舞台裏》台湾が抱える北朝鮮の「不良債権」　金正恩氏、中国で習近平氏と並ぶ一方で未返済の借金

北朝鮮の金正恩総書記は9月2日、娘の金主愛氏を伴い、緑色に塗装された装甲列車で6年ぶりに中国へ入国した。翌3日には北京で開かれた「抗日戦争および世界反ファシズム戦争勝利80周年」の軍事パレードに出席した。会場には26カ国が参加したが、その多くは権威主義体制あるいは独裁国家であり、台湾の安全保障当局関係者はこれを「邪悪な枢軸のカーニバル」と評した。

この式典では、中国の習近平国家主席、ロシアのプーチン大統領、北朝鮮の金正恩氏が並んで天安門広場の赤いカーペットを歩き、その光景を米国のトランプ大統領は「米国に対する共謀」と批判した。

ただし、こうした表舞台の印象とは裏腹に、かつてロシアや北朝鮮は台湾と一定の経済的な関わりを持っていた。中でも北朝鮮は台湾からの融資に依存していた時期があり、現在も台湾政府の帳簿には「父の借金を子が返すべき」とされる債務が残されたままだ。その金額は新台湾ドル1億8329万元余（約8億7900万円）にのぼる。

中国9/3で北京天安門で開催された大規模な観閲式は、第二次世界大戦の終結80周年を記念する。（美聯社） — 9月3日に中国で開催された大規模な軍事パレードは、多くの権威主義国家の首脳が参加したことから「悪の枢軸カーニバル」とも呼ばれた。（写真／AP通信）

北朝鮮に500万ドル融資　台湾の公的銀行が米国で訴訟

2010年5月、韓国メディアが伝えたのは、台湾国内ではほとんど注目されていなかった訴訟である。台湾の8大公的銀行の一つ、兆豊国際商業銀行は同年1月14日、米国ニューヨーク南部連邦地裁に提訴した。被告は北朝鮮の国営銀行「朝鮮貿易銀行」で、融資を受けながら返済義務を果たしていないと訴えた。

同年8月、同地裁は朝鮮貿易銀行に対し、元本と利息を合わせて676万8228ドル（約9億9400万円）の返済を命じる判決を下した。

この貸付は2001年、朝鮮貿易銀行が兆豊銀行の前身「中国国際商業銀行」国際金融業務分行（OBU）から500万ドル（約7億3300万円）を借り入れたもの。外交ルートを通じた政策的な取り決めで、台湾政府が信用保証を付与していた。つまり、北朝鮮が返済できない場合、台湾政府が一旦肩代わりし、その後銀行が訴訟を通じて回収を図る仕組みだった。

20230906-兆豊金控今（6）日舉行法說會，樂觀看待下半年獲利展望。圖為兆豐金總部外觀。（兆豐金提供） — 兆豊銀行は北朝鮮に500万ドルを融資し、台湾政府が公式に信用保証を付与していた。（写真／兆豐金提供）

勝訴しても返済実現せず　15年以上戻らぬ公費

兆豊銀行は2002年に貸付を実行後、北朝鮮からは46万2000ドル（約6800万円）の返済を受けたものの、2004年以降は返済が途絶えた。その後も債務再編や借り換えが繰り返され、最終的に台湾政府は500万ドル以上を代わりに支払った。

銀行は米国で勝訴した後も電報で督促を続けたが、北朝鮮側は「米国や欧州などの経済制裁により返済能力がない」と回答し、実質的な回収は進まなかった。結果として、台湾政府が立て替えた500万ドル余りは現在も戻っていない。

北朝鮮が返済すべき676万8228ドルは、新台湾ドル1億8329万元余（約8億7900万円）に相当する。政府全体の予算規模からすれば小さい金額ではあるが、国民の税金が消えた事実は重く、今も財務帳簿上に影を落としている。

