米中首脳は来週のAPECで会談し、世界は貿易戦争の緩和に注目している。しかし、関税や輸出規制の裏側では、より大きく危険な「取引」が進んでいる——その核心にあるのが台湾だ。『フォーリン・アフェアーズ(Foreign Affairs)』に寄稿した米政府元高官とシンクタンク研究者は、トランプ政権が経済的利益を求めて台湾政策を揺るがせば、わずかな調整であってもインド太平洋の安定を崩す恐れがあると警鐘を鳴らした。
論考「Taiwan Is Not for Sale(台湾は売り物ではない)」の筆者マーヴィン・パク(Marvin Park)氏は、2023〜24年にホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)で台湾事務を統括し、2016〜19年には米国在台湾協会(AIT)の武官を務めた台湾情勢の実務家。共著者のデビッド・サックス(David Sacks)氏は、米外交問題評議会(CFR)のアジア研究員で、米中台関係を専門としている。
2人は記事の冒頭で、ドナルド・トランプ大統領と習近平国家主席が交渉の席に着くとき、表向きは貿易障壁の解消をめぐって議論が交わされるが、その裏では米中関係の再構築という「大きな局面」が動いていると指摘する。経済だけでなく、地政学的な引火点の調整も進む中で、最も敏感な焦点が台湾であることは間違いないという。トランプ氏は今週、台湾問題が首脳会談で議題に上る可能性を認めた。
パク氏とサックス氏は、北京が既に交渉のシナリオを描いているとみている。習近平氏は「台湾統一」への野心を隠さず、必要とあれば武力行使も辞さない姿勢を示してきた。北京は台湾問題を米中関係の「最も重要で敏感なレッドライン」と位置づけ、米国に対し台湾支援の縮小を求める可能性が高い。見返りとして、中国は市場開放や対米輸入拡大など、一見“寛大な”経済的譲歩を提示するかもしれないが、それは米国が台湾問題で譲歩することを前提としている。
筆者らはこうした「取引」は米国にとって致命的な誤りになり得ると強調する。たとえ台湾政策をわずかに北京寄りに修正しただけでも、地域の安定を損ねるおそれがある。米国の支援を信頼できる強い台湾こそが、平和維持の要であると指摘する。トランプ氏は台湾を交渉の議題から外す必要はないが、中国の圧力をはね返し、台湾海峡で築かれてきた秩序を再確認して誤解の余地を減らすべきだと提言。良い取引とは、台湾を守る取引であり、見捨てることではないと結論づけている。
北京のナラティブを解体する:台湾海峡の真のトラブルメーカーは誰か?
北京は、台湾への強硬姿勢は2016年の蔡英文氏就任への反応だと説明するが、筆者らは軍事的拡張と威嚇がすでに馬英九政権(当時は対中融和路線)下で進行していたと述べる。馬政権時代には両岸で20以上の協定が結ばれ、習近平氏との歴史的会談も実現したが、その裏で中国は弾道ミサイル庫の拡充を進め、台湾射程内の戦闘機配備を強化していた。2016年の時点で、中国の軍事費は台湾の約14倍に達しており、「独立派の挑発に対抗して強硬化した」という北京の主張は成り立たない。
蔡英文氏も当初は緊張緩和を模索していた。就任演説で「九二コンセンサス」を受け入れなかったものの、1992年会談の「歴史的事実」を尊重する意向を示し、「一つの中国」をめぐる創造的解釈を提案した。しかし、北京はこの融和的シグナルを拒絶し、関係改善の機会を逸しただけでなく、蔡氏に責任を押しつけた。
2022年のペロシ米下院議長(当時)の訪台以降、中国は台湾海峡の不文律を破り、軍用機が日常的に中間線を越えるようになった。人民解放軍や海警の艦船は台湾沿岸に接近し、24海里の接続水域で示威活動を行い、12海里の領海侵犯を示唆している。
同時に、中国は外交的・経済的・サイバー的な圧力を強化。台湾の外交承認国を切り崩し、台湾製品への制裁を加え、重要インフラに対するサイバー攻撃も増やしている。こうした圧力の連鎖により、台湾世論の対中反感は日々高まっている。
2024年1月、蔡氏の副総統だった頼清徳氏が新総統に選出されると、中国は彼を「危険な分裂主義者」と非難し、両岸平和を脅かす存在として扱った。宣伝映像では、炎に包まれた台湾上空を飛び回る「寄生虫」として描写されている。
筆者らは、頼氏が蔡氏より強硬な対中姿勢(たとえば中国を「敵対外国勢力」と定義)を取っている一方で、北京の「先制的な拒絶」が、頼氏に和解を模索する余地を与えていないと分析する。北京は膠着状態の打開を目指すのではなく、台湾の正統なリーダーを弱体化させる行動に対して国際的な支持を取り付けようとしているのだと結論づけている。
台湾を売り渡すドミノ効果:台北から印太への信頼危機
