は中国側にシグナルを送り、関係改善を探ることを完全にやめたことはない。ただ、中国側が応じなければ、民進党側も政治的には一定の強硬姿勢を示し、面目や尊厳を維持する必要があった。 (関連記事: 台北市長選、蒋万安氏が盧秀燕・台中市長を選対トップに 沈伯洋氏の「洋流」に対抗へ | 関連記事をもっと読む )

実際、民進党には今、それほど強い対中強硬の基調はないと思う。
洪申翰・労働部長(労働相に相当)が9月、APEC人力資源開発相会合に出席するため南京を訪れたことも、私は今回の選挙で対中強硬色を和らげる象徴的な出来事だとみている。
洪氏は頼清徳政権発足後、中国を訪れた初の閣僚だ。
台湾はAPECの正式メンバーであり、洪氏はその公式会合に参加するため南京へ行った。
一方、大陸委員会は中国への渡航をめぐる安全上のリスクについて繰り返し注意を促している。その中で、政府の閣僚が公務とはいえ中国を訪れた。それをどう受け止めるべきなのか、ということだ。
沈氏も同じだ。
沈氏のもともとの専門家としてのイメージは、認知戦や国家安全保障を研究する人物だった。
しかし政治の世界に入れば、こうしたテーマが必ずしも政治活動の主軸であり続ける必要はない。政治家になった以上、こうしたテーマだけを自らの看板にし続けなくてもよい。
しかも、沈氏のイメージ転換は非常にうまく進んでいる。
以前は国家安全保障や認知戦を語っていた。
それが現在では、「国家の安全だけでなく、都市の安全にも関心がある。都市を安全で、レジリエンス(強靱性)を備えた、住みやすい環境にするにはどうすればよいか」という形に変わった。
頼氏の当初の思惑については、もちろん戦略的な計算もあったと思う。
第1に、台北市長選には誰かを候補として立てなければならない。
第2に、「ダメ元」で何か変化を起こせないか試すという考えもあったかもしれない。
もし蒋万安氏が本当に大勝すれば、かえって国民党の2028年総統選に向けた構図を変える可能性がある。
本来、蒋氏は現在まだ台北市長であり、次の総統候補になるとは限らない。
しかし台北市長選で予想を大幅に上回る結果を出し、台北だけでなく台湾全体で政治的な勢いを得れば、国民党内の今後の構図に影響を与える可能性がある。
そうなれば、盧秀燕氏をはじめ、2028年の総統選を視野に入れる他の政治家も、党内競争に直面することになるかもしれない。
民進党が当初、そうした計算をしていた可能性も排除できない。

沈伯洋氏の対中路線はすでに変わったのか
――沈氏が勝つためには、中台関係をめぐって、より中間的な路線に寄る必要があるのでしょうか。
紀氏 現在はっきりしているのは、沈氏が中台交流そのものに反対しているわけではなく、「政治的な前提」を付けるべきではないと強調していることだ。
「政治的な前提」という言葉自体には、それほど大きな実質的意味はない。
これは、頼清徳氏が自らを「現実的な台湾独立活動家(務実的な台独工作者)」と表現したのと似ている。
「台湾独立活動家」という部分は政治的な表現だが、「現実的」という部分にこそ実際の意味がある。
沈氏が「中台交流に政治的な前提を付けるべきではない」と言うとき、「政治的な前提を付けない」という部分も、ある意味では政治的な表現だ。 (関連記事: 台北市長選、蒋万安氏が盧秀燕・台中市長を選対トップに 沈伯洋氏の「洋流」に対抗へ | 関連記事をもっと読む )
しかし、沈氏自身が中台交流を進めたいと考えていることこそ、実際に推進しようとしている部分だ。
彼の立場は以前よりかなり軟化していると思う。
以前は、中国大陸出身の台湾人の配偶者や、地域行政単位「里」の選挙で選ばれる代表である里長の訪中などについて、中国側の統一戦線工作や浸透工作と関連づけて論じることがあった。
しかし今では、そうした人々が中台交流の先駆者になり得る、という考え方へ変わっている。
国民党側が沈氏の過去の発言を持ち出し、「立場が変われば考え方も変わる」「過去と今で言うことが違う」と批判したとしても、必ずしも大きな効果があるとは限らない。
人が変わったとして、その変化を多くの人が好ましいと感じるのであれば、何が問題なのか、ということだ。
さらに重要なのは、民進党はこれまで中国との交流を完全に断ったことはなく、その基本方向自体は変わっていないという点だ。
中国共産党側が民進党から発せられるシグナルを受け入れようとしないため、現在のような状況になっている。
だから沈氏が今、その流れに合わせて路線を調整し、自らを中台交流に前向きな政治家として打ち出すことは、それほど難しいことではない。
しかも沈氏はディベート経験があり、頭の回転が速く、反応も早い。考え方も非常に明快だ。
台北と上海の「双城論壇」について問われた際も、すぐに問題を別の次元へ引き上げた。
中台間の都市交流は、上海と台北に限る必要はない。「首都同士」という発想で、北京と台北の交流であってもよいという考え方を示した。
つまり、既存の中台交流の枠組みだけにとらわれず、この問題をさらに上のレベルへ引き上げることができるということだ。