台湾の外交当局は「北朝鮮という特殊な国情に加え、国連や国際社会からの制裁下にあるため、強制執行を行っても効果は乏しい」と分析している。現時点では兆豊銀行に対し、引き続き債権請求を続け、台湾の権利を維持するよう求めている。

ただし、関係者によれば、台湾から北朝鮮への郵便・国際宅配便は現在も停止中で、兆豊銀行が内容証明郵便を送ることすらできないという。政府当局は銀行に対し、さまざまな手段で送付を試みるよう促している。

さらに不可解なのは、台湾の制度上、信用保証の対象は外交関係を持ち、経済協力や実質的な関係強化を目指す友好国に限られるはずだという点である。北朝鮮は正式な外交関係を持たない国であり、対象外のはずだった。にもかかわらず、どのようにして北朝鮮が台湾の外交ルートを通じて融資を得ることができたのか、その経緯はいまだ明らかになっていない。

2024年9月8日，北韓在金日成廣場慶祝建國76周年。（美聯社） — 北朝鮮は利息を含め台湾に対し新台湾ドル1億8000万元超を返済すべきだが、台湾政府はいまだ回収に苦労している。（写真／AP通信）

台湾と北朝鮮の秘密外交　李登輝政権下で安保会議に特別チーム

北朝鮮の国営銀行が台湾の公的銀行から融資を受け、返済不能となった事実は、両者の間に存在した秘密外交の記録でもある。台朝の接触は、韓国政府が1992年8月23日に台湾との国交断絶を発表し、台北大使館に24時間以内の撤収を求めるより前から始まっていた。

1990年代初頭、李登輝政権下の国家安全保障会議には北朝鮮問題を扱う特別チームが設けられていた。国史館の資料によれば、1991年1月の高官会議ではすでに「北朝鮮接近計画」が検討されていたという。翌年1月には、韓国が中国との国交樹立を急ぐ動きに対抗するため、外交部が「北朝鮮カード」を切ることを決定。ニューヨークの台湾代表処と北朝鮮国連代表部を接触窓口とし、試験的な交流のルートとする方針が固められた。

一方、北朝鮮側でも1980年代の中国改革開放を背景に、中韓の経済交流が加速したことで中朝同盟にひずみが生じていた。北京とソウルの関係が密接になる中、北朝鮮は台湾との関係を発展させ、中韓国交樹立への「報復」としたい考えを強めていた。1992年7月、中国の銭其琛外相が平壌を訪れ、金日成主席に中韓国交樹立が迫っていることを伝えた際、北朝鮮は冷遇姿勢を示した。翌月、呉学謙副首相が正式に国交樹立を通知すると、北朝鮮は直ちに中国駐在の大使を召還し、中朝国境を一時閉鎖するなど、両国関係は急速に冷え込んだ。

その後、台湾と北朝鮮の試験的な接触はニューヨークで進展を見せる。1992年10月8日、北朝鮮国連副代表の許鍾は台湾メディアのインタビューに応じ、台湾との関係発展に「強い期待」を示した。さらに、平壌当局は台湾企業の投資を呼び込み、経済交流を促進する政策的措置を講じる方針を明らかにした。当時、許鍾は台湾に対し、豆満江開発計画への参加を歓迎すると述べた。豆満江は上流が中朝国境、下流が朝露国境を形成する戦略的に重要な河川である。（関連記事：金正恩氏、プーチン氏との会談後に徹底警備　北朝鮮随行員が「現場の痕跡を完全消去」｜関連記事をもっと読む）

前總統李登輝1日出席「李登輝基金會─2016年暑期青獅營」活動並演講。（顏麟宇攝） — 故李登輝総統（写真）は1990年代に「北朝鮮接触計画」を推進した。（写真／顏麟宇撮影）

李登輝の腹心が極秘訪朝　金正日氏、台湾からの投資を要請

北朝鮮は当初、豆満江開発計画を主導し、最も積極的に推進していた。しかし豆満江は中国・北朝鮮・ロシアの国境が交わる敏感な地域であり、日本海における中国の出口をも左右する戦略的要衝だった。このため北東アジアの安全保障問題に直結する案件として中国が強い関心を示し、最終的に北朝鮮が台湾を引き込もうとした開発構想は実現しなかった。

