台湾の元文化部長・龍應台氏は9月15日、「なぜいま平和を語るのか」と題する論考を発表し、「戦争の代償は平和をはるかに上回る。だからこそ、強国は忘れてはならない――平和の最大の責任は強国にある」と訴えた。龍氏は『風傳媒』のインタビューで、この文章の半分は「中国の習近平国家主席に向けて書いたものだ」と明かした。龍氏が中国の最高指導者に直接呼びかけたのは、2006年に胡錦濤氏宛に公開書簡を出して以来、19年ぶりとなる。
「野火」と「冰点」――胡錦濤氏への呼びかけ
2006年1月24日、中国共産主義青年団系の週刊誌「冰点」が休刊処分を受けた。きっかけは、中山大学の袁偉時教授が寄稿した「近代化と歴史教科書」という論文で、義和団を英雄視する中国の教科書を批判したことだった。
しかしその背景には、雑誌が龍應台氏の1万字に及ぶ論考「野火」シリーズを5回連続で掲載し、台湾の民主化の経緯とその価値を紹介したことが影響していたとみられる。
休刊の2日後、龍氏は台湾紙「中国時報」に「文明で説得してほしい──胡錦濤氏への公開書簡」を発表。そこでは「メディアの独立を認めるのか」「知識人を尊重するのか」「自らの歴史にどう向き合うのか」「人民をどう扱うのか」と問いかけた。最終的に「冰点」は3月1日に復刊した。

龍應台氏「平和の最大の責任は強国にある」
今回「聯合報」に寄稿した文章で、龍氏は「政治指導者は『平和は軍事力で守られる』と語りがちだが、歴史を見れば真の平和は砲火ではなく、強国の謙虚さから生まれた」と指摘した。
具体例として、南アフリカのデクラーク大統領がネルソン・マンデラ氏を釈放して和解に踏み出したことや、フランスのド・ゴール大統領が旧敵国ドイツのアデナウアー首相を大聖堂のミサに招き、和解の礎を築いた事例を挙げた。
龍氏は「平和は慈善ではなく、譲歩でもない。強国にとって最も利益となる投資だ」と強調し、台湾も「平和の道筋」を自ら設計し、中国に委ねてはならないと語った。
『風傳媒』の取材に対し、龍氏は今回の文章について「半分は習近平氏に向けて書いた」と述べた。ただし「中国と台湾では歴史的感情や文脈があまりに違うため、本来なら中国に向けた独立した文章で語るべきだ」とも語っている。
龍氏は2010年に北京大学で講演を行い、「中国の台頭」についても言及した。その際、「軍事・政治・経済面での台頭だけでは意味がない。文明や人文的な力を伴わない中国の台頭には私は関心を持たない。それは人類社会にも中国自身の人民にも災厄をもたらす」と警告していた。 (関連記事: インタビュー》「平和教育」欠落する唯一の中国語圏 台湾元文化部長・龍應台氏「宝島のはずが、なぜ戦艦になったのか」 | 関連記事をもっと読む )

「平和シナリオ」と「軍事シナリオ」は並行すべき
龍應台氏は、台湾の強みは決して「拳の大きさ」で測られるものではなく、むしろ「韌実力」と呼ばれる堅実でしなやかな力にあると強調する。にもかかわらず、台湾は相手と拳を比べる話ばかりをし、この本来の強みを十分に発揮できていないのではないかと疑問を投げかける。この「韌実力」には、市民社会が長年培ってきた素養、すなわち「道徳的資源」も含まれており、「道徳そのものが資源であり、私たちはそれを大切にすべきだ」と語った。