10月21日、参議院と衆議院で首相指名選挙が行われ、自民党の新総裁である高市早苗氏(64)が第104代内閣総理大臣に正式に選出された。日本が1885年に内閣制度を導入して以来、憲政史上初めて女性が国家のリーダーに就任した。長年、男性が支配してきた政界においてガラスの天井を打ち破る歴史的な出来事となり、多くの国民が「日本の新時代」の幕開けを期待している。
高市氏は、故・安倍晋三元首相の最も忠実な継承者として知られ、強硬かつ率直な姿勢、そして明確なナショナリズム志向の政治スタイルで注目されてきた。英誌『エコノミスト(The Economist)』は、「高市氏の台頭は、インフレ圧力、外交環境の変化、そしてポピュリズムの台頭という複合的な難題に直面する日本に大きな衝撃を与える」と評している。
かつてヘビーメタルバンドのドラマーとして活動していた異色の経歴を持つ高市氏は、首相就任直後から組閣作業に着手。夜には首相官邸で記者会見を開き、新政権の基本方針と政策ビジョンを説明する予定だ。世界の注目が集まるなか、「日本の鉄の女」と呼ばれる高市氏がどのように舵を取るのか。日本が新たな未知の航路へと踏み出す瞬間を迎えている。
新内閣始動:維新との「閣外協力」で政治実験スタート
短命に終わった石破茂政権を経て、日本の政界は10月21日、歴史的な転換点を迎えた。自民党新総裁の高市早苗氏(64)が国会での指名投票を経て、第104代内閣総理大臣に正式就任。日本憲政史上初の女性首相が誕生した。長年、女性の政治参加を阻んできた「ガラスの天井」はついに打ち破られた形だ。
高市氏の誕生を受け、市場は「高市トレード」とも呼ばれる高揚感に包まれた。日経平均株価は一時、史上初となる5万ポイント目前まで上昇し、資本市場が掲げる「サナエノミクス」への期待の高さを如実に示した。
同日午前、任期386日で幕を閉じた石破茂内閣は、臨時閣議で総辞職を決定。戦後24番目の短命政権としてその歴史に名を残した。石破氏は午前9時、首相官邸での退任会見で次のように語った。「少数与党という厳しい状況の中でも、真摯かつ慎重に各党と対話を重ね、主権者である国民に誠実に向き合ってきたつもりです。」
正午すぎ、官邸を離れる際には職員約100人の拍手に見送られ、花束を受け取った石破氏は次のように述べた。「法案、条約、予算のいずれも滞りなく成立し、国会は一度も空転しなかった。内政・外交ともに、進むべき道筋を築けたのは、関係者の尽力のおかげです。」
石破氏は新政権への期待も語り、「分断ではなく連帯を、対立ではなく寛容を重んじる政権であってほしい」と述べ、「国民一人ひとりに謙虚で誠実に対話する政治を目指してほしい」と強調した。笑顔を見せつつも、「石破カラー」を十分に発揮できなかった無念さがにじんだ。国民民主党の玉木雄一郎代表も「石破首相の個性に対する期待は大きかったが、それを発揮しきれなかった点は残念だ」とコメントした。
高市氏は午後、国会での投票により正式に首相に指名された。参議院では125票を獲得し、野田佳彦氏(46票)を大差で破り、衆議院でも237票を得て過半数を確保。議場で一礼し、同僚議員からの拍手に応えた。
高市内閣は、自民党と日本維新の会による連携体制で発足する。ただし維新は閣僚を派遣せず、政策協定に基づいて協力する「閣外協力」方式を採用。従来の連立とは異なる、より柔軟で戦略的な政治実験となる。この形式は、法案審議や政策調整において、与野党間の丁寧な折衝が求められることを意味している。
【高市内閣 主要閣僚名簿】
内閣総理大臣:高市早苗(64歳、無派閥)
総務大臣:林芳正(64歳、旧岸田派)
法務大臣:未公表
外務大臣:茂木敏充(70歳、旧茂木派)
財務大臣:片山皐月(66歳、旧安倍派)
文部科学大臣:未公表
厚生労働大臣:未公表
農林水産大臣:鈴木憲和(43歳、旧茂木派)★
経済産業大臣:赤澤亮正(64歳、無派閥)
国土交通大臣:黄川田仁志(55歳、無派閥)★
環境大臣:未公表
防衛大臣:小泉進次郎(44歳、無派閥)
内閣官房長官:木原稔(56歳、旧茂木派)
デジタル大臣:未公表
復興大臣:未公表
国家公安委員長:赤間二郎(57歳、麻生派)★
経済安全保障担当大臣:小野田紀美(42歳、旧茂木派)★
その他の入閣予定者:
平口洋(77歳、旧茂木派)★
松本洋平(52歳、旧二階派)★
牧野京夫(66歳、旧茂木派)★
(★は初入閣)
