ロシアのウクライナ全面侵攻から、すでに3年以上。ウクライナ軍はドローンの革新と柔軟な運用で粘り強く抗戦し、いまや米国ですらこの分野で後れを取っていることを認めざるを得ない状況だ。台湾にとっても、これは単なる戦況レポートではない——明確な警鐘である。
2025年9月12〜13日、キーウで開催された「ヤルタ欧州戦略会議」には多数の要人や軍関係者が参加。(写真/許毓仁提供)
会期後に帰台した許氏は本誌の独占取材に応じ、「ウクライナの“ドローン革命”は戦争の様相を変えた。台湾は直ちに4つの改革に踏み出すべきだ」と語る。
国境を越えた瞬間、通信が途絶 ポーランド側から列車で14時間揺られてキーウに到着。国境を越えたその一瞬で携帯の電波が消え、ネット接続が丸ごと落ちた。同行の元CIA要員が即座にスターリンク(Starlink)へ切り替えて、ようやく連絡網を確保できたという。
「その瞬間、頭に浮かんだのは台湾だった」と許氏。「もし突然つながらなくなったら? スターリンクが使えず、低軌道衛星の体制も未整備、海底ケーブルが切られ、電力網まで攻撃されたら——想像以上に脆い。」
ウクライナ入国直後に携帯通信が途絶。スターリンク(Starlink)接続で外部連絡を確保。(写真/許毓仁提供)
これは“戦地の入口”にすぎない。『Kyiv Independent』の 報道 によれば、今回の会議には800名超の要人と軍・情報関係者が集結。開幕前夜にはロシアのドローンが一時ポーランド領空に侵入し、同国空軍が撃墜したことで、NATO条約 第5条(Article 5) の発動をめぐる議論まで起きた。
さらに9月13日の開会当日、ロシア軍は164機のドローンと弾道ミサイル1発でウクライナを攻撃。ウクライナ側は137機を撃墜したものの、27機が9カ所に到達した。人的被害は確認されなかったが、警戒感は一層高まった。
「ウクライナが持ちこたえる最大の鍵はドローンだ」と許氏。今回の訪問目的の一つも、同国のドローン部隊の実情をより深く把握することだったと明かした。
キーウ市内に掲出されたドローン部隊の操縦者ポスター。(写真/許毓仁提供)
地下の司令部:スタートアップの流儀が戦場のルールを塗り替える キーウ中心部の地下防空壕に、ウクライナのドローン部隊の指揮センターがひっそりと置かれている。重い鉄扉の先にあったのは、冷たい軍施設ではなく、まるで新興企業の作戦室。若いエンジニアたちがモニターに張り付き、戦場のライブ映像と飛行軌跡をリアルタイムでさばいていた。
「見た目は完全にスタートアップ。でも、彼らは全員れっきとした軍人だ」と許毓仁氏。3年前は数十人だった部隊は、いまや約1,500人規模へ拡大。低コストのドローンで、約10億ドル相当のロシア資産を破壊し、敵機も数千機単位で落としてきたという。
許氏が現地当局者の説明として伝えるところでは、「1機あたりのコストはせいぜい1万ドル。それで数億ドル級の装備を無力化できる」。しかもウクライナ軍は2〜3か月ごとに運用コンセプトを見直し、柔軟にアップデートしてロシア軍の裏をかいている。
米国の遅れを認める:ドローン革命の主導権はウクライナに この実力は国際的にも認められつつある。9月13日、「ヤルタ欧州戦略会議」の 場 で、米国のウクライナ問題特使キース・ケロッグ氏は「ウクライナは防衛技術のリーダーとなり、米国は明らかに後れを取っている。時間との戦いだ」と率直に述べた。
2025年9月13日、米ウクライナ問題特使キース・ケロッグがキーウの「ヤルタ欧州戦略会議」で登壇。(写真/許毓仁提供)
『フォーブス』 の 報道 によれば、ウクライナの2024年における小型ドローンの生産はすでに100万機を突破。2025年は450万機を目標に掲げ、すべて国内工場で賄う計画だ。対するロシアの2025年目標は300万〜400万機とされる。
またゼレンスキー大統領は8月のホワイトハウス訪問時、米国に対し「5年間で1,000万機の供給または共同製造」を提案。規模は100億〜500億ドルと見積もられるが、現時点で最終合意には至っていない。
2025年9月12日、ゼレンスキー大統領がキーウでの「ヤルタ欧州戦略会議」に出席。(写真/YES公式サイトより)
「戦争は技術革新を一気に押し上げる。ウクライナの飛躍は、台湾にとって確かな手本になる」――許毓仁氏はそう重く語った。
