公営英語メディア《TaiwanPlus》で編集部の幹部を務めた英国人ジャーナリストのエド・ムーン氏が、台湾を離れる経緯を明かす長文を公表した。与党が事実上黙認する「大規模リコール運動」や「ナチスの図像」論争が、自身と家族にとって台湾を去る決定的な要因になったと訴えている。
台湾で10年以上生活し働いてきたムーン氏は、7月末に家族とともに片道切符で英国へ帰国。記事のタイトルは「My Great Taiwan Recall」と題されており、「大リコール」と「大切な記憶」をかけたダブルミーニングになっている。SNSや国際関係を注視する層の間で大きな反響を呼んだ。
ムーン氏は「かつて台湾にあった熱意と理性に基づいた公共討論の空間は失われ、いまや極端な言論と政治的動員が支配している」と指摘。「この窒息するような変化が、台湾を離れる苦渋の決断につながった」と記した。
記事は自身のSubstackで公開されており、「2025年7月下旬、私は片道航空券を手に桃園国際空港から出発した。10年ぶりに『もう戻らない』と思った」と回顧。「家庭、仕事、不動産や貯蓄まで捨てることは、1年前には愚かに思えた。しかし飛行機が離陸した瞬間、感じたのは解放感だけだった」とも綴っている。
すべての始まりは「トランプ報道」の差し替え
ムーン氏が「最初の決定打」と振り返るのは、《TaiwanPlus》勤務時代の出来事だった。米国前大統領ドナルド・トランプ氏を「有罪判決を受けた重罪犯」と正しく表記した記事が不当に差し替えられたとし、「編集室への政治的介入は無視できない段階に達していた」と批判した。
これ以降、台湾を離れる準備を始めたといい、「私が知り、愛していた熱意と理性ある台湾は、別のものに取って代わられつつあった」と吐露。数カ月後の出来事が決断をより強固にしたという。
リコール運動は市民の力か、それとも政治動員か
ムーン氏が特に注目したのは、2025年夏に野党議員をほぼ一斉に標的とした「大規模リコール運動」である。多くの人が「健全な民主主義の証し」と評価する一方で、ムーン氏は「市民の多くは冷めた目で見ている」と疑問を呈した。
彼は分析の中で、賴清徳総統が蔡英文前総統の路線を引き継ぐとの期待は「実際には実現しなかった」と指摘。賴氏は政治家として常に対決姿勢を取ってきた人物で、2020年には蔡氏に党内で挑戦した経歴がある。そのため副総統として控えていた時期があったものの、就任後に「前例を踏襲する」ことは現実的ではなかったと見る。
新政権発足後、与党・民進党は国会で過半数を持たない状況にありながら、野党との協力体制を模索せず、むしろ賴氏に近い側近たちは「野党議員の一斉リコール」を語り始めた。ほどなくして運動は形を成し、与党とは無関係を装いつつ「市民団体による自発的行動」として展開された。
ムーン氏はこれを「民進党と無関係だと装う主張が、親与党の論者にそのまま受け入れられていること自体が不思議だ」と指摘。「もし米国で全米ライフル協会(NRA)など親共和党団体が民主党所属の議員を次々にリコールしようとすれば、それが『市民運動』として受け入れられるだろうか」と疑問を投げかけた。