政権発足からわずか1年足らずで、石破茂首相が7日夜、辞任を表明した。短く混乱に満ちた首相在任に幕を下ろす決断だった。ブルームバーグ東京支局の元副社長で現在はコラムニストを務めるギアロイド・レイディ氏は、この辞任は石破氏個人の挫折にとどまらず、スキャンダルと低支持率に苦しむ自民党そのものを再び危機に追い込む出来事だと指摘した。
レイディ氏は「自民党は1年前、絶望の中で“よく分からない人物”に国を託すという政治的賭けに出た。その結果は笑い話に等しいものとなった」と批判。「自民党にはふさわしいリーダーがいないのかもしれない。しかし、この国・日本にはより良い指導者が必要だ」と強調した。
理解されない政治的賭け 石破茂の短命政権
1年足らず前を振り返れば、自民党は度重なる政治資金スキャンダルと底を打たない支持率に苦しみ、追い詰められていた。絶望の中で党内の実力者たちが選んだのは、長年「異端児」と見なされ、独自の視点で知られる石破茂氏だった。その理由は明快だった。もう一人の選択肢である高市早苗氏が極右色の強い論争的な存在であったのに対し、石破氏の方が相対的に“安全牌”と見られたからである。
だが、映画『ダークナイト』で執事アルフレッドがジョーカーを評したように、自民党は「よく理解していない人物に賭けた」。石破氏はもちろんジョーカーではないが、その政権運営は混乱と無力感に彩られていた。レイディ氏は「生涯を通じて安倍晋三氏と競い合い、首相の座を追い求めてきた政治家が、いざ権力を手にするとこれほど脆弱な統治構想しか示せず、1年も経たぬうちに3度も重要選挙で敗北を重ねるとは、誰も予想しなかった」と指摘する。
石破政権の中核政策は、インフレ対策として打ち出した1人2万円の一時金給付だったが、結局実現には至らなかった。外交面では、ドナルド・トランプ米大統領が突きつけた関税圧力に翻弄され、最終的にまとめた合意は「見るべき成果なし」と酷評され、米日同盟の特別な関係性からは程遠いものだった。
指導スタイルも国家の結束を導くどころか、党内の分裂をむしろ深めた。保守派を遠ざけ、右翼支持層の流出を招き、辞任を拒む姿勢を続けた結果、党が分裂の危機に直面する場面さえあった。
安倍晋三の後を継ぐのは誰か
レイディ氏は、石破氏の失脚によって自民党の状況は1年前よりさらに悪化し、参議院・衆議院のいずれでも過半数を失ったと指摘する。石破氏の辞任表明直前に共同通信が実施した世論調査では、実に83%の回答者が「たとえ自民党が敗北を真摯に反省しても、有権者の信頼を回復することはできない」と答えていた。
この状況は2010年代初頭を思い起こさせる。当時、自民党は凋落した勢力とみなされていたが、辞任に追い込まれた安倍晋三氏が予想外の再登板を果たし、党を再結集させ、8年近い安定政権を築いた。果たして、現在の自民党に安倍氏のように遠大なビジョンを持ち、党を再建できる指導者は存在するのだろうか。
継承争い:高市早苗対小泉進次郎
石破茂氏の辞任直後、外部の注目は二人の有力候補に集まった。高市早苗氏と現職農林水産相の小泉進次郎氏である。
高市氏は昨年の自民党総裁選で僅差で石破氏に敗れたが、依然として最有力と見なされている。もし選出されれば、日本史上初の女性首相となる。彼女の鮮明なタカ派路線と極右的な保守姿勢は、離反しつつある保守層を引き止める効果が期待される。さらに自らを「アベノミクスの継承者」と位置づけ、市場の支持を得ているほか、ドナルド・トランプ氏との良好な関係構築も見込まれる。しかし一方で、積極的な財政政策を掲げる姿勢は、長期金利が数十年ぶりの高水準にある中で国債利回りをさらに押し上げ、経済リスクを高めるとの懸念もある。