中国製部品という逆説:戦場の「見えない供給者」 ただ、その急伸の裏側には見過ごせない矛盾もある。許氏によれば、ウクライナのドローン部品の約6割は中国製だ。「一方でウクライナに部品を売り、もう一方でロシアも支える」。結果として、ロシア・ウクライナ戦争は中国の軍需産業にとって最も現実的な“実験場”となり、同時に最大の受益者にもなっているという。
許氏は台湾に向け、もしドローン開発を本格化させるなら「まずサプライチェーンの再構築を最優先に。中国製部品への依存を断ち、米・日・欧との連携を積極的に模索すべきだ」と警鐘を鳴らす。
遠隔操縦の無人艇:低コストでも「致命打」 無人システム戦隊の視察では、全長5.5メートルの無人艇を実際にリモート操縦する機会もあった。最高速度は50ノットに達するという。
「とにかく速い」と許氏。同行した将校は「この無人艇は爆薬や地対空ミサイルを搭載でき、喫水が低く発見されにくい。夜間に数十隻で接近すれば、億ドル級のロシア艦隊でも沈めうる」と解説した。 許氏は、もし中国の上陸艦隊が台湾海峡を渡る事態になれば、低コストの無人艇が海峡を“空白の地獄”へと変える可能性に思いを巡らせた。
防空警報と日常:揺るがぬ冷静さ 許毓仁と米CIA元長官デビッド・ペトラエウス(左から3人目)。キーウのYES会場および同ホテルの晩餐に出席。(写真/許毓仁提供)
「思わず手が止まり、ナイフとフォークを置いてしまった」。ところが、ウクライナの要人たちは驚くほど落ち着いていた。ワインを味わい続ける者、目配せだけで状況を共有する者――そこにあったのは無知からの無頓着ではなく、戦火に鍛えられた強靭さだった。彼らにとって警報は“日常の音”。台湾から来た許氏には、それが深い戒めとして響いた。「同じ警報が台北で鳴ったとき、私たちは同じ冷静さでいられるのか」。
数分後、主催者が状況を確認し、地下駐車場への避難をアナウンス。許氏は「頭上には戦争、目の前には平然と日常を続ける人々」という強いコントラストを覚えたという。2日前にはミサイルがキーウ中心部を襲い、国会議事堂の屋根を直撃したばかりだった。
ハイアットでの晩餐中に防空警報が鳴り、参加者は順に地下駐車場へ避難。(写真/許毓仁提供)
この落ち着きは無関心からではない。戦火の只中で鍛え抜かれた、耐え難いほどの強さだ。ウクライナ人にとって警報音はもはや日常の一部。台湾から訪れた許毓仁氏には、深い警鐘として響いた——同じサイレンが台北で鳴る日が来たとき、私たちは同じように冷静でいられるだろうか。
ウクライナでは防空警報アプリが普及しており、通知が来れば即時に避難しなければならない。(写真/許毓仁提供)
ウクライナでは防空警報アプリが普及しており、通知が来れば即時に避難しなければならない 。(写真/許毓仁提供)
台湾が今すぐ着手すべき「四つの改革」 スターリンクの通信冗長化から、地下に展開するドローン部隊、無人艇の実戦運用まで——ウクライナが示したのは理屈ではなく“生存の技術”だった。
ウクライナの将校は許氏に語った。「台湾には先端技術があり、低コストで素早く作る力がある。私たちを超えられるはずだ」。胸に刺さる言葉だ。
元立法委員・ハドソン研究所シニアフェローの許毓仁、キーウ市内の展示戦車前で。(写真/許毓仁提供)
一方で、シンクタンク「技術・民主主義・社会研究センター(DSET)」の分析では、台湾は2028年までに年18万機のドローン生産を目標に掲げるが、昨年の実績は1万機未満。市場面・制度面の両方で構造的なボトルネックがあると指摘する。
許氏が提案する“今やるべき四つ”は次のとおり。
1. 技術交流:訓練・戦術の反復を学ぶため、ウクライナへ常設の派遣チームを送り、操縦者育成と教範化を急ぐ。 2. 非中国サプライチェーン:米・日・欧と連携し、ドローン/無人艇の独立した供給網を構築。中国製部品への依存を計画的に縮減する。 3. 国防改革の刷新:手続を簡素化し、スタートアップの参入を広げてR&D〜量産のスピードを上げる。「公開入札による情報漏れ」や演習の硬直化を防ぐ仕組みを整える。 4. 全国防衛の底上げ:防空訓練を広く実施し、社会の危機対応力(業務継続・生活維持)を常態化する。
「私たちがまだ手続きに足を取られている間に、ドローンはすでに台北上空を飛んでいるかもしれない」と許氏は釘を刺す。「時間は味方ではない。キース・ケロッグ氏の言葉どおり、私たちは急速に時間を使い果たしているのだ」。