2026年初頭、欧州首脳による訪中ラッシュが相次ぎ、中欧関係に「融和」の兆しが見えるなか、台北の外交部本部ビル5階——。そこは意思決定の心臓部にあたるが、意外にもそこには驚くほど冷静な空気が流れていた。
2025年、台湾は欧州において「水を得た魚」のように存在感を高めた。林佳龍外相は10月に2度欧州を歴訪し、蕭美琴副総統もブリュッセルの欧州議会に足を踏み入れた。当局が台欧関係を「安定的な深化」と位置づける一方で、足元の欧州ではマクロン仏大統領を筆頭に、英スターマー首相、独メルツ首相らが相次いで北京を目指す動きを見せている。
米トランプ政権の強硬な通商政策が米欧間に亀裂を生むなか、欧州主要国が中国との距離を再調整する変節点。だが、台北の外交当局が抱く「勝算」の根拠は、外交部5階の執務室で行われている「実務外交」の厚みにあった。
英国のスターマー首相(左)ら欧州の首脳は、相次いで中国を訪問し、習近平国家主席(右)と会談した。(写真/AP通信提供)
外相の「華」を支える、次官たちの「実」 賴清德政権発足後、林外相が公式訪問でスポットライトを浴びる裏で、実際に欧州各国の駐台代表と緊密なネットワークを維持し、実務レベルの決裁を支えているのは3人の次官たちだ。
中国側は、台湾高官の外遊を「竄訪(ざんほう=不当な訪問)」と呼び、激しい非難を繰り返す。しかし、ある外交筋は「次官は外相ほど注目されない分、かえって動きやすく、結果的に『竄訪』の回数も多くなる」と皮肉混じりに明かす。この「目立たぬ外交」こそが、欧州情勢が揺らぐなかで台湾のレジリエンス(強靭性)を支える鍵となっている。
ラファイエット事件の時代を知る重鎮、呉志中氏の存在 その中心人物が、欧州業務を統括する呉志中(ご・しちゅう)政務次長だ。呉氏は、かつて台仏関係を激震させた「ラファイエット級フリゲート艦汚職事件」の時代から外交の荒波に揉まれてきた。長年のフランス駐在経験を持ち、フランス文化と欧州政治の機微を知り尽くした呉氏は、台北にいながらにして欧州各国の意思決定を精緻に読み解く。
取材当日、5階の講堂では林外相が米上院議員をもてなす傍ら、呉氏は別室でドイツの国会議員らと実務的な協議を重ねていた。マクロな政治の風向きに一喜一憂せず、草の根とエリート層の両面から欧州との絆を編み直す——。
外交部5階という密室で、呉氏らが描く「令和維新」の次なる一手は、変化し続けるアジア太平洋の地政学にどのような波紋を投じるのか。その静かなる挑戦に、国際社会の視線が集まっている。
林佳龍外相(中央)は就任後、幾度も台湾からの外国訪問を成功させているが、実際には政務次長の方がより頻繁に海外任務に赴いている。(写真/外交部提供)
逆境を好機に ロックダウン下の「餐食外交」 その呉氏が直面した最大の試練であり、かつ転換点となったのが、欧州を襲った新型コロナウイルスだ。フランス全土にロックダウンが敷かれ、街から人影が消えるなか、呉氏は驚くべき妙案を打ち出す。外交特権を活用し、外出や社交が制限されていたフランスの国会議員たちを、次々と代表処(大使館に相当)の夕食会に招いたのだ。
「あの時期、私たちは世界で最も活発な在外公館の一つだったと自負している」と呉氏は笑う。娯楽が消えたパリで、各党派の重要人物たちがこぞってこの「密かな宴」に集まった。呉氏は会場に、台湾の経済、歴史、民主主義制度を解説するパネルを掲げ、会食を通じて台湾の実像をフランスの政治エリートの脳裏に焼き付けた。
この地道な「餐食外交」は、1年後に実を結ぶ。2021年、フランス参議院で史上初となる「台湾の国際機関への参加支持」を決議。賛成304票、反対0票という、圧倒的な支持を得たのである。
駐仏期間中、新型コロナの流行を逆に利用して台湾とフランスの友好関係を深めた呉志中氏(写真)。(写真/柯承惠撮影)
凍りついていた2018年 ラファイエット事件の影 今でこそ「パートナー」と呼び合う台仏関係だが、呉氏が着任した2018年当時は、まさに「氷河期」だった。「当時は外交の場で『台湾から来た』と名乗った瞬間、周囲の空気が凍りつくのを感じた」と呉氏は振り返る。
