米中の新たな貿易交渉が初期合意に達し、「トランプ-習近平会談 (米中首脳会談) 」では台湾問題が取り上げられる可能性が高まっている。台湾の民進党政権はこれに対して冷静な構えを見せているが、海外メディアの多くは懸念を示している。英誌『 エコノミスト 』は最近、「台湾のBプランとは何か?」という特集記事を掲載し、トランプ2.0の「取引型性格」が台湾を犠牲にするリスクを高めていると分析。台湾が戦略的バランスを取り、米国に見捨てられるリスクを避けようとしていると指摘した。だが、台湾政府の「Bプラン」は本当に準備できているのだろうか。
現実主義右派が台頭するワシントン 広がる「台湾放棄論」 「米中首脳会談」が近づく中、米中貿易交渉は最終局面に突入している。米国の財務長官スコット・K・H・ベッセント氏は、中国がレアアース(希土類)の輸出管理を1年間延長し、米国も対中100%関税を見送ることで、双方が譲歩したと発表した。『ウォール・ストリート・ジャーナル』や『ニューヨーク・タイムズ』など複数の海外メディアは、中国の習近平国家主席が台湾問題でトランプ大統領に圧力をかけ、「台湾独立を支持しない」から「台湾独立に反対する」へと、米国の立場変更を迫る可能性があると報じている。 トランプ氏は最近、搭乗前のインタビューで「これ以上、事態を複雑にしたくない。今回(アジア歴訪)はすでに十分複雑だ」と語り、歯切れの悪い回答に終始した。
台湾国民の関心は、米国による台湾支援と安全保障にどれほどの交渉余地が残されているかという点に集まっている。対中強硬派として知られるマルコ・ルビオ国務長官は「トランプ政権は中国との貿易合意のために、台湾への長年の支持を放棄することはない」と強調している。
しかし、現状では対中鷹派の影響力が弱まり、ワシントンでは極右保守派が主導権を握りつつある。台湾政策は次第にトランプ氏個人の判断に委ねられる傾向が強まり、「台湾放棄論(Abandon Taiwan)」が公然と語られるようになった。さらに、賴清徳政権に対する「疑賴論(賴氏不信)」も広がっている。
アメリカの保守系インフルエンサーで、MAGA派の若手指導者として知られたカーク氏が銃撃により死亡。ホワイトハウスは哀悼の意を示し、半旗を掲げた。(AP通信)
米国に従順な賴政権 「トランプ頼み」の危うい現実 トランプ政権の台湾政策は、実質的に大きく転換している。台湾への関税引き上げを含め、半導体大手TSMC(台湾積体電路製造)に対しては生産能力の大半を米国へ移し「五分五分」に分けるよう要求。さらに、台湾の国防支出をGDP比2.5%から10%へと大幅に引き上げるよう求め、賴清徳総統のニューヨーク経由の訪問にも難色を示した。
それでも賴氏は米国に忠実な姿勢を崩さず、防衛費増額を約束。「T-Dome(台湾の盾)」と呼ばれる防空システムの構築を発表し、「特別国防予算」により通常予算を補強すると表明した。
しかし、民進党政権とトランプ政権の間には、依然としてエネルギー政策やDEI(多様性・平等・包摂)の価値観をめぐる認識の溝が大きい。かつて民進党は民主党系のグローバリスト左派に接近していたが、今は保守派のトランプ陣営や右派メディアに歩み寄ろうとしている。しかしトランプ氏の意思決定中枢へのアクセスは依然として限られており、ワシントンとの直接的な対話ルートを持たないのが実情だ。
米国務省元顧問クリスチャン・ウィトン氏は論評の中で「台湾はいかにしてトランプを失ったか」と題し、台湾側の外交力不足を指摘している。
欧州シフトは間に合うのか? 米国への不信から台湾が探る「Bプラン」の現実 米国の信頼性が揺らぐ中、台湾の民進党政権は外交の軸足を欧州へと移している。副総統の蕭美琴氏と外相の林佳龍氏は相次いで欧州を訪問し、市場開拓を進める一方で、米国以外のパートナーとの国防・安全保障協力を強化している。焦点は無人機などの「非対称戦力」に置かれている。
