台湾の半導体産業はこの半世紀、世界のサプライチェーンにおいて重要な地位を確立してきた。しかし、地政学的リスクと技術競争が激化する現在、「次の護国神山(国を守る山=基幹産業)」はどこにあるのかが注目されている。桃園市の張善政市長は24日、「台湾政府と米国の関税交渉の過程を見ていると、世界各国の中で「後発組」と言わざるを得ない」と指摘した。
張氏は、TSMC(台湾積体電路製造)の対米投資には政治的要素があると述べ、米国内に工場を建設しても、半導体サプライチェーンの欠落は依然として解消されないと分析した。米国ではICT関連製品を自国内で生産できる能力が限られているためだ。また、米国が関税政策によって製造業を国内に呼び戻そうとしても「成功しない」との見方を示した。
張氏はさらに、台湾と米国の関税交渉で「米国製の自動車や農産物がゼロ関税になる」との報道に触れ、国内の関連産業や労働者が犠牲になるおそれがあると懸念を表明。例として桃園地域を挙げ、「当地の工業区は国産車の重要な組立拠点であり、労働力は数万世帯に及ぶ。もし米国車が無関税で輸入されれば、国産車および部品産業に直撃し、業界は大混乱に陥るだろう。多くの家庭が経済的支柱を失うことになりかねない」と述べた。
台北論壇基金会と燃点公民プラットフォームは10月24日、「WE CAN再造兆元産業テック×ヒューマニティフォーラム」を開催した。台北論壇基金会の蘇宏達董事長が司会を務め、前立法院長の王金平氏、桃園市長の張善政氏、そして前工業技術研究院(工研院)院長の史欽泰氏が登壇。生物技術(バイオテクノロジー)、封止・検査(封測)、人材育成、ガバナンスなどをテーマに、台湾の次の「護国神山」形成に向けたロードマップを議論した。
国際生医産業併購フォーラムに出席する国家生医医療産業策進会の創設者、王金平氏。(写真/陳伯聖撮影提供)バイオ技術が次代を担う? 王金平氏「第二の神山は“完全な人材チェーン”で築く」
王金平氏は、過去に政府が「理工強国」政策のもと、多くの大学を設立して研究・技術人材を育成してきた歴史を振り返った。その結果、蔣経国総統が国家戦略をテクノロジー産業に転換した際、胡定華氏、潘文淵氏、張忠謀氏といった人物が産業高度化の原動力となり、俞国華行政院長や李国鼎政務委員の政策実行力と相まって、台湾は「科技の不毛地」から「テクノロジーの島」へと変貌したと強調した。
さらに王氏は、CDMO(受託開発製造)の役割を「半導体産業のファウンドリーに相当する」と位置づけ、台湾は製造力と品質管理文化を兼ね備えており、サプライチェーン再編や米中の医療分野でのデカップリング(分断)の流れを捉えることで、国際的な受注を拡大し、世界的な存在感を高めることができると指摘した。
ただし、台湾にはまだ象徴的なリーディング企業がなく、産業エコシステムも未成熟であると指摘。人材不足や、学界が論文重視で実用化を軽視している点も課題だとした。そのうえで、「研究を民間に落とし込むことで正の循環を形成しなければ、バイオ産業は真に成長できない」と述べ、実用化と産業連携の重要性を訴えた。
台湾の次なる「護国神山」、史欽泰氏が「包装テスト」を指摘。図は包装テスト工場。(写真/日月光撮影提供)包装テスト産業が兆元規模へ 史欽泰氏「中小企業と隠れたチャンピオンが土台だ」
清華大学名誉講座教授であり、前工業技術研究院(工研院)院長の史欽泰氏は、1970年代に工研院が設立されたことが台湾の半導体政策の重要な転換点となったと振り返った。その後、実証工場の成功を経て聯電(UMC)と台積電(TSMC)が相次いで誕生し、世界に先駆けて「ファウンドリー(受託生産)」モデルを確立した。
史氏は、こうした発展の背後には、製造プロセス、パッケージング・テスティング(封測)、材料などの各分野で多くの中小企業が支えとなり、台湾産業の競争力向上に大きく貢献してきたと強調した。また、地政学的リスクの高まりにより、産業チェーンのあらゆる要素が相互依存し、いずれも「戦略兵器」となり得ると指摘。一度封鎖が発生すれば、全体に甚大な影響が及ぶ恐れがあると警鐘を鳴らした。
史氏は、「韓日間の貿易摩擦や米中テクノロジー戦争が、サプライチェーンの脆弱性を浮き彫りにしている。こうしたリスクは、台湾の『護国神山』にも波及する可能性がある」と述べた。