沈氏は北京にシグナルを送っているのか
紀氏 私の見方では、台北市は比較的「柔」の性格を持つ都市だ。
台北には「首善の都」、つまり首都としての品格があり、どこか繊細で柔らかな気質もある。
そのため、台北の有権者は、あまりに強硬だったり、闘争性が強すぎたりする政治家を必ずしも好まない。
歴代の台北市長にも、比較的柔らかいイメージが求められてきた。非常に戦闘的な性格だけで支持を得てきた人物ではない。
沈氏は以前、戦う政治家というイメージが強かった。
例えば、民間防衛団体「黒熊学院」とのつながりも、その印象を強めていた。
だからこそ、まず改造しなければならなかったのが、このイメージだった。背後には、沈氏のイメージ転換を助言する人物がいるのではないかと思う。
沈氏が小さなスカーフを首に巻いている姿を見て、中国側の人々がどこか親しみを覚える可能性はないだろうか。
中国では、中国少年先鋒隊(少先隊)の児童が、その象徴として赤いスカーフ「紅領巾」を着用する。
沈氏が巻いているのはオレンジ色のスカーフであり、もちろん同じものではない。
ただ私は、この装いも一種のシグナルとして読むことができるのではないかと考えている。 (関連記事: 台北市長選、蒋万安氏が盧秀燕・台中市長を選対トップに 沈伯洋氏の「洋流」に対抗へ | 関連記事をもっと読む )
沈氏が伝えようとしているのは、「私は変わりつつある。そして、その変化を中国側にも見てほしい」というメッセージなのではないか。
このようなイメージが、中国側に多少の親近感を与え、沈氏に対する敵意を和らげる可能性もある。
さらに、洪申翰氏が先にAPEC会合出席のため南京を訪れている。
こうした出来事も重なれば、中国側は「民進党は想像していたほど強硬一辺倒ではない」と感じるかもしれない。

沈伯洋氏の逆転勝利、「2つの条件」がカギ
――沈氏が逆転して勝利する可能性はあるのでしょうか。
紀氏 現在はもう、蒋万安氏が絶対に安泰だと軽々しく言える状況ではない。
ただ、これは米国と中国の競争にも似ている。
例えば、かつてドイツが台頭したとき、「ドイツがまもなく米国を追い越す」と言う人が多くいた。しかし結局、そうはならなかった。
その後、日本が台頭したときにも、日本が米国を超えるのではないかという議論が盛んになった。しかし、それも現実にはならなかった。
中国も同じだ。
中国は経済力の面で米国との差を徐々に縮めているが、米国はなお大きな優位を持っている。
中国の立場からすれば、「われわれは間もなく米国を超える」「すでに米国に追いつきつつある」と主張することはできる。
しかし実際には、自分たちと米国の間にまだ差があることを、中国側自身も理解している。
だからこそ中国はかつて、「韜光養晦」、つまり能力を隠し、時機を待つという姿勢を強調し、過度に自らを大きく見せないようにしていた。
沈氏の現在の立場も、それと似ていると思う。
当初はほとんど期待されていなかった候補が、今では「勝つ可能性がある」とみられるところまで来た。
英語で言えば「Serious Contender」、つまり十分な競争力を持ち、もはや無視できない有力な対抗馬になった。
ただ、すでに蒋氏を倒せるところまで来たのかといえば、まだ「2つの要因」を考える必要がある。

第1は、実際の動員力だ。
かつての「韓流」と現在の「洋流」を比べると、「韓流」は大規模な街頭集会など、実際の人の動員によって徐々に形成された。
当時の集会会場は、本当に人で埋め尽くされていた。
これに対し、「洋流」はかなりの部分がSNSやインターネット上で形成されている。
ここには一つのギャップがある。
私たちが注目しているのは、沈氏が台湾の選挙のあり方を変えられるかどうかだ。
つまり、「本当にネットを中心とした『空中戦』だけで、自らの支持層から外へ支持を広げ、最後に選挙で勝つことができるのか」という問題だ。
ネット上の注目度や世論調査での支持を、最終的に実際の票へ変えられるのか。
これは常に選挙で問われる問題だ。
第2は、蒋氏が再選を目指す現職市長であることだ。
一般的に、有権者は再選を目指す候補に一定の評価を与える。また、現職であること自体にも優位性がある。
しかも、蒋氏に実績がないわけではない。
今、多くの人は「沈氏は政策についてうまく語る」と評価している。
しかし、沈氏に実際どれだけ政策を実行する力があるのかは、まだ誰にも分からない。
蒋氏は「Aを聞かれてBを答える」などと批判されることもある。
ただ、市民の日常生活に直結する政策の中には、無視できないものもある。
例えば保育支援、学校給食、高齢者福祉、世界ノーカーデーに合わせたバス無料化、高齢者らを対象としたタクシー運賃補助などだ。
こうした政策こそ、日常生活に最も近く、市民が効果を実感しやすい。
その力を軽視してはならない。
「沈氏は、単に『話がうまい』と思われるだけでなく、本当に蒋氏よりうまく市政を運営できるのだと、市民に理解してもらう方法を見つけなければならない」
しかも蒋氏は、これまで決定的な大きな失敗をしたわけではない。
国民党のスター政治家の一人でもある。
ただ、選挙戦の序盤では少し油断していたのだと思う。
ウサギとカメの競走で、ウサギが油断して眠ってしまったようなものだ。
現在、蒋氏はすでに目を覚ましたはずだ。
問題は、今から目を覚まして間に合うのかどうか。
沈氏はここまで、かなり見事な選挙戦を展開してきた。
しかし、その最終的な結果が本人の望むものになるのかどうかは、正直なところ、なお見守る必要がある。
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編集:佐藤 (関連記事: 台北市長選、蒋万安氏が盧秀燕・台中市長を選対トップに 沈伯洋氏の「洋流」に対抗へ | 関連記事をもっと読む )













