フランス側には、巨大な中国市場への配慮に加え、1990年代に発生し、多数の不審死と巨額の賠償金問題を引き起こした「ラファイエット級フリゲート艦汚職事件」のトラウマがあった。フランスにとって台湾は「触れてはならない、不祥事の代名詞」ですらあったのだ。
奇しくも呉氏がフランスへ留学した1989年は、天安門事件が発生した年であり、ミッテラン政権が中国を非難し、台湾への軍事売却へと舵を切った激動の年であった。呉氏は若き留学生として、ラファイエット事件の渦中にあった当時の台仏関係を間近で目撃していたのである。
「普通の国」を目指す台湾のレジリエンス コロナ禍を経て、台湾の「模範的な防疫」と「半導体供給網での重要性」が知れ渡ると、フランスの態度は劇的に変化した。2023年、フランスは世界で初めて「台湾海峡を含むインド太平洋地域での航行の自由」を明記した『7年建軍法』を制定。かつての「不祥事の相手」は、いまや「法の支配を守る不可欠なパートナー」へと昇華した。
外交部5階。呉志中次官が、かつて留学時代に目撃した「断絶」と「汚職」の歴史を乗り越え、いま再び欧州との新たな絆を編み直している。マクロな国際政治のうねりのなかで、台北の「5階」が静かに、しかし力強く進める実務外交の成果が、いま世界の地政学を動かそうとしている。
中国要因への配慮に加え、ラ法イエット艦事件が数十年にわたり台仏間に影を落とし、両国の外交関係は一時どん底まで冷え込んだ。(写真/顏麟宇撮影)
国家的スキャンダル「ラファイエット事件」と、交渉を支えた一人の学者 その最たるものが、台仏関係を数十年にわたり揺るがした「ラファイエット級フリゲート艦汚職事件」である。呉氏はフランス語に精通し、現地の政治風土を熟知した学者として、単なる通訳の枠を超え、交渉の糸口を探るキーマンとして奔走した。
2000年代、陳水扁政権が「国本を揺るがしても真相を究明する」と宣言し、国際商事仲裁所(ICC)での法廷闘争が激化するなか、呉氏は何度もフランスへ足を運んだ。2008年の政権交代により馬英九政権が和解を拒否したことで関係は一時泥沼化したが、最終的に台湾側が勝訴し、巨額の賠償金を勝ち取ることとなった。しかし、その代償として台仏関係は文字通り「底」にまで落ち込んだのである。
ラ法イエット事件は陳水扁元総統から馬英九元総統(写真)の任期まで調査が続いた。馬氏は和解拒否の立場を貫き、裁判には勝訴したものの台仏関係は停滞した。(写真/柯承惠撮影)
中国台頭の影で「最も苦しかった時代」を越えて 呉氏は振り返る。「21世紀初頭、中国が急速に台頭し、フランスが中国と『戦略的パートナーシップ』を構築しようとしていた時期、台湾は本当に苦しかった」。
断交という政治的な「故障」に加え、汚職事件の汚名が重なり、国際社会で台湾の声が届かない日々が続いた。この氷河期を解かしたのは、2016年の蔡英文政権発足後の粘り強い関係修復だった。呉氏は再びフランスとの橋渡し役を担い、止まっていた時計の針を動かし始めたのである。
習近平に「今日は攻める日ではない」と思わせる叙事詩 6年に及ぶ駐仏大使としての任期中、呉氏の名を世界に知らしめたのは2022年のペロシ米下院議長(当時)訪台後の対応だった。流暢なフランス語で現地メディアに次々と出演し、論理的かつ情熱的に台湾の正当性を訴える姿は、フランス国民に強い印象を与えた。
2024年8月に台北へ戻り政務次官に就任した呉氏は、いま新たな外交戦略を提唱している。それが、2025年11月のベルリン安全保障会議でも言及した「Not-today policy(今日ではない政策)」だ。
米軍関係者が懸念する「2027年までの台湾侵攻(デービッドソン・ウィンドウ)」というタイムラインに対し、呉氏は独自の「叙事詩(ナラティブ)」で対抗する。
「習近平という独裁者は、毎朝髭を剃りながら鏡を見て、中国史上最も偉大な『皇帝』になることを夢想しているだろう。その第一の関心事は台湾侵攻だ。しかし、外交官の仕事は、彼が鏡の中の自分に向かって『だが、今日はその日(侵攻に最適な日)ではない』と思わせることにある」。
軍事的な抑止力(ハードパワー)だけでなく、国際社会との強固な絆という「物語」を提示することで、侵攻のコストを無限に引き上げ、独裁者の決断を毎日先送りにさせる——。
