「史上最長かつ最も実戦的」とされた漢光41号演習は、2025年7月中旬に10日9夜の連続演練を終えた。台湾内の多くの軍事専門家や学者は、国軍兵士の奮闘や国防部の想定計画を高く評価している。
だが意外にも、8月初めに米誌TheDiplomat が掲載したウクライナ学者の寄稿は、漢光演習を「パフォーマンスのようだ」と批判し、台湾社会や民間防衛が戦争に備えていないと指摘した。
台湾メディアがこの論考を引用した際、強調されたのは「漢光演習はショーだ」という表現だった。これに国防部は強く反発し、「漢光41号演習は実戦に即したものであり、『ショー』呼ばわりは国軍兵士への冒涜だ」と異例の声明を発表した。
ただし実際には、ウクライナ学者が「表演的」と批判したのは民防演習 部分であり、実兵による軍事演練を否定したわけではない。誇張された見出しが「アメリカの有力誌が演習全体をショーと断じた」と受け取られたことに、軍内部でも不公平との声がある。
ウクライナ学者の「演出」批判は、あくまで民間防衛演習への疑問であり、実兵・実戦演練そのものを否定するものではない。(写真/第三作戦区提供)
実戦演練は真剣 民防は課題山積 ある軍関係者は、「国防部が兵士の努力や進歩を強調するのは事実であり、例年との比較としても正当だ」と語る。一方で、The Diplomat の指摘にも一定の妥当性があると認める。寄稿したウクライナの研究者は、自国で実際に戦争を経験している立場から台湾の「都市防衛・レジリエンス演習」を比較し、台湾社会が実際の戦争に備えていないと論じたのだ。こうした観察は実戦体験に基づくもので説得力があり、軍側も問題を自覚しているため、正面から反論しなかったのだという。
軍関係者はさらに指摘する。2025年の漢光演習で本当に再検討すべきは、兵士の奮闘や民防演習の未熟さではない。民防と軍事の連携は、もともと繰り返しの演習や動員を経て成熟するものだからだ。 むしろ注目すべきは、国防部が誇る「実戦化演練」そのものだ。演習終了から20日余り、複数の軍事情勢専門家や退役将校の間では「一部の想定は現実の戦場からかけ離れている」との批判が出ている。「本当にこれではショーと変わらない」との厳しい声も上がり、演習のあり方に疑問符がつけられている。
台湾における軍と民間の調和はなお途上にある。写真は国軍がキャンパスで臨戦訓練を行う一方、児童がカメラに向かってポーズを取る場面。(写真/柯承惠撮影)
軍の想定は現実的か? 「逆の展開」が起こり得るとの指摘も 2025年の漢光41号演習で注目を集めたシナリオの一つは、7月14日に中国軍が台湾本島への上陸に成功し、都市部で戦闘が始まった際、首都防衛を担う憲兵部隊が台北MRT(捷運)を使って機動展開や弾薬補給を行うという想定だった。
もう一つは、北・中・南の各作戦区で国軍が敵の上陸阻止に失敗した後、都市部へ後退しつつ縦深防御を展開し、伏兵や待ち伏せで敵を撃破するという想定である。
この退役将官によれば、もし中国軍が本島上陸に成功した時点で、国軍はすでに制空権・制海権を失い、電力などの基盤施設も大きな被害を受ける可能性が高い。台北MRTは全面的に停止するはずで、兵士が地下鉄で移動することなど現実的ではない。さらに、運行が止まったMRTの広大な地下トンネルは、国軍が徒歩で移動するのに使えるだけでなく、中国軍の特戦部隊にとって首都突入の「抜け道」となる危険もある。実際、ウクライナでは類似の戦例がすでに複数確認されているという。
漢光演習の「MRTを利用した兵員輸送」シナリオには、非現実的だとの指摘が相次いでいる。(写真/羅立邦撮影)
ウクライナの血まみれの教訓 地下インフラは「弱点」に 退役将官は、2025年初めにロシア軍がウクライナ・クルスク州で、直径1.5メートル未満の天然ガス管を通って奇襲し、要衝スジャを奪還した事例を挙げる。2024年にはウクライナ東部の要塞都市アウディーイウカやチャソフヤールなどでも、ロシア軍が地下管道を利用して奇襲を仕掛け、防衛線を一気に崩壊させた。
「台北MRTの想定は兵員移動ではなく、敵の侵入を防ぐための閉塞や破壊工作を演練すべきだ」とこの退役将官は強調する。実際、今回の演習で国軍は万板大橋を封鎖して首都への敵侵入を防ぐシナリオを演練したが、「橋を封鎖しても、地下トンネルから突入されたら意味がない」と批判する。