一方、小泉進次郎氏は若手ながらも存在感を増している。今年、米価が歴史的高騰に直面する中で農林水産相に就任し、市場の安定に寄与した。さらに、石破氏を辞任に追い込む場面でも菅義偉氏と共に「キングメーカー」として動いたとされる。2021年には、当時首相だった菅氏を説得して退陣に導いたとの報道もあり、政局を左右する影響力を再び示した。
日本政治の存亡を懸けた選択
レイディ氏は、次の首相が誰であれ、自民党が直面する選択は容易ではないと強調する。党所属議員と地方代表だけで投票する「簡易方式」で数日以内に新総裁を決めるのか、それとも全国の党員投票を含む「正式選挙」で数週間をかけるのか。そして新リーダーが誕生した後、ただちに衆議院を解散して総選挙に挑み、多数派奪還を目指すのか。いずれも高リスクの政治的賭けであり、失敗すれば自民党は政権を完全に失い、日本政治は数十年ぶりの不安定期に突入しかねない。
少子高齢化、労働力不足、巨額の国債という国内課題に加え、数十年ぶりの深刻なインフレ、移民政策をめぐる不安、中露の強硬姿勢、さらには安全保障の柱である米国の役割が揺らぐ国際環境を前に、日本はこれまで以上に「強いリーダーシップと長期的ビジョン」を必要としている。
『ガーディアン』:石破退陣では不十分
これに対し、『ガーディアン』東京特派員のジャスティン・マッカリー氏はさらに悲観的だ。同氏は、自民党が抱える「金権政治」の呪縛は石破氏の辞任で解消されるものではなく、党はむしろ衰退を続け、三度目の下野に追い込まれる恐れがあるとみている。
同紙は、石破氏の敗北自体は「不可避の失点」ではないと指摘する。本当の賭けは、石破氏が国会解散によって直接的な民意の信任を得ようとした決断にあった。しかしそれは大失敗に終わり、自公連立は衆院で惨敗して過半数を失い、石破氏は党内外から追い詰められた末に「少数与党」の首相に甘んじざるを得なくなった。
その後も米価高騰やトランプ政権の関税圧力に十分な対応ができず、7月の参院選では自民党が再び惨敗。わずか1年足らずの間に、有権者は石破氏の政権そのもの、あるいは自民党全体に不信任を突き付けたのか――この点は興味深い。
マッカリー氏は「有権者のメッセージは明確だ。自民党は金権政治の問題に真正面から取り組んでいない」と断じる。さらに石破氏自身も、当選した新人議員15人に商品券を配布したことが問題視され謝罪に追い込まれた。批判者は「これは金銭による馴れ合い文化が党内に根深く残っている証左だ」と指摘し、有権者が求めているのは単なる派閥解体ではないと強調する。
「最も厳しい審判」はこれから
10月初旬に迫る自民党総裁選を前に、党は「政治的再生」を託せる人材探しを急いでいる。
日本政治リスク分析会社「ジャパン・フォーサイト」創設者のトバイアス・ハリス氏は「党内の分裂が拡大したこの1年を経て、執行部は団結を促し、国民の熱意を呼び起こし、場合によっては野党とも協力して政権を安定させられるリーダーを求めている」と分析する。
ただし同氏は警告する。日本は地政学的緊張、トランプ氏が仕掛ける可能性のある貿易戦争、生活費危機など多くの難題に直面しているが、自民党の最大の関心事は「党の生き残り」だ。「党が三度目の下野という存亡の危機にある中で、経済や外交政策は二の次にされかねない」と述べた。
マッカリー氏も「有権者が本当に求めているのは誰か」を強調し、その答えとして「若くメディア対応に長けた小泉進次郎氏こそが正解だ」との見方を示す。もし党が再び国民の期待を読み違えれば、「最も厳しい審判」はまだこれからだと結んでいる。