トランプ氏は通商方針の矛先を同盟国にも向け、日本と韓国に対し、関税回避の代償として合計約1兆ドル規模の対米投資を迫っているとされる。韓国の李在明大統領は「一方的なゆすり」と批判し、国家を金融危機に導きかねない罠だとして受け入れを拒否。一方、就任直後の日本の高市早苗首相は、難しい舵取りを迫られている。英リーズ大学の名誉シニア・フェロー、エイダン・フォスター=カーター氏は日経アジアへの寄稿で、高市氏が「鉄の女」を標榜するなら、いまこそ李氏と歩調を合わせ、トランプ氏の通商上の虚構を明らかにすべきだと訴えた。
手続き型の通商秩序から「トランプ新時代」へ
従来の通商協定は数百ページに及ぶ条文の下、官僚や法務担当が長期交渉を重ねる「手続き型」で、合意内容は予見可能で双方に利する設計が前提だった。これに対しフォスター=カーター氏は、10月22日付の日経アジアで、経済成長を支えたこの秩序がトランプ氏により覆り、「あらゆる前提が逆転した“トランプ世界”にある」と指摘。大統領職の威信は損なわれ、通商は恣意性を帯びているとの見方を示した。
同氏は、トランプ氏が「解放日(Liberation Day)」の演壇で数値チャートを掲げ、「世界が米国を不当に扱っている」と主張し、「対等な関税」を掲げながら、実際には一方的な課税を進めていると論じる。
では誰を“解放”したのか。フォスター=カーター氏は、トランプ氏自身が経済の現実や外交上の制約から“解放”され、より恣意的に振る舞えるようになっただけだと皮肉る。最も強い権力を手にする者が一言でルールを書き換え、各国は舞台の“出演者”として従わざるを得ない。日本やEUのような経済大国でさえ、総額6兆ドル規模の「貢ぎ物」を携えワシントンに向かい、“陛下”の寛恕にすがる構図に置かれている、というのが同氏の見立てだ。
追随の果てに ソウルが味わった外交的屈辱
当初、韓国は「トランプ方式の取引」に前向きだった。7月に日本とEUが相次いで合意すると、ソウルの関係者は米側を急ぎ追い、スコットランドのゴルフ場にまで足を運んだ。7月30日、韓国は日本と同条件を取り付けたとされる。すなわち、関税15%を前提に、対米投資3,500億ドル(約5兆2,500億円)を約束し、その約半分を造船分野に充てるという内容だ。
表向きの会談は和やかに進み、握手する李氏は笑顔、トランプ氏も満足げだった。ソウルには安堵の空気が漂い、事態は収束に向かったかに見えた。しかし、7月の合意は依然として具体像に乏しく、実行段階からは程遠いままだ。

2025年8月25日、アメリカ大統領トランプ氏と韓国大統領李在明氏がホワイトハウスで会見。(AP通信)
続いて、韓国の態度を変えることになった二つの大事件が発生した。税関執行局(ICE)が、ジョージア州の現代自動車とLGの合弁によるEV電池工場を摘発し、エンジニアや技術者475人を拘束、このうち300人超が韓国人だった。
ICEは「史上最大の作戦」と称して映像を公開し、手錠をかけられた韓国人エンジニアを映し出し、「鎖に繋がれた不法移民を見よ」との字幕まで付した。同盟国への配慮を欠いた演出は韓国の世論を一気に炎上させ、社会全体に怒りが広がった。
外交ルートでの調整を経て、米側は関係者を韓国に送還したが、損なわれた信頼は容易に戻らない。フォスター=カーター氏は日経アジアへの寄稿で、「なんという同盟国か。彼ら(韓国)はトランプ政策を後押しし、米国で雇用を生み出しているにもかかわらず、これほどの屈辱を受けるのか」と厳しく批判した。

2025年9月4日、アメリカ移民・関税執行局が韓国現代自動車グループの工場に突入。(AP通信)
韓国の覚醒 李在明氏が不平等に「ノー」
もう一つの転機は、日本の「対等協議」だった。東京は米側に5,500億ドル(約82.5兆円)の巨額投資を約束したものの、トランプ氏と側近は資金の使途や利益配分を「すべてこちらで決める」と強硬姿勢を崩さず、日本政府の不満は高まった。10月21日に就任したばかりの高市早苗首相はこの不当性を指摘し、再交渉を要求。韓国側も同様に、この“ゲーム”のコストに疑念を抱き始め、李在明大統領も同趣旨の問題意識を示した。
こうした経緯を経て、韓国の立場は大きく転じる。9月16日、李氏は「時間的な圧力の下で、企業に大きな損失を強いる合意に署名することはできない。企業は米国に投資して利益を得るのであって、寄付をするわけではない」と公言した。
数日後には米誌『TIME』の表紙を飾り、一方的条件に署名していれば「すでに弾劾されていたはずだ」と発言。ロイターの取材には、ワシントンの要求通り35億ドル(約5,250億円)を送金し、金融的なセーフティネットがなければ、韓国は1997年のアジア通貨危機の再来に直面しかねないと警鐘を鳴らした。
現在も交渉は断続的に続く。米側が新提案を示したとの情報はあるが、詳細は未公表だ。これは、商務長官ハワード・ルートニック氏が以前「柔軟性はない」と述べたとされる発言と鮮明な対比を成す。さらに皮肉なことに、韓国に「追加で3.5億ドル(約525億円)を支払う」よう求めたのも同氏だという。英研究者エイダン・フォスター=カーター氏は、トランプ政権下のこうした通商・関税合意は「価値を持ち得ない」と批判している。
高市早苗氏の岐路 日韓連携で「ノー」を言えるか
韓国の高官は最近ふたたびワシントンへ。李氏は膠着する協議に頭を抱える。進展がなければ、10月末に慶州で主催するAPEC首脳会議で、トランプ氏と中国の習近平国家主席を同じ場に迎えることになり、対面は気まずさを伴う可能性がある。
もっとも、フォスター=カーター氏は「その気まずさこそ転機」とみる。韓国は孤立しておらず、日本もまた身動きが取りづらい状況にあるからだ。ソウルと東京はなぜ連携しないのか。なぜ“進貢”に近い資金を差し出すのか。課題は容易でない。高市氏は保守強硬派と目され、靖国参拝や歴史観で李氏と相容れない。しかし李氏は就任後、実利を優先し、政局で周縁化された石破茂氏とも手を結んだ。国益が懸かる局面では、双方が一歩ずつ譲歩する余地がある。
仮に日韓が連携して再交渉を共同で求め、「貢ぎ物」的な枠組みを退けたら、トランプ氏はどう動くか。最初は強硬な姿勢を見せるにせよ、いずれ冷静さを取り戻し、両国の支持を必要とするだろう。対中戦略ではなお日韓の協力が要るからだ。トランプ氏の対中姿勢は日々揺れ動くとの見立てもあり、同氏が両国に「共同戦略の策定」を促す根拠はここにある。分断が常態化する同盟の中で、結束それ自体が力になる。
同氏は率直に「もはや遅いかもしれない」とも記す。日本は“宥和金”と形容される対米資金計画を深く進めており、李氏一人の力では負担が重い。それでも、李氏は冷静かつ礼節を保ちながら米側の論理を「一方的で不公正、実行可能性にも乏しい」と可視化してきた。もし同様の胆力を持つ指導者が各国に増えれば、局面は変わり得る。高市氏が本当に政治的権威を確立し、日本の「鉄の女」を目指すなら、いまこそ打開の一手を放つときだ。