そして、台湾の次なる「護国神山」として、史氏は「封測(パッケージング・テスティング)」産業に期待を寄せた。台湾のIC産業の年間生産額はすでに5兆台湾ドルを超え、複数の兆元産業の一つを形成しているという。AIや通信分野の応用が半導体を国家インフラの中心に押し上げ続けるなか、今後は「コア技術」から「エッジ応用」へと領域を広げ、医療、教育、エンターテインメントなど生活分野にも半導体技術を融合させるべきだと提言した。
さらに史氏は、「政府はかつて資金と政策によって基盤を築いたが、今後は人材育成と研究開発への投資に重点を置くべきだ」と述べた。台湾にはすでにいくつかの「大きな山(主要産業)」が存在するが、「中小企業と隠れたチャンピオン企業こそが産業成長の土壌であり、支柱である」と強調。
「半導体の成功要因は技術だけではない。制度、政策、そして社会全体の協力があってこそ実現した成果だ」と総括した。
台北フォーラム基金会の蘇宏達理事長。(写真/台北フォーラム撮影提供)三重の荒波を乗り越える鍵は「文官と教育」 蘇宏達氏「台湾の安定を支える“バラストストーン”」
蘇氏は、2050年までに地球の平均気温上昇が2度に達することはほぼ避けられず、パリ協定のような国際的合意ももはや機能していないと指摘。各国が「デリスキング(脱リスク)」を長期戦略として推進しており、欧州諸国も中国依存を減らすと同時に、アジアのサプライチェーンへの依存度を下げようとしていると分析した。国際秩序は「アメリカなしでは成り立たない」から「アメリカだけでは成り立たない」へと変化しているという。
また蘇氏は、王金平氏の発言に賛同し、1970~80年代に台湾が国連脱退、米国との断交、さらにはエネルギー危機という試練に直面した際、蔣経国総統が明確な方向性を示したことを評価。「蔣経国がいなければ、台湾の半導体産業も存在しなかった」と語った。
そのうえで、現代の台湾が再び世界の荒波を乗り越えるためには、三つの「バラストストーン(重し)」が必要だと強調した。すなわち、
蘇氏は、「強固な文官制度と教育改革を通じてこそ、台湾はこの「三重の波」の中で安定した舵取りができる。そうして初めて、次なる兆元規模産業の時代に進むことができる」と結んだ。
産業戦略と交渉プレッシャー 張善政氏「IPの論理を再構築し、関税ショックに備えよ」
桃園市の張善政市長は、AIとスマートガバナンス(智慧治理)の観点から、台湾のAI産業と地方行政の将来性について語った。張氏はまず、TSMC(台積電)の米国進出に伴う課題に言及し、「これは米国の教育と文化における構造的な問題を反映している」と指摘した。
張氏によれば、米国は理数系教育の環境において東アジア諸国に遅れを取り、優秀な人材の多くが法律、金融、ソフトウェア産業に流れる傾向があるため、製造業が長期的に競争力を維持することが難しくなっているという。
桃園市長張善政氏。(写真/台北フォーラム撮影提供)桃園市を例に挙げ、張市長は現在の地方行政におけるAI活用の段階を「まだ浅水区(浅瀬)」と表現した。「今は、創造的なアイデアさえあれば、すぐに実証実験を行い、成果を挙げられる段階だ」としつつ、現段階ではまず公務員がAI応用事例を理解し、成功体験を積むことが重要だと語った。そのうえで、「文化や組織の理解が深まった後に、『深水区(深い水域)』へと進み、自主技術の開発や総合的な応用力の育成を図るべきだ」と述べた。
張氏は、「地方政府が十分な経験と事例を蓄積できれば、台湾は世界のスマート産業競争で先行者優位を確立できる」と強調した。
張氏は最後に、「今後は『人工知能の限界』をどう見極めるかを考えなければならない」とし、「技術の限界に挑み続けることこそ、人間の価値を再び際立たせることにつながる」と訴えた。
半導体から「多核心群山」へ 次世代産業構造の再設計
討論会に参加した登壇者の多くは、「台湾は単一の産業ピークから脱し、複数のコア産業を持つ『多核心レイアウト』を構築すべきだ」との見解で一致した。半導体産業の強化を継続しつつ、封止・検査(封測)や素材・装置分野の拡大を急ぐとともに、バイオテクノロジー産業ではCDMO(医薬品開発・製造受託)を突破口とする戦略が提案された。
さらに、制度(文官制度)、人材(教育)、法規、資本市場といった仕組みを整備し、「テクノロジー」から「産業-市場-ガバナンス」まで一気通貫した構造改革を推進する必要があると強調された。
登壇者らは、供給網の地政学的リスクや外部からの関税圧力が高まるなかで、台湾が「代替不可能な専門力」と「外部に波及可能なガバナンス力」を武器に競争力を確立できれば、再び兆元規模の新産業群を創出できると結論づけた。