イスラエルは9日、カタールの首都ドーハを空爆し、パレスチナの武装組織ハマスの幹部を狙った攻撃で、ハマスのメンバー5人が死亡した。イスラエルが湾岸諸国を直接攻撃するのは今回が初めてである。カタールは長年、イスラエルとハマスの仲介役を担ってきただけに、今回の空爆はその立場を揺るがすものとなった。英誌『エコノミスト』は、この行動が停戦交渉を暗礁に乗り上げさせ、湾岸諸国の安全保障への信頼を損なうと分析。さらに、地域を不安定化させているのはイスラエルとその後ろ盾である米国だと厳しく批判している。
アメリカのトランプ大統領は、攻撃について「事前には知らなかった」と主張し、空爆後にイスラエルのネタニヤフ首相に電話をかけ「愚かな行動だ」と非難した。しかし、イスラエル政府関係者はこれと食い違う見解を示しており、トランプ氏は実際には計画の存在を知っていたが、明確な賛否は示さなかったと伝えられている。
イスラエル、湾岸諸国を初めて攻撃
米CNNによると、イスラエル軍はこの攻撃を迅速に認め、「火焔の頂(Summit of Fire)」作戦の一環だと説明した。標的はハマス幹部で、戦闘機15機がドーハの高級住宅地ウェスト・ベイ・ラグーンに向けてミサイル10発を発射。住民の多くはハマス政治局の関係者とされる。空爆により6人が死亡し、そのうち5人がハマスのメンバー、1人がカタール自衛隊の隊員だった。
一方、ハマスは声明で「幹部は生存しており、イスラエルの暗殺作戦は失敗した」と強調。イスラエル軍の主な標的だった交渉担当のハヤー氏(Khalil al-Hayya)は死亡者の中に含まれていなかった。カタール政府は、空爆によって民間人や自衛隊員が犠牲になったと非難し、国際法違反かつ国家主権の侵害だとして強く抗議した。
『エコノミスト』は、今回の作戦を「戦術的な失敗」と断じ、ガザ地区をめぐる停戦交渉を一層困難にすると分析している。そして、湾岸諸国の指導者にとって二つの重大な懸念が浮上したと指摘する。一つは、イスラエルの強硬姿勢が地域覇権を握る可能性があること。もう一つは、これまで安全保障を保証してきたはずの米国が、その役割を果たせなくなりつつあるという現実である。
ネタニヤフ首相の「独断専行」と報復行動
2023年10月7日、ハマスはガザ地区からイスラエルの国境地帯に大規模攻撃を仕掛け、約1,400人のイスラエル人が犠牲となり、多数が拉致された。イスラエル政府はこれを受け、ハマス指導者の追跡と報復を誓ってきた。
『エコノミスト』によると、イスラエルの情報機関モサドや軍部は、今回のカタール空爆計画に強く反対していた。トランプ政権が進める停戦交渉を崩壊させ、人質の命を危険にさらす恐れがあると懸念していたからだ。しかしネタニヤフ首相は強硬姿勢を崩さず、9月8日にエルサレムで発生した銃撃事件で6人が死亡したことへの「正当な報復」だと主張し、独断で実行に踏み切った。
カタールはこれまで「中立の交渉の場」とされ、アフガニスタンで米国とタリバンが秘密交渉を行った際にはタリバン事務所を設置した実績もある。さらにハマス政治局が拠点を置く一方、米軍最大の中東基地や中央軍司令部が駐留する戦略拠点でもあった。そのためイスラエルは長年、カタールを直接攻撃することは避けてきた。
今回の空爆により、カタールはイスラエルが戦闘行為を行った6番目の国家となった。『エコノミスト』は、他の空爆は「現実の脅威への対処」と説明されてきたが、今回のケースは事前の脅威を防ぐものでもなく、単なる報復であり、主権国家の領土に対する攻撃だと指摘している。
トランプ大統領の面目失墜 ネタニヤフに怒りの電話
トランプ大統領は今年5月、ドーハを訪れた際に「米国にとって最も重要なパートナーの一つ」とカタールを位置づけ、その安全を保証すると公言していた。しかし、今回の空爆には米国製の戦闘機が用いられ、ワシントンは板挟みとなった。
空爆を知ったトランプ氏はSNSで「これはネタニヤフの判断であり、私のものではない」と距離を置き、直後にネタニヤフ首相へ電話をかけ「愚かな行動だ」と非難した。これに対しネタニヤフ氏は「攻撃の機会は一瞬で消える」と反論し、即時行動の必要性を訴えたという。
米政府報道官は「攻撃が開始された後に軍から説明を受けた」と述べ、ホワイトハウス高官も『ワシントン・ポスト』に「トランプ大統領が攻撃を知ったのは事後で、イスラエルから直接の通告はなかった」と語っている。
一方、『エコノミスト』は、イスラエル官僚筋の証言として「トランプ氏は作戦自体は事前に知らされていたが、タイミングには驚いた」と報じている。ワシントン内でも情報は錯綜し、元ペンタゴン幹部は「もし事前に知っていたのなら極めて恥ずかしい」と批判。イスラエル国内でも「完全な失敗だ」「トランプを巻き込もうとしたのは誤算だった」との声が上がっている。
「イスラエルは行き過ぎだ」 かつての敵国もカタール支持へ
『エコノミスト』は、カタールが長年「湾岸協力会議(GCC)」内で特異な存在だったと指摘する。イスラム主義勢力を支援し、報道機関アルジャジーラを通じて独自の立場を発信してきたため、2017年には周辺4カ国から外交・貿易封鎖を受け、2021年に解除された経緯がある。
だが今回イスラエルがドーハを空爆したことで、かつてカタールと対立していた国々が一斉に支持へと回った。翌日にはUAEのムハンマド大統領がカタール首長エミールと会談して支援を表明。さらにサウジアラビアのムハンマド皇太子も訪問を予定している。
これら湾岸諸国が足並みを揃える背景には、自らの主権と安全への懸念がある。サウジやUAEは2019年以降、イランやその同盟勢力から度重なる攻撃を受け、その際米国の防衛対応に失望を経験している。カタール自身も今年すでに2度空爆を受けており、最初は6月にイランの攻撃を受け、米国が核施設を報復攻撃する事態となった。
崩れゆく安全保障の夢 米・イスラエルが「不安定の源」に
近年、米国は湾岸諸国とイスラエルの連携を推進し、「アブラハム合意」による関係正常化を進めてきた。2020年にはUAEとバーレーンがイスラエルを承認し、サウジも一時は合意に近づいた。米国はイスラエル主導の「地域防空構想」への参加も呼びかけてきた。
しかし、ガザ戦争の勃発以降、アラブ世界でのイスラエルの評判は急落。湾岸諸国はカタールのように自国が紛争に巻き込まれることを恐れている。今回のドーハ空爆は、イスラエルと米国が「安定の保証」ではなく「不安定の震源地」と見なされる傾向を一層強める結果となった。