量子センサー、衛星追跡、人工知能(AI)など次世代の探知技術をめぐる競争が激化する中、英国の高級紙『ガーディアン』は「海戦を根本から変える技術革命が進行している」と警告した。こうした進展は従来の潜水艦が持つ「ステルスの優位性」を揺るがし、巨額を投じたオーストラリアのAUKUS核潜水艦計画が、将来的には「水中の鉄の棺桶」と化すのではないかという深刻な懸念を呼んでいる。
軍事史では、戦場を支配した最終兵器が新技術によって無力化される事例が繰り返されてきた。2年前、オーストラリア潜水艦局のジョナサン・ミード海軍中将は、AUKUSの将来型潜水艦を「海洋の頂点捕食者」と呼び、「速度・ステルス性・火力を兼ね備える」と強調していた。しかし、その自負が今や時代遅れになりつつあるとの見方が広がっている。
21世紀初頭、核潜水艦は世界最強の抑止兵器の一つと見なされてきた。深海に潜み、ほぼ探知不可能な「水中の亡霊」として、相手に壊滅的な「第二撃」を保証する存在だった。核潜水艦を保有する国への攻撃は、必ず深海からの報復を計算に入れざるを得なかった。
しかし、中国による相次ぐ技術的ブレークスルーが、この前提を揺さぶっている。公表された成果には検証が必要なものも多いが、量子技術やAIによる探知能力の発展は、従来「最後の不透明な領域」とされた海を可視化する可能性を秘める。つまり、潜水艦が頼ってきた「深海の神秘」は、近い将来もはや存在しなくなるかもしれない。
海の「透明化」:潜水艦ステルスの終焉は近いのか
英国『ガーディアン』紙は現在進行中の水中軍拡競争について、「核心は潜水艦を発見する技術と、それを再び隠す技術のせめぎ合いだ」と報じている。各国は莫大な予算を投じ、無人機やソーナーブイ、衛星、磁力計、量子センサーといった探知システムを次々に開発し、潜水艦が「見えない存在」でいられる領域を狭めようとしている。
海のわずかな波の乱れ、温度の変化、磁場の歪み、生物発光の痕跡——。どんな微細な変化も潜水艦の航跡を示す手掛かりになり得る。こうした膨大なデータを人工知能(AI)がリアルタイムで処理すれば、潜水艦の位置を割り出す精度は飛躍的に高まり、人間のアナリストが見落とすパターンや関連性までも特定できる。
この競争の最前線にいるのは、まさにAUKUSが牽制しようとする中国である。
潜水艦は水中で動く金属塊であり、その存在は必ず地球磁場の歪みを伴う。上海交通大学の研究チームは昨年、潜水艦のプロペラが発する微弱な電磁波を20キロ離れた地点から感知できる新型海底センサーを開発したと発表した。従来の探知距離の約10倍にあたる。さらに2024年12月、西安の研究者グループは、潜水艦が残す「磁気の尾跡」を空から追跡できる新型磁力計を開発したと主張している。
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また、量子センサー技術の進展は一層の衝撃を与えている。今年4月、中国航天科技集団の科学者らは、ドローンに搭載可能な量子センサーを発表し、潜水艦の精密追跡が可能だと主張した。彼らによれば、採用した「コヒーレント・ポピュレーション・トラッピング原子磁力計」は、NATOのMAD-XRシステムに匹敵する感度を持ちながら低コストで量産配備できるという。
オーストラリアのフリンダース大学、アンヌ=マリー・グリソゴノ博士は「本当に潜水艦を確実に捕捉できる技術を手にした国が、それを公表するだろうか」と指摘。裏側で進んでいる研究は、外部の想像をはるかに超えている可能性があると警鐘を鳴らす。
「見つける技術」と「隠す技術」の果てなき競争
もちろん、技術競争は一方通行ではない。中国が探知能力を高める一方で、潜水艦の設計者たちはステルス性を強化する新技術を模索している。音波を吸収・撹乱する特殊タイル、赤外線や熱を抑える冷却システム、磁気を打ち消す「消磁」処理、航跡を目立たなくするポンプジェット推進などがその例だ。
オーストラリア海軍のマーク・ハモンド海軍中将は「私が潜水艦士官資格を取った31年前から『海の透明化』は繰り返し語られてきたが、いまだ実現していない」と語る。探知技術の進歩は常に、より高度なステルス技術によって相殺されてきたというのだ。
彼はさらに「陸や空の戦場はすでに“透明化”されているが、それでも戦車や戦闘機は存在し続けている。水中は依然として地球上で最も不透明な環境であり、我々の同盟国とパートナーはここで優位を保ち続けるだろう」と述べ、水中戦の将来に自信を示した。
オーストラリアの二面戦略:核潜水艦と「ゴーストシャーク」
潜水艦のステルス優位が揺らぐ中、オーストラリア政府の対応が注目されている。政府は先週シドニーで、総額17億豪ドルを投じ、数十隻規模(正確な数は非公開)のAI駆動型無人潜水艇「ゴーストシャーク(Ghost Shark)」を導入すると発表した。
ミニバスほどの大きさのこのAUV(自律型無人潜水機)は、オーストラリア本土から遠く離れた海域でも偵察、監視、情報収集、さらには攻撃任務を遂行できるとされる。『ガーディアン』が「これは将来的に有人潜水艦が発見されやすくなるリスクへの保険なのか」と質問したのに対し、リチャード・マーレス国防相は「有人核潜水艦は依然として国家防衛の基盤だ」と答えた。
マーレス氏は「ゴーストシャークは有人潜水艦を補完する存在であり、潜水艦探知技術が進化しても、それを無効化する技術も進化している」と強調した。ただし、専門家の見方は割れている。2020年の報告書『透明海洋(Transparent Oceans)』を共同執筆したアンヌ=マリー・グリソゴノ博士は「海洋がいずれ“透明”になるのはほぼ確実で、問題はその時期だ」と指摘。AIの急速な進化が各種探知技術を加速させていると警告する。
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3680億豪ドルの大博打:国防戦略の岐路
グリソゴノ博士は、水中戦の将来像として「安価で数が多く、損耗に強いセンサー網」が主役になると予測する。「システムの一部を失っても全体は機能し続ける。一方で高額な兵器を破壊できれば、圧倒的に防御側が有利になる」と語り、AUKUS計画そのものの有効性に疑問を投げかける。オーストラリアは今こそ、30年・40年先を見据えた防衛態勢を再考すべきだという。
米シンクタンク「ニューアメリカ財団」の戦略家ピート・W・シンガー教授も、SF作家アーサー・C・クラークの言葉「高度に発達した技術は魔法と見分けがつかない」を引用し、技術の進化スピードが長期予測を困難にしていると述べた。オーストラリアのAUKUS潜水艦計画は数十年規模のプロジェクトで、最初の艦の進水は2040年代、建造は2060年代まで続く見通しだ。
シンガー教授は「技術にとって20年はあまりに長い。観測・探知能力が飛躍的に向上すれば、従来のステルスは容易に発見され、破壊可能な存在に変わる」と指摘する。その未来は、有人潜水艦同士の戦いではなく、有人と無人の混成艦隊同士の戦いになるだろう。実際、ウクライナが安価な無人機でロシアの戦車軍を翻弄している姿に近いと述べた。
「私はバージニア級やAUKUS潜水艦を買うなとは言っていない。問題は、どれだけそこに賭けるのかだ」。3680億豪ドル(約33兆円)を投入するオーストラリアにとって、この問いの答えは、今後数十年にわたる国家安全保障を左右する大問題となる。