パク氏とサックス氏は、トランプ氏が交渉で取り得る危うい譲歩と、その破滅的帰結を列挙する。想定される「悪い取引」は次の通りだ。
台湾独立へ公然たる反対:米国が意図的に維持してきた「戦略的あいまいさ」を覆す行為となる。米国は1979年の台湾関係法、3つの米中共同コミュニケ、1982年のレーガン「6つの保証」に基づき、「台湾独立を支持しない」一方で台湾の最終的な法的地位については「立場を取らない」という枠組みを保ってきた。
これを中立から「公開反対」へ転じれば、海峡の微妙な均衡は崩壊。北京は頼清徳政権への“不信任”として宣伝し、「米国は当てにならない、台湾は北京と交渉せよ」と世論を誘導するだろう。圧力は台北に集中し、台湾の指導者を追い込み、中国の強硬行動をさらに助長する。
馬英九政権期には、北京が一時的にWHOやICAOに台湾のオブザーバー参加を容認した例もある。いま米国に台湾の声を封じるよう求めるのは、頼政権の孤立を狙う選択的な圧力にほかならない。
対台の軍事売却・安保協力の制限:中国による封鎖・侵攻の抑止力を直接削ぐ。台湾は自前ですべての防衛需要を満たせず、必要な防御的装備を供給できる現実的な相手は米国のみ。米国は過去35年で650億ドル超の対台売却を承認し、訓練などを通じて台湾の防衛戦略を支援してきた。
筆者らは、中国に「許容できるコストで政治目標を達成できる」と思わせないことが不可欠だと強調。米台の安保協力は北京への明確なシグナルであると同時に、台北に対処自信を与える。
とりわけ、トランプ氏の「2期目・初年」における言動は、台北の対米不信を強めかねないという。もしこの時点で北京に譲歩すれば、台湾内の反米感情を悪化させ、自助と「社会のレジリエンス」構築の意義に疑念を生じさせる恐れがある。
さらに深刻なのは、印太の同盟・パートナー全体に対する信頼を揺るがす点だ。台湾支援ですら取引材料になるなら、日本・韓国・フィリピンへの安保コミットメントはどこまで確かなのか——そんな疑念の連鎖(不信のドミノ)は、各国が台湾との関係拡大に消極的になる余地を広げ、中国に地域大国を台北から引き離す新たな機会を与えかねない。
「良い取引」のアート:台湾海峡を安定化させる青写真
厳しい警鐘を鳴らしつつも、両氏は米中交渉そのものを否定していない。トランプ氏の“取引のアート”になぞらえ、中国と結ぶべき「良い取引」の具体案を提示する。狙いは台湾を差し出すことではなく、実務的措置で海峡の緊張を和らげ、ペロシ氏訪台(2022年)以前の相対的安定へ段階的に戻すことだ。ワシントンは主体的に議題を設定し、北京に以下を提案しつつ、相応の相殺措置を講じるべきだとする。
軍事的緩衝と攻撃型兵器の制限: 中国に対し、台湾対岸に配備した長距離・機動型の弾道ミサイルを撤収し、台湾を直接打撃可能な陣地への攻撃システム配備を控えるよう求める。同時に、台湾周辺での艦艇・航空機の活動距離・頻度を制限する。見返りに、米国はフィリピンに配備した「タイフォン」など長射程兵器を中国周辺から後方移動させる(必要時の再配備能力は維持)。空母・爆撃機の演習も、防御目的(米・同盟領域の保護)を前面に再設計し、中国を標的にした攻撃訓練に見えないよう配慮する。
台湾海峡の不文律と早期警戒の再構築: 北京に対し、艦艇・海警・情報収集艦を台湾の接続水域から下げ、中間線越えをやめるよう求める。偶発的事案のエスカレーションを抑え、双方の「早期警戒指標」を復元することで、定例訓練と危険なエスカレーションの線引きを明確化できる。米国が十分な戦力を維持し、ラインを執行する意思を示し続ける限り、こうした緩衝は米台の抑止を弱めない。
法廷戦での自制:北京は国連総会2758号決議(1971年の中国代表権移転)を拡大解釈し、「台湾は中華人民共和国の一部」とする主張を強めているが、西側の主流法学界は広く否定している。他方、米国側の反論も、北京には「台湾の永続分離を図る企て」と映る。双方が宣伝戦の“休戦”に合意し、台湾の法的地位論争を控え、長年の慣行に戻ることを提案する。
これらの措置の効果は未知数だが、海峡問題で一歩でも進めば米中関係の大きな成果と評価され得る。台湾海峡は依然、2つの核保有大国の間で最も火種の多い戦域の一つだ。仮に中国が提案を拒めば、それ自体が北京の意図を可視化し、地域への重要なシグナルになる。米国は戦争を仕掛けるのではなく、一貫して戦争回避を追求している——その意思を示すことができる。
パク氏とサックス氏は、習近平氏がこれら提案に一定の柔軟性を示す可能性にも言及する。人民解放軍高官に対する粛清が続く中、習氏は軍を全面的に信頼しておらず、短期的な台湾攻略能力にも疑念を抱いている恐れがあるからだ。海峡を安定化させ、時間を稼ぐ合意は、中国指導部にとっても受け入れやすい選択肢となり得る。