新内閣の陣容も明らかになりつつある。官房長官には、前防衛大臣の木原稔氏(56)が就任。外務大臣には、自民党前幹事長の茂木敏充氏(70)が復帰した。中でも注目を集めたのは財務大臣の人事だ。高市氏は慣例を破り、女性の片山さつき氏(66)を起用した。片山氏は財務省(旧大蔵省)出身で、同省主計局で初の女性主査を務めた経歴を持つ。過去には地方創生担当大臣も歴任しており、今回の登用は「女性リーダー×女性財務相」という日本初の組み合わせとして象徴的な意味を持つ。
自民党総裁選で高市氏と競った林芳正氏(64)は総務大臣に就任。小泉進次郎氏(44)は防衛大臣に抜擢された。かつて「米担当大臣」と自称していた小泉氏の防衛相就任は意外性があり、「人気議員をあえて難しいポストに据えた」との見方も広がっている。
さらに、高市氏は初入閣の若手や保守派の新星を積極的に登用した。特に注目されるのは、42歳の小野田紀美参議院議員。経済安全保障担当大臣に起用され、併せて「外国人政策」を担当する。明快な論理と保守的な主張で知られ、国会質問での鋭い発言から党内右派の新世代として注目を集めている。
また、無派閥の黄川田仁志氏(55)が国土交通大臣に就任。長年そのポストを担ってきた公明党出身の中野洋昌氏が退任し、自公連立政権の終焉を象徴する形となった。中野氏は会見で「防災・減災に取り組んできた公明党の努力を引き継ぎ、新内閣には物価高や景気対策など喫緊の課題に全力で取り組んでほしい」と述べた。
「アベノミクス」から「サナエノミクス」へ インフレ時代の大勝負か
経済政策において、高市早苗首相は「アベノミクス(安倍経済学)」の最も忠実な継承者とみられている。彼女は、安倍晋三元首相が掲げた「三本の矢」、大規模な財政出動、超緩和的な金融政策、構造改革を引き継ぐ方針を明言している。
かつてこの政策は、デフレに苦しんだ日本経済を回復軌道へ導いた功績を持つ。しかし現在の日本は、日銀の目標である2%を超える物価上昇に悩まされており、状況は当時とは一変している。
もし高市氏が財政拡張路線を維持すれば、インフレ圧力をさらに高め、財政赤字の悪化や円安の加速を招く可能性がある。高市氏が自民党総裁選に勝利した直後の10月8日、円相場は対ドルで一時1ドル=152.64円まで下落し、数カ月ぶりの安値を記録した。輸入品に依存する日本にとって、これは生活コストの上昇を意味し、国民にとって大きな痛手となる。
英誌『エコノミスト』は、高市氏の経済政策を「諸刃の剣」と評している。円安と財政刺激策は、短期的には株式市場を押し上げ、輸出企業の利益拡大につながる可能性がある一方で、国債市場には深刻なプレッシャーを与える。さらに、抜本的な構造改革を欠いたままでは、日本経済の潜在成長率を押し上げることは難しいと指摘する。
日本経済界の反応も複雑だ。『日本経済新聞』によれば、小売・サービス業を中心に「内需拡大、地方経済の再活性化、人手不足の解消」を求める声が高まっている。円安によって外国人観光客が過去最多を記録する一方、国内観光は依然として低迷しており、旅行・航空業界は政府に対して「全国旅行支援」の再開を強く要望している。観光の恩恵を全国に行き渡らせることが、景気浮揚のカギになるとの見方が支配的だ。
「バイク愛首相」の決意 日本の自動車産業を死守せよ
産業政策においても、高市早苗氏のスタンスは極めて明確だ。『日経アジア(Nikkei Asia)』によると、彼女は筋金入りの「クルマ好き」「バイク愛好家」として知られる。トヨタのスポーツカー「スープラ」を20年以上愛用し、かつてはカワサキ「Z400GP」やスズキ「カタナ(Katana)」にまたがり日本各地を走破したという。その情熱はやがて「モノづくり日本」の象徴である自動車産業への深い信念へとつながった。
「自動車と関連産業は、絶対に守り抜く!」高市氏は総裁選の遊説で、トヨタ自動車の本拠地・愛知県でこう力強く訴えた。彼女にとって「国内生産」はすなわち「経済安全保障」であり、その姿勢は国内550万人の雇用を支える自動車産業にとって心強いメッセージとなった。
就任後、高市氏は早速、9月に締結された米国との自動車関税協定を維持する意向を表明した。同協定では、最大25%に達する懲罰的関税の適用リスクを15%に引き下げることで合意しており、業界からは安堵の声が上がっている。
さらに、日本自動車工業会(JAMA)が求める「環境性能に応じた課税制度(エコカー減税)」の見直しについても、前向きな姿勢を示した。この制度は「国内需要を抑制する要因」として批判を受けており、高市氏は2年間の税負担軽減を検討するとともに、新車購入を促す支援策の導入を約束した。