9月の「台北国際航空宇宙・防衛工業展」では、欧州各国政府や企業の存在感が例年よりも際立った。ドイツ在台協会が初めてブースを設け、エアバス社も戦術無人機を展示した。台湾は同時にポーランドやウクライナと空中無人機分野での協力協定を結び、防衛技術の分散化を進めている。
しかし問題は、米国の安全保障が失われた場合、欧州との軍需協力がどこまで台湾の安全を保証できるかという点である。こうした欧州シフトはやむを得ない選択ではあるが、「臨渇掘井(喉が渇いてから井戸を掘る)」──果たして間に合うのだろうか。
交渉学には「BATNA(Best Alternative to a Negotiated Agreement=交渉が成立しない場合の最善の代替策)」という概念がある。つまり、もし交渉が決裂しても守るべき最低ラインを確保し、有利な条件を引き出すための「Bプラン」である。
強固なBプランを持つ者は自信をもって交渉に臨むことができるが、それを欠く場合、相手の提示する不利な条件を受け入れざるを得ない。台湾政府がいかなる交渉カードを持ち、いかなる代替戦略を備えているのかが問われている。
台湾の蕭美琴(シャオ・メイチン、右)副総統は昨年3月18日にプラハに到着し、3日間にわたるチェコ訪問を実施。訪問中にはチェコ上院議長のミロシュ・ヴィストルチル氏(左)とも会談した。ところが最近になって、当時の蕭氏の車列が中国大使館関係者によって「妨害行動」を受けた可能性があるとの情報が伝えられている。(チェコ上院公式サイトより)
「無策こそ最強」? 中国が仕掛ける底線戦略 米国の関税戦に対して、中国は「以戦止戦(戦って戦を止める)」の戦略を採用した。希土類(レアアース)を外交カードとして用い、米国の弱点を突く「長腕管制」が奏功。両国はこれまで世界5都市を舞台に5度の激しい交渉を繰り返してきた。
トランプ大統領は再登板後、北京訪問への意欲を何度も口にし、習近平国家主席との個人的関係を強調している。だが習氏は一貫して距離を保ち、冷静に情勢を見極めている。この構図にトランプ氏はいら立ちを募らせ、ウクライナ、オーストラリア、日本などから希土類資源の確保を急いでいる。
習氏は常に「底線思維(ボトムライン・シンキング)」を持つとされ、トランプ-習会談(米中首脳会談)の舞台で、米国の「台湾政策の底線(限界線)」を明確に定めようとしている。中国にとって台湾は、貿易休戦後に続く最重要テーマである。もし会談の場でトランプ氏が北京寄りの発言をすれば、それが米中双方の新たな「台湾基準」となり、今後の米国政権をも拘束する可能性がある。
シンガポールの黄循財首相(ローレンス・ウォン)が「我が国の一つの中国政策は『台湾独立反対』だ」と述べたように、中国はこうした立場を「国際政治の新常態」として定着させようとしている。
「台湾放棄論(棄台論)」がワシントンで広まるなか、賴清徳政権は極めて冷静だ。政府関係者は「台米関係は岩のように堅固だ」と自信を見せている。
ワシントンのシンクタンク研究員ライル・ゴールドスタイン氏は、賴総統を「無謀な指導者」と評しつつも、「もし台湾のリーダーがイデオロギーを脇に置き、妥協案を検討するなら、実質的な高度自治を維持できる可能性は残されている」と指摘した。
「二大国の間に立つ小国は難しい(兩大之間難為小)」──米中対立が激化するなかで、台湾の外交空間は狭まり、リーダーの選択は一層困難を極めている。もし米国の安全保障が消えた場合、台湾政府は「Not-Today Policy(今日ではない政策)」をいかに実践するのか。
台湾の「Bプラン」は本当に準備されているのか。それとも、そもそも「Aプラン」すら存在しないのか――。