その後も北朝鮮は接触を試み、2018年10月には金正日総書記の養子とされる実業家・楊斌が極秘裏に台湾を訪問。中朝国境の鴨緑江流域で、香港やマカオに倣った特別行政区の設立を視野に入れた開発構想を協議した。この際、台湾で楊斌をもてなしたのは、かつて密かに平壌を訪れた経験を持つ総統府前国策顧問の劉泰英であった。

劉泰英は李登輝氏と半世紀以上の親交があり、大学時代は李氏の教え子だった。その後、両者はそろって米コーネル大学に留学し、博士課程で経済学を学んだ同級生でもある。李氏が総統・国民党主席を務めていた時代、劉氏は「財経の指南役」「大番頭」と呼ばれ、国民党投資事業管理委員会の主任委員を歴任し、李氏の指示で台湾総合研究院の設立を主導した。

1992年、台韓断交から間もなく、劉氏はメディアに知られぬよう秘密裏に北朝鮮を訪問した。劉氏の証言によれば、韓国は当初「中国と国交を結んでも台湾とは断交しない」と約束していたが、わずか1週間後に翻意し断交を通告。李登輝氏は強い怒りを示し、劉氏に北朝鮮との経済関係を探るよう指示したという。場合によっては国交樹立の可能性すら排除しなかった。

訪朝中、劉氏は金正恩氏の父である金正日総書記と会談し、未完成の柳京ホテルを案内された。金正日氏は台湾からの投資を強く望み、窓も取り付けられていない同ホテルを台湾の貿易自由区として活用する構想を語った。また、台湾とのさらなる協力や関係正常化に強い関心を示したとされる。

20161215-台灣綜合研究院創辦人劉泰英15日出席「2017年台灣及主要國家經濟展望」財經論壇。（顏麟宇攝） — 前国策顧問の劉泰英（写真）は極秘に北朝鮮を訪れ、金正日総書記と会談した経験を持つ。（写真／顏麟宇撮影）

台湾と北朝鮮の水面下の往来　最終的には米国の介入で頓挫

劉泰英が密命を帯びて平壌を訪れる1年前、すでに台北は密かに人員を派遣し、北朝鮮との政治的関係構築を探っていた。李登輝政権が1991年1月に高官会議を開いた半年後、韓国大使館勤務を経て中央通信社ソウル支局長に就任した李在方が実際には密使として平壌入りした。国史館の機密解除文書によれば、李在方は1991年に日本やロシア沿海地方を経由して平壌に入り、北朝鮮高官と6度会談したと記録されている。当時は「交通部顧問」の肩書を名目にしていたという。

その後、台北と平壌の接触は次第に活発化。1991年から1992年にかけ、北朝鮮の金達鉉副首相や崔秀吉経済部長が相次いで訪台し、外交部の章孝嚴政務次長や中央銀行総裁の謝森中と協議した。台湾側では、劉泰英が会長を務める「中華開発」を通じ、北朝鮮の石炭や鉄鉱石を担保に20億ドル規模の融資を検討する案も浮上したが、最終的には米国の介入により実現しなかった。劉氏は「平壌訪問はメディアには知られなかったが、米国には把握されていた。米国政府が外交ルートを通じ李登輝氏に懸念を伝え、断念せざるを得なかった」と振り返っている。

国民党・民進党政権をまたいで関与　台湾対北外交のキーパーソン

注目すべきは、台湾が2017年に国連制裁決議を受け北朝鮮との貿易を全面停止する以前、北朝鮮の主要貿易相手国の一つであった点だ。2012年には第6位の貿易パートナー、2016年には中国、インド、フィリピンに次ぐ第4位の輸出先となっていた。台湾と韓国との貿易規模と比べればごく小さい額にすぎないが、北朝鮮の対外貿易において台湾が一定の存在感を示していたことは明らかであり、平壌が台湾との経済交流を強く望んでいたこともうかがえる。

