フィリピンのスービック湾は、かつてアジア最大の米軍基地が置かれていた場所である。ここで現在、インド太平洋地域の戦略的構図を大きく変えかねない計画が静かに進行している。日本の『読売新聞』や韓国の『朝鮮日報』が最近報じたところによれば、トランプ政権は同地に世界最大規模の兵器・弾薬生産拠点を築く構想を推進しているという。この動きは、米国がフィリピンと連携し、中国の目前に強固な軍事拠点を築こうとする重要な布石とみなされている。計画の実現は米比同盟のかつてない強化を意味すると同時に、すでに緊張が高まる南シナ海情勢を一触即発の局面へ押しやる可能性がある。
「スービック湾弾薬ハブ」と呼ばれるこの大規模計画は、中国を直接的な標的としている。『読売新聞』は8日の報道で、この構想の目的を「覇権を強める中国を打ち砕き、同盟の戦線を固めること」にあると明言した。2022年に親米姿勢のフェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領が就任して以降、フィリピンの外交政策は180度転換し、前任ドゥテルテ氏の親中路線から、米国との緊密な安全保障連携へと急速に舵を切った。
この計画の推進によって、歴史的に重要な軍港であるスービック湾は、再び世界的な地政学の焦点として注目を集めることとなった。
ホワイトハウス会談の内幕:米比同盟下の「弾薬庫」計画
実は今年7月、マルコス・ジュニア大統領が訪米しトランプ大統領と会談した際、両首脳はすでにこの弾薬ハブ計画について突っ込んだ協議を行っていた。その協議の格の高さは、計画の重要性を如実に示している。会談後、マルコス大統領は、この施設はフィリピンが「自主国防」を実現する上で欠かせない要素であるとともに、「西フィリピン海」(南シナ海)の緊張に対処するための必要な措置でもあると強調した。そして「国土を防衛し主権を行使することは根本的な問題である」と断言した。
地政学の要衝――なぜスービック湾なのか
スービック湾の地理的位置は極めて敏感かつ重要である。フィリピンの首都マニラから北西に約90キロメートル、台北から約1100キロメートル、中国の経済中枢である深圳からも約1100キロメートル、さらに上海からは約1800キロメートル、北京からも約2800キロメートルに位置している。つまり、米国がここに構築しようとしている大規模な軍事中核施設は、中国の中距離弾道ミサイル(IRBM)の射程圏内に完全に収まっており、極めて高リスクな戦略的駆け引きとなることは明白である。
歴史を振り返れば、スービック湾はアジアにおける米海軍最大規模の基地として機能してきたが、冷戦終結後の1992年、フィリピンで高まった民族主義の流れを背景に、議会決議によって米軍撤退が決まった。その撤退は地域に「力の空白」を生み、中国がその後南シナ海で影響力を拡大する契機となったと広く認識されている。現在、スービック湾は経済特区へと転換され、韓国のHD現代重工など国際企業が造船所を構えている。そこへ米軍が新たな形で「再登場」することは、地政学的に大きな転換点を象徴している。
基地にとどまらず――「タイフォン」ミサイルから火薬原料までの全方位展開
この弾薬ハブは孤立した構想ではない。近年、米比の軍事協力は多方面で急速に深化している。たとえば基地利用の拡大である。2023年、フィリピンは米軍の使用を認める基地を従来の5か所から一挙に9か所へと拡大することに合意した。さらに先進兵器の配備も進んでいる。2024年以降、フィリピンは初めて米軍による「タイフォン」(Typhon)陸上発射型中距離ミサイルシステムと「ネメシス」(Nemesis)陸上発射型対艦ミサイルの配備を容認した。これらの兵器は海上目標に対し直接的な脅威をもたらすものである。
こうした協力の延長線上に位置づけられる弾薬ハブの建設は、フィリピンを従来の米軍「巡回訓練場」から、対中戦略における「前進作戦拠点」へと質的に転換させるものである。米国の権威ある軍事誌『米海軍研究所学報(U.S. Naval Institute Proceedings)』は、これを「ポスト冷戦期における米国の対フィリピン最大の軍需投資」と評している。
また、米下院は2024年6月に策定した「2026会計年度国防権限法(NDAA)」草案において、スービック湾での施設建設に関する実現可能性調査を義務づけた。報告書は「インド太平洋地域における『前方配備された弾薬製造施設』の欠如を解決する必要がある」と明記している。計画中の施設では、火薬や推進剤の原料となる硝化セルロースやニトログリセリンといった重要化学物質を生産し、戦時における弾薬補給の根本的課題を解消することが期待されている。
フィリピン国内の反発――「国を大国の駒にするな」
マルコス・ジュニア政権が米国への傾斜を強める一方で、フィリピン国内では強い反対の声も上がっている。副大統領サラ・ドゥテルテ氏を中心とする反対派は、この動きがフィリピンを大国間対立の駒へと転落させると批判する。前大統領ロドリゴ・ドゥテルテ氏の娘である同氏は、「フィリピンは自国の利益のために行動すべきであり、外部から押し付けられた課題を拒むべきだ」と強調し、「特定の大国(米国)に過度に接近することは主権を損なう」と警告した。
左派政党や市民団体からはさらに厳しい批判が噴出している。スービック湾での施設建設は「米国の侵略的野心に迎合する傀儡行為」であり、「フィリピンを中国の標的にする」と非難する声が強い。国際人権団体フィリピン支部(ICHRP)などは「殺傷兵器を製造する米国の軍産複合体を国内に持ち込むべきではない」と呼びかけ、「これは米国の計画であって、フィリピンのものではない」と強調した。
米比の軍事的結びつきが強まることに対し、中国は繰り返し警告を発している。中国外務省は「米国は南シナ海の緊張を高めるべきではない」と主張し、マルコス大統領が台湾海峡での衝突に「フィリピンは必然的に関与する」と発言した際には、「火遊びはやめるべきだ」と強い調子で牽制した。もし米比がスービック湾に大規模軍事施設を建設すれば、それは北京のレッドラインに触れることになるのは間違いない。
さらに注目すべきは、今年3月、スービック湾で中国人6人とフィリピン人1人がスパイ活動に関与した疑いで拘束された事件である。彼らは漁民に偽装し、米比両軍の情報収集を行っていたとされる。米軍による軍需生産計画が本格化すれば、『読売新聞』は「施設建設が始まれば緊張は一段と高まる可能性がある」と警告している。