Instagramで10万人超のフォロワーを抱える台湾の人気イラストレーター、「少女阿妙(アミャオ)」。大学時代から日常をペンで描き続けて10年、彼女の人生は今、大きな転換期を迎えている。台湾メディア『風傳媒日本語版(ストームメディア)』の独占インタビューに応じた彼女は、台湾のEC企業で3年間デザイナーを務めた後、半年間のリフレッシュ休暇を経て、ワーキングホリデーで来日した経緯を明かしてくれた。

「ただ、異なる生活を体験してみたかった」。そんな純粋な好奇心から始まった日本生活だったが、彼女は最終的に東京に留まり、グローバル日系企業でデザイナーとしてのキャリアを歩む道を選んだ。それに伴い、創作のテーマも「女子大生の悩み」から、異郷の地で直面する「リアルな職場の悲喜こもごも」へと進化を遂げた。

キャリアの空白を恐れ、エクセルで管理した「3・6・9計画」
当初の就職活動を振り返り、異国での就職活動は、決して平坦な道ではなかった。当時の日本語レベルはN2〜N3程度。海外での実務経験も皆無だった阿妙は、当時の挑戦を「非常に困難なものだった」と率直に語る。変化の激しいIT・EC業界において、長期間現場を離れることは致命的なリスクになりかねない。
そこで彼女は、自身に厳格な「3・6・9計画」を課した。エクセルを用いて各企業の選考状況や日本残留の可能性を詳細に数値化し、進捗を徹底管理したのだ。万が一、日本で縁がなかった場合に備え、タイやシンガポール、さらには欧州の求人にも同時にアプローチ。キャリアに一切の空白を作らないよう、最悪の事態を想定した「背水の陣」で挑んでいた。

「何を言っているか分からない」挫折の先に見つけた「50点の自分」
緻密な戦略と不退転の決意によって現在の仕事を掴み取った彼女だが、最大の壁となったのは「言葉の壁」だった。ある面接では、自らのデザイン作品を必死にアピールしたものの、面接官から「何を言っているのか理解できない」と冷淡に言い放たれたこともあったという。
向上心が強く、自分に厳しい彼女にとって、それは屈辱的で深い挫折を味わう経験だった。しかし、この苦い経験が彼女のマインドセットを変えた。「完璧(100点)ではないにせよ、決してゼロでもない。今の自分は『50点』の状態にいる」。ありのままの自分を受け入れることで、過度なプレッシャーから解放され、等身大の実力で勝負するしなやかさを身につけたのだ。

「空気を読む」プレッシャーからの解放
幸いなことに、現在彼女が所属する日系企業の部署では高い英語力が求められており、同僚間のコミュニケーションの多くは率直な英語で行われている。そのおかげで、日本の伝統的な職場で特有の「空気を読む」という大きなプレッシャーを回避できているという。
日本での就職を目指す人々に対し、阿妙氏は極めて現実的なアドバイスを送る。 (関連記事: 夢を追いかけて日本へ──イラストレーターDoryさんの東京ワーキングホリデー生活記 | 関連記事をもっと読む )
「もし日本語でネイティブスピーカーと対等に渡り合えないのであれば、圧倒的な英語力を身につけるか、あるいは現地の人にはない特殊なスキルを磨くべきです。そうでなければ、競争の激しい日本の市場で頭角を現すことはできません」





















