こうした台湾と北朝鮮の経済外交の背後には、李登輝政権期から陳水扁政権、さらには馬英九政権に至るまで、常に同じ人物の姿があった。元国民大会代表で監察委員を務めた林秋山である。林は台湾で初めて北朝鮮との関係構築を公然と訴えた人物であり、「八度にわたる訪朝」を重ねて20年近く平壌との直接交渉を経験した。そのため、国民党・民進党を問わず、歴代政権が北朝鮮外交に取り組む際には、必ずと言っていいほど彼の存在があった。

林秋山は1989年から日本、ベトナム、マレーシア、香港、北京を経由して北朝鮮との接触を始め、その後、李鐘玉国家副主席や姜成山総理と会談した。さらに当時「ナンバー3」とされた黄長燁からも繰り返し直接電話を受けるなど、北朝鮮指導部と独自のパイプを築いた。2011年12月、金正日総書記が死去する直前、林は同月に訪朝計画を承認されたものの、北朝鮮内部で最高権力の人事異動が生じたことで「九度目の訪朝」は無期限に棚上げとなった。

林秋山曾多次「密訪」朝鮮，成功促成雙方政府首次會談。（柯承惠攝） — 林秋山（写真）は繰り返し北朝鮮を極秘訪問し、両国政府による初会談の実現に尽力した。（写真／柯承惠撮影）

核廃棄物の北朝鮮搬出計画　陳水扁政権が中止を指示

台湾と北朝鮮の関係は、政治や経済に加え農業援助にまで及んでいたが、その多くは個人的なネットワークに依存していた。林秋山はその中心的な役割を担い、二国間の貿易関係を開拓するとともに、農業視察団を率いて平壌を訪問。台湾の空心菜を「順安農場」に導入する農業技術協力プロジェクトを成功させ、北朝鮮政府の信頼を獲得し、台朝関係における不可欠な存在として位置づけられた。国史館の研究誌『隠士と孤児——後冷戦時代における台湾と北朝鮮の秘密交往』によれば、2000年に民進党政権が発足した際、一度担当者が交代したものの成果が上がらず、2007年には再び林秋山に依頼が戻り、北朝鮮との接触を回復しようとしたという。

しかし、同じ国史館の資料によれば、民進党政権下で陳水扁総統が、台湾の核廃棄物を北朝鮮で最終処分する計画を「保留」と指示したことが、北朝鮮の台湾への信頼を大きく損なう転機となった。李登輝政権時代、台電は低レベル放射性廃棄物の国外処分を検討しており、1996年末には北朝鮮側が台電に接触。翌年、6万本の廃棄物を北朝鮮・平山処分場に搬出する契約が交わされた。林秋山は後に、4年にわたる交渉の結果、韓国にも働きかけ、その廃棄物を北朝鮮で処理する枠組みに含めることに成功したと回想している。だが、計画が実現に近づいた段階で、後任の陳水扁が「保留」を指示し、最終的に計画は頓挫した。

林秋山は「米国が背後で圧力をかけたかどうかは推測しない」と述べつつ、台湾が約束を果たせなかった事実は否定できないと語った。核廃棄物計画の是非や米国の干渉の有無を別にしても、台湾が北朝鮮との秘密外交を試みた取り組みは、結局のところ台米関係や台日関係の制約を受けざるを得なかった。国史館の資料によれば、台湾と北朝鮮は長く代表事務所の相互設置を模索していたが、1992年10月、北朝鮮の対外関係機関「金剛山国際グループ」が台北に事務所を開設し、北朝鮮渡航ビザの代行業務を行う構想を持ちかけたものの、台北側は米国や日本との関係悪化を懸念して拒否。その後、核廃棄物処理計画の頓挫も重なり、北朝鮮は台湾の誠意を疑うようになり、関係は行き詰まった。