そして、多くのドライバーと物流業界を驚かせたのが、1974年以降「一時的措置」として続いてきたガソリン税の廃止方針だ。もし実現すれば、日本経済に新たな活力をもたらす「燃料供給の自由化」への大きな一歩となるだろう。
外交の試練:Quad・Squad・「アジア四方連盟」の狭間で綱渡り
高市早苗首相が直面するのは、かつてないほど複雑な国際環境だ。彼女は長年、戦後史に対して修正主義的な立場を取っており、靖国神社への参拝も繰り返してきた。A級戦犯が合祀されるこの神社への参拝は、国内の保守層には根強い支持を得る一方、回復基調にあった日韓関係を再び冷却させ、中国との緊張関係を一層悪化させる懸念もある。
最も重要な米日関係についても、その立場は微妙だ。高市氏は、前政権がトランプ米大統領に締結した総額5,500億ドル規模の関税・投資協定に不満を示し、「日本が過剰な譲歩を強いられた」と指摘していた。しかし、米国の安全保障の傘に大きく依存する日本として、ワシントンを公然と刺激する余地は限られている。
『日経アジア』は分析で、台頭する中国と、ロシア・北朝鮮による新たな連携軸の形成を受け、高市氏がインド太平洋地域での多国間安全保障の再構築を迫られていると指摘する。彼女の前にある選択肢は三つ、安倍政権が進めた「日米印豪(Quad)」を中心とする既存枠組みを継承するか、台湾有事を想定して近年浮上した「フィリピン・日本・米国・オーストラリア(Squad)」へ軸足を移すか、あるいは米国を含まない「日本・インド・オーストラリア・インドネシア」による新構想「アジア四方連盟(Asian Quad)」を推進するかである。
高市氏は選挙戦中、米国のシンクタンク「ハドソン研究所(Hudson Institute)」に宛てた声明で、「Quad、日米韓、日米比といった枠組みの下で多層的な安全保障協力を深化させることが極めて重要だ」と述べており、「多軌道並行戦略」を志向していることを示唆した。だが専門家は、トランプ氏の大統領返り咲きが現実味を帯びる中で、米国の戦略的焦点が変化する可能性を指摘している。
ある日本の外交官は、「トランプ政権にとっての主軸はQuadではなくSquadだ。フィリピンは中国封じ込めの要だが、インドはロシア産原油の輸入継続で米印関係が冷え込んでいる」と明かす。慶應義塾大学の森聰教授も、「トランプ政権が再登場すれば、同盟の優先順位は『日米同盟』『日米豪三国協力』、その次に『Squad』となるだろう」との見方を示す。つまり高市首相は、トランプ氏との関係維持を図りつつ、アジア太平洋地域の新たな軍事・外交秩序に対応するため、四国間の共同軍事演習などをさらに拡充する必要に迫られる可能性がある。
(関連記事:
高市早苗新首相の最大の課題は「戦時統治」の試練 80年の平和を経た日本は備えがあるのか?
|
関連記事をもっと読む
)
「文化戦士」から「国家の舵取り役」へ 高市早苗の政治協奏曲
国内政治において、高市早苗氏は典型的な「文化戦士」として知られる。夫婦別姓制度に反対し、移民や外国人労働者の受け入れ拡大にも慎重姿勢を取ってきた。こうした主張は保守層の結束を強める一方で、リベラル層との分断を深めるリスクを孕む。英誌『エコノミスト』は、「高市氏のポピュリズム的アプローチは短期的には効果を発揮するが、長期的には危険な火種となり得る。まるでヘヴィメタルのライブが最後に炎上して終わるように、政治的エネルギーを燃やし尽くす恐れがある」と警鐘を鳴らした。
それでも、高市早苗氏の登場は日本政治に新風を吹き込んだ。彼女は政治家一家の出身ではなく、自らの努力で議員にまで上り詰めた叩き上げの政治家である。歯に衣着せぬ発言と実直な語り口が支持を集め、既存の政治エリート像とは一線を画す「庶民派リーダー」として人気を得ている。
高市氏自身はフェミニズムを掲げないが、女性として初めて首相の座に就いたという事実そのものが、日本社会における歴史的転換点となった。日本で最後に女性が「国家指導者」と呼ばれたのは、千年以上前の奈良時代の女帝以来である。
維新の会との協力関係を軸にした高市内閣だが、現時点では少数与党に近い構成であり、重要法案を通すためには野党勢力との協調が不可欠だ。米国のシンクタンク関係者の間でも、「高市氏が首相として長期的に政権を維持するには、これまでの独奏型リーダーから、周囲の声に耳を傾ける“指揮者”へと変わる必要がある」との見方が広がっている。
日本政治の「ヘヴィメタル時代」は、今まさに幕を開けた。世界は注視している。高市早苗がどのような旋律で、自らの政治協奏曲を奏でるのかを。