米国、そして世界はファシズムへ滑りつつある。次に直撃される恐れが大きいのはオーストラリアだ――イェール大学でファシズム研究に携わるジェイソン・スタンリー氏は、9月24日付の英紙『ガーディアン』インタビューでそう警告する。トランプ政権はチャーリー・カーク氏銃撃事件を口実に異論封じと密告の奨励を進め、「非常時の民主主義」を急速に歪めているという。スタンリー氏自身はこれを受けてカナダに移住(本人いわく「亡命」)。唯一の超大国である米国が堕落すれば、各地のファシスト運動に“正当性”が与えられる。安全保障を米国に依存するオーストラリアは最初の波を被りかねず、白豪主義の残滓、難民への苛烈な扱い、「反ウェーク」的ムードはいずれも前兆だと指摘する。
移民から政敵へ――憎悪は拡張していく
トロントの穏やかな秋の夜、歩きながら受けた取材でスタンリー氏は「米国はファシズムへ加速している。極右のうねりは世界に広がり、街角にも冷気が漂う」と語る。ほどなく「Canada First」と記した赤いTシャツの男性が通り過ぎた。移民の大量送還を唱える民族主義運動のスローガンだ。
「ファシズムは移民や少数者への攻撃から始まり、やがて政敵へ拡張する」。同氏によれば、米国の劣化は他国より速く、暴力性も増している。インタビューの一週間前、保守系若手リーダーのカーク氏がユタ州の大学で講演中に銃撃され死亡。トランプ大統領は直ちにホワイトハウスで演説し、「急進左派の政治的暴力」を名指しで非難、事件を対立陣営攻撃の弾に変えた。
ネット空間も過熱した。いわゆる“ドクシング”サイトは、事件を「喜んだ」あるいは「正統でない」追悼をしたと見なした人物の氏名・電話・住所・勤務先まで晒し、暴力をほのめかす。X(旧ツイッター)には、発言を理由に失職した事例を“戦果”として列挙する投稿が連なり、記者や教師、料理人、さらにはシークレットサービス職員まで嘲笑の対象になった。
スタンリー氏が最も脅威だとみるのは、J.D.ヴァンス副大統領が公然と「カーク氏に否定的なコメントの通報」を呼びかけた点だ。政府があらゆるレベルで言論監視を強める意思の表れで、「一般市民の発言を狙い撃ちにする恐怖キャンペーン」だと断じる。
学者の移住、家族史の再演
今年3月、スタンリー氏は「米国がファシスト独裁へ向かっている」と判断し、イェールの教授職を抱えたまま渡米ならぬ“脱米”を宣言。ニュースは瞬く間に世界を駆け巡った。いま「亡命先」のトロントで、同氏は米政治の悪化を当然視しつつも「現実として迫ると、やはり恐ろしい」と明かす。
移住を悔いてはいない。国外のほうが、むしろファシズムに抗うための発信力を持てるからだ。「大統領自ら『我々をファシストやナチと呼ぶ連中を叩く』と言う国で、安心を感じるのは難しい」。 (関連記事: ユーモアを解さない独裁者──トランプ氏も冗談に過敏、米国の言論の自由は中国の後を追う | 関連記事をもっと読む )
この“出国”は家族史の反響でもある。両親と祖母はいずれもドイツ系ユダヤ人で、ナチスから逃れた。祖母は収容所から400人超のユダヤ人を救い出したとされる。再び亡命者の立場で、歴史の影がよみがえると警告する。
同氏の机には祖母の回想録が置かれ、1938年の「水晶の夜」の惨状――全国規模の反ユダヤ暴動の幕開け――が記される。取材時、スタンリー氏は米国の現状とこの歴史を対比する論考を執筆中だった。「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」。陳腐な言い回しに聞こえるが、いまの米国は国会議事堂放火事件の“ピース”も「水晶の夜」の“ピース”もはめ込まれた、不穏なパズルに見えるという。