別の軍事情勢に詳しい人物も、淡水河や景美溪を横断するMRT中和新蘆線、新店線、そして板南線の地下トンネルは広大で通風も良く、ロシア軍が狭いガス管や採掘坑を通って奇襲したのに比べれば、はるかに容易に進攻ルートとして使えると指摘する。
さらにロシア軍はチャソフヤールの地道戦で、トンネル内でFPV自爆型ドローンを使用した事例もある。将来的に中国軍が双北エリア(台北・新北)を結ぶMRTトンネルを利用して突入する場合、自爆ドローンや光ファイバー制御の高性能無人機を前線投入する可能性が高い。これは地下で防御任務につく国軍兵士にとって甚大な脅威となる。「国軍は早急に現実的な対策を検討し、漢光演習に地下トンネル防御を組み込んで実動演練を行う必要がある」と強い危機感を示した。
ロシア軍は地下トンネルを利用してウクライナ軍の防御線を突破した。台北メトロのトンネルは防衛の弱点ではなく、重点防御の対象とすべきだ。写真は建設中の萬大線トンネル。(写真/顏麟宇撮影)
地形を活かした縦深防御も、無人機とミサイルには脆弱 演習シナリオは「現実離れ」の可能性 台北捷運(MRT)を使った兵員輸送の想定に加え、国軍は漢光演習で「北中南の各作戦区が縦深防御を展開し、地形を利用して敵を待ち伏せ・殲滅する」というシナリオを描いた。新北市八里、台中市大甲、高雄港周辺で阻止線を張り、戦術的後退を繰り返しつつ複雑な地形を活用して敵を誘い込むというものだ。
しかし軍事関係者は「実際には台湾海峡防衛でこうした展開は起きにくい」と断言する。
軍関係者はロシア・ウクライナ戦争を例に挙げる。2022年の戦争初期、ロシア軍が装甲部隊を軽率に都市に突入させ、待ち伏せに遭って損害を出したケースはあった。だがその後3年以上、双方が大部隊で近接戦を行う場面はほとんどなく、自爆型ドローンや遠距離砲撃が戦闘の主軸となった。
これを踏まえ、解放軍に精通する軍関係者は「もし中国軍が上陸し足場を築けば、まず大量の砲撃・爆撃・自爆ドローンで国軍の車両や兵力を破壊した上で、軽装部隊で追撃するだろう。国軍戦車や雲豹装甲車が最初に直面するのは、敵戦車ではなく精密誘導砲弾や自爆ドローン、巡航ミサイルだ」と語る。
縦深防御の想定は「伏兵による殲滅」を狙うが、実際には共軍が精密誘導砲弾や自爆型ドローン、巡航ミサイルで先制攻撃し、戦車や歩兵が直接戦う場面は想定しにくい。(写真/第三作戦区提供)
ロシア・ウクライナ戦争の現実との落差 軍関係者はロシア・ウクライナ戦争を例に挙げる。2022年の戦争初期、ロシア軍が装甲部隊を軽率に都市に突入させ、待ち伏せに遭って損害を出したケースはあった。だがその後3年以上、双方が大部隊で近接戦を行う場面はほとんどなく、自爆型ドローンや遠距離砲撃が戦闘の主軸となった。
ロシア軍は砲兵と航空爆撃で防御陣地を徹底的に破壊したうえで、小規模の無人機や歩兵部隊を投入し、残存兵力を掃討してきた。
これを踏まえ、解放軍に精通する軍関係者は「もし中国軍が上陸し足場を築けば、まず大量の砲撃・爆撃・自爆ドローンで国軍の車両や兵力を破壊した上で、軽装部隊で追撃するだろう。国軍戦車や雲豹装甲車が最初に直面するのは、敵戦車ではなく精密誘導砲弾や自爆ドローン、巡航ミサイルだ」と語る。
効果的な縦深防御には、国軍の砲兵が敵砲兵を制圧し、さらに無人機攻撃を防がなければならない。しかし現実には、国軍の砲兵装備は老朽化し、射程も短く精度も低い。
政大台湾安全研究センター副主任で元陸航指揮官の胡瑞舟退役少将も「国軍の砲兵は発射が遅く、不正確で、射程も不足している」と指摘し、中国軍の砲撃に対抗するのは困難だと認めている。
台湾はすでに米国からM109A7自走砲100門以上を調達する方針を決定し、ハイマース多連装ロケット砲も追加購入する計画だ。これは「正しい対症療法」と評価されるが、より重要なのは無人機技術の遅れを早急に取り戻すことだという。
軍関係者は「2025年の漢光演習で最も深刻だった欠陥は、無人機への対抗策を十分に想定していなかった点だ」と指摘する。
ウクライナ戦争が示した通り、偵察用ドローンや自爆型無人機は戦局を左右する存在となっている。もし台湾が無人機の攻防で劣勢に立てば、「地形を利用して敵を誘い込み殲滅する」という演習シナリオは、現実には実現不可能な幻想にすぎないと警告している。