学者出身の能弁な外交官、呉志中。彼が5階の執務室から発信する叙事詩は、ラファイエット事件の影を拭い去り、台湾を「世界に不可欠な存在」へと書き換えようとしている。
吳志中氏が説明する「今日はその日ではない政策」とは、中国の習近平国家主席(写真)が日々、「今日は台湾を攻撃する好機ではない」と感じ続けるようにすることを意味する。(写真/AP通信提供)
「Not-today政策」を支える3つの柱 その象徴的な出来事が、オランダ軍艦による400年ぶりの台湾海峡通過である。呉氏は「かつてとは違い、今の台湾人はこれを『very welcome(大歓迎)』し、常態化を望んでいる。習近平国家主席に『今日はその日ではない』と思わせるには、こうした国際的な可視化が不可欠だ」と説く。
10年前とは「空気が違う」 米日に近づく台欧関係 外交部5階の次長室に戻り約1年半。蕭美琴(しょう・びきん)副総統や林佳龍(りん・かりゅう)外相の欧州訪問を成功させてきた呉氏は、台欧情勢に強い楽観を抱いている。「10年前なら、台湾の副総統がブリュッセル(欧州議会)を訪れるなど考えられなかった。今の中国にはそれを阻止する十分な実力があるはずだが、それでも蕭氏は温かく迎え入れられた。欧州の態度は劇的に変化している」
呉氏は、フランス、イギリス、オランダ、そして欧州議会が相次いで台湾支持の決議や法律を採択している現状を挙げ、「もちろん、長年の絆がある米国や日本に比べれば欧州は後発だが、2026年の今、すでに『米日と同じような質感』を感じるまでになった」と手応えを語る。
吳志中氏は、副総統の蕭美琴氏(写真)が欧州議会での演説を成功させ、欧州の公式な場から強い善意が示されたことについて、「10年前とは態度が大きく異なる」と指摘した。(写真/AP通信提供)
欧州首脳の訪中ラッシュ その「行間」を読む 一方で、マクロン仏大統領や英スターマー首相、独メルツ首相らが相次いで北京を訪れる現状をどう見るか。呉氏の自信の根拠は、首脳会談後の「公式文書」に隠されている。マクロン氏の声明では台湾への言及が消え、フィンランドやイギリスの声明も、台湾問題よりウクライナ和平や対日・対印関係を優先させている。ドイツのメルツ首相にいたっては、アジア訪問の初動にインドを選び、北京訪問を後回しにした。「首脳たちのスケジュールや発言の優先順位は、極めて雄弁だ。台湾を議題に挙げないこと自体が、中国側の要求をスルーしているという、興味深いメッセージになり得る」
外交努力が変えた「一つの中国」の定義 呉氏は、外交の力で歴史は変えられると断言する。その最良の例がフランスだ。1995年、フランスは中国をなだめるために特使を派遣し「一つの中国原則」を承認して謝罪した。しかし30年後の今、フランスは「原則」を自らの「政策」へと格下げし、最近では「一つの中国」という言葉自体を公式声明から外しつつある。「自国の利益と他国の利益を一致させること。これが外交の本質だ。台湾の安定が世界の利益と直結している限り、我々が叫ばずとも世界は台湾を守ろうとする。『戦争が起きれば、全員が敗者になる』という共通認識を醸成することが、我々の勝利だ」
欧州の首脳は相次いで中国を訪問しているものの、フランスのマクロン大統領(右)をはじめ、習近平国家主席(左)との会談後、いずれも台湾に言及せず、「一つの中国原則」を認める表明も行っていない。(写真/AP通信提供)
欧州からモンゴルまで 「戦争回避」という究極の任務 『風傳媒』のインタビューを受けた当日、呉氏は午前中に国会での議連設立に出席し、昼にはドイツの国会議員をもてなし、午後も会議が詰まっていた。大使時代は対仏関係に集中していた呉氏だが、今は次長として欧州、アフリカ、中東、中央アジア、ロシア、そしてモンゴルまで、広大な地域を統括している。
「管轄地域はあまりに広く、必ずしも親台的な国ばかりではない。だが、米国、日本、そして欧州という3つの主要な柱が、『台湾の安定は自国の利益だ』という明確なシグナルを送り続けている現状に、国民は安心すべきだ」
取材の最後、呉氏は穏やかな、しかし決然とした口調でこう締めくくった。「外交の力は、人々が想像する以上に強力だ。外交によって戦争の勃発を未然に防ぐ。それこそが今、我々が総力を挙げて取り組んでいることであり、今のところ、それは十分に成功していると感じている」