米国の大学では近年、言論の自由と開かれた対話が積極的に奨励されてきた。しかし、9月10日に保守派の若手リーダー、チャーリー・カーク氏がユタ・バレー大学で演説中に銃撃され死亡した事件を受け、空気は一変した。英紙『フィナンシャル・タイムズ』は、全米の大学が安全対策の見直しを迫られると同時に、「多様な意見を保障すること」と「暴力の再発を防ぐこと」という二重の課題に直面していると指摘する。さらに、政治家やSNSから流入する過激な言説がキャンパスを覆い、憎悪が容認され、対話の場が失われつつあると警鐘を鳴らした。教育界では「極端化は大学だけでは防ぎきれず、社会全体が文明的な対話を担う責任を負うべきだ」と訴えている。
開かれたキャンパスは「犯行の温床」か
保守派の若手指導者チャーリー・カーク氏(31)がユタ・バレー大学で銃撃され死亡した事件は全米を震撼させた。『フィナンシャル・タイムズ』によれば、事件発生の数時間前、アイビーリーグのダートマス大学学長シアン・リア・ビロック氏が「大学は開かれた討論のための安全な空間であるべきだ」と演説していたという。学長は同校の新プロジェクト「ダートマス・ダイアローグス」を紹介しながら、「高等教育は信頼危機に直面している。学生が違いを越えて対話し、理解し合える姿を示す責任がある」と語っていた。
カーク氏自身も、対話を重視する活動家だった。CNNによれば、全米のキャンパスを巡り「Prove Me Wrong(私を論破せよ)」と題した公開討論の場を設け、トランスジェンダーや気候変動、家庭の価値観など幅広いテーマで学生や研究者と議論を交わした。討論の様子はSNSで拡散され、多くの若者の支持を集めていた。「立場が異なる人々が対話を始められるよう尽力している」と彼は語っていた。
しかし、米大学の「開放性」は安全面で致命的な弱点を抱えていた。警察によると、カーク氏を撃った22歳のタイラー・ロビンソン容疑者はユタ・バレー大学の学生ではなく外部の訪問者だった。この「自由な出入り」が事件を許したとされ、自由と安全の矛盾が改めて浮き彫りになった。
事件後、全米各地の学生や市民から衝撃と悲しみの声が広がった。テキサス工科大学では学生が自発的に追悼集会を開き、ユタ・バレー大学ではキャンパスでキャンドルを灯す追悼式が行われ、多くの参加者が深い悲しみに包まれた。

自由な対話を守る取り組み
近年、米国の大学は「言論の自由」を重視する傾向を強めてきた。『フィナンシャル・タイムズ』は、2023年10月7日のハマスによるイスラエル攻撃後、全米の大学で大規模な抗議運動が起き、学生たちが鋭い国際問題に直面したことを契機に、大学側が「分断を抱えたまま多様な声をどう守るか」という課題に直面したと指摘する。 (関連記事: 米副大統領ヴァンス氏「カークの名にかけて」左翼テロ徹底掃討を宣言 一方『エコノミスト』は「極右暴力の方が規模も致死性も大きい」と警告 | 関連記事をもっと読む )
その反省を受け、多くの大学が制度化を加速させている。マサチューセッツ州のウェルズリー大学では、入学願書に「異なる背景の人々と協力した経験」を記述させ、「文明の誓約」や「敬意ある討論」の規範を導入。さらに寮のスタッフが毎日学生の部屋を訪ね、小規模な集まりを促す仕組みを設け、低圧的な環境で交流を学ばせている。プリンストン大学のクリストファー・アイズグルーバー学長は、新著『尊重の条件』を基に新入生と討論し、言論自由の意義を説いた。